ミャンマー通信(8) 中嶋 滋
■まさかの逆行?
民主化はほとんど全ての国民が望んでおり、これまで享受してきた特権・利権を守るために急速な改革を望まない人々がいたとしても、民主化のスピードを緩める抵抗以上のものではなく、歴史的な大きな流れは変わらないだろうといわれてきました。もちろん今もこれが大方の見方です。
この見方を基礎に、様々な政治的な動向が2015年秋に実施予定の第2回総選挙に向けて生み出されています。そのことは、特に5月以降スーチーNLD党首とシュエマン下院議長(軍政時代のナンバー3)が相次いで大統領就任の意欲を公の場で明らかにしたことによって、一段と加速したと思われます。
7月27日、この見方に大きな疑問符を打つことになるかも知れない重大な事態が起りました。この日発行の国営新聞社の日刊紙ミャンマー・アリン(ミャンマーの光)が「団体法原案(Draft Law of Association)」なるものを掲載したのです。「国民が理解し意見を言うために掲載する」と書いてありますからパブリック・コメントを求めた報道と理解して良いようです。
この法案は、国会内に設置された公共事項管理委員会(PAMC= Public Affair Management Committee)が作成したもので、第1章「法律名と定義」、第2章「目的」、第3章「中央委員会の設置と役割及び機能」、第4章「地方における団体の設立」、第5章「国際NGOの登録」、第6章「申請もしくは登録できない団体」、第7章「団体設立期間および期間延長」、第8章「禁止条項」、第9章「違反と罰則」、第10章「雑則」という構成で、全体で26条からなっています。
一言で言えば、国際NGOを含め全ての非政府系団体は登録しなければならず、登録できない団体は活動することを許されず、違反した場合は役員あるいは参加者に懲役または罰金刑が課せられる、というものです。
■結社の自由に真っ向から挑戦
この法案は、1988年の民主化闘争の後に制定されたあらゆる運動の弾圧を狙った「団体法」の改正案として提起されたものです。昨年7月から、民主化促進のために改正が必要な法律として改正作業が進められてきたということですが、原案の内容は、違反者への刑罰を一応軽減するなどの若干の手直しを加えものにとどまっていて、国際・国内を問わず全てのNGOを政府の管理・統制下に置こうとするもので、1年かけた改正作業は何のためのものであったのか、疑問を抱かざるを得ません。
そこには民主主義の基盤である「結社の自由」を尊重する基本姿勢を見いだすことができません。「言論・表現の自由」「集会の自由」などを保障し、それらを実施する団体に一定の条件をクリアーすれば例えば税法上の優遇措置を与えるなど、多くの国々が採っている「登録」と「措置」とはかけ離れた、統制に従わねば弾圧という軍政時代と目的が全く変わりない代物と言わざるを得ません。
ちなみに、法案第2章に規定されている「目的」は次の5項目で、統制の意図が如実に現れています。
�団体の設立または国際NGOの登録のための所定の手続きを示すこと。
�所定の手続きに従って団体を設立し運営することを可能にすること。
�組織の活動が国家のひも付きでないことを保証すること。
�国の社会的経済的発展に貢献すること。
�活動の実施と関係局から必要な支援を得るため関係省庁と団体との間の調整を
スムースにすること。
そして問題の第8章(14-17条)「禁止条項」と第9章(18-22条)「違反と罰則」は、それぞれ次のように規定しています。
14) いずれの団体の議長、事務局長あるいは代表者は、認証を得ることなく団体
を組織し活動してはならない。
15) 何人も認証を得ていない団体のメンバーとして活動してはならない。
16) いかなる国際NGOも認証登録なしに活動も存在もしてはならない。
17) 何人も認証登録のない組織のメンバーとして活動してはならない。
18) 第14条に規定されている結成の許可を得ないいかなる組織の議長、事務局長
あるいは代表者であるいかなる者も、3年以下の懲役もしくは50万チャット以
下の罰金を課せられる。
19) 第15条に規定されている結成の許可を得ない組織のメンバーであるいかなる
者も6ヶ月以下の懲役もしくは10万チャット以下の罰金を課せられる。
20) 第16条に規定されている登録を許可されない国際NGOのいかなる代表者も
3年以下の懲役もしくは50万チャット以下の罰金を課せられる。
21) 第17条の規定に違反するいかなる者も6ヶ月以下の懲役もしくは10万チャッ
ト以下の罰金を課せられる。
22) この法律により刑罰を課せられるいかなる者も、違反が継続した場合、違反
した日数に従い最高額の10%の罰金を課せられる。
■市民団体の対応
この法案に対するミャンマー国民の反応は、余り盛り上がったものではありません。さすがに市民団体レベルではヤンゴン、マンダレー両市で関係者間の会合がもたれ、その議論を集約する形で、7月31日に87の市民団体の連名による反対声明が発せられました。その内容は以下のとおりです。
�我々、市民社会団体(Civil Society Organizations)は共同して、2013年7月
27日の政府発行新聞に発表された、2008年憲法および結社の自由に違反する団
体法(原案)に反対する。
�この法案は、現行憲法に含まれる市民の市民的政治的権利に反するばかりでな
く、国家建設と発展に貢献する市民社会団体に対する制約である。
�貧困削減、教育、健康、平和、透明性、人権など市民的および政治的権利と他
の関連する全ての市民社会団体の諸活動は、最近の委員長の説明によれば 、
この法案が施行されれば違法となってしまう。(例えば、国家と市民社会団体
と共同で実施してきた平和実現活動、天然資源採取産業透明化イニシアティブ
の会員資格の申請、アセアン人民フォーラムなど)。
�団体法は全ての形態の団体に関係する。法案作成に市民社会団体との協議をし
なかったことは、法案を非現実的なものにし、ポジティブというよりもネガテ
ィブな結果をもたらすであろう。
�あらゆる市民の権利を保護でき市民社会団体のための授権的環境を作り出す法
律こそが必要である。この法律は市民社会団体を保護できる場合のみ、国家と
市民の発展を導くことができる。
�新たな法律が市民社会団体および市民とともに起草されることこそが必須であ
る。
�従って、この団体法案の議論と承認は、国会での手続きに従って、停止される
べきである。
現在、この声明内容に沿って、様々な取り組みがなされています。先日(8月8日)もミャンマーで活動する国際NGOの代表者が集まって会合が開かれ、私も参加しましたが、そこに来た国内NGOの代表者は、声明内容の実現に向け国会および政府への働きかけを強めると決意を述べていました。
民主化に向けて改正が必要な法律を選び改正作業を進める役割を負うのは国会内に設置された法律委員会(委員長:スーチーNLD党首)ですが、この委員会とこの問題ある法案を起草したとされるPAMCとの関係がハッキリしません。
国際NGOの会合でも曖昧なままで、25人の国会議員有志(おそらくNLD所属)との意見交換の模様が報告されましたが、少数なので何も出来ないという言い訳ばかりで具体的な内容を巡る討論にならなかった、という頼りない報告内容でした。そしてどういうことなのか、会合の中でスーチー氏の名前もNLDについても一切触れられませんでした。
遅くとも年内には国会に提出されるということなので、時間は余りありません。しかし、昨日の地元紙の報道によれば、PAMCの事務局長がマスメディアに罰則のうち懲役刑を削除し罰金と活動停止にする旨を明らかにしたということで、一定の変化は見られますが、その程度の修正をした上で国会上程をすることも十分考えられます。予断を許さない状況が続いています。
13日に開かれたヤンゴン、マンダレーでの会議を集約し、今日(15日)、主都ネピドーで市民社会団体代表とPAMCとの会合がもたれています。注意深く動向を見つめていきたいと思っています。(8月15日記)
(筆者はヤンゴン駐在・!TUCミヤンマー事務所長)
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