キッチン断想

■【エッセー】

キッチン断想                     高沢 英子

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  年々世の中の模様も政治の方向も変わって行くのは当たり前のことだが、最近
はその変りかたのスピードがどんどん速くなっている気がするのは私だけではな
いと思う。
  政治や経済は言うに及ばず、福祉や教育の世界、さらに日常的な消費の世界、
ひいては犯罪の世界でも、毎日朝目を覚ましたら、ええっ、と絶句することが起
こっている、というのが実感である。
  ことが起こるたびに、なぜそんなことに、という分析がまめまめしく行われ、
マスコミでもさかんに報道されるが、結局社会も人間関係もすべて底辺では繋が
っているから、総じてこの国は余り住み心地がいいとはいえない、という感想に
落ち着く。いちばん核のところで、自分も含めて、人間を大切にしない、という
国民性がいつのころからかずっと尾を引いて存在している。

 福祉の分野では、わけの分からない情緒的な発言や歪んだ平等主義が取上げら
れてそれが直ちに新しい規制に繋がり、少し困難な事態が生じると、保険や介護
制度、障碍その他の弱者救済のための法制度や規制は素早く恥知らずにも改悪さ
れる。
  政治に関して言えば、戦前戦中の日本の様相、などというと余りに短絡的と叱
られるかもしれないが、戦中に子供時代を送った私などはどうしても両者のどこ
かいびつな相似性が目に付いて仕方がない。小林多喜二の『蟹工船』が爆発的な
売れ行きを示しているというのは、期せずして何か暗示的だ。
  先日たまたま「そのとき歴史が動いた」というタイトルの番組で、1945年
終戦に関したものを見たが、一番印象に残ったのは、ひとりの評論家が「敗戦に
よって多くの為政者や軍人たちが泣いた。この涙は何を意味するか、他国では考
えられない現象である。日本の指導者たちはこのような場合、実に感情的情緒的
な動き方をする」といい、時あたかも、福田総理の突然の辞意表明の場を引き合
いに出して、その同質性を論じていたことであった。

 政府にしろ、厚生労働省、短くして厚労省(音だけ聞くと「なんの功労?」と首
を傾げるが、実は自民党のスポンサーたる大企業の意向に忠実に動き、日本を見
掛け倒しの「金持」にのし上げた政府の方針をまめまめしく実行し、切捨てや放
念も怠りなく勤め上げた功労によるものだろう)ひとつをとりあげても、真剣に
国民一人一人の幸せを考えていては出来ない仕事振りだが、その国民もまた嫌な
ことはすぐ忘れる。
 
昨年「年金特急便」というはんこを押した1通の書状を貰って、電車に乗って
40分ほどかけて事務所に出かけた。1階と二階も同じ書状を持って順番待ちを
する人で溢れている。何時間か待った挙句やっと呼ばれた。係員は申訳ないの連
発で、思わず忘れたのはあなたではないでしょう。とっくに退職金を貰ってどこ
かに納まっている先任者たちでしょう、といってやりたくなるが、結局、言葉は
悪いが、同じ穴の狢、と思って黙って坐っていると、三十年前二ヶ月記帳漏れが
ありましたが、金額にしたら、逆にこれこれの経費がかかり、却ってつきあわせ
るとほぼとんとんで、相殺ということでよろしいでしょうか、と再び申し訳ない
を連発する。
 
向こうの席で女性の甲高い声がする。「そうそう、あの頃私は小浜で働いてい
ました。ええとそれから長崎へ行ってそのときはS社で働いてましたが、それか
ら大阪へ行って・・・」
  仕切りの隣の、労働者風の男性は幸いなことに大きな記載漏れが見つかり、か
なり纏まってもらえそうな朗報?をかしこまって聞いている。係員も大変だなあ
と、ついつい妙な同情心まで湧いて、保育園に迎えに行く時間も迫り、日頃の疲
れも手伝い、それ以上何を確かめることもなしに、おめおめ納得して帰って来た

  それと前後して20年位前に住んでいた別の地方事務所から、突然年金の二重
支払いで貰い過ごしが在ったので返済したいから振込先を教えろと言う通知が来
た。書類を送ると忘れた頃に何がしかが振り込まれてきた。これも実はもう忘れ
ている。

 この国の為政者や教育関係者たちは根っこのところで人間に対する認識や愛に
欠けている。漱石が説いた自己本位の考え方を子供のときに叩き潰されるので、
そういうものは持たないに越したことは無いと悟りを開いたほうが成功する確率
は高いらしい。周辺への気配りは怠り無く出来ても、広い視野を持つのは無駄で
、選挙で選ばれるだけに、そちらの方策をせっせとお勉強するのに余念がないよ
うに見える。あくまでも台所の片隅からの薮睨み感想なので、ただの実感に過ぎ
ないが、そのように見えるのだから仕方が無い。戦後は政治家は国民が選んでい
るのだから責任は国民のほうにもあり、互いに足の引っ張り合いはみっともない
、といい加減に悟って実行してほしい。そうでないと何時までたってもても豊か
な貧乏国として、何とか体面を保ちつつ巨大難破船よろしくふらふら揺れながら
世界の大海を漂っていることになる。

 最近の企業や官公庁の腐敗振りはいくらなんでも残念である。日本人はこの先
どこへ向かって進んでいくのだろう。フランスの知識人たちに、日本人は哲学教
育を受けていないことに驚く、と云われたことを思い出した。フランス社会が立
派だと思っているわけではないが、日本の戦後教育の中に哲学的要素が殆どなか
ったことは確かだ。戦前だって怪しいものだといわれるかもしれないが、少なく
とも一部知識人といわれる階層では、受け売りにしろ、いちおう一通り西欧の伝
統的哲学の解読をし、学生はそれなりの論理的乃至倫理的思考の習慣は身につけ
るよう基礎的訓練は受けたのではないか。それにしてはあのざまは、といわれて
も致し方ないが、多くの優秀な学徒が、無念の涙を飲んで、南海の果てに朽ちた
ことは忘れてはならない。
 
口先だけで「いのちの尊さ」、などと鸚鵡のように繰り返してみても、人間が
生きるということがどう大切なのか、の中身が空っぽでは何にもならない。

 最近ふとしたことから、歴史家の羽仁五郎の著作を読む機会があった。羽仁五
郎氏については、ひと昔前、大学で一度講演会を聞いたことがある。そのときの
内容が期待はずれで失望した、ということを最近国文学者の前田金五郎先生にお
会いしたとき何かの雑談で話したら、間もなく1通の書状が来た。古書店目録が
添えられ、赤鉛筆でこれこれしかじかの本が出ているから注文せよ、というご教
示である。早速注文した。「明治維新史研究」という書物で、一読、私は自分の
羽仁批判の浅薄さを悟ることを得、前田先生に感謝した。その後前田先生はさら
に羽仁五郎の著になるご自身の蔵書「日本における近代思想の前提」を貸してく
ださった。
 
現在あまりにも時間が無く、いまだに熟読するに至っていないが、様々な古文
書を博捜し、江戸の国学思想の考察検討も綿密でその説くところは非常に興味深
い。
  戦前羽仁五郎は夙に「永遠に妥当する理性への努力」という言葉を使って、日
本の未来への展望を述べ、国民の意志の自由を説いたが、間もなく治安維持法で
検束され獄中の人となり、執筆活動は停止した。その後の活動について私は詳細
に知らない。

 前田金五郎先生はもともと江戸文学、殊に井原西鶴研究の権威であるが、その
博学とご見識にはいつも驚かされる。現在八十八歳。会うたびに石原慎太郎を馬
鹿野郎呼ばわりし、小泉元首相を恥知らずと罵っておられるが、先生が元泉州の
岸和田中学の国語教諭であったというのもわたしには驚きである。夫人は私と同
年、独立美術の女流画家として今も現役で創作活動を精力的に続けておられる。
秋風も吹いてきたので一度またお伺いしたいと考えている。

 我が家の童はこの秋七・五・三の祝いをする年となった。親は世間並みに楽し
い企画をたて、さて東京の神社のあれこれを検討したが、なかなかこれといった
ところが見つからなかったところ、ふと気がついて近くの世田が谷にある松陰神
社に決めた。この神社は珍しく墓所を備えていて、安政の大獄の受刑者がずらり
と葬られている。
  私の主治医の若い医師にその話をすると、「ついでにお隣の豪徳寺に行ってく
るといいよ」。と教えてくれた。井伊大老のお墓のある寺だそうで「隣同士にい
るんだよ」というはなしであった。

(筆者はエッセイスト・大田区在住)

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