【メイ・ギブスとガムナッツベイビーの仲間たち】

(9)サングルポットとカッドゥルパイの冒険④

高沢 英子

 緑の帽子屋で買い物をすませたサングルポットとカドゥルパイは、ふたたびタクシーに乗って、ドライバーおすすめのホワイトシテイにむかいました。
 たしかにそこは、すばらしく楽しいところで、ふたりは、あまい蜂蜜棒を食べ、おいしい新鮮なジュースのお店でのどをうるおし、おかしなラッキイデヴィルの踊りを見たり、そのあたりの見世物をみんな見てまわりました。タクシーは待ちくたびれて、うちの赤ん坊をそろそろ見に帰らなくちゃ、と云い出しました(ブッシュタクシーのドライバーは、いつもは自分のタクシーのことをよく考え、疲れていても、眠いときでもお客をせかしたりはしないもんなのですが)。

 サングルポットとカッドゥルパイはタクシーを下り、それが走り去ってしまうと、なにかほかに仕事があったのかもしれないね、歩いて行こうよ、また見つけられるかもしれないから、なんて、のんきに云って、くねくねした小路や坂道をどんどん歩いていくと、遠くに木の実や花々がおおぜい集まっているところを見ました。
 「行ってみようよ」とカッドゥルパイ。近くまで行くと大きな鉄道線路の跡地の真ん中に、すてきなカブトムシ馬の上に、真っ赤なナッツが手に長い棒を持って、背をまっすぐのばし、しゃんとした姿勢で誇らしげに座っています。長いコートを着た一人の男が、そのまわりを歩きながら大声で叫んでいます。
 「チャンピオンの赤ナッツに挑戦する者はいませんかぁ? いらっしゃい! いらっしゃい! 挑戦者はだれだ?」

 「ぼくだ」とサングルポットは叫びました。
 「やめて、やめて」とカッドゥルパイ「サングルポット、お願い! そんなことしちゃいけないよ」
 「いや。やるともさ」とサングルポットは叫んで、塀によじのぼり、みんなが「やれ、やれ」と叫んで手を叩きました。もう一匹の大きな美しいカブトムシが曳きだされ、長い棒がサングルポットに渡されました。長い棒には、クモの巣が巻きつけられ、戦士たちが、お互いに傷つけたりできないような、しかけになっています。
 サングルポットは、カブトムシ馬にまたがり、戦いが始まりました。かれは、こんなゲームは初めてで、今までやったことがなかったので、カッドゥルパイは心配でたまりませんでした。

 最初、サングルポットは、いろいろミスをしました。ロングコートの男は「もう一回はじめ!」と叫び続けています。相手の目を棒で突いたら反則ですが、あとは、とてもシンプルな戦い。赤ナッツは威張ってあざ笑うので、サングルポットは腹を立て、カブトムシ馬もかれに好意的、6本の足を動かして、たくみに動いてくれたので、とうとう赤ナッツの帽子を棒でを打ち落とすことができました。
 見物人たちは大喜びで、叫びたてました。これまで、誰も赤ナッツをやっつけたものがいなかったんです。赤ナッツの乗ったハンサムなカブトムシは、つんと澄まして、じっと静かに立ってるだけで動きません。あれやこれやで、とうとう赤ナッツは、地面に転がり落され、サングルポットと和解の握手して試合は終わり、サングルポットはとても愉快でした。

 さて、このあと、広場では、またまたおかしな異変が起こるのですが、それは次回のおたのしみ。

 メイ・ギブスがこの物語を書きはじめたのは、オーストラリア西海岸のパースの町の両親の家に住んでいたときです。もともと1890年代のパースはまださほど開けていない静かな町だったのですが、1893年以来ゴールドラッシュで、世界中から一攫千金の夢を抱いた人々が集まってきて人口も50%も増え、騒々しい町へと変貌していきます。
 メイの家族、父のハーバートはそういう風潮に背を向けて安定したつつましやかな職業を守り、母もそういう父を助けて家政を切り盛りしていました。
 メイは町の子供のためのアートスクールで、アシスタントとして働いていました。町の発展につれ、年頃の娘たちは、うきうきと楽しんで、若い男たちと結ばれ、幸せな結婚生活に入っていきました。

 母のセシリアは、メイがそういうことに関心がなく、ハウスワイフとしての素質に欠けていると見て、メイを本国イギリスの親族のもとに伴い、絵画スクールに進ませるよう計らいます。メイは絵画ばかりでなく様々な文化的修練をその地で身につけるのですが、結局イギリスの気候は体調に合わず、4年後、幸福な少女時代を過ごしたオーストラリアの豊かな自然に恵まれた大地へ、西海岸のパースに住む家族のもとへ戻り、イラストの道で自立したいという強い意志を抱くようになります。

 最初のうちは、小さな出版社でコピーライターとして仕事をしながら、再度イギリスで腕を磨き、19世紀初めに起ったブルーストッキングの運動などにも共感します。しかし根っからのアーテイストのメイは、あくまでもオブザーバーとしての態度で自立の道を探り、天性の豊かな感性でオーストラリアのブッシュの森の自然に目をひらき、それまで、誰も描かなかった森の生きものたちとガムナッツベイビ―の物語を、美しいイラストを添えて描き出す構想を育くむことになるのです。

 (エッセイスト)

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