【沖縄の地鳴り】

まやかしの日米合意―嘉手納基地を過重使用―

大山 哲
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 北朝鮮をめぐる情勢の緊迫化で、米軍嘉手納空軍基地は、まるで戦争前夜のような不気味な空気に包まれている。F15、F16戦闘機、RC-35V電波電子情報収集機、U2偵察機、KC-30J空中給油機、C-30輸送機などの外来機、6月26日には最新鋭戦闘機F35も相次いで飛来した。沖縄の基地問題は、米海兵隊普天間基地の辺野古移設に加えて、嘉手納基地が絡み合ったことで、その構造的な過重負担の実態が、より鮮明に前面へ押し出されることになった。連日の耳をつんざく軍用機の発着、パラシュート訓練、旧駐機場使用による爆音や悪臭、事故など、基地被害を受け続ける周辺住民は、危険と苦痛から解放されることはない。

 日米安全保障に基づくとはいえ、嘉手納米軍の軍事行動があまりにも強引で理不尽なのは、日米間の合意(日米特別行動委員会・SACO)さえ順守していない点にある。嘉手納でのパラシュート訓練で、日本政府は「好ましくない」と、一応米軍を批判はするものの、演習の中止を求めるところまでは踏み込めず、相変わらず対米従属、弱腰ぶりを露見させている。

 危険を伴う米軍のパラシュート降下訓練は、1996年のSACO合意で、伊江島補助飛行場に移転されたはずだ。ところが、米軍は98年、一方的に復帰後初の嘉手納基地での降下訓練を実施した。
 その後も、「例外的使用」を理由に繰り返され、今年4月24日、6年ぶりに日中の降下訓練が再開された。各軍の特殊作戦部隊所属の兵士を対象に、米本国から送り込まれた精鋭であることが判明した。演習はエスカレートし、5月10日には、嘉手納で初の夜間降下を強行したのである。北朝鮮の中枢部攻略を想定した特殊訓練との見方がなされている。

 嘉手納基地の旧海軍駐機場は、民間住宅地からわずか60メートルしか離れていない場所にある。SACO合意で、今年1月20日に、数キロ離れた基地中央部(沖縄市側)に移転したばかり。しかも153億円の国税を投じてである。やっと長年の爆音から解放されると思ったら、そうはならなかった。
 新駐機場は完成したのに、米軍は5月31日から在韓米軍所属のU2偵察機4機を、旧海軍駐機場に誘導したのだ。KC-35空中給油機、C-46A特殊任務機と合わせ、継続使用さえ示唆している。これは基地機能の強化であって、政府の言う「負担の軽減」とはほど遠い。

 戦後70余年、嘉手納周辺の住民が、基地からの爆音に悩まされ、被害を受け続けてきた実態は、第1次から第3次にわたる爆音訴訟の経緯を見れば歴然とする。2011年4月に提訴され、今年2月23日に判決が下された第3次嘉手納爆音訴訟。全国最大の2万2,048人の原告団である。那覇地方裁判所は、爆音が耐え難いほどの健康被害をもたらしていることを認めた。国に対して、総額302億円の損害賠償を支払うよう命じた。しかし、原告団が強く求めた米軍機の飛行差し止めについては、第3者行為論、統治行為論を持ち出し、「司法判断になじまない」と棄却した。原告団は、これを不服として控訴。裁判闘争は今後も延々続くことになった。

 6月23日、沖縄の慰霊の日。安倍首相ら政府要人が参列する式場で、翁長県知事は、沖縄の基地の状況が、負担軽減に逆行しているとし、3年連続で「辺野古に新たな基地は造らせない」と『平和宣言』に盛り込んだ。さらに、嘉手納基地の動向で、初めて厳しく日米政府を批判した。これを受けた安倍首相は、辺野古と嘉手納には一切触れなかった。逆に昨年12月に返還された北部訓練場(米海兵隊ゲリラ訓練)が、復帰後最大の規模であることを誇示。「できることは全て行う」「沖縄の基地負担軽減に全力を尽くす」と強調した。辺野古の新基地建設や嘉手納基地の自由使用など、基地強化を見せつけられると、安倍首相の挨拶の空々しさが、会場の冷ややかな反応からもうかがい知れた。

 SACOの合意にも反する米軍の嘉手納基地の運用に、県と嘉手納、北谷、沖縄の地元自治体(三連協)が異例の共同行動に出た。嘉手納でのパラシュート降下訓練の取りやめと旧海軍駐機場の使用禁止を求め、7月7日に政府に直訴したのだ。辺野古反対の一点に絞って「オール沖縄」を形成した翁長県政にとって、一歩踏み出した基地対応になった。沖縄基地問題の中核をなす嘉手納と辺野古が、同時並行となり、国と県の対立は抜き差しならぬ事態に発展した。

 翁長県政は、辺野古新基地建設をめぐり、工事差し止め訴訟を起こすことを決めた。7月14日の県議会最終本会議で可決承認を得て手続きに入る。海面埋め立て承認は知事権限に属する、と主張し、国権と地方自治の平等性、県民の多数意見(民意)を論拠に裁判に臨む方針だ。これに対する政府は、県の提訴を全く意に介さず「辺野古は最高裁判決(県敗訴)」で終わった」と断ずる。辺野古新基地の護岸工事は、キャンプ・シュワーブゲート前や海上カヌーグループなどの反対・抗議行動を排除しながら、強引に進められる。ブロックや土砂の投下で、自然の海岸は、日に日に変貌しつつある。まやかしの「抑止力と地理的優位性」を理由に、沖縄の軍事基地を位置づけ、辺野古や嘉手納の機能強化を図る。一体何をもって「負担の軽減」と強弁するのか。

 再び沖縄が軍事要塞化され、行き着く先は「捨て石」となる。そのことへの県民の拒否反応は、沖縄戦で受けたトラウマの根深さを体現しているのだ。

 (元沖縄タイムス編集局長)

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