オバマとロムニーの討論

■【米国大統領選挙報告】

オバマとロムニーの討論                 武田 尚子

―民主・共和両党のコンベンションから―
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 前号で主なスピーチのあらましをお伝えした全国党大会―コンベンションが終
わり、テレビの視聴者を含む聴衆の反応が示された。コンベンション後の成績投
票にはいつもバウンスと呼ばれる、聴衆の興奮を反映する跳ね返り人気が伴う。
コンベンション以前のCBSの投票では、ロムニーとオバマは48%の同点だっ
たが、コンベンション直後の投票では、オバマの53%にたいして、ロムニーの
点数は48%にとどまった。いずれにしてもオバマとロムニーが僅差で大統領戦
を争っているという点では、いずれの投票でも一致していた。

 ところが、ロムニーが5月の大統領選挙キャンペーンで、醵金のために催した
富裕者向けの1人5万ドルの晩餐会でのスピーチが、秘密裡にとらえられ、それ
がソーシャルメディアからメインメディアに公表されるという、思いがけない一
幕があった。

 そのなかでロムニーは“アメリカ市民の47%は、連邦税を払わず、メディケ
アから失業保険、老齢年金に至る政府の社会保障制度に頼って生きる moocher
(たかり、乞食)である。彼等は自らを社会の犠牲者とみなし、働いて市民とし
ての義務をはたす事など考えていない。だから彼等は私に投票する事などあり得
ないから、私は、既に安全ネットで保護されている此の連中のことなど考慮に入
れる必要はない”というスピーチをしているのだ。

 これはいうまでもなく大問題になり、オバマ・キャンペーンにとってだけでな
く、多くの市民の反響反感をよんだ。何らかの形で、政府の援助の恩恵を受ける
ことのないアメリカ人はほとんど存在しないのである。あわてたのはロムニーは
もとより、彼のキャンペーンである。
 ロムニーは、事態を何とか好転させようとして“私の言葉の使い方が野暮だっ
た事は認めるが、これはオバマの支持するアメリカ市民の政府依存(社会保障ほ
かへの)、さらにオバマの(富の)再分配政策を徹底して討議するには良い機会
だ”と居直った。折しも彼は、イスラエルとパレスチナの2国共存は不可能だと
いう、これまでのアメリカの政策に真っ向から反対するスピーチで物議をかもし、
減点してもいたから、彼のキャンペーンがこの47%スピーチのもみ消しに躍起
になったのは無理もないが、もみ消しは無理だった。

 共和党支持の知識人のなかにも、連邦税を支払わない47%のなかには、ロム
ニーを支持する可能性のある高齢者もいるだろうし、彼等は自分をたかりなどと
は思わず、政府の健康保険を受ける資格は十分あると思っているはずだとロムニ
ーを批判する人もいた。やはり選挙を目前にした共和党の上院議員候補者のなか
には、政治的な被害を避けようとして、ロムニーの政策には賛成できないと表明
する者、ロムニーに距離を置く者もでてきた。

 民主党側は此の棚ぼたの幸運をしっかと捉え、キャンペーンは論じた。“ロム
ニーはこれまでの言動で知る通り、平均的なアメリカ人の生活に社会保障や健康
保険がどれほど重要かを知らない、要するに庶民には無縁の人なのだ”と。共和
党員の多数もこの事件では動揺し反発してロムニーを批判した。    
 こうして、オバマとロムニーの最初の討論の行われる10月3日がやってきた。
場所はデンバー大学であり、2人の討論には90分が充てられる。当日の議題は
アメリカの国内政策であり、司会はPBS公共放送のベテラン、ジム・レーラー。
ロムニーの最も自信ありとする経済政策が論じられるとあって、オバマに続いて
ロムニーは、意気揚々とステージに上ってくる。

 敵味方は微笑をたたえ、握手を交わした。司会者のレーラーは失業者、赤字、
税金、社会保障、メディケアなどの経済政策だけでなく、アメリカ社会における
政府の役割を今夜のトピックとして選んだことを発表した。
 政府の役割は両党の対立する政府観に切り込む重要な主題であリ、今回の論争
の中心といえる。オバマは“政府が全ての問題に対する解答を与える事はできな
いが、経済の成長を促進し、アメリカ人口を形成するさまざまな階層に、確実に
公平な法令や規則を与える役割がある”と述べる。

 一方、ロムニーは、政府の基本的な価値を認めながらも、彼の考える“政府の
最大の目標は、自由なアメリカ人の活動の妨げにならぬよう、できるだけ規制を
少なくし、アメリカ企業精神の自由な発露に任せれば、経済は自ずから立ち直り、
万事うまくいくようになる”という。

 オバマはそれに“富者優遇の政策で彼等の税金を削減し、現在の混乱に陥れた
原因の一つである従来のトップダウンの方式をまたもや繰り返すことが正しいの
か、それともミドルクラスが繁栄してはじめて、アメリカは繁栄するという新し
い経済愛国主義を擁護するべきではないのか”と応酬する。

 ロムニーはいう。“4年前の大統領選挙キャンペーンでも、オバマ氏は予算費
消の莫大な、より多くの税金を徴収する、規制だらけの大きな政府を提唱してい
られた。いうならば、トリックル・ダウン政府といいましょうか”(共和党の擁
護する、上層に手厚くすれば、金は大衆にぽとりぽとりと滴り落ちるトリックル・
ダウン・エコノミーの語呂合わせだが、彼のいう意味は明白ではない。ロムニー
が非難する、オバマの考えるような大きな政府に采配を任せれば、政府からトリ
ックル・ダウンする恩恵が、全社会を潤すとオバマは考えているのだろう、と皮
肉っているらしい。筆者)。

 しかしロムニーは“トリックル・ダウン政府はアメリカにとっての正しい道で
はない。私のやり方に従えば、アメリカは本来のバイタリテイーを回復して、以
前のように元気に機能するようになるでしょう。”と論じた。
 
 オバマは、市場経済の絶対を信じて疑わないロムニー陣営からはしばしば社会
主義者呼ばわりをされているが、社会主義者の現実からはほど遠い。
 この論争では若干のキャンペーンで見られたような卑劣な、あるいは底意地悪
い応酬こそなかったが、アメリカのあり方についての両党のイデオロギー分裂の
深淵を明るみに出してあまりあった。
 
 両人とも、アメリカの庶民の生活について心配しているというが、その心配は
反対の極からなされる。オバマは政府のプログラムがカットされたら、生活でき
なくなるミドルクラスの人々を憂い、ロムニーの方は、政府の課税や規制をいや
がる富裕者やビズネスを心配しているのである。

(ここで明記しておきたいが、ロムニーもオバマもしばしばミドルクラスの福祉
を訴える。ロムニーのミドルクラスはかなりの収入者層をさしていて便宜的にだ
ろうが、ドナルド・トランプさえいれるが、オバマのミドルクラスは平均的なサ
ラリーマンや小売商を中心にした、いわゆる中産階級をさす。従ってロムニーが
オバマはミドルクラスの税金をあげたというとき、両者は全く異なった対象をさ
していて、オバマはミドルクラスからは税金を減らしているのである。筆者)

 例えばオバマは、メディケイドがカットされたらどうなるかに言及していう。
“紙の上で見れば、なんでもない数字に見えるでしょう。しかし我々の問題にし
ているのは、たとえば自閉症の子供を持った家庭なのであり、彼等はメディケイ
ドに深く頼っているのです。それは彼等には深刻な問題なのです。”

 ノーベル受賞経済学者のクルーグマンはいう。“ロムニーはいったん大統領に
なったら、何度も彼が言明したように現在のオバマの健康保険を廃棄する。その
後、彼の新しい健康保険では 現在既に病気を持っている人も保険でカバーされ
るとロムニーはいうが、それは偽りである”と。そしてそれが偽りである理由を
NY Times の論説で明快に詳述した。そして共和党のキャンペーン・スタッフも
ロムニーのその主張の偽りを認めている。

 クルーグマンはまた、保険の買えない人をどうするか、にたいしてロムニーが
“保険があろうとなかろうと病院の緊急病室に駆け込むことができる。”と答え
たことをあげて、緊急病室は無料からほど遠く、その費用は莫大であることを明
言した。筆者も体験してその額の大きさに驚いたことがある。費用の高額を恐れ
て緊急口に駆け込まず、結果として死をはやめる人は多数なのだ。この事実もロ
ムニーの庶民離れの一例として彼の保険政策への批判を招いている。
 
 またロムニーの健康保険をオバマ陣営はバウチャーシステムと呼ぶ。政府に与
えられたバウチャーが使い果たされたときには、最も医療に金のかかる老齢にな
って、全て自前の支払いになること(ただし現在56歳以上の高齢者には従来の
保険が適用される)あるいは“希望者には選択として残す”というこれまでと同
じ政府の健保を買っても、自前で支払う点では同じなのだ。またその費用などは
全く明らかにされていない。

 オバマは、ロムニーの健康保険になると1人平均年間6400ドルの負担にな
るというが、ロムニー側はそれをオバマの脅しだという。共和党は今、バウチャ
ーという言葉をキャンペーンで使うことを避けさせているというが、彼等自身こ
の保険の国民への広い利益などを信用していないからだろう。

 オバマはアブラハム・リンカーンが創設した大陸横断鉄道やアメリカ科学者ア
カデミー設立の財政努力を引用していった。“それは民主、共和両党の協力で生
まれ、進歩の機会を作リ出して、アメリカを偉大な国にしました。もし全てのア
メリカ人が機会を得ることができたなら、我々は皆、よりよい暮らしができるで
しょう。そしてそれは(ロムニーのいうように、筆者)人々の自由を制限するの
ではなく、自由を強化するのです。だから私は大統領として此の同じ原則を適用
しようとしているのです。”

 ロムニーはオバマの太陽エネルギーへの協力過程で、ソリンドラが結果的には
倒産して税金の浪費になったことをあげ、“政府がこんなことつまり経済ゲーム
のプレイヤーになって、勝者と敗者を出したりしてはならない、あるいは私立の
医療保険システムに口出しして、人々にどれを選べというようなまねをすべきで
はない”と述べる。“だから政府への適切な答えは、保険会社による医療保険を
いかに効率のよいものにするべきかを述べること(だけ)なのです”と。

 そうすれば、市場の原理が働いて、企業の競争が価格を安くするというのが彼
の言い分である。果たして競争が政府の保険価格を下回るかどうかについては、
“おおいに疑問がある、それどころかそうはならない”といわれているが、経験
的に、政府の操業の方が、私立企業のそれよりもかなり低額になること以外には
未だわからない。

 この討論会で目立ったのは、ロムニーが過去1年間のキャンペーンで示した自
分の立場を、デンバーの聴衆に受け入れられようと何度も平気で変えたことであ
る。一方オバマは、セミナーの講義をするプロフェッサーよろしく、礼儀正しく
終始控えめであり、間髪を入れず反論してロムニーの不正直や混乱を導く言説を
摘発しなかった為に、冴えた討議者とはならず、この第1回論争では、リベラル
側からもオバマに対するかなりの苦情がでた。

 このオバマの低姿勢が、大統領の品位を崩さぬよう計算されたものなのか、大
統領職の繁忙が彼を疲れさせていたのか、堅実なオバマ人気の継続が、ロムニー
をみくびらせたのか、あるいはその複合だったのかもしれないが、結果的には失
敗だった。彼は選挙予想投票で、このあと数ポイントを失った。

 ロムニーの政策には、例えば税金問題がある。ロムニーは富裕者を含め、アメ
リカ人すべてに20%の税金控除をするといいまくっている(富裕者の税金控除
は他にもいくつかあるがその上に彼等にも20%を控除する)。富裕者に厚い2
0%の控除を計算すると、それは5兆ドルの高額に上る。ロムニーは論争の場で
それをつかれると、5兆ドルの税金など自分の計画にはないととぼけてしまう。
それが正確に5兆ドルきっかりではないことを、否定の根拠にしているらしい。

 いずれにしても、彼は富裕者にもミドルクラスにも低額の所得者にも、けっし
て税金を上げないというので、それで収支のバランスのとれるはずはない。具体
的にはどんな方法で、ロムニーは予算をバランスさせるのかときかれると、その
内容はなんど聞かれても絶対に明らかにしない。オバマは“ロムニー氏が具体的
な点を決して明らかにされないのはミドルクラスがそれを聞いて喜びすぎるため
でしょうか”と皮肉ってさえいる。

 ともあれ、有権者に訴える最大の機会をフルに使って、ロムニーは平然と過去
の自説をいくつも雄弁にくつがえした。そのいくつかは11日の副大統領バイデ
ン、副大統領候補ライアンの論争で、必ず問題にされるにちがいない。

 第1回の論争後オバマは“あれはほんとうにロムニーだったのだろうか。昨夜
の論争での彼の言説は、過去1年のロムニー・キャンペーンの主張からは、到底
同一人とは思えないものだった”とコメントしたが、正直言ってそれは筆者の感
想でもあった。筆者は、ひょっとしたらロムニーは自己革命を起こしたのではな
いかとさえ疑ったのである。

 共和党ながらインデペンデントに近い著名なジャーナリスト、デヴィド・ブル
ックスは、ロムニーが、ライアンと組んだ極右路線から“マサチューセッツ知事
時代に見せた共和党中央よりの穏健派に戻った”と喜んだ寄稿論説をニューヨー
クタイムズに発表した。

 その後、10月13日の社説で、ニューヨークタイムズは『穏健派ミットの神
話』で、果たしてロムニーが穏健な政見を抱くようになったかどうかを論じた。
ロムニーの人柄を分析した重要な文章なので、ざっとご紹介しよう。

 『大統領選挙のキャンぺーンは、国家にとっての重要事である。キャンペーン
はその目的がまじめであること、候補者の一連の信念の核心を広く国民に示さな
くてはならない。それはまた投票者に、候補者が信頼に値し、判断力を備えてい
ることをも示さねばならない。しかしロムニーにとってはそんなことは重要でな
いものと見える。

 共和党の指名戦のはじめから、ミット・ロムニーは、自分の狙う権力を得るた
め、聴衆の望むままに自分をどんな形にでも変貌させてきた。大量の群衆やテレ
ビの聴衆の前では、右にも左にも偏らない中心派になる。厳しい保守的な政策や、
国内の多数者にたいする軽蔑は、党派心の強い彼の一味、選挙資金の献金者など
党派内部にとどめられた。この両極性はしばしば『フリップフロッピング』と評
されてはいるが、この言葉では、彼が同時に保有する正反対の両極を描写するに
はやさしすぎる。

 候補者を判断する最良の方法は、キャンペーンの末期近くなって彼等が述べる
政策プランによってではない。そうではなく、キャンペーンの初期から提示され
る分裂した彼等自身のあり方にこそ頼るべきなのだ。初期の、より少数の聴衆を
相手になされる政治的な計算は、彼等自身の人柄について、スポットライトを浴
び、投票ポイントで試しずみの快適な言葉よりよほど率直で意味がある。それこ
そ、最近のスピーチや大統領候補論争に登場した‘穏健なミット’像が不正直で
あるゆえんなのだ。

 オバマとの論争でのロムニーは大統領候補指名を与えた共和党の厳しい立場か
ら、フリツプフロップしたわけでも、その立場を放棄したわけでもない。それは
彼のキャンペーンや、彼のウェブサイトや彼の意見書の中核として現に存在する。
彼のやっていることはただ、投票者に受け入れられるために、上塗りをかけてい
るだけなのだが、それが時に、彼自身よく見張っていないときにこぼれでている
のだ。極右の好意に恵まれた彼の過度な政策を、偽り通すわけに行かない。

 今週彼は、スイング州であるアイオワで、彼自身のかん高い堕胎反対の叫びを
隠そうと試みた。“私の知っている堕胎についての法律で、私の政策議題として
とりあげるようなものは存在しません。”と、彼はデモイン・レジスターズの編
集会議に告げた。だがその注意深く組み立てられた言葉は、混乱を招くべく企図
されている。なぜなら女性の権利への脅威は必ずしも法律によってもたらされる
のではない。

 彼はPLANNED PARENTHOOD(女性の再生器関係の健康相談や治療をする政府の
機関)の費用をカットしてこの制度をなくすというし、女性の権利とすでに認め
られて久しい ROE & WADE(1973年に生まれた堕胎を認める歴史的な法律)
を廃棄するために、それをする法律家(最高裁判事)を任命するという。また都
合よく彼は忘れてはいるが、2011年のエッセーでは胎児は痛みを感じること
ができるのだからと、全ての堕胎に反対していた。

 “穏健なミット”など事実存在しないのだ。今我々に示されているのは“便宜
主義ミット”と表現した方が妥当である。極右を擁護して金を集めたかったら、
皆この方法に訴えるだろう。』(ニューヨーク・タイムズ)

 初回のオバマ、ロムニー討論は、スタイル(見かけ)では断然ロムニーが上だ
が、主張の内容ではオバマの勝ちだということに、ほぼリベラル側は落ち着いた。
共和党側はロムニーのパフォーマンスに俄然狂喜した。事実、直後の投票では、
ロムニーはほぼ5-6%という、かなりの跳ね返りポイントを稼いだ。それは残
すところ30日の選挙戦で、ロムニー流のねつ造をしたたかに交えたこれまでの
オバマ非難を何倍にもして現れることだろう。


●現職副大統領バイデンと共和党副大統領候補ライアンの討論会

 この後10月11日には、ジョー・バイデンとポール・ライアンの討論が行わ
れ、ケンタッキー、ダンヴィルのセンターカレッジで、外交政策、国内政策が論
じられた。司会は、ABC ニュースのマーサ・ラダツが担当した。

 オバマは、初回の論争パフォーマンスの批判に応えて、その翌日からエネルギ
ッシュなキャンペーンを再開した。ロムニーの誠実さを疑うことは重要なテーマ
である。両者の初回の論争はすでに、“聞き手次第で主張をかえるロムニー”と
いう芳しくない評判を、オープンマインドの視聴者には確認させたのではないだ
ろうか。

 キャンペーンでなされる約束がどんな理由にせよ果たされないことは、オバマ
を含め、しばしばある。しかしこの変貌自在のロムニーがする約束を、国民はど
こまで信じられるだろう。

 ロムニーとの初回の討論で見せたオバマの礼儀正しい低姿勢は、実は卑小な言
い争いで討論を無駄にしない、討議は政策に限るというという民主党の方針であ
ったことが明らかにされたものの、数ポイントを稼いだそれまで不調のロムニー
陣営には大きな朗報である。オバマはそれでもロムニーをしのいでいるとはいえ、
その差が狭まったことは彼の陣営にも大きな打撃である。

 ところが、そこにまたちょっとした幸運が舞い込んだ。毎月発表される失業者
の数が、7-8月の数字を下回り、8.1%から7.8%に落ちたのである。

 オバマは就任以来着実にわずかずつ失職者を減らしてはいたが、厳しいリセシ
ョンに入った経済の回復は容易でない。しかもオバマを1期だけの大統領にとど
めよという共和党主導の議会の抵抗は強く、アメリカ全体の利益になる仕事口増
加のためのオバマの提案はことごとく拒否されてきた。オバマ自身の反省にある
通り、就任直後失業対策に一番に手を付けなかった彼のやり方にも責任はあるの
だろう。

 初回のオバマ・ロムニー論争でロムニーのポイントの上昇を喜んだ共和党にと
って、アメリカの勤労者にはどれほど喜ばれようと、選挙直前の今になって失職
者数が減るというのは何とも腹立たしい。経済誌フォーブスに、GEの元CEO
ジャック・ウェルチ氏はこう書いた。“あのシカゴ野郎ども(オバマとその周辺
の人)は全く何をしでかすか知れたものではない。大統領論争で失点したために
奴らは失業者数をちょろまかすという手に訴えているのだ”
 
 これがGEのCEOの言葉だろうかと、驚かされる。失業や就職数の表示は、
政府の重要な職務の一つであり、決して外部の手でごまかしたり歪曲したりでき
ない体制が整っているのである。MSNBCチャネルのアンカー、クリス・マシ
ューは、ウェルチ氏をスタジオに招いて、あの言葉にはどんな論拠があるのか。
もしそれを証明できないなら、あの言葉を撤回していただきたいと迫った。
 
 ウェルチ氏は、いや絶対撤回しないという。では誰にもタッチできないシステ
ムの数字をごまかしたなどと勘ぐりでいわれたのは大きな虚言ではないかと追求
されて、彼は“いやあれはただ疑問を持ったので質問しただけだ”と逃げようと
した。疑問ならば疑問であるとはっきり言うべきだろう。

 その後ウェルチ氏はフォーブス誌への寄稿を中止して、ウォールストリートジ
ャーナルに切り替えると発表した。総選挙を前にした両陣営の思い入れと憂慮が
いかほどであるかをおわかりいただけるだろう。
 


●10月11日 副大統領の討論

 10月11日、オバマの副大統領バイデンは、オバマが初回の討論であえてと
りあげなかった諸点をきちんと論争してほしいという民主党の希望を双肩ににな
い、長い政治家歴とライアンの年長者であるゆとりをみせて席に着く。一方、ロ
ムニーのパフォーマンスでやっと得た共和党のモメンタムを失うまいと、緊張気
味のポール・ライアンは42歳、バイデンは11月に70歳を迎える。さながら、
体験の豊富さと湧出するエネルギーといいたい組み合わせであるが、バイデンの
活力もしたたかなものだった。
 
 今回の討論は、1週間前のオバマとロムニーの論争ではぼやけていた争点の輪
郭を克明にしたといわれる。主要なトピックは、メディケアと、女性問題、こと
に堕胎の是非、さらに外交問題としてアフガニスタンからの軍隊撤退、イランの
核兵器、リビアの大使館攻撃が中心テーマになった。
 
 メディケアについてはこれまで何度か既に説明した。この討論でバイデンはロ
ムニーが大統領になって、現在のオバマケアが失われたら、庶民が困窮すること
をあげ、“共和党の人々は元々メディケアなぞにあまり関心は持たなかったのだ。
あなた方は(とカメラを見つめながら聴衆に向かい)“いったい2つの政策のど
ちらを信用されますか?”とストレートに聞いた。

 そしてライアンに向かっていった。“あなた方は医療保険を危機に陥れようと
しているのだ。”ライアンは応じた。“これが、これまで立派な業績の記録を持
たない政治家のよくやる手なのです。つまり彼等は人々を脅して投票させまいと
しているのです。”

 2人ともカソリックの信者であるが、彼等自身の信仰が堕胎については大きく
異なった見方を与えていることを明らかにした。すなわちバイデンは教会の立場
を尊敬する。つまり受胎と同時に生命が始まることを受け入れる。“しかし私は
それを、私自身と同じように敬虔なクリスチャンやイスラム教徒やユダヤ人に押
し付けることは拒否します。また女性に対して、彼女らが肉体を自分でコントロ
ールできないなどという権利はないと信じます。”

 ライアン自身の考えは、実は堕胎反対はレイプや近親相姦にまで及ぶので、危
険なトピックではある。だが彼はロムニーに習っていくらか中央よりの妥協を見
せ、“ロムニー政府はレイプ、近親相姦、母親の生命の危険のケースを例外とし
て、堕胎に反対します”と述べた。

 アメリカ女性の多数は、堕胎反対を唱える共和党の考えには賛同しない。女性
はオバマを支持する人数が勝っていたが、このところいくらか低調である。

 ロムニー側はオバマの最も強力な資産である外交政策への評判をなし崩しにし
ようと懸命である。オバマ政府はアフガン政府との話し合いで、2014年以後
はアフガニスタン自体が自国を守れるように訓練を与えている。ロムニーはアフ
ガニスタンにいるアメリカ軍の撤退時期が早すぎること、その時期をを公表した
のはオバマのミスだという。オバマは彼らに責任を持たせもるためにはどうして
も時期を知らせる必要があるという。

 イランについては、彼等の核兵器が今にも登場しようというのに、オバマは弱
腰で、何もしないとロムニーは言い続けていた。しかし最近、ナタ二ヤフ自身が、
イランの核兵器完成時期の予想を先延ばしにしたので、今直ぐ行動を起こさない、
とオバマの弱腰をいわなくなった。シリアについてもロムニーは、なぜアメリカ
は軍隊で援助しないかという示唆をしていたのに、この討論ではほとんどオバマ
の政策と似たものになった。

 オバマの業績を擁護して、バイデンは“ロムニー・ライアン政府なら、どれほ
どオバマと異なった政策をとるのかとライアンに質問した。イランの核兵器製造
をいかにしてストップさせるのか、シリアの抵抗者たちをどう援助するのがベス
トかについてのライアンの答えを“軽すぎる”と2度批判した。そして民主党が
既にやったこと以上に彼等が付け加えられるものは何もないと言い切った。事実、
共和党は、ほとんど、上記のオバマの政策に反対しなかったのである。

 リビアで起った最近の大使館襲撃でアメリカは大使と3人の大使館スタッフを
殺害された。ロムニー側は、警備の責任問題として、強くオバマを責めている。
リビアのアメリカ人が警護の増強を望んだがオバマ政府はその要請を拒否したと
いう議会の証言にも関わらず、バイデンはその要請を“知らされていなかった”
といったことを、ライアン・ロムニーはオバマチームの粉飾だと決めつけた。

 事実は警護費用の増額要請はそれまでにも何度かなされたが、国務省が常にそ
れを拒否してきた。ライアンは警備費増強への議会の反対者の1人だったことが
わかったので、皮肉なことになった。そして警護要請はホワイトハウスに届かな
かったというバイデンの報告も事実だと知れた。アメリカ政府の長年のシステム
として、大使館の警護問題はホワイトハウスでなく国務省の警備関係のプロが処
理することになっているためだという。

 もうひとつ共和党が問題にしているのは、オバマ側が事件の直後、今回の襲撃
を、一アメリカ人の制作した反イスラム映画にたいする散発的な抵抗の一つと規
定したことである。ほぼ2週間後にそれはアルカイダの所業であったことが発表
された。

 ではなぜこれがテロリズムであることをそれまで隠していたのか、と共和党は
いう。これについて未だ結論は出ていないので、今後の論争にも持ち出されるの
ではないだろうか。おそらくロムニーの真意は、アルカイダの親分、ビン・ラデ
ンをオバマが殺害させた後も、アルカイダは機能しているじゃないか、だからあ
れはオバマの功績にならないと。筆者の憶測である。

 失業率が7.8%に落ちるというのは共和党のもくろみにはなかったことで、
わずかずつでも仕事口は増えつづけていたことを正直に認めるなら、ロムニーも
これまでのように、オバマの経済的無能ばかりを叫ぶわけにはいかなくなった。
その焦燥が、リビアのベンガジ問題をオバマ非難に利用して誇大な騒ぎにしたと
いう批評もある。両党間の主権争いではなく、むしろ今後のアルカイダのテロリ
ズム対策をどうするかが、超派閥で論議されるべきではないだろうか。

 オバマが盟友イスラエルの安全に冷淡で、国連まできたナタニヤフ首相との会
見を他の用件のために断ったことをライアンはあげて、オバマを非難する。

 オバマのイスラエル理解に根ざした、口だけでない同国への大きなコミットメ
ントを、ロムニー・ライアンは全く理解していないか、知らないかに見える。イ
スラエルの国防相、エヒューダ・バラクは、オバマ政府のイスラエルのための国
防援助は、これまでのどの時代のどの政治家にも勝るといい、ナタニヤフも個人
的にオバマの貢献を高く評価しているという。

 イランの核兵器製造に対してオバマが何もしないと大声で言い続けていたロム
ニー側は、ナタニヤフ自身がイランの核兵器製造までの予想時間を最近ひきのば
したためか、いまはその点では声を潜めている。オバマの対外政策の弱さを述べ
るライアンに、ではイランに対して、あるいはアフガニスタンにたいして、ロム
ニー政府はどんな政策をとるのかというと、今彼等はオバマとちがったことは何
もしないのである。

 この討論では初回の礼儀正しいオバマと違って、バイデンは始終“してやった
り”という優越感、“さあ、おいでなすったその質問”という満足感、親子ほど
も離れた年齢と、大統領の傍らで、何しろ現実の政府の内外事情に通じている強
さで、終始笑みを浮かべていた。ライアンは礼儀正しく耳を傾け、互いの言葉に
口を挟んで妨害するのはバイデンの方が多かった。事実共和党の批評家や支持者
の多くは、バイデンのこのスタイルに酷評を加えた。

 しかし例えばインデペンデント派のロバート・ケイサーという批評家のように、
“なるほど礼儀正しいというのは快い。しかし、政治とは元々無礼なもの。無礼
はわが国民性の一部なのだ”という人もいるし、スタイルや見かけの良さで政治
家を選んだら、大間違いをするぞと警告する人もある。筆者も同感である。

 バイデンは、彼に期待されていたことを立派にやり遂げた。オバマがミスした
点を全てまな板にのせ、オバマの言い分を明らかにしたのである。いずれにせよ、
この討論はバイデンの勝利に終わったと民主党は大満足した。

 そして共和党はライアンの勝利をいう人と、ライアンとバイデンの互角と評す
る人に分かれている。ただニューヨークタイムズの世論調査で、11月6日の総
選挙のオバマの勝利の予想率は59%、ロムニーは31%という、バイデン-ラ
イアン対決1週間後の数字がでていることをお知らせしておこう。

 10月16日には、オバマとロムニーの第2回目の論争があり、国内政策、外
交政策が、市民との非公式な質疑応答を交えて、タウンホールミーティングの形
で行われる。場所はニューヨーク州ヘンプステッドのホフストラ大学である。

 10月22日にはフロリダのボカラトンで、オバマとロムニーが外交政策を論
じる。司会はCBSニュースのボブ・シーファーである。そして11月6日をほ
ぼ2週間後に控えて、大統領と候補者討論はこの日完全に終結する。

 実はこれを書いているのは10月16日である。オルタの締め切りに少し余裕
をいただいたので今夜の大統領論争を聞いて、ごく簡単でもその報告をすること
にした。選挙まで3週間、今夜の論争は全3回の大統領討論のなかで最重要とい
われているからである。

 オバマは、初回の論争パフォーマンスの批判に応えて、その翌日からエネルギ
ッシュなキャンペーンを再開した。ロムニーの正直さ誠実さに疑問を投げること
は重要なテーマである。キャンペーンでなされる約束が果たされないことはオバ
マを含め、しばしばある。しかし魔術師のように偽装し変貌するかのロムニーが
する約束を、国民はどこまで信じられるだろう。

 ところで共和党は、33州で投票妨害を行なおうとしている。基本的には投票
時に、政府発行の写真付き身分証明書(運転免許証、パスポート、出生証明書、
軍隊証明書など)を持参せよというものである。だが、州によって必携の書類他
の規則には違いがあリ、政府の証明書でなくともよい場合や、写真が不要な場合
などもある。

 投票権のない人間が他人の名前を使って投票するのを防ぐためだという建前で
はあるが、現実には選挙投票のための詐称はまれで、全米で5年間に120件と
いう数字があることでもわかる。こうした身分証明書を持たないのは黒人やイス
パニック、学生、高齢者などの低所得層が多く、しかも彼等の多くはオバマに投
票する傾向がある。この階層はほとんど車を持たず、政府の役所にいって証明書
を得る便宜にも、州によっては25ドルもするその証明書の費用にも欠けるのだ。

 この選挙はまことに接戦で両陣営とも楽観は許されない。オバマが僅差でロム
ニーを抜いてはいても、共和党の選挙広告に使う莫大な金や、33州での選挙妨
害の影響は計り知れない。今夜の論争で、アメリカが、健全な中産階級の国とし
て、万人を潤す理想に立ち戻ってくれること、オバマの知力とビジョンと誠実さ
と、そしてなによりもロムニーにない大きなハートを、夢見る多くの人々に感じ
させてくれることを切に祈る。


●10月16日  第2回 オバマとロムニーの討論

 この後10月16日、オバマとロムニーの2回目の討論がニューヨーク州ヘン
プステッド、ホフストラ大学で行われた。ここでは未だ誰に投票するかを決めて
いない82名の市民が招かれて、直接大統領とその候補者ロムニーに質問し、答
えを得るという形がとられた。トピックはジョブ(働き口)、エネルギー、国家
赤字、国家予算、税金、移民、女性、移民、中国との貿易、リビア問題など10
項目が選ばれ、性別、支持する党、年齢など、質問者をその背景によってバラン
スよくあらかじめ分類してあった。

 オバマは初回のロムニーとの論争時とはまるで別人のように生き生きとし、そ
の論争にも力があった。ロムニーも準備十分で、これまた万全の自信をみなぎら
せていた。

 オバマはことにロムニーの経済政策を、金持ちだけを助ける“1点政策”で、
それはミドルクラスの犠牲で行われるのだと評した。ロムニーはそれは事実とは
ほど遠い。事実は、過去4年間、ミドルクラスは押しつぶされていたという。

 オバマはロムニーのエネルギー政策にも挑戦し、彼が立場を変え抜くことをあ
げて、ロムニーのプランは綿密に考え抜かれたものでなく素描のようなモノだか
ら、拒否するようにと聴衆に告げる。

 エネルギーでも、女性への平等な賃金でも、健康保険でも、移民政策でも両者
はぶつかった。ロムニーは、W・ブッシュが約束した“広範な移民政策”が実現
していないではないかという。オバマは、共和党議会の頑固な抵抗が、どうして
も議案を通させないからだと応えた。誠にその通り。議会が協力していたら、ア
メリカの経済はもっと早期に快方に向かっていただろう。

 ほとんどは国内政策に関してであったが、リビアのベンガジの大使館襲撃事件
で、オバマがそれをテロリストの仕業だと認めるまでにひどく時間がかかったと
ロムニーがいう。オバマは事件の翌日、ホワイトハウスのローズガーデンで、自
分は“これはテロリズムだ”といったではないかという。

 折しも司会者のキャンデイ・コウリーが、“確かにその通りだった”と口を挟
む。オバマは、“キャンデイ、もうすこし大きな声でそれをいってくれ”という
シーンもあった。そして彼はロムニーがニュースの直後、検証もしないでプレス
リリースをしたことをなじった。

 ロムニーの1200万ジョブの計画についてオバマは、“それが私立分野に経
済を任せろというロムニーの哲学である。知事としても同じ、大統領としても同
じだ。そのやり方で、金を沢山稼ぎ、トップの収入者には税率を安くする。ジョ
ブを海外に送り出し、税金逃れをする。ある国に投資をして破産させる、従業員
の首を切る。過去10年、我々の見てきたのはその哲学だ。”

 論争のルールで、長い反駁はできないので、ロムニーはただ“的外れも甚だし
い”とだけいった。しかし立ち直って、いった。“2300万の人が職を求めて
苦しんでいる。大統領の政策は過去4年間実施されて証明済みだ、この国では彼
が就任したときより、より少ない人間が働いているのが実情だ”

 また、彼ブッシュはできなかったが、私は予算の収支をバランスする、といっ
た。オバマは飛びついて“ブッシュ大統領は PLANNED PARENTHOOD の連邦予算を
カットもしなければ、メディケアをバウチャーシステムに変えもしなかった。”
と、ロムニーの痛いところをついた。

 オバマはこの数日、ロムニーが共和党の指名を得るためにとっていた税金や堕
胎にたいするいくつかの保守的な立場を非難していた。選挙直前になって、彼は
かなり中央に近い政策で、有権者に媚びようとしているのだ。

 ロムニーはオバマの経済の緩慢な回復失業率の高さ、最近の失業率の7.8%
への低下が遅きにすぎるとテレビ広告で批判している。

 第3回目、最後の討論会は10月22日に行われるが、11月のオルタに報告
するには遅すぎる。これまでの材料で、読者諸氏にもご判断をいただき、筆者と
ともに、オバマの幸運を願って下さる方に感謝いたします。

 なお、現在の投票予想(世論調査)ではオバマは各州とワシントンDCで23
7人、ロムニーは191人の代議員を得ると予想されています。代議員取得には
各党ともそれぞれ290票必要です。

 スイングステイトと呼ばれる未決断の人達の多い州での投票が、この選挙の結
果を左右するのですが、そのなかアイオワとウイスコンシンでは、今のところ、
オバマ票が、ロムニー票を6-8%は上回っています。選挙妨害の影響は未知数
なので、それが一番の心配です。

 (筆者は米国ニュージャシー州在住・翻訳家)

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