【コラム】海外論潮短評(95)

アフガニスタン戦争 — 交渉による和平の条件が成熟

初岡 昌一郎


 アメリカの国際問題専門誌で、世界的に影響力のある『フォーリン・アフェアーズ』誌7/8月号が、「アフガニスタンにおける交渉の機会」という、注目に値する論文を掲載した。この論文の共著者二人は、ジェームス・ドビンス(ランド・コーポレーション外交安全保障研究所会長)とカーター・マルカシアン(海軍分析センター分析官)である。

 この二人はともにオバマ政権による対アフガン政策を担当し、これまでアフガン和平プロセスに深く関わってきた。前者は2013年までオバマ政権のアフガニスタン・パキスタン担当特別代表、後者は2014年までアフガン駐在米軍司令官ダンフォード将軍の政治顧問であった。現政権の対アフガン政策に深く関わってきた筆者たちは慎重な姿勢をとりながら、アフガン戦争の終結が近々実現する可能性が成熟したことを強く示唆している。

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タリバンとの交渉を如何に進めるか
    — 和平機会の一歩前進・二歩後退の経過
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 アフガニスタンにおける平和それ自体ではないとしても、和平交渉は視野に入るようになってきた。ここ数か月の間に、アフガニスタン政府、パキスタン、アフガン・タリバンの3当事者は、交渉に向けて予想以上に長足な前進を遂げている。5月初旬、タリバンとアフガン政府のメンバーがカタールで会談し、正規の交渉を始めることに関心を示した。これは歓迎すべきステップである。

 2001年以降、和平交渉の機会は訪れ、また去って行った。ある場合にはプロセスが政治的理由から、他の場合にはアメリカ政府の対タリバン交渉への消極的態度から行き詰まった。また、意思疎通を欠いたことや、政治的コンセンサスの不在から話し合いが物別れとなったこともある。アフガニスタンにおける武力衝突を収束させるためには、平和交渉が最善の方法であるとアメリカが完全に納得した2010年以後、前進が見られるようになった。しかし、その後も歩みは遅々としており、中断されがちであった。

 しかし、今度は異なる可能性がある。アフガニスタンの新大統領アシュラフ・ガニは和平交渉を中心的課題として取り組んでいる。パキスタンと中国の両国はともにプロセスの飛躍的展開を望んでいるように見える。そして、タリバン自身が武力行使終結を支持する用意のあることを示唆している。アメリカはこの好機をとらえて、和平プロセスを前進させるべきである。

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今年に入って絶好の機会が到来
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 和平交渉の好機が今年2月に突然再現した。今回は成功の見通しが明るい。パキスタン陸軍総司令官ラヒール・シャリフ将軍がカブールを訪問、タリバンがアフガン新政府と交渉開始を望んでいることをアフガン新大統領に伝えた。彼は、パキスタンがこれ以上戦争を継続するのを容認しないとタリバンに告げたことを明らかにした。これに続き、5月にカタールにおいてタリバン代表とアフガン和平協議会高官との非公式会談が公然と行われた。

 幾つかの異なる理由が、今度の機会をこれまでよりも有望なものとしている。第一がカブールにおける新政権成立である。カルザイ前大統領は対米関係を悪化させていた。彼はワシントンよりも10年前にタリバンと接触しようとしたが、アメリカ高官が同じ見解に達した時には、もはやアメリカを信用していなかった。カルザイは、アメリカがタリバンとの合意でアフガニスタンを分割するのを恐れ、対タリバン交渉を独占しようとした。カルザイは、アメリカがこの地域に軍事力を残すために戦争を継続させ、交渉をさぼっていると疑っていた。

 2014年後半にカルザイの後継大統領となったガニは、異なる立場を公約していた。後に首相となった対立候補のアブドラ・アブドラもカルザイとは異なり、譲歩を支持し、他国政府と協調して交渉による和平の実現を主張していた。ガニは昨年10月の北京訪問中、中国が和平交渉を要望したのに応えて、他国政府も和解プロセスを支持するように求めていた。ガニは、中国、パキスタンおよびアメリカ政府の代表と和平プロセスについて会談している。

 第二の有望な展開は、交渉に対するパキスタンの積極的な姿勢である。2002年以後、パキスタンはタリバンにサンクチュアリ(安全な隠れ家)を提供してきた。2001年から2008年までパキスタン大統領であったムシャラフ将軍はアフガンニスタンにおける権益を確保し、インドの域内における影響力に対抗するために、意図的にタリバンを支援していた。近年、パキスタンの民政・軍事の指導者たちはこの行為を止めると約束してきたが、事態はほとんど変化していなかった。これが最近変化し始めた。

 中国が、パキスタンが和平交渉を支持する方向に転じる上で役割を演じた。ガニの北京訪問後、中国政府はタリバン代表団を招待し、タリバンを和平プロセスに参加させるためにパキスタンに対する援助を追加した。両国は長年にわたる密接な友好関係を保ってきたので、中国の要請はパキスタンに対してウエイトを持った。回教徒住民が多数を占める新疆省西部はアフガニスタンと国境を接しているので、中国としてもアフガニスタンの安定に強い関心を抱いている。中国はまた、アフガニスタンにおける鉱物・エネルギー投資にも関心を抱いており、内戦によって国土が荒廃するのを望んでいない。中国はさらに高い見地から、特にアメリカ撤退以後、域内における安定を促進することにより大きな役割を引き受けようとしている。

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タリバンは何を望んでいるのか
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 さまざまなプレイヤーの中で、タリバン自身が最も交渉に後ろ向きかもしれない。穏健派の中央指導部と有力な宗教的指導者たちは、長年の流血に終止符を打ちたいと望んでいる。しかし、他のタリバン指導者には強硬路線をとっているものがいる。2001年以後にタリバンがカムバックしてから、彼らは長期戦での全面勝利を信じている。タリバンが交渉のテーブルに着くのを躊躇っているのは、内部分裂の所為とみる報道がある。

 タリバンはまだ戦闘を停止していないし、交渉が妥結するまで戦闘を止めるとは思えない。2014年には近年最大の攻勢をかけ、ヘルマンド州南部で政府軍を巻き返し、カンダハル、クンドゥス、ナガルハールの諸州を攻撃した。戦場での全面勝利を期待している限り、タリバンは交渉に応じないだろう。パキスタンと中国はタリバンに影響力を持っているが、強硬派は国外からの圧力に抵抗するとみられる。

 タリバンが交渉に参加するとすれば、次の問題は彼らがどこまで譲歩するかである。何人かのアフガニスタン専門家によれば、アメリカが提示している最重要3条件にタリバンは同意するとみられる。それらの条件とは、(1)アルカイダと絶縁すること(2)多国籍軍撤退後、タリバンが他国を攻撃しないこと(3)外部のテロ集団にアフガニスタンを基地として利用させないことである。しかしながら、アルカイダとの公式な絶縁声明は和平交渉において望む要求を獲得した後に初めて出す、とタリバンは明言している。

 より大きな対立点は憲法をめぐるものである。タリバンにとって、憲法承認の要求は傀儡と見做してきた現政権の容認に等しい。タリバンは自らが参加する新政権の樹立を望んでおり、和平協定は停戦だけではなく、アフガン国家の再編成を意味している。

 タリバンのもう一つの主要な要求は、アフガニスタンから米軍を完全に撤退させることである。外国による占領こそがタリバンが大衆を結集した主要な理由である。全外国軍隊の撤退後にのみ停戦に応ずるという立場をとっている。

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戦争と平和
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 交渉による解決の機会のために小さな窓口でも開かれるならば、アメリカはそれを見逃すべきではない。話し合いはアフガン人によって主導されるべきことには全関係者が合意しているが、中国、パキスタン、アメリカの三カ国は、直接的あるいは間接的に関与すべきである。

 アメリカは交渉を前に進めるために、次の5つの具体的ステップを実行すべきだ。

(1)タリバンの軍事的圧勝を阻止すること。和平は戦場から生まれるので、州都などの重要拠点を制圧すれば、妥協による和平よりも戦争継続による完勝を望む強硬派が台頭することになる。

(2)和戦両面での対応能力をもてるように、ガニとアブドラの新政権を軍事と経済の両面で助けること。これまでのアフガン政府は「決められない」政権モデルであった。より効果的に話し合うよう、国際社会と協力してアフガン両陣営に働きかける。

(3)タリバンを交渉の席に着けるために、パキスタン政府の関与を促進すること。アメリカ軍撤退の可能性は、核武装やアルカイダに対するパキスタンの政策変更を促すことができる。アメリカはその軍事と民生に対する多額の援助供与に、タリバン国外追放と和平交渉促進努力という条件をつける。

(4)実現可能な和平協定は、タリバンの政権参加と新憲法による国家の再構成であることをアメリカが容認すること。ただし、現行の人権保障上条項を残すことに全当事者の合意を取り付けること。

(5)アメリカ軍の駐留は、新憲法についての合意とその後の選挙実施まで必要となるかもしれない。しかし、撤退後も戦略的パートナーとしてコミットし、最低限の軍事援助を行うことを約束する。

 ほとんどのアフガン問題専門家は、戦争が未だ何年も続くとみている。また、アメリカが経済的軍事的援助を継続することによってのみ、アフガン現政府が権力を維持でき、さもなければ、暴力的な軍事集団が割拠するとみている。これに対し、和平プロセスはもう一つの選択肢を提供するものだ。これはアメリカが決断と忍耐を持って追求すべきものである。その成功は保証されてはいないが、長期的に見て、試みるに十分値するものである。

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■ コメント ■
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 任期が残り1年半を切ってきたオバマ政権は、内政面では議会の多数派を共和党に握られており、激しい対立と妨害のためにあまり成果を上げることができなかった。その半面、大統領権限でイニシアティブが発揮できる外交面において、このところ精力的に新しい地平を切り開いてきた。キューバとの国交再開、イランに対する制裁解除と国交正常化のために突破口が開かれた。不思議なことに、これまでキューバやイランが「悪の根源」として長期にわたりバッシングされてきたのにもかかわらず、国交の回復と制裁解除は明るいニュースとして歓迎され、国民的な支持を受けている。オバマの支持率はこれにより50%台に回復してきた。

 これに次いで、アフガン和平を当事者間の和解によって達成できれば、長年にわたって世界を悩ませてきた戦争とテロは鎮静化に向かうと期待されており、オバマ政権は歴史的な貢献を行うことになる。本論文に指摘されているように、この途上にはアメリカ政府がコントロールできないさまざまなファクターが複雑に絡まっており、必ずしも楽観的な予断を許さない。だが、ロンドン『エコノミスト』7月12日号が伝えるところによると、中国政府の仲介により、アフガン政府とタリバン代表との会談が、新疆省都ウルムチでその後も行われている。

 ここにきて国際紛争を妥協と和解によって解決する機運が盛り上がっている背景には、ポスト・オバマ政権が民主・共和のいずれの党の大統領によって率いられるとしても、オバマ政権よりもタカ派的な路線に復帰する可能性が高いことがある。関係者の間には、現政権下で解決を図りたいという気持ちが働いている。

 ブッシュ前大統領の「対テロ戦争」とアフガン戦争開始に、上院議員時代のオバマとケリー国務長官が反対したのに対し、クリントン前国務長官は賛成票を投じていた。キューバとイランの問題解決は、ハト派的なジョン・ケリーがヒラリー・クリントンを後継して国務長官になったことで促進されたことを見逃せない。ケリー長官の世界観と政治的立場は、ヒラリーと比較してはるかにオバマに近い。利害関係が輻輳しており、大胆な政策展開が容易でない社会経済問題と比較して、外交や安全保障では国家指導者の理念が反映されやすいので、近い将来のアフガン和平は期待しうる。

 イラン、キューバ、アフガン、イラク、北朝鮮など、安全保障上の主要な問題解決は、軍事によってではなく、和解と和平交渉によってこそ可能になることが、このところのアメリカの外交政策で立証されつつある。このことの意義と今後の国際関係にたいするインパクトは非常に大きい。アメリカのハト派によるイニシアティブが効果を上げたのには、ロシアおよび中国の公然ないし暗黙の協力がカギとなっていることも無視できない。キューバとイランに対するアメリカの和解路線には、ロシアと中国がこれを後方支援してきた。この論文も、立場の異なる関係各国との協調がアフガン解決にとっていかに重要かを強調している。

 こうした、和解路線的な国際関係が現下のメインストリーム的動向となっていることに照らしてみれば、安倍政権の軍事力強化による「集団自衛権行使」幻想がいかに危険で、後ろ向きなものかが浮き彫りになる。安倍首相の云う「積極的平和主義」とは、近隣諸国との武力衝突を辞さない「積極的平和妨害主義」に他ならない。集団自衛権や沖縄基地問題で安倍政権が「アメリカ政府の云うまま」に動いていると見るのは一面的だ。アメリカ国内の政治ダイナミズムや、日本国内外の産軍共同体と国際的ウルトラ保守勢力の意図と戦略を分析することなく、アメリカを一枚岩的に見てはならない。国家対国家の枠を主軸に国際関係を捉えることはナショナリズムの悪しき遺産である。

 (筆者はソシアルアジア研究会代表)


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