オルタ第129号を読んで

【オルタのこだま】

オルタ第129号を読んで

高沢 英子


 西村徹氏の「リルケ最後の詩—火刑台上の死」非常に感銘を受けました。
 —それにしてもこのようにも孤独な、「確実に未来を購う」病いの苦痛を、このようにも美しい結晶体にまで昇華させる詩人の魂とはいかなる魂なのであろうか。—
 同感です。

 私事にわたりますが、実は私の夫も同じ病で世を去り、夫と旧制四高の同級生だった西村徹氏はそれを想起し、私にメールで、この草稿をあらかじめ送ってくださいました。
 私はこの詩に、あらためて夫の最後の姿を観る思いで、そこに凝縮された、具象的な死の姿の真実を感じ、何日もかかって「リルケの最期の詩は、おっしゃるように、まさに、白血病死の症状を、内部から凝視して、恐ろしいまでの知的明確さで描いている、人間の魂の写実そのものと思われます」と返信メールを書くことが出来ました。
 「死」はリルケの比較的初期の作品「マルテの手記」の中にすでに色濃く影を落としています。翻訳でしか読んでいないのですが、学生時代これを最初に読んだときの衝撃はいまも忘れることが出来ません。特にスゥエーデンの広大な館で死んでゆく侍従ブリケといわれる祖父の死についての数ページに及ぶ描写は印象的でした。

 西村氏の随想に触発され、久しぶりに摩書房文学大系、生野幸吉氏訳の「マルテの記」を開き、手記の冒頭のパリという“あまりにも大きすぎて悲しみに満ちた都会”を描いている詩人の乾いた暗い筆致や、死と生についての深い観想を読み返しながら、紹介された「最後の詩」のなかに、リルケが自らの死に面しても尚、観ることに徹した、恐ろしいまでの詩人魂を感得しました。

 リルケの死因は白血病とされ、薔薇の棘に刺されて、と聞いたことがあります。よく、血液の癌といわれますが、正確には別の系列の病であるともいわれています。この病気の恐ろしさは想像を絶する苦しみを与えるように思われます。発症の原因については諸説あり、明らかにされていないようです。

 夫は1985年、同じ病で他界しました。当時、世界ではこの病症について17のタイプが発見されていて、夫のそれは巨核性といい、日本では症例の報告のない類の型だ、といわれました。実は夫が発症したのは、数ヶ月前から単身で滞在していたパリでのことでした。気がついたときにはすでに末期であり、最初に診断を受けたパリのアメリカンオスピダーレですでに治癒の見込みなし、と診断され、保険会社が手配した現地医師と看護士に付き添われて帰国、空港で待ちうけてくれていた救急車で大阪成人病センターに入院、4ヵ月後他界しました。
 日本での担当医師の説明によると、このタイプは医学史的には、それまで世界に3例しかなく、治癒生存例は1件もなし、と。夫はその冬ヨーロッパを襲った大寒波で風邪を引いたこと、仮寓していたアパートの空調が故障していたことに気付かなかったこと、コンビニでよく会う変なお婆さんが、ゴホゴホと、いつもただごとならぬ咳をしていたこと、などと呟き、肺炎と信じ込もうとしていました。

 しかし帰国の際に持ち帰った40数枚ものレントゲン写真(夫が何かと頼っていた現地に住む遠縁の日本人に連れて行ってもらった日本人医師が撮った、すべて失敗作のぼやけたもの)、空調の故障、恐ろしくひどい咳払いをするパリの老女によるウイルス感染の疑い、などなど、リルケの薔薇のトゲならぬ、さまざまな要因が考えられましたが、確かなことは分からず追求はしませんでした。

●武田尚子さんのジェンダ—事情を読んで

 武田尚子さんのジェンダー活動を報じるレポートでは、海外の、強い個性と信念を持った女性たちが、未来に向かって互いに連携し、快進撃を続けているのが報じられ、胸のすくような思いがします。

 海外の女性たちが、そのときどきに、団結して困難を克服し、大きな波紋をひろげつつ時宜にかなった活動を繰り広げ、飛躍的にうねりを構築し、成果を挙げてきたエネルギーには感嘆するほかありません。現在は第四の波の時代ということですが、それが怒りでなく喜びを原動力としている、とい報告には眼の醒めるような思いで励まされるのですが、わが国ではどうでしょうか。先日、長年研究を積み重ねてこられた京都の女性史研究家、井上とし様からも、オルタを読まれて次のようなメールを頂きました。

 「女性史、地域女性史は70年代以来の研究成果の蓄積があります。しかし、前にも書きましたように、既成の歴史ではない、女性の視点に立った新しい歴史を構築したか、という疑問に直面している状況ではないかと思います。ジェンダーの視点も、不十分でしょう。そういう意味で、別の視点で、女性史を考えまた創作に生かされるのは賛成です」と。

 日本では、大多数の人々が、そこそこの生活に満足し、自分たちの権利や力を充分行使しようとせず、権力に屈して安住しようとする姿勢が顕著で、折角取り入れられた民主主義も、形骸化し、いつまで経っても社会変革の力にならない歯がゆさを感じてなりません。(折角手に入れた民主的権利を放棄して恬然としている民意の低さは選挙の投票率の低さでも明らかではないでしょうか)

 外側だけ経済大国となって、民主主義国家の体裁は備えていますが、その実、真に内からの人権思想や、男女平等思想の定着にはまだまだ道が遠いんのではないでしょうか、女性の強い意志と団結がますます望まれ、近年日本でも力をつけてきたより若い女性層に、さらに期待したいと思います。

 (筆者はエッセーイスト)


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