アジアにおける経済動向の社会的側面

■アジアにおける経済動向の社会的側面 小島 正剛

~第15回ソーシャル・アジア・フォーラムに出席して~           

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 第15回ソーシャル・アジア・フォーラムは、さる2010年11月11-12日、台北で
開催された。奇しくも、ソウルで初のG20開催と期を同じくしていたのが面白い。
G20に向けては、国際労働運動が雇用重視の「声明」を提起してはいるものの、
進歩の社会的側面の論議は殆ど度外視されていたようだから、東アジアにおけ
る社会的公正を重視するソーシャル・アジア・フォーラムは、筆者にとって、と
ても居心地の良い空間だった。
 
  ソーシャル・アジア・フォーラムは、このマガジンの連載寄稿者でもある初岡
昌一郎氏を中心に立ちあげられ、回も重なって15回。今日その構成は日本、韓
国、中国、台湾の4ヵ国地域からなっている。いかなるイデオロギーにも縛られ
ず組織を代表することもなく、参加者は個人の資格でやってくる。

 特段の決議や声明を発するでもない。そうした自由な空間にあって、参加者
は、主として「労働」「労働の世界」を中心に情報を共有し、論じ合い、刺激し
合ってきた。大まかに言えば東アジア共同体構想への道筋の上にあると言っても
よいだろう。
 
  今回は、手続き上の理由ということで、中国からの参加が得られず、55人の出
席者を大いに失望させた。しかし、後に述べるように、報告予定者であった中国
労働関係学院教授らが事前に提出したレポートは、剋目すべき内容で出席者一同
に強い印象を与え、失望感を和らげたのである。
 
  今回フォーラムのテーマは「アジアにおける経済動向の社会的側面」であり、
サブテーマには「雇用と所得における公正と社会的保護」が掲げられた。あらか
じめ4ヵ国地域からそれぞれ2本の報告が用意され、フォーラムの公用語である日
本語、中国語、韓国語に翻訳されて、事前に参加者に配布されていた。

 そうした作業は従来通り各国内のフォーラム調整役が担当した。会議はこれら
3ヵ国語の同時通訳で進行したが、一般的に国際会議ではキー言語となる英語が
抜けている。このことは、フォーラムの持つもう一つの特性を示しているように
思われる。そして、初期のころから同じ、熟達した同時通訳者がボランティア的
に協力しており、かれらはあたかもフォーラムの一員である。
 
  フォーラム初日は、地元の受け入れ側が招請した、台湾行政院労工委員会副主
任委員(労働次官)潘世偉氏の基調講演「変遷中の台湾労働事情」で始まった。
氏は孫文革命から説き起こし、経済動向に触れ、その中で最近浮上した法改定、
とくに「集団的労働三法」とされる「工会法」、「労使争議処理法」、「団体協
約法」の改定状況に言及し、一定の前進を見たとした(後述)。氏はかつて労働
運動の中枢にあり、このフォーラムにも数度参加している。

 米国留学後は文化大学教授に転じて、馬政権に登用された人物である。氏の台
湾労働運動に対する見方は厳しく、当地における団体交渉が一般的に名目的で実
体に乏しく、法定最低賃金を上回る賃金協定はごく少数派だと指摘した。
 
  本会議のセッション1(中国)は、既述したように中国参加者不在の中、台湾
の出席者が中国レポートを要約、代読した。その一つは中国労働関係学院の任小
平副教授の提出した「給与交渉制度に関する考察と改善」である。任副教授は、
30年に及ぶ中国経済の奇跡には、付随して政府が「矛盾の多発期」とする社会問
題の突出があると指摘。背景には「富が政府や経営側に隠されている」事実があ
るとして、「分配のアンバランスが中国の労使間矛盾を引き起こす主要要因とな
っている」と喝破した。

 最近の富士康集団の労働者13人の連続飛び降り自殺、平頂山紡績集団の労働者
による一連の労使紛争の発生はその事例だとした。社会の安定と労働者権益の問
題は、労働組合が直面する新たな課題としつつ、「最低賃金基準の大幅引き上げ
」、「賃金交渉の制度化の促進」などが緊急課題であり、現在の労使問題の核は
依然として経済問題であると指摘した。マルクスが言った、経済関係のない社会
関係は「虚構」という分析を引いたのであろう。
 
  もう一つのレポートは、中国労働関係学院の許暁軍教授と中国人民大学労働人
事学院の呉清軍講師の合作になる、「労使紛争と労働組合対策についての研究報
告」であった。内容は、中国労使関係における「集団性事件」の現状とその理論
的解釈が中心であり、4つのテーマで構成されていた。

 まず1「労使関係における集団性事件の性質」では、労使間の衝突は利益衝突
であると同時に理論的衝突であり、権利紛争と利益紛争を内包しているとした。
2「現在の集団性事件の特徴」では、集中勃発や突発性傾向が特徴で、その誘因
は多元化している。また、集団性事件の表現方法が多様化しており、抵抗の度合
いが激しさを増している。

 労働者の自発的組織力が強く、組織化レベルが高まりつつある、と記述してい
る。3「集団性事件の根源」では、労働者の法的権益が効果的に保障されていな
いと明快に指摘。低賃金や不十分な福利厚生、長時間労働や重い労働負荷、劣悪
な労働条件、多発する職業病を指弾、労働者の権利の多くが周縁化しているな
ど、諸課題を掘り起こしている。

 さらに、利益表現手段の制度化もスムーズでなく、例えば団体交渉制度の欠陥
集団性労使紛争の和解・仲裁制度の不備が深刻であるとし、一方で労働者の権
利意識は近年高まりつつあると指摘した。さらに、4「労働組合の労使関係にお
ける利益バランス、および表現メカニズムの構築」では、労働組合を労使関係に
おける重要な主体と明確に位置付け、その機能を十分に発揮させるべきとしてい
る。

 着手すべき第一点は「立法分野」で、①市場経済に適応できぬ「工会法(労働
組合法)」を速やかに改定すること、②労働組合が労使関係上のバランスをとる
上で重要な二つのメカニズム(末端民主管理システムと平等交渉メカニズム)の
立法化を果たすこと、③現時点では集団行為(ストライキ、職場放棄、集団陳情
など)の明確な法規定が欠落している。

 第二点は「政策分野」で、労働組合の役割を明確にすることが肝要とし、「企
業内の三組織」、つまり党組織、労務管理組織、労働組合の、三者関係を調整す
ることが必須の課題だと指摘した。
 
  席上補足的に配布された資料「団体行動が中国の労働組合の改革を推し進め
る」(中国労働関係学院労使関係学部)は、労働者の連帯行動なくして労働組合
の改革は望めぬとし、労働組合の改革は中国の政治体制全体の改革と密接に関連
していることを指摘する必要がある、と記述しているのが注目された。
 
  中国に次いでセッション2(日本)でも、二本の報告が行われた。いずれも高
い関心を集めたが、紙幅の都合で日本以外の報告を中心に紹介すべく、ここでは
報告者の氏名とテーマのみにとどめたい。すなわち一つは濱口桂一郎氏(労働政
策・研修機構主任研究員)による「新しい日本型雇用システム」であり、もう一
つは龍井葉二氏(連合総研副所長)による「日本における経済・雇用システム」
であった。
 
  フォーラム二日目は、セッション3(韓国)で始まった。最初のレポートは、
林尚勲氏(漢陽大学教授)による「破片化し、調整されていない非正規雇用労使
関係システムの、調整されたシステムへの変化-プラント建設事例を中心に」で
あった。

 林氏は、IMFの介入を受けた金融危機(1997-1998年)以降、超企業労組(産
別など)の結成が急増、労使の葛藤が今日に至るまで継続しているとし、一方に
おいては非正規労働者を中心とする超企業労組の結成も加速化していると報告し
た。

 その事例としてプラント建設労働者の場合をとりあげ、地域・業種別労組を結
成しようとする代表的な労働者階層であると指摘した。また、欧州の事例と比較
しつつ、請負関係と雇用、交渉、賃金の状況を分析、韓国プラント建設労使関係
システムの実態を解明し、低い組織率と重層的な請負制によって破片化している。

 しかも断続的な雇用と頻繁な労働移動、そして一部地域の使用者の個別交渉要
求などが、こうした破片化をさらに進める可能性が高いと展望した。林氏はま
た、破片的労使関係システムが多くの労使葛藤を引き起こし、社会的費用を高め
ており、低賃金と長時間労働などを通じてプラント建設業の弱体化をもたらして
いる。そのため、政府施策は言わずもがな、調整された労使関係システムを構築
して労使関係の安定化と競争力のあるプラント建設業種を目指す必要があると結
論づけた。
 
  もう一つのレポートは、全明淑氏(韓国労働研究院研究員)による「労働市場
における脆弱階層の職業訓練-労使共同訓練事業を中心にして」であった。全氏
は、労使共同訓練事業が新しい職業訓練制度として浮上していると指摘。その背
景として、従来の中央・地方の訓練事業の問題点、とくに大手企業と中小企業の
受益不均衡、非正規職と正規職との訓練格差、非正規職労働者の訓練の非効率性
などの諸問題に言及、こうした公共の人的資源開発(HRD)への批判的な分析を
踏まえて、労使共同訓練事業がスタートしたと説明した。

 具体例を示す中で、2008年には19億ウォンの予算で実施、訓練に参加した事業
機関は12、参加者は合計2896人。そのうち在職労働者(非正規職を含む)が2431
人、失業者は465人であった。正規職への転換は26人、賃金上昇は408人、昇進
234人、就職したのは253人と54%の就職率を示した。さらなる改善が求められる
と政策提言に触れつつも他方で、労使共同事業を通じて労使葛藤の予防や、労使
ウィン=ウィンの関係を共有したとも指摘し注目された。(討論省略)
 
  最後のセッション4(台湾)は、地元のレポートを中心に進行、質疑がなされ
た。最初の報告は、彭百崇氏(文化大学教授)の「現代台湾における就職問題と
社会的公正について」であり、もう一つは韓仕賢氏(台湾銀行員工会全国連合会
秘書長)による「新『集団的労働三法』の現状と台湾の労働組合に及ぼす影響」
であった。
 
  彭氏は、かつては台湾も「経済の奇跡」、「貧富格差の圧縮」で特徴づけられ
たが、とくに2002年WTO加盟以降は経済成長が鈍化、賃金は停滞。09年8月失業率
は6.13%と史上最悪を記録したとし、景気変動が循環的失業を発生させたと説明
した。

 貧富格差は90年代をベースに5倍となり、09年には6.34倍とこれも史上最大を
記録したと多様な二極化に言及。設備投資が進まず、労働装備率も高まらず、生
産性は低下した。労働力需給面では企業はハイテク人材の育成を怠り、人的資本
ストックが増加しなかった。制度面では97年からの10年間、賃金調整は進まず、
低成長下とはいえ、台湾労働者は正当な分配を得ることはなかったと結論付けた。
 
  もう一人の報告者、韓氏は、「集団的労働三法」(前出)が長期にわたって改
訂されず、労働運動の強い抗議が連続したと述べた。その後紆余曲折を経ながら
「団体協約法」が07年、「労使争議処理法」が09年、そして「工会法」が10年
6月に、それぞれ改定案が可決し、そのすべてが11年6月に施行される運びとなっ
たと報告した。「工会法」改定で関心を呼んだのは、強制的な組合加入の条項を
めぐるせめぎ合いであった。

 民主化前の国民党時代、対中国の緊迫した状況の中で労働行政を治安面から重
視、労働統制を強化すべく導入された強制条項であったから、結社の自由の視点
から排除すべきとの見解も有力であったようだが、力関係にバランスを欠く労働
側は、この条項の維持を強く求めたという。結局企業に組合がある場合は新規従
業員も加入するという条件付きで、維持されることになったという。
 
  この問題は休憩時間にも論じられ、強制的加入条項の有無にかかわらず組織率
は低いとするコメントが注目された。いずれにせよ、三法に関しては未解決の部
分が残存している。ILOの中核的労働基準を100とした時、改正法は何点ぐらいに
評価できるかと質問すると、会場では50-60点との厳しい回答があった。後刻、
台湾労働問題の大御所に再度尋ねると、80点ぐらいだろうとのことであった。
  総括討論の後、次回開催は2011年、従来の輪番に従い東京に決定した。
 
  今回のフォーラムを振り返って思うのは、どのレポートも高い水準にあり、刺
激的な内容であったということである。わけても、中国レポートは、他の国際会
議やセミナーなどでは滅多に触れることのない、剋目すべき内容であり、それが
中国の内側からする発信であるだけに価値がある。そしてそれは、今回が初めて
の経験ではない。それだけでもこのフォーラムに参加する理由がある。反省点や
今後の展望についてはまた別の機会に譲りたい。

           (筆者は元國際金属労連(IMF)地域代表)

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