アメリカン・リベラリズム‐旗手の死

国際情報 短評 (1)          初岡 昌一郎

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●アメリカン・リベラリズム ‐ 旗手の死


 今年3月10日付の『エコノミスト』(ロンドン)は、巻末の追悼欄でアーサー・
シュレジンガー・ジュニアの死をとりあげ、今やすっかり陰の薄くなったアメリ
カンリベラリズムの旗を最後まで守った彼の死を悼んだ。
 シュレジンガーは29才でその著書がピューリッツア賞を受け、第二次大戦後
のアメリカ論壇に華々しく登場した。彼は若くしてハーバード大学歴史学教授と
なり、明解なリベラリズムの立場で健筆をふるい続けた。彼の歴史観によると、
アメリカ史の最悪の時代は共和党保守派が政権を掌握した時代、最良の時代は民
主党リベラル派が政府を担当した時であった。彼のみるアメリカ史最良の時代は、
ルーズベルトによるニューディール改革である。

 彼はケネディ政権においてブレーンとして重用された。ケネディが行った有名
な演説のいくつかは彼の手によって起草された。しかし、彼の夢はジャック・ケ
ネディ大統領とロバート・ケネディ大統領候補という、東部リベラリズムの伝統
を体現する二人の傑出した政治家の暗殺によって粉砕されてしまう。
 リンドン・ジョンソン大統領就任以後、彼は一貫して政権と距離をおき、あら
ゆる政権に批判的な立場をとり続けた。彼はリチャード・ニクソンを嫌い、「イ
ンペリアル・プレジデント」と名付けていた。シュレジンガーのジョージ・ブッ
シュ批判は容赦のないものであった。『エコノミスト』誌の言葉を借りると「シ
ュレジンガー氏は、彼についてあらゆるものを憎悪した。その「予防戦争ドクト
リン、アメリカを救世主とみる想念(“悲劇的な誤り”)、そして反知性主義」を
徹底して彼ほど毛嫌いし、それを公言してはばからなかった知識人は少なかった。


● シュレジンガーの戒めた楽観的民主主義史観


 アメリカで最も権威ある国際・外交問題理論誌とみられている『フォーリン・
アフェアーズ』にシュレジンガーはよく書いていたが、冷戦終結後に「民主主義
に未来はある」という論文を寄稿している(1997年9/10月号)。当時、私はこ
れを読んで感銘というよりも衝撃を受けた。今それを読み返してみると、この論
文は彼の遺言のようだ。今年2月末に89才で逝去した彼は、その後まとまった
意見を発言していないからである(少なくとも、寡聞にして私は知らない)。
その論文の書き出しは、「西洋の歴史で最も恐るべき世紀」(アイザア・バーリン)
が「ハッピー・エンディング」を共産主義の終焉と民主主義の拡大によって迎え
ているとの楽観論を批判することから始まっている。
 彼は、19世紀末に20世紀を迎えるにあたって、楽観的な未来論が盛んに行わ
れたことを想起している。スタンフォード大学学長で19世紀末当時、最高の知
識人のひとりとみられていたデイビッド・S・ジョーダンは、その著書『20世紀
の呼び声』で「20世紀の人類は希望に満ちたものとなる。人類は世界を愛し、
世界は人類を愛するだろう」と楽観論を述べていた。

 ところが、20世紀に入ると民主主義は守勢にまわった。そして、世紀前半は
「戦争と革命の時代」となってしまう。1940年代初頭にはヨーロッパの民主主
義国が相次いでファシズム、ナチズムに飲み込まれ、全世界における民主主義国
はわずか1ダース程度残るだけになっていた。アメリカにおいてさえ「ファシズ
ムを未来の波」と予言する、アン・リンドバーグの著書がベストセラーになる始
末だった。
 ところが1990年代に入ると、共産主義世界が崩壊したことによって冷戦が終
り、民主主義に原理的に抵抗する政治勢力が凋落してしまった。民主主義に代わ
る対抗的政治体制が存在しなくなったとして「歴史の終り」(フランシス・フク
ヤマ)が宣言された。1990年前半には、世界の人口の過半数が歴史上初めて民
主主義体制下に暮らすことになった。ソ連東欧の民主化に続き、アジア・アフリ
カ・ラテンアメリカの開発途上世界において、それまで幅をきかせてきた軍事独
裁政権が次々とドミノ的に倒れ、民主主義は世界の趨勢とみなされるようになっ
た。

 こうした「政治的酩酊状態(ユーホリア)に過去の記憶から警鐘を鳴らす」と
シュレジンガーは書いた。代議制民主主義と政党政治の基礎は個人の人権と自由
があってこそ成立するものであり、これらの権利はたかだか200年の歴史を持
つにすぎず、特に新旧の民主主義国において、どれほど深く個人の権利と自由が
根をおろしているかを過信するなと戒めている。


● 現代民主主義への3つの挑戦


 シュレジンガーは、現代の民主主義が新しく直面する3つの危険を指摘してい
る。その第一は、技術進歩、特に情報化とスピード化による加速化の法則の作用、
第二は束縛を失って暴走する資本主義(市場メカニズムの過信)が民主主義の否
定につながる危険である。第三は複雑化する社会と世界を理解しようとする努力
を放棄ないしあきらめた人々が増加し、単純な解決策を指向する危険である。こ
れは新しい宗教熱、強力な指導者の待望、弱いものをスケープゴートに祭り上げ
る乱暴な多数派支配などとして現れる。人間の理性的努力や知性による解決を目
指す啓蒙主義を否定し、そこから生まれた人間の自由や権利を否定ないし軽視す
る傾向である。
 第一の加速化の法則は、時間をかけた対話や説得によって現状を改革しようと
する努力に衝突するもので、上からの世論誘導を容易にする。民主主義は言論や
集会、結社の自由を基礎にしている。人々の討論や対話を通じて、多数意見が理
性的に形成されることを想定している。そして、少数意見が次の段階や異なる状
況で常に新しい多数意見となる可能性を保障することによって、民主主義は機能
してきた。
 工業化は一世紀ないし少なくとも数十年をかけて変化をとげていたので、こう
した民主主義のプロセスと調和できた。しかし、コンピュータ化と情報伝達の加
速化は短い時間内で加速的に進んでおり、穏歩前進的な民主主義のプロセスと衝
突している。対話や説得のプロセスを抜きにした大量宣伝とマスコミによる世論
操作の中で世論調査が行われ、それが政治のプロセスを支配するようになってい
る。一定の情報にたいする単純かつ即時的(そして即事的)な反応が政治的世論
として取り扱われると、世論は大衆的報道機関によって容易に操作されるように
なる。意思決定の加速化は、民主主義のプロセスと両立しがたく、民主主義を危
機に陥れ、エリートによる支配をもたらす。
 第二の拘束を受けない資本主義の危険は、民主主義は自由と市場経済を必要と
するが、市場経済は必ずしも自由と民主主義を必要条件としていないことから生
じる。これまでは、民主主義国家が国民経済を管理、制御することによって、所
得再分配と公共サービスの充実、福祉社会を実現していた。しかし、現在の民主
主義はグローバル化し、それを制御する機能を国家が失いつつある。

 シュレジンガーはその遺言的論文の最後で次のように予言している。「(政治
決定の加速化と並行して)資本主義もアップ・アンド・ダウンを通じながら、暴
走する。しかし、抑制されない市場が解決できない、あるいは悪化させるトラブ
ルの増加を資本家達が理解するにつれて、自由放任(レセフェール)型イデオロ
ギーは力を失うことになるだろう。さもなければ、低賃金、長い労働時間、搾取
された労働者群を伴った、束縛されない資本主義は、階級闘争を復活させ、マル
クス主義に新しい生命を吹き込むであろう。資本主義が建設的路線を進めるため
には、近視的なプランと利益を巨視的な社会的必要によって押さえなければなら
ない。教育と研究開発にたいする投資、保健的ケアの拡大、環境の保護、インフ
ラの再建、都市の再生などが社会的に不可欠である。資本家達が自らその道をと
るとは思われない。長期的展望は公的な指導力と積極的な政府を求めている。」

新しい民主党大統領は、シュレジンガーの期待に応えることができるだろうか。
シュレジンガーは、20世紀型の民族国家は衰退してゆき、他方、世界的に民主
的制度や考え方が拡大してゆくとはみている。しかし、21世紀の民主主義は、
人種の衝突や、技術と資本主義のグローバル化の圧力に対応してゆかなければな
らず、グローバル社会の「巨大な無名性」が生み出す、精神的フラストレーショ
ンと欲求に取り組んでゆかなければならないと、彼は指摘している。彼が揺るが
ぬ信頼を寄せているのは、民主主義の「自己訂正能力」である。


● 民主主義的制御不在の世界


 シュレジンガーの論点は主としてアメリカの政治に向けられたもので、グロー
バルな市場を支配する資本主義の問題には正面から論じてはいない。ここで想起
するのが、ノルウェイの代表的政治学者で世界平和の重鎮であるガルトゥングの
言葉である。彼は「すべての国が民主主義国家となっても、国際的民主主義は実
現しない」とのべている。それは、個々の国の民主的統制は国境を越えるもので
はなく、グローバルな政治経済や社会を抑制できない。したがって、グローバル
な民主的制御のメカニズムが必要となるがこれは不在で、現実の世界は大国とア
ナーキーが支配している。国連とその諸機関は、せいぜいのところ、国家の不十
分な寄せ集めにすぎない。
 アメリカで出版されている代表的国際問題専門誌で、民主党リベラル派に近い
とみられている『フォーリン・ポリシー』誌近刊号(2007年6月)が「世界を
救うための21の解決法」を特集しているので、次号ではそれを紹介する。

                     (筆者は姫路獨協大学名誉教授)
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