グローバル・ガバナンスのない世界を救えるか

国際情報 短評(2)          初岡 昌一郎
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●グローバル・ガバナンスのない世界を救えるか


「なぜ世界は均質的でないか」
 グローバリゼーションについての議論はまさに花盛りの様相。アメリカ議会図
書館によると、グローバル化についての書物は、1990年代に既に約500冊が出
版されていたが、2000年から2005年の間には4000冊以上が出されている。グ
ローバリゼーションに関する題名の著作は、1年半毎に倍増する勢いにあるとい
う。
 アメリカのリベラルな国際問題専門誌『フォーリン・ポリシー』2007年3/4
月号に、ハーバード大学経営学教授パンカジ・ゲーマワットが「なぜ世界は均質
的でないか」という論文を寄稿し、グローバル化の進展を過大評価することをい
ましめている。この論文は、ニューヨーク・タイムズ紙のコラムニスト、トーマ
ス・フリードマンのベストセラー『世界は均質的』という本への反論である。

 フリードマンは通信革命やコンピュータ化、国境を越えた資本の活動など、10
の主要な諸力が世界を均質化し、グローバルな競争の場を平準化しているとみて
いるのにたいし、ゲーマワットは「主要な産業国間の金融市場などでグローバル
化が進展しているものの、世界のグローバル化はその端緒についただけで、逆行
の可能性を過小評価してはならない」と警告している。
 彼は、産業全体の国際化レベルをとりあげ、グローバル化の尺度となる10%
のカベを超えているのは、主要9指標のうち三つにすぎないと指摘している。そ
れらは、特許(12%)、金融資産投資(13%)、貿易(22%)である。低いほう
は労働力移動(3%台)と通話収入(国際は6%台)であり、対外直接投資も8%
台にすぎない。世界の経済は国際化しつつあるとはいえ、依然として圧倒的に国
内経済の総和である。
 GDP比で20%を越えているのは貿易だけだが、これもダブルカウントを除外
すると10%台に落ちるという。歴史的教訓が示すところによると、第二次大戦
直前の貿易は保護主義の台頭によって第一次大戦直前の水準をはるかに下回る
ようになっていた。国際政治が、大国の国内政治の延長によって支配されている
かぎり、国際主義はナショナリズムによって侵食されるという、危険性が常に存
在することを見落としてはならない。


●「世界を救うための21の解決法」


 適切なグローバル・ガバナンスの不在が、グローバリゼーションの進展を阻害
しているだけではなく、世界そのものを破滅に導く恐れがある。そして、その恐
怖を生み出す状況は深刻化している。
 『フォーリン・ポリシー』2007年5/6月号が「世界を救うための21の方法」
を特集している。21の問題設定は編集部によるものであろうが、個々のテーマ
に回答を寄せているのは、その分野の権威者で、最近そのテーマについて論文を
発表している学者達である。しかし、ほとんどは日本ではそれほど知られている
人ではないので、紹介は省く。それぞれの回答者の見解をここにかなり乱暴に要
約・摘出した責任は本文の筆者にある。

■【独裁】 民主主義国が数的に増えるだけでは、世界にまだはびこる独裁は根
絶できない。現在の国連は、冷戦時代の危機を回避するためのものであって、そ
の改革にグローバル・ガバナンス向上を求めることは錯誤である。新世界秩序と
世界的統治のためには、EU型の新しい国際的統合が必要。
■【貧困層にたいする医療】 病死者の半分は治療可能な病気によるもので、そ
の原因は貧困。ビル・ゲイツ財団が、貧困国への予防医療援助でその効果を立証
しているように、事態の改善は現在の対外援助を改革し、貧困者への医療を目的
目標にするという、政治的決定があれば達成できる。熱帯地方の疫病向けの医療
品は国際特許薬品1233件のうちの13にすぎず、援助による事前注文生産で薬
価を大幅に引き下げることが可能である。この問題の解決に欠如しているのは、
カネではなく政治的意思。

■【気候変動】 温暖化は疑いなく進行しており、その対策がいろいろ想定され
ている。小さな努力の積み重ねではもはや達成できず、大胆な数値目標の策定が
不可欠。それを実施する国際協力と協調を組織するには、政治家の責任が大きい。
■【不平等】 市場原理主義が「富めることの節度」を失わせた。かつては、所
得税の累進度は90%まであったものが、今や限りなく引き下げられ、貧富格差
が途方も無く拡大している。市場が合理的で、人間的だという神話は完全に崩壊
している。所得の最高限を平均賃金の100倍までとし、それ以上は税金によっ
て吸収し、世界を救うための基金に充当する。
■【宗教的狂信】 今日の脅威の多くは宗教的狂信と不寛容から生じている。宗
教を越えて善悪を区別することが必要。特に、億単位の信者を持つカトリックと
ムスレムの対話と和解を促進する努力をすべきだ。

■【ジェンダー不平等】 女性の権利を確立する闘いは、現代世界における最重
要なものである。国連総会は、男女の平等を促進するための新国際機構の設立を
最近決議しており、この実現は新事務局長にとってのテストケースだ。新国連機
構の設立自体は問題の解決そのものではないが、前進への巨歩となりうる。
■【対麻薬戦争】 現在の対策は麻薬の金が犯罪者の手中に入るのを助けている。
アフガニスタンは30年前にはブドウの耕作が主たる農業であったのに、今日は
麻薬のためのケシの栽培が主体となった。麻薬類を合法化することで犯罪者から
切り離し、麻薬対策と称して注ぎ込んでいる巨大な資金を新農産物の育成と購入
にあてることによって、作物にたいする生産者の経済的意欲を刺激する。
■【ロシアの民主主義】が死にかけていることが脅威とされるようになった。民
主主義の死と人口の急激な減少に相関関係がある。独裁国は、平均寿命の低下に
より急激な人口減少を経験している。2000年以降、390万人のロシア人が若年
死している。これは、第一次大戦中にニコライ二世支配下のロシア帝国が蒙った
人的損失の2倍にあたる。ロシアの多くの人命は、小額のコストですむプライマ
リー医療の改善や交通安全対策によって救うことができる。対ロ制裁よりも、対
ロ協力が必要。

■【対外援助】の失敗は、金額の多寡よりも、その支出内容という観点から検討
されるべきだ。問題は、貧困層を助けるのに援助があまり寄与しなかったことに
ある。援助が独裁者のスイス銀行口座に蓄積されたり、無用なプロジェクトに投
入された例が多すぎる。それは、受益国の真のニーズを無視した、援助国の都合
や対外政策上の考慮から決定が行われたためである。援助の透明性と説明責任を
確立し、成果をみながら拠出する方法をとる。一番必要なのは、カネの単なる増
額ではなく、透明性と政治的責任の確立。
■【海洋法】が忘れられた条約となっている。あれほど時間と労力をかけてまと
められ、成立した国連海洋法条約が、アメリカが批准を怠っているために機能し
ていない。壊滅的打撃を蒙りつつある漁業資源を有効に保護するためにこの条約
が必要。これまで海洋下資源をめぐる対立が、条約批准を遅延させる理由となっ
ていた。これが解決した今、実施をはばむものはないはず。
■【栄養失調】 世界の貧困者の健康状態を奪っているのは食糧の絶対的不足で
はない。6人に1人が必要な栄養を得ておらず、栄養失調で年間7000万人が死
んでいる現状は、世界的な食糧不足や財源不足によるものではなく、非情な市場
原理によって惹起されている。小麦、米、塩などの基礎的食糧を安価に十分供給
することと、金属製食器を配布することなど、一人当たり僅か300円程度のコ
ストでこの状況を基本的改善できる。ここでも不足しているのは、カネよりも政
治的意思。

■【反米主義】 これはアメリカ自身とその外交政策が生み出したもので、まず
第一の原因と改善策はアメリカの政治の中に求められるべきもの。
■【インターネットのセキュリティ】(省略)
■【エイズ】(省略)
■【納税のない民主主義】 「権利なくして納税なし」は、民主主義の出発点。
その逆に、納税のない民主主義もない。イラクやアフガニスタンのように、納税
の上に成立していない統治が民主主義化することはない。納税の度合が大きい政
治が民主的であるのは国民の参加意識を高めるからだ。特例的免税や不備な税制
は不正蓄財を助長する。多くの金持が、税制の不備や脱税によって生まれている。
公正な税制で納税を促進すること、財政支出の説明責任を強化することが民主主
義確立の基礎。

■【マラリア】 温暖化に伴い、大量死の原因として再登場しつつある。これは
貧困の根絶と強い相関関係にあり、その予防措置は多額の資金を要せず、世界の
長期的安定と途上国の発展に費用対効果性が大きい。
貧困は世界を不安定化する最大の要因であるが、それは援助によって解決される
ものではない。開発途上国と貧困層自身の自立的発展を可能にするエンパワーメ
ントが必要。協同組合をはじめとする民間のイニシアティブが貴重。
■【核拡散】 現在のアメリカ政府による核拡散防止政策は事態を悪化させてい
る。最も危険なことは核保有国数の増加よりも、その増加を防止しようとして、
その地域を不安定化させることだ。地域の安全と安定の構築を核不拡散政策の中
心に据えるべきだ。
■【単純な解決法】は以上のすべての問題にとって存在しない。 単純かつ単一
の解決法を主張するのはデマゴギー。 すべての解決は同時平行的に進めること
ができる。
                    (筆者は姫路獨協大学名誉教授)

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