インドの本田現地子会社での労働争議(1)

【コラム】フォーカス:インド・南アジア(2)

インドの本田現地子会社での労働争議(1)

福永 正明


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 インドで過熱する自動車メーカーの競争について、2016年3月8日付けの朝日新聞朝刊は、「インド、車市場争奪戦 スズキ、首位維持へ高級路線」とのタイトルの記事を掲載した。これによれば、販売が好調なインドにおいてメーカー間の競争が激化し、市場で小型車を中心に47%シェアを占めるスズキが優勢であり、中型車以上が主力のトヨタ自動車はシェア5%にすぎない。インド自動車工業会(SIAM)の試算では、2026年にインドの自動車市場は世界第3位(中国、アメリカに次ぐ)に浮上するとされる。拡大するインド市場は、スズキが中型車・高級車へ、一方でトヨタは子会社化したダイハツの小型車によるインド展開を計画している。

 さて日本で読む経済記事としては、インド市場の過熱、日本企業の頑張りを伝える内容であろう。しかし、インドの日系自動車工場における過酷な労働状況、現地日系企業・警察・州政府が一体となった労働組合潰しなど、「陰」の部分が伝えられることは少ない。小稿では、インドにおけるインターネットでの情報発信マガジン Countercurrents.org に2016年3月6日付けで掲載された「インド労働者連帯センター(Workers Solidarity Center)」による、本田技研工業株式会社が100%出資する二輪車生産・販売現地法人のホンダモーターサイクル・アンド・スクーターインディアプライベート・リミテッド(HMSI)の労働争議について紹介する。

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 HMSIは、二輪車の製造・販売を目的として1999年8月に設立され、ハリヤナ州のマネーサールに第一工場(年間生産能力160万台)、ラージャスターン州タプカラに第二工場(年間生産能力120万台)、南部のカルナータカ州バンガロールに第三工場(年間生産能力120万台)を有している。さらに2016年度操業をめざす新たな第四工場が計画中である。

 今回の争議が発生した第二工場は、「成長著しいインド二輪市場の需要に対応するため」として、HMSIが2010年3月建設を発表し、2011年6月1日(水曜日)に稼働をした。同社として最初に稼働した第一工場から約40km、首都デリー中心部から約90km離れたラジャスタン州タプカラ工業地域に、敷地総面積約24万m2の大工場である。HMSIは第二工場について、「既存工場で培ってきた生産技術をベースとしてより人と環境に優しい工場を目標として掲げ、最先端の自動化技術の導入、従業員の負荷低減を図りながら、生産エネルギーの削減や水リサイクルなども積極的に展開していく。」と発表した。デリーからハリヤナ州、そしてラージャスターン州を結ぶ主要街道沿いに位置する工場は、年間生産能力120万台に拡大し、約600名の新規雇用を見込み、生産額はRs.46億ルピーとされた。

 2016年2月19日、3000人のHMSI第二工場労働者、さらに支援の数千人の労働者たちが、ハリヤナ州グルガオンにあるHMSI本社へ押しかけた。労働者たちは、地元警察と行政に結び着いた経営陣による、労働者の人権を無視し、組合抑圧の策動に対抗する叫びを上げた。同工場では、2015年8月6日に労働組合の設立が宣言され、同年12月14日に「大衆団交要求書」を提出した。会社側は、これら労働者たちの動きに厳しく対応、警察、裁判所、労働委員会なども抱合して、組合指導者ら800名の労働者たちの配置転換・契約停止・契約解除などを続けた。

 2016年2月16日、約2000人の同工場において働くさまざまな職種・職位の労働者たちが、工場施設内で座り込みを敢行した。この工場では、解雇された労働者の職場復帰や組合設立に対する経営側の妨害行動へ反発する状況が続いていた。今回の労使衝突の直接原因は、塗装部門におけるインド人の上級技術者による契約労働者への暴行事案であった。それは、体調の悪い労働者に4日間連続して残業を強制し、労働者が反発したことが発端であったとされる。同日夜、何らの交渉もないまま、集合していた労働者たちに対して、工場内に招き入れられたラージャスターン州とハリヤナ州警察の合同部隊が、こん棒で攻撃した。座り込む労働者たちを身柄拘束し、警察署への連行、窃盗や傷害などデタラメな容疑で労働者たちの拘留が続いた。

 今日まで、2000人の労働者たちが職に復帰できていない。会社側は、数百人に対して大量の「解雇通知」を発送し、生産確保優先のため遠方の他州から「契約工」たちを低賃金で雇い入れた。しかしながら、1日の生産台数は5000台程度減少している。

 会社−警察−州行政という資本側は、労働者たちの正当な権利である、労働組合結成、大衆団交要求だけでなく、非正規の契約工から正社員への昇格など一切を認めようとしない。こうした背景には、モディ首相がすすめる「メーク・イン・インディア」というインド国内製造業の増強策がある。それは、モディ首相の支持母体であるヒンドゥー教主義団体RSS(民族義勇団)による「強いヒンドゥー国家」作りの路線に従うものである。RSSは、全国において宗教少数派、女性、最下層集団などへの攻撃を続け大きな事件や問題を次々と引き起こしている。

 労働者たちは、こうした厳しい状況のなか、集会、座り込み、ストライキなどの実力行動を続け、自らの要求を掲げている。さてHMSI第二工場の労働者の四分の三は、非正規労働者である。実際、正社員は466名、「訓練生・カジュアルスタッフ」100名、そして3000名の契約工で構成されている。すべての労働者たちは、インドにおける製造業での技能労働者の養成に大きな役割を果たしてきたITI(産業訓練校)の卒業であり、多くの労働者たちが23歳〜28歳の年齢層に属しており、ラージャスターン州、ハリヤナ州、そして隣接諸州からの国内出稼ぎ労働者である。

 会社側は、「訓練生・カジュアルスタッフ」から正社員への登用の手続きもあると広報する。しかし、正社員になるためには最低でも8年はかかり、常に四分の三の労働者が「正社員になれるのか、なれないのか分からない」という不安定な状態に置かれる。すなわち「契約工」たちは、2つの組み立ラインに配置され、正社員と同じような作業を行うことを求められ、「3年勤務後」にはじめて昇格テストを受ける資格を獲得する。そして、ごくわずかな者だけがテストに合格し、面接へ進む。もし「テストと面接」の両方に合格したならば、「カジュアルスタッフ」として2年間働かなくてはならず、そこで十分な成果を遂げたならば「訓練生」として3年間の勤務が保障される。この昇格システムにより、「契約工」から「カジュアルスタッフ」に昇格した者は100名以下である。重要なことは、この昇格システムでは誰も正社員に昇格していないことである。正社員として雇用された者にも、3年間の訓練期間があり、6ヵ月間の「試用期間」がある。最重要な問題は、いかなる職種で採用されたとしても、会社には「有効な訓練システム」が存在せず、直ぐに「職場訓練(OJT)」として働かなければならない。

 HMSIでは、ひとたびどこかの工場で争議が発生すると、直ちに異なる遠方の工場から大量の労働者が派遣される。すなわち2月にも、オッデシア州から数百人の契約工がほぼ強制的に移住させられて、労働争議を闘う労働者の代わりとして組み立てラインの稼働を続けた。
 このような非正規に頼る工場運営について会社側は、「もし従業員が正社員であれば、販売不振になった時にはその賃金をまかなうことができない」とする。つまり、職の確保についての責任も示していない。

 以下、次号においては過酷なシフト制、労働組合結成への会社側の攻撃、そして逮捕と拘留、ながびく裁判と労働運動の連帯強化などについて紹介する。

 (筆者は岐阜女子大学南アジア研究センター長補佐・客員教授)


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