すっごーい!

【コラム】

すっごーい!

岡田 充


 分かり易いことはよいことだ、とつくづく思う。今年のノーベル物理学賞は、青色発光ダイオード(LED)を初めて作り、実用化につなげた赤崎勇、天野浩、中村修二の3氏に決まった。LEDは、すぐ切れる白熱電球や、チカチカと寿命を告げる蛍光灯に代わる長寿命・省電力の照明。少し値段は高いが、幼稚園児でも知っている。受賞理由は極めて分かり易い。

 外信部の駆け出し記者のころ、10月のノーベル・ウィークは憂鬱だった。なぜか。各賞が発表されるたびに、受賞理由を英語から翻訳して速報しなければならないからである。化学賞、物理学賞あたりになると、何度辞書を引いてもその理由は理解できない。「電子分光法の開発と核酸・タンパク質複合体の立体構造の研究」(1982年 化学賞授賞理由)と聞いて、すぐ理解できる人を探すのは難しい。
 英語力の問題ではない。化学や物理の基礎知識がないからなのだが、当時はつくづく自分の英語力の貧しさを嘆いた。翻訳した日本語の意味を理解できないまま、時間に迫られデスクに渡す。それを読んだデスクも一瞬怪訝な表情を浮かべるが、やがてテレビ局や新聞社にそのまま速報が流れる。読者や視聴者こそいい迷惑。「理由はよく分からないが、大変な発見なのだろう。ノーベル賞をもらうぐらいだ」。大方の反応もこんなものだろう。

 分かり易いのはよいことだが、「日本人が快挙」と騒ぐメディアのはしゃぎぶりは異様だった。赤崎、天野両氏については、日本人が大好きな「美しい師弟関係」の物語に仕立て上げられる。「天然ボケ」(を装う?)の天野氏のキャラも、物語をいっそう引き立ててくれる。いただけないのは多くのメディアが「日本人3人が受賞」と誤報したこと。中村氏は、日本国籍を捨て米国籍をとった米国人教授だ。ノーベル委員会も「日系アメリカ人」と発表しているのに、中村氏を入れて「日本人3人」と伝えるのである。
 日本人とは何か。日本国籍を持つ人を指すのは言うまでもない。それを知った上で敢えて誤報をするとすれば、メディアが「属人主義」でも「属地主義」でもなく「属血主義」を採っていることになる。「自分はどう見られているか」という自意識に過剰反応する日本人だが、誤報は「自己愛症候群」の発露じゃないのか。

 もうひとつ。受賞翌日のA紙朝刊は、中村氏の母校、愛媛県の高校の反響原稿に「愛媛の母校『すごい』」という見出しで報じた。「すごい」はいまや、日本語唯一の感嘆詞だ。本物の「モナリザ」を観ても、皆既日食や抜けるような青空を見ても、人が射殺される場面に立ち会っても、コーヒーから湯気が立っても「すっごーい」の一言で済ます。全国紙が記事の見出しに使うぐらいだから、ノーベル賞ってスッゴーイ!

 (筆者は共同通信客員論説委員)

注)本稿はマレーシア・日本語月刊誌『Senyum(セニョ〜ム)』=インドネシア語で「微笑み」の意味=の許可を得て、同誌11月号から転載しました。


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