どこか見覚えのある「ボス」の座を巡る闘争

【コラム】風と土のカルテ(21)

どこか見覚えのある「ボス」の座を巡る闘争

色平 哲郎


 ある集団で「ボス」の座を巡る、こんな争奪史があったという。

 1979年から「N」は、序列トップの座を十数年にわたって維持していた。87年ごろ、幼くして親と死別して苦労に苦労を重ねてきた「K」がライバルとして浮上。91年にKは、比較的序列の高い仲間たちと「同盟」を組み、Nを追い落とす。

 Kは念願のトップの座についた。孤児の悲哀を舐めてきたKは、天にも昇る心地であったことだろう。

 ところが、「同盟」仲間の有力者が亡くなるとKの支配力と掌握力は低下。若手世代からの突き上げを抑えきれず、わずか10カ月でKは失脚、Nがトップに復権した。するとKは即座にNと和解、新たな同盟を組んで若手を抑え続ける。95年、若手世代のリーダー格が謎の失踪をすると、KはNの跡を継いで再び、トップの座につく。その後も、老獪なKはトップが替わるたびにうまく立ちまわり、2014年暮れ、その生涯を閉じた——。

 この話、身につまされる人も多いのではないか。どこかの法人、病院や学校、会社での権力闘争と実によく似ている。

 実はこれ、アフリカのタンガニーカ湖畔で暮らすチンパンジーの世界での話だ。

 「野生チンパンジー学の50年」(マハレ50周年記念展・公開シンポジウム)で発表された内容を、少し脚色してみた。研究者は、Nに「ントロギ」、Kに「カルンデ」という個人名をつけている。

 日本の霊長類研究が進んでいることは世界的に知られている。戦後間もなく、京都大学の今西錦司氏が起こした「サル学」を、伊谷純一郎氏が世界最高水準に高めたといわれる。特にチンパンジー学は、社会の基本単位である「家族」の起源への探求に加え、野生下で50年以上生きる個体がかなりいることなど、自然科学と社会科学の枠を超えた示唆を与え続けている。

 ちなみに、近年のサル学の世界では「ボス猿」という呼称を廃止し、「α(アルファ)オス」と呼ぶよう改められている。

 必ずしも最上位のサルが「外敵に立ち向かう」「群れを率いる」といったボス的な行動を取るわけではないことが研究の深化で分かったためだ。それでギリシャ語のアルファベット最初の文字、英語で「第1位」の意味のある「α」が使われているそうだ。

 それにしても、ボスの座を巡る争奪戦は、対立と同盟、合従連衡という基本構造において、チンパンジーもヒトもほとんど変わらない。ヒトは本当に進化しているのだろうか……。

 (筆者は長野県・佐久総合病院・医師)

※この記事は著者の許諾を得て日経メディカル2015・09・30日号から転載したものです。


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