【コラム】
槿と桜(51)

たかが迷信、されど迷信

延 恩株

 「迷信」と呼ばれるものは、人間が集団で生きている地域であれば、どこにでも必ず存在するようです。「迷信」の「迷」は「迷う、わからない」という意味ですから、「奇怪、おかしい、変な」といった意味合いも含まれるようです。その「奇怪な、おかしい」ものを「信じる」のですから、あまり信用できない、理にかなっていないと思われることが多いのは言うまでもありません。
 それにもかかわらず、それぞれの国、民族、地域には長年にわたって言い伝えられてきた「迷信」があり、しかも国や民族を越えて、共通した「迷信」も少なくないようです。明確な根拠がないわけですから、それを信じるというのは実に変なことです。だからでしょうか、辞書的な解説を見ますと、「社会生活に害を及ぼす」「道徳に反する」「俗信」となっているのも当然なのでしょう。

 確かに迷信を他者に押しつけることで迷惑をかけられたり、時には差別などハラスメント行為に繋がったりしますから、より注意をしなければならない代物ではあるようです。
 でもこの迷信には古くから人間が生活する中で体験したり、学んだりして身につけた知識や知恵が込められている一面もあるようです。

 たとえば韓国では「夜、爪を切ってはいけない」とよく言います。ところがまったく同じ迷信が日本にもあって、しかもかなり知られていることを日本に来て始めて知った時にはとても不思議に感じたことを覚えています。それは韓国と日本では迷信などというものにも同じものがあるという驚きと親近感でした。
 ただ、なぜ「夜、爪を切ってはいけない」と言われるようになったのか、その理由は韓国と日本では違っています。韓国では次のような昔話が下敷きとなって、この迷信が生まれました。

 「むかしむかし、一人の子どもいました。あるとき、その子どもが夜に爪を切りました。そのとき、切った爪が辺りに飛び散ってしまいました。するとネズミがどこからか出てきて、その子どもの爪をかじって食べてしまいました。やがてそのネズミは爪を切った少年そっくりの人間に化けてしまいました。そしてなんと、本物の少年を家から追い出してしまったのです」
 このような恐ろしいことが起きるから「夜、爪を切るのは止めよう」となるわけです。

 一方、日本は「夜、爪を切ると親の死に目に会えない」からだそうです。でもなぜ「夜、爪を切る」と、「親の死に目に会えない」のか、私はよくわかりませんでした。どうやら同音異義のかけことばになっているようで、外国人の私にはなかなか理解できなかったのも仕方ないとその理由がわかった時には思いました。
 つまり「夜爪を切る」の下線部だけを読みますと、「よづめ」となります。これを「世詰め」という漢字にしますと、「早死」の意味になるのだそうです。「親より早く死んでしまう」というのが「夜、爪を切ってはいけない」という理由になるなんて、たとえ迷信だとしても効果抜群のような気がします。

 こうした迷信が言われるようになった背景には、かつての日本や韓国の生活スタイルが関わっていることは言うまでもありません。電気もない生活で夜、爪を切ったらどうなるかは想像がつきます。しかも爪切りなどという便利で安全な道具もなかったわけですから。要するにこの迷信は危険防止を訴える今風に言えば、キャッチコピーだったと見ることも可能なのではないでしょうか。

 また迷信というものが、それぞれの時代や地域と大きく関わっていることもわかります。夜になっても夜空に浮かぶ星が見えないほど照明器具が至る所で使われている現代では、時間的には、夜こそ余裕が生まれる生活になっている人が多くなっていて、夜に爪を切る人がむしろ多いのではないでしょうか。生活スタイルや習慣が変われば、言われなくなる迷信も出てくることがわかりますし、その意味では、この「夜、爪を切ってはいけない」もやがては忘れられていくのかもしれません。

 もう一つ、韓国と日本で同じ迷信を紹介しましょう。
 数字の「4」です。日本では「9」も人によっては嫌がります。「4」は「し」と発音すると「死」と同音になるからで、「9」は「く」と発音すると「苦」と同音となるからだと説明された時には、やはり韓国と同じ考え方があるのだと思ったものです。

 韓国では「4」は「사 サ」という発音で、漢字にすると「死」と同音になるからです。韓国では現在でも、シャーマニズムという霊魂などの存在を信じる一種の宗教文化が生活の中に根づいていて、日本に比べると祖先への祭祀、儀礼が多いのもこの点に繋がっているからだと思います。そして神や霊と交流できるとされるシャーマンと呼ばれる人が日本とは比較にならないほどずっと多くいます。
 そのような文化背景があるためでしょうか、「4」という数字への忌避感、嫌悪感はかなり強いものがあります。ですからたとえば、エレベーターの階数表示では、4階は「4」ではなく「F」となっていることが一般的です。「F」とは「Four」の略です。そのほかホテルなどの部屋番号でも「4号室」などがない場合があります。

 そのほか韓国で誰もが知っている迷信に「人の名前を赤い色で書いてはいけない」というものがあります。いくつか理由があるようですが、亡くなった人の名前を赤字で書くからというのがいちばん知られています。
 私はこの迷信は韓国固有だとずっと思っていました。ところが、今頃になってと言うのもおかしいのですが、日本でもこの迷信があるのを知って、またまた驚きました。日本での理由もいくつかあるようですが、「名前を赤字で書かれた人が死ぬ」「相手が死ぬのを望んでいる」というように、韓国と似ていて「死」と関わっているからのようです。ただこの迷信、日本では知らない人も多いようで、そのため私の情報網にもこれまでひっかかってこなかったのだと思います。

 では確実に韓国特有の迷信というか、俗信を紹介します。「豚の夢を見るとお金を呼ぶ」です。韓国では「お金」のことを「돈 トン」と発音して、「ぶた」の「돈 トン」と同じ(豚は「돼지」「テェジ」とも言いますが)という理由もあるかもしれません。 なにしろ韓国には、干支に「ブタ年」があります。韓国の十二支は「鼠・牛・虎・兎・龍・蛇・馬・羊・猿・鶏・犬・豚」で、日本での「猪」が「豚」になるわけです。韓国の十二支は時間と方位を守る神で、悪い気運を防ぐ守護神と考えられていて、「豚」は神様なのです。ちなみに2019年は韓国では「猪年」ではなく、「豚年」になります。

 祭祀の祭壇の一番手前に茹でた「豚の頭」を置くことがあります。これを見て気味悪がる日本の方もいますが、実は神様でもあるし、また福を呼ぶ縁起のよいものとして韓国ではみられているのです。日本では考えられませんが、開店祝いに豚の頭を贈ることもありますし、貯金箱、キーホルダーやストラップなどにもよく使われ、人気があります。

 次に紹介するのは、学生には比較的実行されているのではないかと思います。「試験を受ける前にワカメスープを飲んではいけない」という迷信です。どうせ取るに足りない迷信ですが、悪いことが起きる、特に受験する者にとっては、たとえ迷信とわかっていても、嫌なことは避けようとするのが人間の心理だからです。「ぬるぬるしてすべりやすい」というのが理由です。
 日本のワカメスープはワカメが薄く、むしろあっさりしていて、ぬるぬるした食感はありませんが、韓国のワカメスープは、ワカメが厚く、大きく、それを時間をかけて煮込みますから濃厚なスープが出来上がり、ぬるぬる感もあるからです。一方反対に、受験当日に歯に粘りつくようなアメや餅を食べると合格すると言われています。

 まだまだ韓国での迷信はたくさんあります。その理由から納得のいくものもあれば、本当にばかばかしいと思ってしまうものまであります。紙幅の関係がありますから、以下にいくつか簡単に紹介しておきます。

○「夫やボーイフレンドにはニワトリの手羽先を食べさせるな」
   羽根をつけて飛んで行ってしまうから。浮気をするから。
○「妊婦には鶏肉をよく食べさせるな」
   生まれてくる子どもの肌が鳥肌になるから。
○「眠っている赤ちゃんの身長を測るな」
   棺桶を作るために、横たわっている死者の身長を測ることから縁起が悪い。
○「女性ががに股で歩くと、不幸を招く」
○「冷たいゆかに寝ると口が曲がる」

 最後の2つは、「夜に爪を切るな」と同じく、経験が教えてくれた生活の知恵が込められているようです。女性ががに股で歩く姿はどう見ても美しくありませんし、冷たいゆかに寝れば身体が冷えて健康にいいはずがありません。そのため、それをわからせるために先人が考え出した、他人に嫌な思いをさせずに、注意を促す手法だったと見れば、迷信もすべて「くだらない」と切って捨てるわけにはいかないのかもしれません。

 理屈が通らない、信用できない、それが「迷信」ですので、信じるも信じないもあなた次第ということになりますが、それにしても私たちの周囲から「迷信」がなくならないのはなぜなのでしょう。

 (大妻女子大学准教授)

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