【コラム】
宗教・民族から見た同時代世界

いまだ一進一退に揺れるアジアの女性の地位と運動

荒木 重雄


 前号では、閉ざされた社会を変えようと動き出した中東の女性パワーを垣間見た。今号はその続編としてアジアの女性をめぐる状況を見ておこう。

◆◇ 児童婚根絶に政府が動いた

 マレーシアでいま、児童婚が問題になっている。発端はこうだ。
 昨年6月、ゴム産業を営む資産家のイスラム教徒の男(41)が、11歳の少女と結婚した。それを知って怒った第一夫人(41)と第二夫人(34)がフェイスブックで経緯を公開。騒ぎが広がった。
 少女はタイ人で、母親が、第一夫人が営むレストランで働いていた。少女の両親は借金を抱えていて、男が支払った結納金はその返済に充てられた。
 男は「愛し合っている」と主張し、少女も自ら望んだ結婚と説明するが、世論が反発。その声に押されるように、昨年政権交代したばかりの政府が動き出した。

 二人はタイで結婚し、マレーシア国内での正式な手続きをとっていなかったので、政府は結婚を非合法と認定。少女の両親はタイに戻っているので、少女を政府の保護下に置いた。
 マレーシアの現行法では、結婚最低年齢は男女とも18歳だが、州政府が承認すれば女性は16歳から認められる。さらに、イスラム教徒には、法定年齢以下でも宗教裁判所が承認すれば結婚が認められる。この10年間での児童婚は約1万5,000組。なかには、少女をレイプした男が、少女と結婚することを理由に刑罰を免れる例もある。
 マハティール首相はこうした例外をなくそうと、全州に、イスラム教徒の結婚年齢も18歳に引き上げるよう指示を出した。

 若すぎる性行為や出産は幼い女性の身体に負担がかかる。「子どもが子どもを育てる」ことになる。児童婚の弊害は数多く指摘されている。だが、ことはさほど簡単ではない。
 イスラムでは中絶を原則として禁じる。ゆえに、どんなに若くても妊娠が発覚すれば結婚させるのが一般的だ。「子どもを捨てたり未婚で産んだりするよりは幼い結婚の方がいい」「児童婚が最も適切な解決策になることもある」「政府は理想でなく現実をみるべきだ」との声も絶えない。

◆◇ 女性教師が戦士に変身するアニメ

 イスラム急進派の影響力が強いパキスタンやアフガニスタンで、子どもたちを夢中にさせ、教師を奮い立たせているテレビアニメがある。「ブルカ・アベンジャー」(ブルカ戦士、全52話)である。主人公は田舎町に住む女性教師ジヤ(「信念」の意味)で、教え子たちが、女児への教育を禁じるイスラム武装勢力の攻撃に遭うと、黒い伝統衣装ブルカをまとって変身し、敵の前に降り立って「正義と教育のために」と宣言して、本を盾、ペンを武器に敵と闘い、ピンチを救う。

 パキスタンで初といわれるこのアニメの制作者は、ハルーン・ラシッドさんというパキスタンでは名の知られる人気歌手だが、私財をなげうってアニメ制作会社を設立し、テレビ局や広告主を説き伏せて2013年夏、放映にこぎつけたのには理由がある。それは、前年10月、学校閉鎖に抗議していた当時15歳のマララ・ユスフザイさん(後にノーベル平和賞受賞)が武装勢力に銃撃された事件だ。

 パキスタンやアフガニスタンでは保守的な習わしが根強い地域があり、長らく女性に教育機会が恵まれず、もともと女性の識字率が低かったが(パキスタンで約66%、アフガニスタンでは約32%)、近年はとくに女性の進学や社会進出を嫌うイスラム急進派が勢力を伸ばし、男女共学の学校など教育施設を狙った攻撃が両国で2000年以降、約1,300件に及び、児童ら700人以上が死亡している。
 パキスタンだけでも襲撃されたり襲撃を恐れたりで900校以上が閉鎖されている状況のなかで、子どもたちに学ぶ夢をもたせ、女性教師の気持ちを代弁するジヤの活躍は、アニメながら、たかがアニメではないのである。

◆◇ ヒンドゥー寺院にも女人禁制

 女性差別はなにもイスラムとは限られない。ヒンドゥー教でも、一部の寺院では女性の立ち入りが禁じられている。インド南部ケララ州にあるサバリマラ寺院もその一つだ。昨年9月、最高裁がこれを「差別的」だとして寺院に女性の参拝を認めるよう命じたが、保守的住民から、宗教の伝統を守るべきだとする反対運動が起こり、一部信者が女性の立ち入りを妨害してきた。

 これに対して今年1月、女性たちは、「伝統の名の下に女性差別を許すべきではない」と訴えて、州を縦断する約600キロの主要道路の要所々々に並んで立ち、抗議の意を示した。さらに女性二人が、寺院に入ってお参りを敢行した。
 女性の参拝を知った寺院側は「浄化」のための儀式を行った。女性の参拝に怒った反対派住民と、女性の参拝支持派の住民との間で衝突が起こり、騒ぎはたちまち警察への投石やバスの破壊といった暴動へと発展し、100人以上が死傷する事態となった。

 州内与党・共産党所属の州首相は「女性の寺院への立ち入りは歴史的な一歩」と評価した。
 だがそれに対して、ヒンドゥー至上主義団体を支持母体とするモディ首相のインド人民党の幹部は、「我々は伝統を守る信仰者とともにある」と反対派への支持を明らかにした。

 勿論、この事件はたんなる女性差別の問題ではなかろう。ケララ州は伝統的にキリスト教が強い地域であり、長年、共産党系が州政権を担ってきたこととも相俟って、一種の啓蒙主義的主張が女性運動の側にはあろう。それは、中央政府モディ政権やそれを支えるヒンドゥー至上主義勢力が敵視するところである。女性の参拝に反対する住民側にはヒンドゥー至上主義団体が介入してその力が働いていることは充分考えられる。
 今年4・5月の総選挙ではモディ政権陣営が圧勝した。これに勢いを得て、おさだまりのイスラム教徒やキリスト教徒など宗教的少数派に対する制度的圧迫やヘイトクライムが激しくなるのみならず、被差別階層や女性など弱者への差別・圧迫が一層進むことが懸念される。

※本稿は『朝日新聞』の記事を基に構成した。記して謝す。

 (元桜美林大学教授・『オルタ』編集委員)

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