オリンピックの「レガシー」は大会後のために

オリンピックの「レガシー」は大会後のために

                   三ツ谷洋子


 2020年のオリンピック・パラリンピックが東京で開催されることになりました。東京決定を知ったのは、滞在していたロンドンのホテルのテレビで、夜のBBCニュースを見ていた時でした。

 大会開催都市を決定する国際オリンピック委員会(IOC)総会は、ブエノスアイレス(アルゼンチン)で開かれていました。東京、マドリード、イスタンブールの3都市が、IOC委員による9月7日の投票日に向け必死にロビー活動をしていたころ、私はロンドン行きの飛行機に乗りました。2016年の大会招致に失敗した東京が、“二度目の正直”で招致を勝ち取る場面に居合わせたい気持ちもありましたが、オリンピック開催以前の課題として大会後のことをいま考えておくべきだと思ったからです。

 9月4日〜6日にロンドン東部のイーストロンドン大学で行われる「オリンピック・レガシー国際会議 —都市におけるメガイベントのインパクト」という会議に参加することにしました。「レガシー」とは「遺産」という意味で、大会開催の立候補都市に提出すべき「立候補ファイル」の必要項目にも、「レガシー」の活用についての記述が求められています。

 私はかつてスポーツジャーナリストとして、その後、スポーツビジネスコンサルタントとして、過去のオリンピックは1976年のモントリオールから2004年のアテネまで計8大会のうち6回の大会で現地に足を運び、スタジアムを含む様々なスポーツ施設や周辺のまちの様子を見てきました。

 また、2002年に日本が韓国と共催したサッカー・ワールドカップ招致のためスタジアム建設がブームを迎えていたふた昔前、関連の企業や自治体関係者を対象にスポーツ施設のハードとソフトを考えるセミナーを50回開催しました。こうした経験を通して得た結論は、オリンピックやワールドカップのようなメガイベント用スタジアムは、「大会のため」でなく、「大会後のため」に地域でどう活用するかを前提に設計すべきだということでした。

 ロンドンでの「国際会議」の趣旨は、次のように紹介されていました。「研究者や政策立案者、大学院生、その他のオリンピック・パラリンピックというメガイベントを招致することから生じる都市開発に関する問題に従事した者が、それぞれの知識を共有し、情報交換する場所を提供するものである。(intelligence 130815)」。分かりやすくいえば「オリンピックのようなメガイベントの開催都市に関する問題について、様々な立場の人たちが集まって情報交換をしようじゃないか」ということです。

 過去にオリンピックを開催したバルセロナ、アテネ、北京など、地元英国を含め23カ国から約180人が参加していました。招致活動で前回の東京のライバルだったリオデジャネイロの行政担当者や、今回の“強敵”マドリードとイスタンブールの研究者も名前を連ねていました。一方、日本からは私のほか、南アのワールドカップをテーマに研究発表をした一橋大学の若手の先生と、早稲田大学大学院に在籍している中国人留学生2人だけ。ほかにスポーツ行政や研究者の姿が見えないことに、大いに失望しました。

 3日間、大学のあちこちの教室で講演や発表を聞き、様々な国の参加者と意見交換をすることができました。講演や発表のテーマは、スタジアムなど施設関連だけでなく社会、経済、文化、環境など多岐にわたっていました。メガイベントの「レガシー」というと、施設などハードに目が向きがちですが、ソフトにおいても様々な分野で「レガシー」が残されていくという事実を改めて認識しました。

 私がこの会議で楽しみにしていたプログラムがあります。2日目の午後に組まれていた「クイーン・エリザベス・オリンピックパーク」の見学ツアーです。ちょうど4年前、工事中の現場を見学する機会がありました。この時、「オリンピックパーク」の建設がロンドン市による東部の再開発計画の一環であることを知り、単なるスポーツ施設の建設でないことに強く興味を引かれました。

 大英帝国の産業革命を支えたロンドン東部の工場地帯は長い年月を経て住環境が悪化し、「うらぶれたまち」として市民が寄り付かないような地域になっていました。そこを「ヨーロッパで最も住みやすいまち」に再生しようという計画の下、「オリンピックパーク」や隣接する地域に建設される選手村は、大会後にはコミュニティーに開放されます。「オリンピックパーク」の地図にあるスポーツ施設の説明には、全て「大会後」という項目があり、具体的な計画が記されていました。保育所やカフェを付帯施設として設置したり、施設の一部を一般愛好者用に改修したりします。活用がむずかしい施設は他の地域に移築されます。中でも最も驚いたのは、メインスタジアムです。オリンピック時は8万人収容の巨大スタジアムですが、大会後に5万5千席が撤去され、2万5千人収容の小ぶりなスタジアムに縮小されるのです。

 これまでのオリンピックでも、スタジアムの座席の一部を仮設で設置し、大会後に撤去することは珍しくありませんでした。しかし、3分の1ものサイズに縮小された例は、私が知る限りありません。大会から1年を経て、小さくなったスタジアムをぜひとも自分の目で確かめたいと思っていました。見学ツアーで実際に行ってみると、スタジアムは残念ながらまだ改修工事中で近寄ることが出来ませんでした。とはいえ「オリンピックパーク」内は、緑あふれる開放的な公園になっていました。

ロンドンのスタジアムと対照的に見えるのが、今回の東京オリンピックのメインスタジアムとなる新国立競技場です。国際的に著名な多くの建築家が参加しての設計コンペで採用されたデザインは、ロンドンの水泳センターも設計しているザハ・ハディドというイラン人の女性建築家による曲線を強調したユニークなものです。

 大会後の施設活用に関連して、私が懸念している大きな問題が2つあります。1つ目は「屋根付き」の屋内施設であること。イベント時に天気の心配をする必要はなくなりますが、巨大屋内施設は光熱費が非常にかかります。また、サッカーの試合のためには、ピッチ(グラウンドのこと)は1年中、緑の天然芝でなければなりません。公開されている映像を見ると透明の素材の屋根で覆われています。中央部分が開閉できるとのことですが、芝の育成に必要な直射日光と風通しの確保については大きな疑問符が付きます。

 透明の屋根付きスタジアムであるオランダのアムステルダム・アレナは、年に何度か芝の張り替えを余儀なくされています。日本では20年前にJリーグが始まり、1年中、緑の芝のピッチが求められるようになりました。それまではピッチの芝が冬に枯れるのは当たり前のこととされていました。国立競技場で元日に開催されるサッカーの天皇杯決勝でさえ、枯れ芝の上で行っていました。それが今では、日本中のスタジアムが冬も緑が美しい芝のグラウンドを提供できるようになりました。各地のスタジアムで芝の管理を担当している専門家が20年の間、何度も情報交換し研究を重ねた成果なのです。新スタジアム完成までの期間は6年。それまでに透明の屋根越しの日差しでも育つ芝を開発せよ、ということなのでしょうか。
 2つ目の問題は、8万人収容というスタジアムの規模です。通常のイベント施設としては巨大すぎます。現在の国立競技場は約5万4千席ですが、満員になるのは人気ミュージシャンのコンサートくらいで、年に数えるほどもありません。それが5割増しの8万席に増えるのです。イベントは施設の大小に拘わらず、客席がガラガラではいくら優れたイベントでも臨場感に欠け、観客に与える感動や楽しさも半減してしまいます。「大は小を兼ねない」のがスポーツやイベントの施設なのです。

 新スタジアムには、最新のAV機器が設置されることになるでしょう。これまで見たこともないような素晴らしい演出が可能になります。しかしその分、使用料も素晴らしく高くなることは容易に想像できることです。年間維持費も気になります。例えば2002年ワールドカップ用スタジアムは3億〜9億円、屋根で覆われている札幌ドームは2倍の18億円です。ここから推測すると、新スタジアムは数10億円という莫大な維持費がかかりそうです。

 スポーツ施設は規模が大きくなるほど採算を取るのが難しくなります。ロンドンのように部分的に仮設席を設置するには、屋内施設としてデザインされているため難しいでしょう。いずれにしても効率的な施設運営への視点が欠如し、大会後の有効な活用法が見えてこない施設計画は、「レガシー」として都民の生活を豊かにするどころか、「まちのお荷物」となるストーリーしか描けないことが、大きな問題なのです。

 (筆者は法政大学スポーツ健康学部教授・女性スポーツ財団日本支部代表)


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