わからないこと、とりあえず二つ

■臆子妄論 

わからないこと、とりあえず二つ

                                                                               西村 徹 

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■1.フェルメールの絵『牛乳を注ぐ女』


  11月18日、NHK「新日曜美術館」でフェルメールの「牛乳を注ぐ女」を取り
上げていた。12月17日まで国立新美術館で見ることの出来た絵だ。大橋巨泉が
「あれウソです」と言った。どこがウソかというと、牛乳を注ぐのに壺の底が水
平より上に持ち上がっていないからだという。「丸い壺だから、これじゃ注げない。
でしょう」。参考に映した当時の風俗画でヘラルド・ダウの「窓際の女の使用人」
が花瓶かなにかの水を窓の外にぶっちゃけている絵を指して、「これが正しい。底
がちゃんと上がっているでしょう」と言う。

 フェルメールの絵は描写の細密が特徴だ。カメラオブスキューラという一種の
ピンホールカメラを使って確かめるほど細心であった。窓ガラスの割れ目から差
し入る光が窓枠に当たる部分は明るい色に描き分けた。国立新美術館のキュレー
ターが言うには、ダウの絵では投げ出される流水は直線だが、フェルメールでは
注がれる牛乳の滴りは直線でなく螺旋になっている。それほどまでに観察は精密
だった。そのフェルメールが巨泉のいうような「ウソ」を描くだろうか。
  水道の栓を捻って勢いよく出せば流水は直線の束になる。栓を絞ってゆくと螺
旋の縺れ合いになる。桶から水をぶっちゃけると滝のように直線の水の束になっ
て落下する。だからダウの絵もフェルメールの絵も、どちらもそれぞれの場合に
応じて「正しい」。
 
とにかくフェルメールの「牛乳を注ぐ女」が勢いよく牛乳をぶっちゃけていな
くて、落ち着いた手際で注いでいることは絵で見ても常識で考えてもわかる。い
きなり壺の尻を持ち上げてドドッと牛乳をぶっちゃけたらどうなるか、ちょっと
考えたらわかるはずだ。壺は一般に丸いが、仮に四角な壺であっても注ぐときの
角度には関係しない。

 ミルク壷が巨泉の言うような角度になるときはないことはない。注ぎ終わる手
前ぐらいのときはそうなる。そのときだけで、最初から注ぎ終わる手前ぐらいま
で相当の間そんな角度になるわけがない。さらに巨泉の言うことが振るっていた。
「おそらくいまフェルメールが現れて『これウソじゃない』って言ったら『いや
あ、注ぎ終わったところだ』って言うかもしれない」。
  「ウソ」という語を都合3回は言ったと思う。「ウソ」とか「正しい」とか、口
から出まかせ、独断的な物言いはなかなかハッタリが効く。他の三人はお上品で
「それ、ちがうでしょう」とは言わないから巨泉は頓狂なことを得意になってま
くしたてていた。
 
わずか40x45センチのこの小さな絵が持っている圧倒的な量感は、労働する女
のその集中と、威厳が言いすぎならば存在の充実と生活の奥行きから来る。17世
紀オランダ市民社会の、飾り気のあるものはいっさい身につけていない下層の女
の堂々たる姿態が発する代赭色のかがやき。その重厚さは、あえて言うなら社会
主義リアリズムのものだといってもおかしくない。
  もちろん巨泉ほか四人が四人とも、そしてキュレーターを含めて誰もそんなこ
とは言わなかった。それほどこの絵は深く重い。風俗画であって風俗画を超えて
いる。風俗ではなく生活が根のところで捉えられている。バルビゾン派のジャン
=フランソワ・ミレーに繋がるものもある。おしだしのよい体躯、とりわけ両肩
と胸郭の張りには一抹ながら大物の天平仏にも通うものがある。顔は目を伏せて
いるせいか内を向いて沈んで見える。頼もしさ溢れる体格とうらはらに表情に漂
う微かな暗愁のコントラストが人びとを困惑させる。
 
「真珠の首飾りの女」とちがってミスコンやフィギュアスケートを見る目で見
るわけにはいかない。けっして俗受けする絵でないから巨泉の「好みじゃない」
のはよくわかる。それはそれでよい。それぞれの絵について「響きあうもの」が
あればある、なければないで、なにを言うのも随意であるが、壺の傾き加減など
と要らざる茶々を入れる余地はまったくないと私は思う。
  しかし、あんまりまことしやかに晴れ晴れと、しかも弾んだ大声で言うから私
も少々心配になってきた。どうしても巨泉の「ウソ」のほうがウソだと私には思
えるが、ウィキペディアでも高解像度の画像が見られるから念のためお確かめの
上ご意見をいただきたい。


■2.ゲオルク・ショルティの死


 こんどは音楽家の話、というより音楽評論家の話だ。ゲオルク・ショルティと
いう指揮者が死んだのは1997年9月5日だから、ちょうど10年前だ。85歳だっ
た。南フランスのホテルで朝ボーイが見に行ったらベッドのなかで死んでいた。
前夜には自伝を書き終えていた。けっこうな死に方だと思う。
  旅先で死んだのだから客死といえば客死だ。しかし2001年アイーダを振ってい
て突然心臓梗塞で昏倒した、まだ54歳だったジュゼッペ・シノーポリの場合とは
ちがう。ましてやオスカー・ワイルドがパリ左岸のリュー・デ・ボーザールの安
宿で世に疎んじられ、失意と貧窮のうちに46歳で息絶えたのとはわけがちがう。
ショルティの場合は大往生というべきであろう。
  ところが日本の高名かつ高齢の音楽評論家はいかにも悲惨な死にざまとしてそ
れを伝えた。まるで横死であるかのように書いた。いったいどんな死に方なら気
がすむのか、この評論家はなにを考えているのか訝しく思った。長患いのすえ家
族が介護にへとへとになった挙句に死ぬのが大往生だとでも思っているのであろ
うか。

 私事にわたるが私の父は80年8月スリランカへの旅の途中マニラ上空の機中で
死んだ。釈迦入滅と同じく80歳であった。もちろん不慮のことゆえ残った者の愛
別離苦は激しかった。とりわけ私の母の嘆きは見るも痛ましかった。さりながら
父の友人の多くは「天竺の空に逝けり」と羨んだ。
  杉浦明平も「疲れたから風呂に入って寝る」と言って翌朝死んでいたと聞く。
羨ましく思う。英語でも寿命が来て心臓が止まって死ぬのはeasy death というら
しい。(Graham Greene; TRAVELS WITH MY AUNT, Bodley Head 1969, pp 11
に ' I hope that her death was an easy one.' 'Oh yes, you know, at her time of
life--her heart just stopped. She died of old age.' とある。)

 齢八十を過ぎて立ち去るべき日も遠からぬ者にとって最大関心事の一つはなる
だけあっけなく死ぬことである。どれだけ近親者に介護の労苦を背負わせずに死
ぬかということである。死ぬとなったら急いで死ぬことである。介護疲れの果て
に起きる悲劇は世間に溢れている。「カネさえあれば何でも買える」末法の世だか
ら金持ちは考えなくてもすむ。聖路加などという豪勢な施設で死ぬのならば、い
くらゆっくり死んでも家族に累はおよばない。
  しかし一般庶民はそうはいかない。なるだけ手間ヒマのかからない、はた迷惑
にならない死に方がいい。だからショルティの自然死を羨ましく思う。それを「悲
惨」だなんて、この評論家はよほどカネがあると見える。一般庶民の気苦労は視
野に入らないらしい。それとも自分は死なないとでも思っているのであろうか。
                     (筆者は大阪・堺市在住)

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