【オルタの視点】

いま政治は何をするべきか
―「ポスト平成」を前に骨太の改革論議を

栗原 猛

◆◆ 「権力は腐敗する」

 英国の政治家で政治学者だったジョン・アクトンは「権力は腐敗する。絶対的な権力は絶対に腐敗する」と喝破している。権力者に気に入られたいという人はいつの時代もいるから、耳当たりのいい言葉しか入らなくなり、権力者の堕落が始まり傲慢になっていく。権力の持つ魔性を言ったものだ。森友学園への国有地売却をめぐる公文書改ざん疑惑は、安倍政権もこの落とし穴に足を取られた感じである。

 国会論議や報道などによって、モリ・カケなど一連の疑惑は、民主主義、政党政治にとって深刻な、いくつもの問題を浮き彫りにした。
 まず国有資産が忖度と縁故主義で扱われているのではないか、という点だ。次に、本来ならば国会論戦での質問や国民の疑問に対して、誠実に対応するのが政治の役割だが、安倍政権は強気に自己を正当化するなど、謙虚さとか権力者としての自制もうかがえない。森友疑惑や裁量労働法制で発覚したデータの改ざんのように、政権に都合のいい資料だけが公表され、不都合な資料は廃棄されるようになると、行政の信頼を大きく損なうことになる。近代国家は粉飾なしのデータこそ国民に公表しなければならない責任がある。

 ただしここでは、疑惑解明の進展状況もあるので、直近の問題から少し離れて、日本の政治を考えてみたい。本来ならば政治は、国政選挙などの日程がなく、経済も比較的に安定している今こそ、少子高齢化社会や財政改革など、少し中長期の視点に立って構造的な骨太改革に取り組むことが大事だったと思われる。その貴重な時間をいささか無駄にしているのは残念だ。

◆◆ 政策の優先順位が大事

 国会論議でも、安倍首相は改憲志向だが、国民生活の重要度から考えると、憲法改正の議論は今、取り組むべき緊急の課題であるのか疑問である。首相が提起した「9条加憲案」に立憲民主など野党は強く反発しており、改憲案が示されると国会審議はストップして、国民生活に関係する議論はすべて吹き飛んでしまう可能性がある。
 この加憲案については、自民党のある幹部も「必ずしも改憲しなければ対応できない緊急性があるわけではない」と言っている。日本が急ぎ取り組まなければならないのは、少子高齢化社会を乗り切るための骨太の改革ではないか。

 政治がまず直視して欲しいことは、アベノミクスの恩恵を実感できない人が多くいることだ。有効求人倍率は昨年10月、1.55倍と43年9か月ぶりの高水準で民間給与所得も4年連続増え、景気は雇用面にも及んでいると言う。
 しかし、景気回復が多くの人に実感できているかとなるとそうではない。給与所得が増えていると言われるが、これは一部の富裕層が平均を押し上げているから、とされる。国税庁の民間給与実態統計調査によると、民間給与所得は1997年の467万円をピークに下がり、2009年の406万円が最低で、16年には422万円に上を向いたが、まだピーク時より40万円以上低い。

 また、人口減の原因の1つに若い人の結婚が減ったからとされる。20~30代の既婚者を年収で見ると、300万円以上は20~30%だが、300万円未満では10%を切る。30代の男性の既婚率は、正規社員は60%だが、非正規社員は30%と低い。安倍政権は働きながら子供を産める環境づくりに取り組んでいるが、その前の段階にある結婚したくとも結婚に踏み切れない「300万円」ラインの男女への取り組みも必要だ。このような格差が固定化されると、社会不安を生むきっかけになりがちである。

 25年には団塊の世代が全て後期高齢者となる。地方を回って商店主などに聞くと、「景気がいい」と答える人はいない。多くの人々は1,000兆円を超える財務残高(財政赤字)を前に、年金や社会保障、子供の教育などに不安を抱いている。政治が比較的に安定していた時にこそ、国民が安心できる社会保障制度の構築が急がれるが、厚生労働省のある幹部は「政権の中枢は経済産業省が固めているので、政策の決定に偏りが出ている」と語った。

◆◆ 国会は予算の使い方のチェック役

 一方、立法府である国会にも課題が多い。自民党は与野党の質問時間の配分見直しに続いて、自民党は首相の国会出席日数の削減を求めている。しかし、「首相が国会に縛られすぎる」ことの代替措置として、毎週党首討論を開くこと、閣僚に代わって答弁できる副大臣の新設―などの制度改正が行われた。ところが、官邸は党首討論にも応じなくなり、昨年はゼロだった。政党政治は官僚が作った答弁書を読むのではなく、政治家が自分の言葉で語りかけるところに真骨頂があるのではないか。
 国会は予算をチェックする機能を高めることも重要だ。1,000兆円を超える債務残高は1年で積み上がったものではない。例えば、会計検査院を欧米のように立法府に移し、一段高い立場から予算の使い方に監視の目を光らせる改革も急ぐべきだ。

◆◆ 欧米は「首相の解散権」を制限

 3つ目は、政党政治―野党の再建がある。「一強政治」から見えることは、政権をチェックする野党の存在の大事さである。それとともに「首相の解散権」がある。解散権はよく「首相の専権事項」などと言われるが、イギリス、ドイツ、フランスなどは首相の解散権を厳しく制限しており、米大統領には解散権はない。首相の解散権については「党利党略で恣意的な解散になり、不公正」と言われる。自民党はいまは与党でもいつ野党にならないとも限らない。首相の解散権を制限して選挙の公平性を確保することも大事だ。与野党の話し合いで瞬時に決められることである。

 小選挙区で落選し、比例で救われるという仕組みもおかしい。外交では、日米安保条約は必要だとしても、沖縄で度重なる米軍のヘリコプター事故などに対する対応は不可解だ。ドイツではNATO軍に対しては、ドイツ国内法が適用され、人口密集地や学校、病院、原子力施設の近くの訓練には、国防大臣の承認が必要とされる。日本では航空法も適用されず、ドイツに比べて政治はいささかルーズ過ぎないか。

 「脚下照顧」という古語がある。政治は足元を見据えることが大事だと言う意味である。モリ・カケ疑惑などの解明はもとより最重要だが、政治は国民生活にかかわるこうした根本課題に取り組む姿勢も見せてほしい。

 (元共同通信編集委員)

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