【コラム】槿と桜(48)

びっくり、納得 ―― 省略される韓国語

延 恩株

 大学で韓国語を教科書に沿って教えているかぎり、私の経験では韓国語の省略、あるいは短縮化された言葉が出てくることはそう多くありません。
 でも実際の生活では言葉の省略形は溢れていると言ってもいいのではないでしょうか。私を含めて多くの人が省略語の誕生に日々、目配りしているわけではありませんから、かなり社会に浸透し始めて、ようやくその言葉を知るなどということも珍しくありません。

 言葉の省略形は韓国でも日本でも実に多いと思います。特に私などのように日本に長く住んでいる者には、韓国で新たに使われ始めた言葉や短縮された言葉の中には〝意味不明〟が時として出現します。
 そこで今回は現在、韓国で使われている省略語や短縮語について少し見てみようと思います。

 略語や短縮語が生まれ続けるのは、正式な表現では長いので、それをいちいち言ったり、書いたりするのが面倒、煩わしいという大きな理由があると思います。新聞などは以前からそうでしたが、特に最近ではスマホ(これは省略語ですが)や携帯(これもまた省略語です)などでは可能なかぎり打ち込む文字数を減らそうとする傾向が強く、スマホ用の省略語や記号も増えているようです。そしてもう一つは、仲間うちだけの狭い範囲でのみ通じる、いわば暗号化するために言葉を省略するという場合もあるようです。ただこちらは長い期間、使い続けられる確率は低いでしょう。

 言い方を変えれば、省略語や短縮語が長い命を保つためには社会的な認知が必要になります。ただ言葉を省略する明確な方式は恐らくないだろうと思います。ある種の傾向で分類は可能でしょうが、どうやら、わかり易く、親しみがあり、リズム的にしっくりする、といった要素をそなえて省略語や短縮語は生まれてくるようです。 

 日本ですっかり馴染まれていて、私などは短縮語という認識さえ、かなり長い間、持たなかったのが「NHK」でした。韓国にも「韓国放送公社」(한국방송공사)という公共放送局があり、日本の「NHK」と同じように受信料を国民から徴収しています。韓国ではこの放送局は「KBS」と呼ばれていて、やはり省略語で馴染まれています。「KBS」は「Korean Broadcasting System」という英語表記が正式名称ですから、その省略語にローマ字が使われていても違和感はありません。でも「NHK」は「日本放送協会」という日本語の、日本、放送、協会のそれぞれ頭文字の発音をローマ字にしているわけで、私のような外国人にはわかりにくい省略法になっています。

 同じように、今から10数年ほど前に「KY」という省略語が日本でよく使われていたことがありました。Kは「空気」、Yはなぜか「読めない」という否定語となって「空気が読めない」という意味で使われました。最初は高校生が言い出したようですが、やがて一般社会でも「その場の空気」を素早く読み取れるか否かの判断能力を言う場合にも使われていくようになりました。この「KY」などは日本語の文章を最大限に短縮し、しかもローマ字が使われていますから、日本の方でも説明されない限り理解できない人も多いだろうと思います。

 一方、日本には江戸時代からの格言で、それが省略されて現在でも使われている言葉があります。「藪をつついて蛇を出す」がその一つです。さすがに「YH」とは言いませんが、漢字2字を使って「やぶへび」と省略して、日本の方ならたいていは使ったことがあるのではないでしょうか。「余計なことをして悪い結果を招く」という意味です。
 同じように「かもねぎ」という省略語もあります。これは「鴨が葱をしょって来る」を省略した言葉です。鴨鍋を作ろうとしていたら、その鴨が葱まで背負って来たというわけで、「事態がさらに好都合になり、望んだ状況に進む」という意味で、これまた日本ではよく使われています。
 私は、なかなか巧みな省略方法で、日本語が漢字も使う言語だからこそできる省略語だと思っています。

 韓国にも単語ではなく文章を省略した言葉がありますが、日本のように文字(漢字)ではなく音だけになることがほとんどですから、省略された音の並びを一つの言葉として覚えなければなりません。たとえば日本語では、

 カラオケ →「空(から)」+オーケストラ
 デパ地下 → デパートメント+「地下」
 メル友 → メール+「友だち」
 イタめし → イタリア+「飯」
 といった省略語が可能です。でも韓国語では、

○「갑분싸」(ガップンサ)
 これは「갑자기 분위기 싸해짐」(カッㇷ゚ザギ ブ二ギ サヘジㇺ 突然、周囲の雰囲気が凍ったようになる)という文章の頭文字3字を並べてできた省略語です。その場の雰囲気が盛り上がっていたのに、誰かの言葉で一気に興ざめになった時などに使います。
 それぞれ先頭の音だけをつなぎ合わせていますから、その音だけではまったく意味を持つことはありません。同じ省略方法になりますが、
○「버카충」(ポォカチュン)
 「버스 카드 충전」(ポォスカドゥ チュンジョン バスカードのチャージをする)という文章の頭文字で、日本語の発音に合わせれば、「バス」の「バ」、「カード」の「カ」、「チャージ」の「チ」3字を並べた言葉になっているというわけです。
 これは省略語を作る一つの手法が韓国と日本でまったく異なることを教えてくれているようです。

 それでは韓国での省略語について、日本でもよく知られた言葉で少し追いかけてみましょう。
○ 아르바이트(アルバイトゥ アルバイト)→ 알바(アㇽバ)
 日本では「バイト」です。
○ 디지탈 카메라(ディジタㇽ カメラ デジタルカメラ)→ 디카(ディカ)
 日本では「デジカメ」です。
○ 자동 판매기(チャドン パンメギ 自動販売機)→ 자판기(チャパンギ)
 日本でも自動販売機の短縮形は「自販機」で、「チャパンギ」は「自販機」の韓国語発音ですから省略方法が日本と同じです。
○ 셀프카메라(セㇽプカメラ 自分撮り)→ 셀카((セㇽカ)
 日本では「自撮り」です。でもこの短縮形は日本では使われていませんが、日本でも通じるような短縮計ではないでしょうか。
○ 생얼굴(センオㇽグㇽ 生の顔)→ 생얼(センオㇽ)
 日本では「すっぴん」に当たりますが、ただし日本では「すっぴん」とは漢字で「素嬪」と書きますから、別に省略された言葉ではありません。化粧をしなくても美人というのが本来の意味でしたが、現在では化粧無しの素顔のままを意味するようになっています。

 そのほか日本でも馴染みの店の名前の短縮形を挙げてみましょう。
○ 맥도날드(メッㇰドナㇽドゥ)→ 맥날(メンナㇽ)
 ハンバーガーショップの「マクドナルド」のことで、日本では「マック」と短縮されて呼ばれています。
○ 스타벅스(スタボォッス)→ 스벅(スボォッ)
 スターバックスです。日本では「スタバ」と短縮されています。韓国では「별(ピョㇽ 星)」と「다방(タバン 喫茶)」で「별다방(ピョㇽダバン)」と呼ばれることもありますが、こちらは短縮ではなく合成語です。
○ Kentucky Fried Chicken → 케이에프시(ケイエプシ)、あるいは켄치(ケンチ)
 ケンタッキー・フライド・チキンのことで、日本でも「KFC」の文字は必ず看板に出ていますが、この店のことを日本では「KFC」とは呼ばず、「ケンタッキー」あるいは「ケンタ」と略して言う人が多いようです。でも韓国で「ケンタッキー」と言ってもおそらく通じないと思います。

 韓国での省略語はまだまだたくさんあります。単語や文章の省略の手法が日本と韓国では同じか、似ている場合もありますが、今回指摘しましたように、漢字も使っている日本とハングルだけの韓国では明らかに違いがある場合があるようです。おそらくここには単純に漢字の有無だけではない他の要因も絡んでいるのではないかと思っていますが、それはまたの機会に譲ることにします。
 さらに現在の韓国社会からは消えてしまった省略語にも目配りをすると、今まで見えていなかった興味深い点が見えてくるかもしれないなどと期待感を抱かせてくれるテーマですので、また機会を改めて触れてみたいと思っています。

 (大妻女子大学准教授)
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