■オルタ113号を読んで                武田 尚子

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

113号はいつもながら問題百出、活気に満ちていますね。そして、アメリカの
民主主義が、現在のように重大な機能低下をみせていてさえ、日本という国が如
何に民主主義から遠いかを思わずにはいられませんでした。

初岡さんの、人生と仕事に目標のない世代を読んで、今回の旅で往来したたく
さんの停車場や電車や汽車の車内で、日本ではあれほど著しかった、本を手にす
る若者に出会えなかったことを思い出します。

学生ならば、誰しも本を読んでいたものですが、今は小さな iPhone かスマー
トフォンなどで指を使うのに忙しく、誰一人本を読んでいないのは驚きでした。
これは昨年より酷くなっているように見えます。若者が刹那に生きているためな
のか、イメージや音のない時間に耐えられないためなのか、ともかく異様でした。

アメリカはどうかといいますと、都会に住む誰かにきいてみないとわかりませ
んが、調べてみる値打ちがありそうです。たまたま今日立ち寄った日本人の友人
にきいてみますと、「アメリカも同じよ。私の子供はTVをつけ、その手まえの
自分の机にコンピューターをおいてゲームをしながら、携帯でテクシングをやっ
ているのだもの」とのたまいました。

それが、仕事や人生の目標のなさにつながっているかどうかは疑問ですが、余
り物を考えない世代を生む役には立っているのかもしれません。今は小学生もケ
イタイを持って歩くようですが、おかげでプラットフォームから落ちた子が、レ
ールの溝にはまって助かったという事件が私の滞京中に起き、ぞっとしました。
即断は禁物と思いながらも、書かずにはいられません。

羽原さんの、慰安婦発言の問題を読んで、日本の政治家はまるで半世紀近く後
れているのではないかと驚きました。いつも日本の新聞を読んでないので、政権
担当者のアナクロニズムが、私には信じられないほどに思えるのです。アナクロ
ニズムはアメリカの共和党にも大いにありますが、これほど初歩的な常識のレベ
ルでの時代錯誤とは一寸違うように思います。つまり内心ではたとえ日本の政権
担当者のいうような考えに或る程度賛成しても、公の場でそんな発言がまかりと
おることは大きな驚きです。

橋下さんの慰安婦発言や、安倍さんほか要人が、侵略戦争という歴史的な現実
を、未だにごまかしてすり抜けようとしている様子を見、石原さんの「軍隊に売
春はつきもの―歴史の原理」などという、明らかに傲慢で無知なゴタクを、よく
日本の国民一般や、東京都民が許すものだと呆れかえり、頭を抱えてしまいまし
た。わが愛してやまない日本とは、ほんとうにこんな国なのかと。日本に民主主
義が、人権の概念が、根付くのはいつたいいつのことなのだろうと。こんな内情
が公開されたら、日本を先進国などとは誰も思わなくなるのではないでしょうか。

だから、西村氏の内村鑑三論は一服の清涼剤でした。西村氏が、内村氏という
クリスチャンの、封建的な道徳観から一歩もでない実像を明らかにされたのはお
見事でした。聖書を熟読したはずの、クリスチャンのリーダーともあろう人が、
男尊女卑をそのまま生きていたなんて。ここでも信じられない思いでした。西村
先生に拍手喝采をお送りいたします。

113号のリヒテルズ直子さんのオランダ通信は、この号でもっとも気持ちのよ
い記事だったかと思います。こんなすてきな王国が21世紀の世界にあるのかと、
一寸おとぎ話にふれるような思いで読ませていただきました。おそらく現実には
人間同士の不和や衝突による問題に不足はないのでしょうが、英知と人間的な暖
かさをもたれたユリアナ女王を引き継がれた新国王自身が、やはり英知と人間的
な暖かさで、チューリップの揺れるどこか童話的な国を賢明に経営して行かれる
だろうことを思わせて、うれしくなりました。

そして、“ドイツの支配によって自由を奪われたあと、戦災の瓦礫と二度と帰
らぬ隣人たちの記憶の中で、もう一度その「自由」を取り戻したときに人々が知
った「自由の重さ」”を指摘され、さらに、“ほんとうの意味で近代的市民とし
ての「良心の自由」を一度も経験したことのなかった戦時中の日本人。その後の
日本人とは明らかに一線を画した人々の感情であったと思えます。”という厳し
い日本人批判に、まことに多くを、とりわけ、日本人は敗戦から何を学んだかを
考えさせられます。

荒木重雄氏の「ボストンテロ容疑者兄弟がつなぐチェチェンと米国の闇」には
ちょっとした余談を付け加えさせていただきます。私が何冊か訳したメイ・サー
トンの作品に『私は不死鳥を見た』という、すばらしい追想記があるのですが、
この中に、「ケンブリッジのラテン高校」という一章があります。

メイはボストンのシェイデイ・ヒルという実験教育校で、詩人の校長に教育を
受け、次第に詩に目を開かれてゆきます。この小学校を終えてメイの入学したの
が、ボストン・ラテンと呼ばれる、非常に知的水準の高い公立高校でした。メイ
はこの学校を代表詩人として卒業し、女優になり、劇団を経営するようになるの
です。

それはともかく、ボストンの爆殺事件容疑者の生き残った弟は、チェチェンか
ら移民としてアメリカに入り、このケンブリッジのラテン高校に入学していま
す。よほど利発な青年なのでしょう。仲の良い友人にも恵まれ、バクダン入りの
プレシュアクッカーをマラソン観客の間においたあと、彼はこの学校の寮にもど
り親友たちと話さえしています。

しばしば兄と行動を共にするようになり、学校の成績も目に見えて下がるま
で、彼は疎外感などに悩まされることなく、ここでの生活を大いに楽しんでいた
ように見えます。両親とは離れ、兄以外に肉親のいなかったことが、彼を兄さん
に密着させたのではないかと思われます。

オバマ第2期の政策の中で、現在アメリカに1100万いるという非合法移民は差
し迫って大きな問題なのですが、オバマはなるべく早く彼等すべてに市民権を与
えようとし、共和党は反対しています。マラソン殺人の一家は合法的に入ってき
た人達ですが、この事件が、移民問題全体への黒い影として利用されるだろうと
思うと、とても残念です。

(筆者は米国・ニュージャーシー州在住・翻訳家)

=====================================
====================================
最新号トップ掲載号トップ直前のページへ戻るページのトップ>バックナンバー執筆者一覧