アメリカが薬の特許にこだわる理由

【オルタの視点】

アメリカが薬の特許にこだわる理由

― アメリカの対日最大輸出品は医薬品と医療機器 ―

篠原 孝


 最後といわれたTPPのハワイ閣僚会合が合意しなかった理由の最大の要因は、バイオ医薬品のデータの保護期間を巡る対立だった(アメリカ12年、その他の国5年、日本8年)。アメリカがなぜこだわり、他の国もなぜ絶対に譲らないか不思議に思う人が大半だろう。
 この点については既に2年前に本シリーズ5「薬の特許強化で日本の医療制度が崩壊するおそれ」(13年9月25日)で触れたが、ここに数字を示しながらより具体的に示すことにする。

◆◆ <世界的企業が多いアメリカ医薬品業界>

 アメリカの産業界の中でTPPに1番力を入れて、輸出しようとしているのが医薬品業界だからだ。日本が初参加した閣僚会合がブルネイで開かれたが、そこにはアメリカの医薬品業界から多く来ており、関係者の意見交換会で特許の重要性を力説していた。日本からは、農業界が大半で、特定の産業界からの参加者はなきに等しかった。

 アメリカの製造業は、自動車さえもう国家の保護を受けなければ存続できないぐらいに競争力を失っている。航空機器業界、IT業界、軍事関連産業等ごく一部を除くと見るべきものがない。そうした中で、医薬品業界だけは別格で異彩を放っている。世界の大手製薬企業の上位10社に、1位ファイザー、3位メルク、8位ジョンソン&ジョンソン、9位イーライ・リリー、10位アボット・ラボラトリーズと5社もひしめいている。他には、スイスに2位ノバルティス、イギリスに7位アストラゼネカ等世界に名の知れた企業が名前を連ねている。残念ながら我が日本は12位武田、17位アステラス、19位第一三共、20位大塚と10位以内はゼロであり、日本の医薬品業界は思いの他低位でなさけない結果である。

*資料1:医療費・薬品支出の国際比較
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◆◆ <国をあげて医療産業を育成するアメリカ>

 NIH(国立健康研究所)を中心にして研究開発投資を続けてきており、多くの技術革新がアメリカで起こっている。総合産業の一つである医薬品は、発展途上国では金がかかりすぎてとても研究開発はできない。アメリカは医学研究に15兆円をかけているといわれており、その多くが新薬の開発にも使われている。従って、TPPでのアメリカの主張の根底には、長年かけて造り上げたものをそう簡単に外国に手に入れられてはたまらないという執念めいたものがある。

◆◆ <医薬品業界はアメリカの有望産業>

 アメリカの医薬品及び医療機器の貿易に占める割合をみてみると、相当巨大な産業であり、将来の成長産業であることがわかる。産業分類や品目の分類が各国まちまちなので、正確に捉えるのは難しいが、アメリカの貿易統計(2014年)からみると、アメリカの輸出のうち医薬品は10位440億ドルであり、医療機器は415億ドルと続く。そのうち日本の輸入は医薬品は4位36億ドル、医療機器は2位47億ドルであり、アメリカにとっては大お得意様となっている。
 もう一つ、アメリカから日本への輸入をみると医薬品3,974億円(5位)で、医療機器4,351億円と合わせると合計8,325億円となり、1位の穀物類5,083億円、2位航空機器類4,913億円を凌ぐ、最大の輸入額となる。ここに、アメリカが医薬品(や医療機器)にこだわる理由が存在する。

*資料2:アメリカにおける医薬品・医療機器産業の重要度
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◆◆ <医薬品業界の標的は金持ち日本の団塊の世代>

 アメリカの標的は金持ち日本であり、なかんずく65歳を超えて高齢者入りした団塊の世代である。団塊の世代の男性は、故郷を離れた太平洋ベルト地帯で職を得て、高度経済成長の先兵として社畜と呼ばれるほど猛烈に働いたはいいが、今はその企業からも突き放され、かといって子供たちはあまり大事にしてくれず、家族と地域社会との絆も希薄になり、一人静かに老いているといってよい。団塊の世代は、病気なったら働きまくって貯めたお金を惜しむはずはない。アメリカは、彼等に高い薬を使わせようとする遠大な計画を立て、TPPを通じて着実に実行に移しつつある。

◆◆ <医療支出でアメリカを追いかける日本>

 アメリカには、日本は何でも数年遅れでアメリカと同じようになっていくという見方がある。最近(2010年又は11年)の1人当たりの医療費支出を比較してみると、アメリカ8,508ドル(OECD加盟国で1位)に対して、日本は3,213ドル(同18位)と約3分の1、対GDP比はアメリカが17.7%(1位)に対し、日本は約2分の1の9.6%(12位)、また1人当たり医薬品支出をみてもアメリカが985ドル(1位)(対GDP比21%(4位))、日本は648ドル(4位)(同1.9%(5位))とアメリカには追いついていない。

 こうしたことから、日本の医療支出はいずれアメリカ並みに3倍に増えると想定しており、その中でアメリカの高い薬をたくさん使わせようというのである。
 それには特許期間を長くし、更にデータの保護期間を長くし薬価をなるべく高くしておいたほうがいいということになり、12年のデータ保護期間は絶対に譲れないのだ。

◆◆ <日本以外は安い薬代を追求>

 こうした中、ベトナム、マレーシア、ペルー、チリ等の豊かではない国々が、一刻も早く特許期間もデータ保護期間も切れ、安いジェネリック薬品を製造できるように主張するのは当然である。先進国といえどもオーストラリアもNZも医療費の高騰は悩みの種の一つであり、立場は同じである。どこの国も国家が社会保障制度の枠組みの中で、医療に補助を出しており、高い医薬品は財政支出の増加に直結するので、必死に抵抗することになる。

 高齢化が進み医療費の高騰が社会保障費を底上げし財政を圧迫しているのは日本も同じである。日本もスクラムを組んでアメリカと対抗しなければならないはずだ。
 そうした中、一国日本だけは足して二で割る着地点とでも考えたのだろう、8年という中間の期間を主張しているが、両陣営から相手にされていない。どの国も自らの国益を前面に出して交渉しているのに、そうした気配が全く感じられない。

◆◆ <漂流し始めたTPP>

 日本政府とその間違った情報に踊らされたマスコミも、アメリカは、TPAが通り交渉しやすくなったと大宣伝をしていたが、現実は逆なことは前号(【TPP交渉の行方シリーズ41】アメリカの隷属の道具となる安保法制とTPPは同根15.08.06)で述べた通りである。ハワイ会合前にも本件について7月27日には、ハッチ上院財政委員長がオバマ大統領への書簡で、「バイオ医薬品のデータ保護期間は12年でないとならない」と釘を刺している。これに呼応する形でオバマ大統領も「不十分な条件では署名せず」と発言し、アーネスト大統領報道官が「基準に届かない合意には署名しない」と記者会見で述べたように、安易に妥協できない立場に立たされているのだ。これがアメリカがTPAにより、より妥協しにくくなった悪い好例(?)でもある。

 従って合意はますます遠のいているのが現状であり、とても8月中に再び会合を開ける状態ではない。8月7日の各紙が、日本も8月中の閣僚会合を断念と報じたのは当たり前のことだ。

 (筆者は長野県選出・衆議院議員)

※この原稿は篠原孝メールマガジン428号より著者の承諾を得て転載したものです。


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