エルドガン・トルコ大統領への侮辱の裏側

【オルタの視点】

エルドガン・トルコ大統領への侮辱の裏側
〜シリア難民対策がもたらすトルコ−EU間の力関係の変化〜

リヒテルズ直子


◆◆ エルドガン・トルコ大統領を怒らせたドイツ人の風刺とオランダ人のツイッター

 ヨーロッパでは、この所、トルコのエルドガン大統領に対するジャーナリストらの風刺が、続いて話題になっている。
 一人は、ドイツのテレビのプレゼンテーターでコメディアンのヤン・ボーマーマン。去る3月31日に公営放送ZDFの番組の中で、エルドガンを痛烈に侮辱した詩を読み、トルコ政府から抗議され、アンゲラ・メルケル首相が「意図的に人を傷つけるものだ」と認めトルコ側をなだめる発言を余儀なくされた。もう一人はオランダ生まれでトルコ系2世のジャーナリストのエブルー・ウマール。ツイッター上でエルドガン批判をしたところ、何者かによってトルコ政府に通報され、滞在中のトルコで警察に拘留。翌日釈放されたもののオランダへの帰還が認められるまで2週間あまり自宅軟禁となった。

 二人は最近目立ってきているエルドガン大統領の独裁的な傾向を風刺で批判しているが、両者ともに、性的スラングを用いた、とても「上品」とは言えない発言であるにもかかわらず、そうした言葉遣いについてはほとんど議論は起きず、むしろ、多数の市民から賛同を得ることとなった。そして、マスメディアの上では、政治家・識者らも含むトルコの「言論の自由」侵害をめぐる熱い議論が続いた。
 他方、二人とも、発言の後、ドイツやオランダに在住しているトルコ系住民の一部から激しい「脅迫」にさらされており、ボーマーマンの場合は警察の保護下に、エブルー・ウマールの場合は、オランダへの帰国以後、自宅に戻れず、雇用主の新聞社が用意した隠れ家で生活している。

◆◆ 難民対策とトルコのEU加盟候補問題

 エルドガン大統領への風刺やツイッター発言が起きる背景には、1950年代末以来、50年以上にわたって(前身である欧州経済共同体の時代から)ずっと欧州連合への加盟を希望してきたトルコの、シリアの紛争以後、欧州で急速に深刻化している難民流入の問題をめぐる欧州連合との関係が、微妙に影響している。
 この間の事情を少し詳しく見てみたい。

●トルコのEU加盟をめぐる歴史的経緯と対立する賛否両論

 第2次世界大戦終了後、ヨーロッパでは、二度と再び大戦の悲惨を生まないためにと、隣国同士の対立を避ける目的で、欧州連合への道が敷かれた。最初にできたのは1950年の「欧州石炭鉄鋼共同体」というものだ。武器生産の原料を共有することで戦争を回避しようとしたのである。この共同体は1957年に「欧州経済共同体」となり、加盟国間で市場を共有し、民主的で公平な自由市場拡大への道を開いていった。それが後に「欧州連合」となり、現在までに28カ国が加盟する大世帯へと拡大していることは周知の通りだ。

 トルコはイスラム教国であるが、長くヨーロッパ諸国との交流・通商の歴史を持つ。第2次世界大戦終了後までは、ソ連との関係もあり、欧州連合との関係は紆余曲折をたどるが、1952年に北大西洋条約機構(NATO)に加盟して軍事的に西側諸国につくことを表明し、1957年に欧州経済共同体が成立して2年後の1959年には、同共同体への加盟意思を表明しており、以後、西側ヨーロッパ諸国の自由市場への参画を熱心に求めてきた。
 にもかかわらず、トルコが今日まで欧州連合に加盟していないのには、幾つかの理由がある。

 一般に、イスラム教徒が多数を占めるトルコに対して、ヨーロッパ諸国の住民は、文化的に同質であるとは思っていない。ましてや、トルコは、かつてキリスト教系のアルメニア人を虐殺・国外追放など弾圧したことがあり、この歴史的事実を認めようとしないトルコに対して欧州市民の批判は厳しい。また、欧州共同体の基本原則は、多元的な文化を持つ複数の国の共同をデモクラシー(民主制)の理念にのっとって行うことにあるが、トルコでは、少数派クルド人への差別や、女性蔑視など、欧州市民の民主意識とは意識の懸隔も大きい。

 しかし他方、欧州連合は、初めの欧州石炭鉄鋼共同体の参加国6カ国(フランス、ドイツ、イタリア、ベルギー、オランダ、ルクセンブルグ)から、今日の28カ国に至るまで、文化や歴史の異なる国が加盟し、加盟国の数が増えることによって、自由市場、平和安全の保障、さらに、人権擁護に基づく民主体制の拡大を積極的に図ってきた。この観点からすると、トルコに対して、心情的にはイスラム教への危惧を持っているとしても、宗教的理由による加盟拒否は、彼らが禁止している「差別」に他ならず、欧州連合の原理原則に反することとなる。加盟を希望する国に対しては、1993年に決められた「コペンハーゲン基準」という条件を充足することが求められ、それをもとに、加盟希望国に民主化の為の制度改革が求められる。その成果を見て、すでに加盟している国の全員一致によって初めて加盟が決まるという仕組みがある。

 つまり、トルコが1959年以来今日まで55年にもわたり加盟が認められなかった背景には、一方で、欧州市民が、心情的に積極的にはならなかったこと、他方で、トルコ側が、民主化への制度改革の条件を充足できなかったという両面がある。その間の経緯をごく概要的に述べれば次の通りだ。

 1959年に、欧州経済共同体(EEC)に対する連合協定の締結を申請したトルコに対しては、5年後の1963年にアンカラ協定が締結され、正式メンバーではないが、協定国となった。この協定には、トルコが、将来、欧州共同体に正式に参加する可能性が示唆されていたものの、その後、トルコは、1974年のギリシャのキプロス島への武力侵攻によってギリシャと対立し、欧州共同体はアンカラ協定を凍結することとなった。

 トルコは、1987年になって再び欧州共同体への加盟申請をするが、キプロス問題で対立するギリシャが拒否し続け、加盟申請から12年後の1999年になって初めて、加盟申請が正式に認められている。しかし、その後も、トルコの欧州連合への加盟交渉は始まらず、加盟準備のための正式交渉が決まったのは2004年、交渉が実際に始まったのは2005年からであった。

 しかし、ここでも、欧州連合側は全体としてトルコの加盟には消極的で、特に、強硬反対派のサルコジがフランスの大統領であった2007〜2012年の間は、事実上、交渉は進んでいない。アンゲラ・メルケル率いるドイツも、当初は、トルコの加盟に反対の立場だった。
 この状況が変わるのは、2012年、フランスで、フランソワ・オランドが大統領に就任してからである。フランスの立場は、反対から中立的になり、正式には2005年に始まっていた加盟交渉が再開した。

 このように、トルコの欧州連合への道は極めて険しく長い道のりであったが、トルコでは加盟条件を充足するための民主化が、特に2000年代に格段に進んだと言われる。欧州連合加盟の条件である死刑制度の廃止は2002年に実現しているし、経済状況を見ても、ユーロ危機以降、経済の健全化に苦労している南部のEU加盟国に比べても、トルコの経済成長は目覚ましい(2014年の経済成長率は3%を上回った)。2015年に出された加盟交渉の進捗報告書でも、トルコの経済発展による欧州市場への参画に対してはポジティブな評価が出されている。

 しかし、同報告書では、民主化については、クルド人問題、「言論の自由」の制限など、加盟条件を満たすレベルに達していないことが指摘された。

 欧州連合側の抵抗の理由として、もう一つ重要なのはトルコの人口規模である。2013年のトルコの全人口は7,493万人で、EU加盟国の中で最も人口が大きいドイツ(同年8,062万人)に切迫している。しかも、ドイツの人口が高齢化傾向にあるのに対し、トルコの人口は、2050年には9,000万人を超えるだろうと予測されている。何れにしても、トルコがEUに加盟すれば、EU内部における国家間の力関係が大きく変わることは十分に予想される。

 1989年のベルリンの壁の崩壊以後、欧州連合には、かつて共産圏にあった東欧諸国の加盟が速いテンポで進んでいる。それに比べて、加盟申請から50年余を経ていまだに加盟を認められないトルコの存在は、欧州連合が、結局はキリスト教文化に根ざした国の共同に過ぎないとの批判を裏書していると言えなくもない。

 とはいえ、トルコの欧州連合加盟については、欧州連合内にも賛成派がいないわけではない。賛成派は、一般に、トルコを欧州連合に加盟させることで、人権擁護や民主的体制の強化といった欧州連合の理念が、キリスト教文化の欧州地域を超えて外に広がっていくことを期待するとともに、欧州連合がこうして地理的に拡大することで、世界における相対的な重要性が増すことに期待を置いているようだ。賛否両論の具体的内容は、オランダのヨーロッパ問題討論サイト(http://www.debatingeurope.eu)にまとめられたものをもとに要約すると、ほぼ以下のようなものである。

 ▼賛成派の主張:
 まず、トルコはヨーロッパとアジアの間の重要な架け橋で、欧州連合の加盟国となれば、エネルギー資源の豊かなコーカサスや中央アジアのような地域との外交が容易となり、アラブの春以後のイスラム圏の民主化に貢献できるだろう。また、こうしたトルコの戦略的にユニークな地理的位置は、NATOの同盟国としても、ヨーロッパの安全に役立つと思われる。加盟申請が正式に受理されて以来、トルコは民主化への努力を示してきており、加盟を拒否すれば、宗教的に敏感な地域に対するEUの心証を悪くさせかねない。さらに、ユーロ危機以降のトルコの経済は、欧州連合南部の加盟国の経済よりも好況にあり、国民一人当たりの所得も大幅に増大してきている。そのようなトルコをヨーロッパ市場に迎えれば、購買力のある消費者を多数迎えるという利点がある。また、トルコは、歴史的に長くヨーロッパとの交渉があり、イスラム教徒の国ではあるが「世俗国家」として民主体制を敷いている。トルコの欧州連合への加盟を認めれば、他のイスラム教国に対しても成功の象徴として影響力を持つことになるだろう。

 ▼反対派の主張:
 トルコが欧州連合に加盟すれば、ヨーロッパはシリア、イラク、イランなどの紛争地と国境を接することとなり、多くの問題を抱えることとなるだろう。しかも、トルコの人口は大きく、加盟によって欧州連合内部の力関係が大きく変わる。また、トルコは、民主化への改革を進めてきたと言うが、アムネスティ・インターナショナルの報道などを見ると、いまだに、学者やジャーナリストへの言論の弾圧、クルド人への弾圧、女性の権利が守られていないなど、人権擁護が保障されているとは言えない。近年、経済的に飛躍的に発展してきているというが、国民一人当たり国内総生産額は、欧州連合加盟国平均の半分にも達しておらず、そのような貧しい国の加盟は欧州連合に負担をもたらすだけである。もとより、トルコとヨーロッパの間には歴史的に交流はあったが、トルコはイスラム教国であり、ヨーロッパが共通に持っているキリスト教の伝統と、ルネッサンスから啓蒙思想へと至る歴史、また特に、第2次世界大戦中の殺戮の歴史と、この悲惨な歴史を繰り返さないために始まった欧州連合発展の歴史を共有していない。

●難民問題による微妙な力関係の変化

 シリアの紛争と、その後の欧州への大多数の難民流入は、トルコの加盟に対して長くおよび腰の姿勢を維持してきた欧州連合の態度を微妙に変化させている。シリアからの難民は、大半が欧州や北米など生活水準の高い国への移住を目指している。特に、ギリシャ、ルーマニア、ブルガリアなどの国々にまでたどり着くことができれば、そこから、国境審査のない欧州連合内諸国のさらに北の国々に入ることができるため、トルコを経由してこれらの国へ多数の難民が流入している。ところが、ユーロ危機以後、財政破綻の危機にさらされ続けているギリシャや、旧東欧圏の連合加盟国は、西や北の欧州諸国に比べると、難民への受け入れの態度にかなりの温度差がある。これら南や東の国ではイスラム圏からくる移民に対して露骨に「迷惑」の表情を隠さない。

 このような事情の中で、イスラム圏からくる難民をイスラム教国のトルコが受け入れに協力すれば、欧州連合への流入が抑制され、問題は軽減される。さらに、欧州への移住を目指す難民たちに多額の代償を支払わせて危険なボートに乗せる悪質な不法行為がはびこっており、難民を危険にさらすこうした業者を取り締まるためにも、トルコの協力は不可欠であった。

 その結果、2015年末、EUとトルコとの間で、シリア難民問題に関するアクション・プランが立てられた。その趣旨は、簡潔に言えば、トルコが国境警備を強化し国内への難民受け入れを拡大して、欧州連合への難民流入の抑止に協力する一方、欧州連合はトルコに対してトルコ国内での難民受け入れのための費用を負担するというものだ。この費用は、主として、トルコにおける6つの難民収容所での難民への食糧供給、教育保障、健康管理のために使われる。

 トルコが、欧州の難民問題解決のための協力と引き換えに、欧州連合への加盟交渉を加速させたいと考えるのは当然だ。欧州連合は、アクション・プランの中で、トルコ市民が欧州諸国に渡航する際に義務付けられているビザの取得を2016年から廃止することに合意している。

 難民をめぐる欧州連合のトルコとのアクション・プランは、見方を変えれば、イスラム圏の紛争をきっかけに欧州連合自体が共同体としての統合性を失って弱体化していることの象徴と見ることもできる。すでにこの10年あまり、欧州連合内部でも、様々な理由で連合に懐疑的な市民が増えている。ユーロ危機以降、北部諸国と南部諸国の間に広がる経済格差の中で、欧州連合のおかげで他国の経済問題の解決のために負担を強いられるとの感覚を持つ市民は北部諸国に少なくない。イギリスでは、来月23日に欧州連合からの撤退をめぐるレファレンダムを行うことが決まっているし、フランスのルペン、オランダのウィルダーズなど、移民排斥的な右翼政治家への支持も広がっている。そんな中で、西欧と東欧の間の難民受け入れへの温度差は、元来、人権・民主制を基本理念としていた欧州連合に、この点で亀裂が入り始めているようにも見えるものだ。

 エルドガンを風刺で侮辱するドイツのTVコメディアン、ツイッターで批判するオランダのジャーナリストの問題は、こうした状況下で起きた。シリアの紛争解決の見通しが立たず、難民流入の圧力に対して連合内部では解決できなかった欧州連合の首脳らが、これまで欧州連合への受け入れに全く積極的にならなかったトルコに協力を求める以外になく、トルコの欧州連合への加盟が、一気に進みそうな気配さえ見えてきているのである。難民問題はもとより、アラブ圏のイスラム教徒急進化に伴うテロリズムの広がりを恐れる欧州連合に対して防波堤としての役割を引き受けるなど、トルコの欧州連合に対する立ち位置が優勢になればなるほど、現在のトルコは、再び、戦時体制を理由に国内の言論統制を強め、学者やジャーナリストらの言論の自由は制限され、クルド人ら少数民族への抑圧は増える、、、、

 長く「民主化」「人権擁護」の未熟を口実に、トルコの連合加盟を拒否してきていた欧州連合の首脳らが、独裁化するエルドガンとの交渉を受け入れざるをえないという、まことにもって、皮肉な状況が生まれている。

 こう考えれば、たとえ、性的スラングまでも駆使した品のない風刺やツイッター発言であったとしても、ボーマーマンやウマールの発言は、欧州の一般市民の本音を代表しているのではないか、と察することができる。

◆◆ ヨーロッパに住むトルコ系住民のアイデンティティ

 問題は、こうして、言論の自由の限界に挑戦してでも、民主的とは言えないトルコの欧州連合への優勢をなんとか止めたいと考え、ある意味で「勇敢に」発言しているコメディアンやジャーナリストたちが、ドイツやオランダに住む2世、3世の若い一部のトルコ人らからの脅迫に晒されていることだ。

 とりわけ、エブルー・ウマールがトルコ政府に逮捕され拘留された後、マスメディア上では、オランダ在住の多くの若いトルコ系住民らの大半が「オランダにいればオランダの法律を守らなければならないのだから、トルコでトルコの法律に反したのなら裁かれて当然だ」という反応を示していたことに、マスメディアのジャーナリストやテレビ討論に参加している識者たちが、危惧を示していたのは印象的だった。

 オランダ人にとって「言論の自由」は、法治国家という国の枠組みを超えた普遍的な基本的人権であり、それを認めない国の法は、法そのものが(あるいは体制そのものが)間違っていると考えるからだ。しかし、上のような言質を取るトルコ系移民らはトルコにおける「法の支配」原則を、「言論の自由」よりも上位に捉えている。あるいは、「オランダでは何を言っても良いかもしれないが、トルコではそれは禁じられている」との態度をとる。
 しかし、そう言いつつも、こうしたエルドガン支持派のトルコ人は、同時に、ボーマーマンやウマールそして彼らの支持者が主張する「言論の自由」を逆手に取って、ツイッターなどのソーシャルメディアの上で、ボーマーマンやウマールをあらん限りに罵倒し脅迫する。

 もともと、ドイツやオランダにトルコ人が流入してきたのは、1960年台から70年代にかけてのことで、高度成長期だった当時の労働力不足を補うためのものだった。第1世代のトルコ人らは、大半が、移民労働者として働きながらオランダへの同化に自ら努力してきた人たちだが、第2世代、第3世代へと祖国を知らないオランダ生まれのトルコ人が増えるにつれ、帰属集団を問うアイデンティティの問題が表出してくる。家庭では、両親の伝統的な、しばしば序列性を重んじ男尊女卑の傾向の強い文化的・宗教的価値観のもとで育てられ、学校では、個人主義と自律を求めるオランダ文化の中で教育を受けている彼らは、家庭や学校の他に、路上世界のサブカルチャーの中でも育っている。それは、どちらかというと学業面で成功していない、多国籍のティーンエイジャーたちが交わる、バックボーンとしての道徳観のよりどころが不明瞭で、とりわけエリートや知識人に対して反発する世界だ。2001年に、イスラムの女性蔑視を批判する映画を製作したテオ・ファン・ゴッホ監督を路上で暗殺した犯人も、パリやブリュッセルでのテロ事件の犯人たちも、そうした路上世界の、価値観混在の中で育った移民2世代、3世代の子供達だ。

 そういう移民若年層の中のトルコ系の若者たちにとって、最近目覚ましい経済発展を果たした本国の繁栄は誇りであり、彼らにとってのアイデンティティの基盤になりつつある。祖国を誇りの持てる国へと導いた大統領エルドガンの人気は、こうした若者の間では高い。
 同じ移民2世であるにもかかわらず高学歴の両親を持ち、自らもジャーナリスト、また、イスラム急進化に批判的なエブール・ウマールの発言は、そういうトルコ人から見ると、鼻持ちならないものに他ならないのだ。

◆◆ ライデン大学トルコ学専門教授の宣言

 しかし、一時めざましく進んだと言われるトルコの民主化は、今、停滞、あるいは、逆行の傾向にあるという。
 エブルー・ウマールがオランダに帰国した日と同じ5月10日、ライデン大学のエリック・ヤン・ツルヒャー教授は、オランダの主要全国紙NRCの紙上で、2005年にトルコ政府から受賞していた勲章を返還すると発表した。ツルヒャー教授はトルコ学の専門家で、トルコの欧州連合への加盟には長く賛成の立場で、政府に諮問を行う学術評議会(WRR)でもトルコの加盟を推進してきたという。勲章は、教授がとってきたそういう立場を表彰して与えられたものであることは明らかだ。

 したがって、今回の勲章返還声明は、こうした、トルコ政府を擁護してきた教授の立場の転換、欧州連合加盟賛成から反対への表明を意味している。教授は、声明文の中で、トルコが2002年から2004年の間、極めて速いテンポで民主化への努力をしていたことを再確認しつつも、現在のトルコは欧州連合に加盟する資格を持たないと主張しており、その理由として、以下の10項目を挙げている。

1.エルドガンは、選挙で優勢に立つという予測に基づき、クルド人政党PKKに対する戦争を故意に再開し、クルド人との和平交渉を反故にした
2.エルドガンは、最初の選挙で満足な結果が得られなかったために、選挙のやり直しを目論んで、連合内閣の樹立を拒否した
3.PKKに対する抗争と和平交渉侵害に同意しない学者は、起訴されるか、大学から解雇されている
4.メディアは、政府のプロパガンダ機関としてコミットし機能するように求められるか、自己検閲を求められている。
5.トルコの秘密機関によるシリアのジハジストへの秘密裏の兵器供給について報告するジャーナリストらは、国家秘密の暴露を理由に、5年の実刑に処せられている
6.トルコの司法裁判所は、法律を尊重しないと宣言している大統領によって脅迫下に置かれている
7.穏健派の総理大臣が更迭させられている
8.数千人のトルコ人市民が、大統領への侮辱を理由に起訴されている
9.エブルー・ウマールのように、エルドガンに対する批判をしたヨーロッパ市民がトルコによって起訴されている
10.同時に、政党は、イスラムの規範や価値観についてますますその影響力を強めるように権力の独占を行使している。同時に、多くの地で、アルコールを買える場所を探すよりも、祈祷の場を探す方が容易になってきている。

◆◆ 終わりに:欧州連合のこれから。日本人はどう受け止める?

 5億人の人口を抱える欧州連合が、今、難民問題で、エルドガン大統領率いるトルコに妥協を余儀なくされている。イスラム圏の混乱は、パリやブリュッセルでのテロ行為だけではなく、こうした形で、今、欧州連合に影響を与えている。

 果たして、文化多元主義と民主的合議制、公正な自由競争に基づく欧州連合の理念は、今後も外に向けて拡大していくのだろうか。それとも、エルドガンのトルコとの妥協は、この原則の保持を反故にするもので、イスラム圏の勢力がキリスト教国の優勢を覆そうとしていると見るべきなのだろうか。もっとも、後者に関しては、トルコとのアクション・プランを通して、欧州連合は、難民へのトルコの待遇が人権擁護にのっとった質の高いものとなるべく、高額の資金援助をしているので、それが、今後どのような効果を上げるか、しばらく経過を見守る必要もありそうだ。

 アクション・プランの後ろには、難民受け入れに対して消極的で人権擁護意識が低い東欧加盟国の問題があった。欧州連合の弱体化について最も自覚しなければならないのは、むしろ、こうした国のリーダーと市民たちなのかもしれない。

 ところで、遠く離れたヨーロッパのこうした事態を、日本人ならばどう受け止めるのだろうか? 日本は、長く、アジアの中で唯一、欧米先進諸国の一員としての地位を享受してきた。経済高度成長を果たした日本の人々からは、かつての日本人が抱いていたヨーロッパ諸国への劣等意識も薄れていったように思う。

 では、この欧州連合とトルコとの関係を見て、個々の日本人は、果たして、どちらの立場を身近に自分に引きつけて考えるだろうか。欧州連合の側に立って民主化の進まないトルコの存在を危惧するのか、それとも、トルコの立場に拠りながら、欧州連合の姿勢を高慢で打算的と見なすのだろうか。あるいはまた、イスラム圏と隣接した欧州やトルコを見て、日本がこうした混乱の渦中に置かれてないことを密かに幸いと喜ぶのだろうか。

 一旦実現していたトルコの民主化が、現在再び逆行しつつあることは、ツルヒャー教授が指摘している通りだ。しかし、それでも、トルコには死刑制度はない。欧州連合への加盟を希求してかつて民主化への真摯な努力をしたトルコ。今の日本から「民主化」の声は聞こえてこない。しかし、死刑制度の存続、原発をめぐる安全性の不在、ヘイトスピーチの放任、など、もしも、日本が、地理的にトルコのように欧州連合の近くにあったとしたら、決して捨ておかれることはないと思われる様々な問題を日本は抱えている。何を支持すべきなのか。それは、欧州でもトルコでもなく、民主的で人権がきちんと保障された社会そのものであるべきだ。

 (筆者はオランダ在住、教育・社会問題研究者)


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