【コラム】
宗教・民族から見た同時代世界

オランダ総選挙で問われたポピュリズム政治

荒木 重雄

 欧州連合(EU)離脱を決めた英国民投票、トランプ氏の米大統領就任と、昨年から加速した非寛容や排外主義の流れが欧州をも覆うのかと、関心が高まる一連の欧州諸国の選挙の先陣を切って、3月、オランダ総選挙が行われた。
 焦点は、ヘールト・ウィルダース党首率いる極右政党「自由党(PVV)」の消長であった。
 オランダは従来、中道右派と中道左派が多党で連立政権を組むことが多く、バランスのとれた福祉国家を実現し、移民や難民の受け入れにも寛容な社会とされてきた。そこに台風の目として登場したのが、2006年創設の自由党である。

 政党とはいっても、党員はウィルダース党首一人で、候補者は党首による公認。そのウィルダース党首は、「イスラム教の聖典コーランは発禁、モスク(礼拝所)は閉鎖する」「移民・難民を阻むため国境を閉じる」という極端な反イスラムと反EUを掲げ、ツイッターでメディアや既成政治への批判を繰り広げ「オランダを再び偉大な国にする」と打ち上げて、「オランダのトランプ」とも呼ばれた。否、トランプがウィルダースに倣ったのだとの説もある。そのウィルダース党首率いる自由党が一時は第一党に躍進すると予測されたのだ。

◆◆ 何が極端政治を支えるのか

 だが、結果は、自由党は2012年選挙の15議席から20議席と伸ばしたが、第二党に止まり、ルッテ首相率いる中道右派の自由民主党(VVD)が同41議席から33議席と大幅に減らしながらも第一党を維持した。
 自由党失速の理由としては、具体的な政策を欠いた実像がしだいに見えてきたことや、その主張のあまりの過激さへの警戒感。80.4%の高投票率が示すように「ストップ自由党」の気運から有権者が積極的に投票所に足を運んだことなどが指摘されている。

 しかし楽観は禁物である。敵をつくり排斥して愛国心に訴えるポピュリズム政治(大衆扇動・迎合政治)が台頭・蔓延する基盤はそのままだからである。

 自由党支持がとりわけ高い地域として指摘されるのは、グローバル化の中で炭鉱や工場が閉鎖され、失職した人口の多数が流出して高齢化が進む地方都市や、かつて大規模な住宅整備で多数の労働者が移り住みながら今や高齢者のみならず次世代の若年層にまで失業が浸潤しつつある大都市郊外である。明日への希望を持てない彼らの暮らしの上に、自由民主党主導政権の下で、年金受給年齢の65歳から67歳への引き上げや医療費25%削減など社会福祉の後退が追い打ちをかける。
 住民の目には、経済成長期に労働力確保のため国策として導入されたモロッコやトルコなどイスラム圏からの移民や東欧からの出稼ぎ労働者、さらには近年のシリア難民などが彼らの職を奪う者と映り、自分たちが享受すべき社会資源がこれら移民・難民のために割かれていると見える。

 ありていに言えば、根底にあるのは新自由主義経済に伴う格差社会の問題だが、人々はそれを「目に見える具体的な敵」のせいにして解決を求めようとする。「自分たちは最底辺に追いやられている」と認めたくない人々は、より弱い立場の移民を差別・冷遇することで自分の尊厳と自信を取り戻せるように錯覚する。だからこそ「敵」を叩く「強い政治家」を求める。政治家がそのような大衆の不安・不満をさらに誘導・煽動する。
 いわば、階級格差からくる問題と人々の欲求不満を「外敵」(移民や外国)に転嫁するに過ぎないのだが、それを、政治家が本来持つべきポリティカル・コレクトネス(政治的公正性・品格・道徳性)を蹂躙することで既成政界のエリート性に不満を持つ大衆の鬱憤を晴らしながら訴えるのが、ポピュリズム政治の実体である。

◆◆ 見えない難民・移民の姿

 さて、総選挙で第一党の座を守った自由民主党のルッテ氏は「英国のEU離脱、米国の大統領選と続いてきた悪いポピュリズムは終わった」と勝利を宣言し、一方、自由党のウィルダース氏は敗北を認めたものの「愛国主義の拡大は止まらない」と述べた。
 欧州では、オランダ総選挙の後も、反イスラム・反EUを掲げ「自国第一」を標榜する極右政党が既成政党に挑戦する選挙が続く。フランスでは、マリーヌ・ルペン国民戦線(FN)党首の趨勢が焦点の大統領選挙が5月にかけて進行中であるし、9月には、ドイツで、「EUの母」とも呼ばれるメルケル党首が率いるキリスト教民主同盟(CDU)にフラウケ・ペトリ党首率いる「ドイツのための選択肢(AfD)」が挑む総選挙が待っている。紆余曲折はあろうが、先に述べたポピュリズム政治を支える状況が続くかぎり、ポピュリスト政治家とポピュリズム政治の再生産は止まらないだろう。

 ウィルダース氏の猛追を振り切るためとはいえ、ルッテ氏が選挙期間中に「オランダの価値観を受け入れない者は去れ」とイスラム教徒を念頭に置いた新聞広告を出して有権者の支持引き止めを図ったように、右翼に押されて政治全体が少数派排斥に傾いていくのもゆゆしき事態である。

 だが、さらに懸念すべきことがある。それは、「人道の危機」がたんなる「政治の危機」にすり替えられていることだ。シリアだけでも450万人を超えるとされる第二次大戦後最大の難民問題が、いつの間にか欧米の政治異変としてのみ語られていることである。難民排斥を叫ぶ政治家がメディアの主役を占め、地中海の波間や中東・北アフリカの砂漠で生命の危険を冒して彷徨う当の難民の姿や、同様に、排外的な空気におびえる多くの欧州在住の移民の姿が、見えなくなっているのではないか。

 なお、オルタ先月号(159号)では、オランダ在住のリヒテルズ直子さんが総選挙について詳細に報告・論評されているので、是非、お読みいただきたい。(http://altermagazin.xsrv.jp/index.php?go=EcBLnb

 (元桜美林大学名誉教授・オルタ編集委員)


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