ガン闘病記(6)

ガン闘病記(6)             吉田 勝次

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 それがないと生きていくことのできない空気や水と同じように、あまりにも重
要でありながら普段の生活ではその重要性をほとんど意識していないものがあり
ます。生命力あるいは自然治癒力はまさにそれにあてはまります。ガンジーは、
魂の力(サッティヤーグラハ)が世界の基礎にあると主張しています。彼は、英
語の「歴史(ヒストリー)」の語源は帝王たちの戦いの跡だと述べたあと、もしも
世界が戦争の物語だけだとするならば、今日生き残っている人間は一人もいない
というのです。戦乱と殺戮のなかで母は乳飲み子を命がけで守り抜き、父は虎の
住む真っ暗闇の畑のなかで夜を徹して畑を守りました。 母の愛の力、父の死を
恐れぬ勇気、つまりサッティヤーグラハがあればこそ人類は死に絶えることなく
行き続けてきたのだというのです。
 
「世界にまだこれほど多くの人間がいることは、世界の基礎は武器ではなく、
真理、慈悲、つまり魂の力であることを伝えています。ですから、歴史的に強力
な証拠は、世界が多くの戦争や争乱にもかかわらず行き続けていることです。で
すから戦争の力よりもほかの力が世界の基礎なのです。」
 
世界はまた大飢饉によって数百万それどころか数千万の人々が餓死した悲惨な
記録に満ちています。しかし、飢饉が直接大量の餓死につながるものでないこと
を鋭く指摘したのはアマルティア・センです。植民地時代くり返し飢饉による餓
死者を出したインドは、独立以来幾度もの飢饉に遭遇しましたが大量の餓死者を
みることはありませんでした。センによれば、議会制民主主義のもとでの政治家
は飢餓を発生すれば次の選挙では当選できないという強いインセンティブによっ
て行動し、言論や報道の自由によって飢饉の深刻さがすべての国民にあまねく伝
えられることによって全国津々浦々から救援の手が差し伸べられ餓死が防止され
たのだと指摘しています。一方、共産党の一党独裁が支配し、言論、報道の自由
が完全に封殺された1950年代末から60年代初めの中国大陸では無暴な農業集団
化政策によって飢饉が発生し、大量の餓死者が出ました。国連の推計では二千万
人以上の人が亡くなりました。私がここで申し上げたいことは、人々の生命力を
守るにはよりよいガバナンス(統治)が必要不可欠だということです。
 
生命力あるいは自然治癒力とは、たしかに存在しているものの非常に複雑でわ
かりにくいだけにやっかいなものであることは事実でしょう。上野圭一氏は、北
里柴三郎が最初はペッテンコーヘルという衛生学者について勉強しましたが、そ
の後コッホに乗り換えたという話をしています。もちろんコッホはコレラ菌を発
見して、その菌がコレラという病気を引き起こすということを証明した偉大な科
学者です。だが上野によれば、北里が最初に師事したペッテンコーヘルという学
者はコレラ菌があっても必ずしも発病するとは限らないという立場をつらぬいた
人です。生命力が強い人、自然治癒力が強い人はコレラにならないケースがある
と主張して、大勢の学者の前で非常に濃度の高いコレラ菌を飲んでコレラになら
なかったことを自分のからだで証明した人です。なぜならないか、そのことを研
究することが、なぜなったかを研究することと同じあるいはそれ以上に重要なこ
とではないかと言えないでしょうか。人類の歴史のなかではコレラやペストや結
核菌など強烈な伝染力をもつ病原菌によって町や村や、一地域全体が全滅に近い
惨状を呈したこともありました。にもかかわらず人類は苦難に耐え生き残ってき
ました。われわれが現にここに存在していること自身がわれわれの心体と社会そ
して大自然のなかに生命力あるいは自然治癒力が力強く宿っている証拠ではあり
ませんか。
 
中世の世界で人々は、病が人を襲うのは三つの理由があると考えました。第一
は原罪であり、第二は徳の試練のためであり、第三は節度を越えた情念、すなわ
ち誤った生活の変転の結果です。第一、第二の原因を自らの病の原因と考えた人
はただひたすら神の恩寵を求め、救済を求めました。そして、多くの奇跡が生ま
れました。けっしてこれは中世にかぎられた話ではありません。ごく最近のドイ
ツにおける癌細胞の完全退縮の事例を研究した報告によれば、何分の一かの完全
退縮者は神の恩寵を信ずることによって退縮したとしか理解できない推移をたど
っていたようです。別にこのような例はドイツでなくても日本のさまざまな宗教
団体でごく日常的に経験されている話だと思います。私の89歳の義母にしろ、
月1回江戸時代末に生まれた関西の有力な宗教団体の分教会のお祭に行く日など
朝からそわそわと元気いっぱいです。神が彼女の生命力の源泉であることは疑い
のない事実です。
 
このように見てくると生命力あるいは自然治癒力とは、こころ(マインド)、
身体(フィジカル)、社会(ソーシャル/ガバナンス)および霊性(スピリ
チュアル)に調和のとれたダイナミックな状態から生まれる複合的なものであ
るように思われます。ですから世界保健機構が健康について次のように定義し
ていることはごく当然のことだと思います。
 「健康とは身体的、精神的、霊的、社会的に動的で良好な状態をいい、単に疫
病や傷害がないということではない」
 
ここでいま一度世界人権宣言の話に戻ります。第二次大戦とは数百万人の近代
装備の軍隊が広大な戦線で密集して殺しあうという悲惨なものであり、絶滅収容
所では数百万の諸民族の男女が計画的に朝から晩まで焼殺されていきました。世
界戦争のもたらした非人道的な衝撃は1945年以降に人権に関する法律の制定と
基準設定のラッシュをみました。この出発点が1948年の世界人権宣言です。く
どいようですがもう一度世界人権宣言の第1条を引用いたします。
 「すべての人間は、生まれながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利とにつ
いて平等である。人間は、理性と良心とを授けられており、互いに同胞の精神を
もって行動しなければならない」
 
オルタの読者の皆様方が団塊の世代だと想定すれば、人生の酸いも甘いも体験
し、少々のことではたじろがない、自分も相当海千山千だとお考えの方も多いと
思います。そういう方々の目からみれば、この第1条の人間観はなんて薄っぺら
で間の抜けたものだと感ずるかもしれません。たしかにそうです。人間の魂の底
にある「権力と栄光」を求める野獣的な本能によってナチズムと天皇制ファシズ
ムが地球規模で荒れ狂い、悪のしぶとさを前例のないかたちで示し、ワイマール・
デモクラシーと大正デモクラシーという「人為の法」のひ弱さを暴露した以上、
そうお考えになるのも無理からぬことのように思います。

しかし、人類の歴史には「悟りの瞬間」とでもいえるものがあります。人類は
第二次大戦直後に地球上の海と山を真っ赤に染めてしまった若者たちの途方も
ない犠牲を目にしたとき、若者たちの死に意味を与え、彼等に永遠のやすらぎ
を与えるためには、生き残ったわれわれがいかに浅薄で頓馬と言われようとも
人間は野獣ではなく真実に生きようとする被創造物であり、かつまたそのよう
に生きることができると厳粛に誓約する以外に生きていくことすらできなかっ
たのだと思うのです。
 
「人間は、理性と良心とを授けられており、互いに同胞の精神をもって行動し
なければならない」ということの意味は次のことだと思います。理性とは、科学
万能主義やら要素還元主義につきるものではなく、ギリシャの「ロゴス」、中国の
「道」、インドにおける「ダルマ」など地球上のすべての地域で人間が生きるため
には普遍的理法に従わなければならないという意味であり、良心とは、善悪の行
為は悪がいかにしぶとかろうと神または神々は見ているという思想であり、神を
証人に請うという考え方なのであります。「同胞の精神をもって行動しなければな
らない」とありますが、兄弟の精神をもって行動しなければならないという訳語
が正しいと思います。すなわち第二次大戦という絶体絶命の窮地を脱した人類は、
再出発する根拠を普遍的理法と証人としての神、さらに兄弟としての深いきずな
(連帯)に求めたのです。グローバリゼーションと市場原理が猛威をふるってい
る今日、効率、競争、自己責任などのことばがキーワードのように語られていま
す。しかし、世界人権宣言の第1条をつらぬく原理はそんな軽薄なものとは無縁
なのです。
 
日本の歴史のなかにも「悟りの瞬間」はありました。戦国時代の殺戮の生々し
い血の匂いが生きていた江戸時代の初期がそうでした。この時代には民衆の命に
対する畏敬の念がきわめて高かったものと思います。民衆の霊性がいちじるしく
強まっていた時代だと思います。こうした民衆の霊性に押されて宗教家のなかに
も生命の尊厳を強く訴えた人物が出現しました。播州で易しい話しことばで説法
をした盤珪禅師がその一人です。隠れキリシタンではないかと疑われた盤珪は、
不生禅といういわば革命的な主張のなかで、人には身体の具不具の差別はない。
善男善女に違いはなく、女人成仏を説くのが盤珪禅の特徴でした。公案によって
悟りを開こうとした禅に対して「古ほうぐのせんぎ」とみなし、仏語祖語へのこ
だわりはらちのあかぬことと喝破していました。人々はみな、生まれながらの仏
心でいるかぎり「活きた仏」なのであります。「活きた仏」を味わうには庭のすず
めの鳴き声に耳をすまし、計らいのなき生活をし、我が身のひいきから解き放さ
れることだと説きました。姫路で闘病する私が盤珪禅師が数万人の弟子に説教し
た龍門寺の座禅会に参加できることはじつに愉快な偶然でした。少々長くなりま
すが、盤珪禅師のことばを引用します。
 
「禅師衆に示して曰、皆親のうみ附てたもつたは佛心ひとつで御座る。餘のも
のはひとつもうみ附はしませぬ。其親のうみ附てたもつた佛心は不生にして、靈
明なものに極りました。不生な佛心、佛心は不生にして靈明なものでござつて、
不生で一切事がとゝのひまするわひの。其不生でとゝのひまする不生の證據は、
皆の衆がこちらむひて、身どもがかふ云事を聞てござるうちに、うしろにて烏の
聲雀のこゑ、それそれの聲をきかふと、おもふ念を生ぜずに居るに、烏のこゑ雀
の聲が通じわかれて、聞違はずにきこゆるは、不生で聞といふものでござるわひ
の。」
 
 癌との闘争に日本も10年以上莫大な資金とエネルギーを投入しています。し
かし、百万人以上の癌患者が苦しみ、毎年30万人以上の方が亡くなっています。
そして、この趨勢は努力にもかかわらず悪化しています。私も癌になっていろい
ろ悩みましたがどうやら日本政府の対癌戦略はその根本において対症療法的な小
手先の技術の精密化に終始し、生命力あるいは自然治癒力を総合的に強化すると
いう土台の上で対処するという視点が欠如しているように思われます。
 
ガンジーの思想から多くのものを学んできた国際政治学者として、癌との闘病
に際してもガンジーの思想は私の支えでした。まず第一にガンジーの非暴力抵抗
闘争の思想です。それは、単に凶悪な敵に対して暴力的に立ち向かうことをしな
い、などという受動的なものではありません。真理は無限の真理の断片の連鎖の
なかにある。すべての人は悪人も善人もまったく無差別絶対的に真理の断片をも
っている。もし敵を打ちのめして殺してしまうならば、永久に彼のもつ真理の断
片と自分のもつ真理の断片をつなぎ合わせて真理の連鎖をつくりあげることがで
きなくなる。だからどんな凶暴な相手にもぜひとも生きておいてもらわなければ
いけないというのです。
 
私のいのちを狙うかもしれない癌は、同時に私に、私のゆがんだ生活習慣を改
めてほしいと切実に訴えているなにものかに違いありません。だから私は、自ら
の生活習慣を徹底的に改めて、自分自身を新しく創り直すことに成功しなければ
癌の問いかけに答えたことにはならないと思っています。癌との闘争の王道は、
殲滅ではなく平和共存の道だと思います。そしてあるとき、気がついてみたら相
手がいつのまにか自分から立ち去っていることもあるはずです。もちろん、新し
い自分を創ることは難しい。時間もかかる。ひょっとしたら間に合わないかもし
れません。だがそのときは、天命と思って観念しようと思っています。
 
ガンジーのいう市民的不服従とは、正義を妨げている法を公然と侵すことであ
り、不公正な法律と制限にしたがっていては勝利は不可能だという主張です。神
代の昔から伝えられた「神の掟」は「人為の法」に無条件で優先するという思想
なのです。癌との闘争にも同じことがいえます。もちろん、外科手術、放射線治
療、抗癌剤投与という三大療法が公認の標準療法だし、それらのすべてが正義に
反するものだなどと言っているのではありません。私も右腎臓を摘出し、切迫し
た危険から回避されたことを感謝しています。だが今は、三大療法だけでは難し
い生活習慣病を克服することはできないということを多くの人が認識し始めた時
代が始まっています。三大療法はしょせん「人為の法」であって「神の掟」では
ありません。患者組織の勇敢な癌の戦友の皆さんの体験と知恵、ホリスティック
医学の専門家の見識を学ぶことによって驚くほど短期間にこうした真理を体得し
命を養うための食事療法、気功、太極拳、さらには漢方療法など心身全体の生命
の力を強める療法に取り組んできたことに悔いはありません。もちろんいろいろ
な悩みはありました。だが、その道に進むことのできたうえで家族の直観力と行
動力に感謝しています。
 
もう一つ、この二年半で私の学んだことは絆のもつ無限のエネルギーです。世
界人権宣言風にいえば、互いに同胞の精神をもって行動するということのエネル
ギーの大きさです。人間は家庭、職場、病院、地域、社会、地球、の「場」の中
に立っています。それぞれの場はそれぞれ個性的なエネルギーをもっています。
病を癒すためには強いエネルギーのみなぎる場に身をおくこと、そうしたエネル
ギーを自ら発散するようにつとめること、そうしたエネルギーをもつ人々との出
会いを大切にし、共感するとき、人間の生命力は爆発します。太極拳のサークル
を一年半続けてきてつくづくわかりました。生命のエネルギーとは淋しがりやな
のです。人間一人では大したことはできません。病を克服することもできません。
 
ここまで書いてきても難敵の癌を克服できるかどうかについて絶対の自信など
私にはありません。だが少なくとも私は2005年の1月に手術終了後の集中治療
室で意識がもうろうとしているとき、深い大きな穴のなかに引きずり込まれるよ
うな恐怖感のなかで、私がその穴にずり落ちるのを防ぎ支えてくれたのは「お父
さん、手術は成功したよ」という叫ぶような妻の声でした。人間は一人で生まれ
一人で死んでいきます。だれ一人150歳まで生きていくことはできません。いつ
か一人で死の淵に下りていくときがくる。そのときにも自分の人生を走馬灯のよ
うに振り返り、多くの無念で「ああ、あれを遣り残した。これは失敗した」と思
うことがあるに違いありません。だがやり直しはききません。そのときに死の淵
を一人で下りていく力を与えるのは自分の人生の中で得た最良の財産、私流の「魂
の力」(サッティヤーグラハ)であると思いはじめています。私流のサッティヤー
グラハとは妻の愛に対する私の深い感謝の気持ちです。死はもちろん恐ろしい。
しかし今はもうおそらく耐えることができるだろうと思うのです。

 若者は「見える力」を誇れしも「見えぬ」力が我にみなぎる
 グランドの芝生の露は日に光り夏の海原のかがやきに似たり
 王君と肩を並べて走るとき運動会の歓声聞こえる
 漢方薬三千キロのかなたよりエグゼクティブで運ばれきたり
 引くことが命の空間広げると語る王君笑顔やさしく
 不可能を可能にするのが運動と叫びし君が病むすがたあわれ
 魂は可能にすると叫びたし鍋をつついてぐっとこらえる
 存分にてっちり喰らい思い出す亡き先輩の大好物と
 しびれる手かばいつ鍋を采配す変わらぬ友の心遣いよ
 中国のゆくえ論ずるゼミナール熱き議論に西日さしこむ
 モンゴルの学徒の顔に見つけ出す我が学友の勇ましきころ
 来年の時間割に我が名あり病忘れてシラバスを思う
 ゆっくりと冬至の日の出赤々と雪に包まる屋根にそそがる
 鉄線で区画されたる草原に市場原理の暴るるを見る
 東方の大地引き裂き日が昇る見渡す草原赤く染めあぐ
 黒石のごとき手を見せ寡黙なりまだ文革の傷は深きか
 
               (筆者は兵庫県立大学教授)

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