ジェンダー、いま、女性の役割の再構築を目指してできること(2)

エッセー

ジェンダー、今女性の役割の再構築を目指してできること(2)

高沢 英子

 広島に続いて長﨑と、今年も暑熱の中で、原爆を落された苦難の記念日がめぐってきた。そして八月十五日の敗戦記念日。あれから六十八年、いまさら過ぎ去った歳月の長さに驚く。その間に日本人の生活は目覚しく変わり、国全体の地理的、集落的構造すら変わってしまった観があるが、果たして現実に日本人の価値観や生活意識などはどれほど変わったか、環境はたしかに豊かになった。

 しかし、日本の女たちは満足できる環境を手に入れられただろうか?
 日本の子どもたちは真に人間らしい幸せを感じて安らぐことができているだろうか?

 先号で、武田尚子さんのアメリカ及び先進諸国のこれまでと今後の進んだ取り組みについての広範で綿密な考察と紹介記事に触れ、さらに、リヒテルズ直子さんによるオランダの社会情勢、人権問題全般に関する認識と日本のそれを指摘する鋭いコメントを読み、わたしは今更ながら深刻な羨望と、深い共感と賛嘆を禁じえなかった。

 リヒテルズ直子さんの「日本人がいかに貧しい人権意識しか持っていないかを常に心の錨のように自覚していなければ」というご指摘は、特に痛い思いで納得した。

 さて、前回、私はジェンダー問題にとりくむに当たっていちばん力を入れたいのは、日本社会の根強い意識改革だと述べ、それが根源的に社会システムの変革に繋がらない限り、光りは見えてこない、一歩でも二歩でも、本質的なものの見方を学ぶ方向に進めるために、より効果を挙げる取り組みを工夫したい、と述べたが、時あたかも、麻生副総理による「ナチの手口に学ぶ云々」等の呆れた発言が暴露され、国会議員の大多数が靖国参拝の是非をめぐって、こぞってひたすら見え透いた表面的な保身手段のひとつとして付和雷同し、それに関して首脳陣が、歴史の真実と人間の本質を少しも見据えないこじつけ論議に終始している現状などを見るにつけ、日本の政治、社会の中枢を担う人物たちの目を覆うような精神の貧困、教養の欠如、人権意識の低劣さ、それにともなう意識の遅れと醜態がいまさらながらあらたに身に沁み、なまじっかこの社会が民主主義の形体を取って動いているだけに、いったいどこから手をつけたらよいか、悩んでしまった。

 繰り返すが、残念ながら、日本では、もともと民主といい、人権といい、そもそも思想そのものが内発的なものでは決してないために、勢い、自然な力がつきにくく、いまだに意識に浸透しないばかりか、しばしば逆行、後退すら繰りかえし、国民生活全体の発展に大きな遅れが生じている。

 日本人のムラ意識、仲間内での倫理観、思いやりの情緒、社会に対する事無かれ風の自己抑制力などは、可なり高度なものではあるが、集団のなかでの個々人の相互尊重意識ということになると、現況は絶望的にみえる。

 気を取り直して先ず、ジェンダー問題のプロジェクトを、どのように進めて行くか、それがこれまでこの日本ではどのように動いてきたか、流れを把握するために平塚らいちょうの「青鞜」発刊時の主張を調べることから始める事にし、全文読んでみた。正直言って、少々度肝を抜かれたけれども、現代とは時代背景の全く異なる明治末期の日本という環境裡で、これだけのことを言えたのは、壮挙といえるであろう。これに関してはいずれじっくり検討することにしたい、と思う。多くのものが見えてくるはずである。

 歴史的検証をするにあたって、先人がこの問題で、男女の格差をどう超克し、社会的にいかに戦ってきたか、という生々しい実践運動に焦点を当てることをも重視したい。勇気ある先駆者たちが、「青鞜」を始めとする女権主張の呼びかけをきっかけに、報い少ない戦いに生涯を賭けたのも事実なのである。

 しかし、「青鞜」の勇ましい太陽宣言とはうらはらに、明治以来の依然として男性主流の日本社会の動きのかげで、陽のあたらない女性運動がどのような抵抗運動を展開し、現実的成果をあげることができたか、結果的には女性全体の光となるよりは、主として弱者や虐げられた人々の救済に終始せざるをえなかったのも事実である。現実の社会意識と、理想に燃えつつも現実離れした高踏的で詩的に過ぎる昂揚した宣言とのひずみのなかから、苦しい軋り音が聞こえてくる思いがする。

 女性史や女性人権運動の流れについては、日本でも既に多数の研究会やグループが、自治体や大学を中心に活動し、多くの著作やレポートが刊行され、この方面の主として女性の研究家も数十名を超える盛況振りである。

 詳しいことはまだ分からないが、今回は、私の手に入ったすぐれた労作のひとつとして一冊の本を紹介しておきたい、と思う。これまでほとんど一部の人にしか知られていない戦前の女性社会主義運動家たちの、差別撤廃と反戦、貧困との戦いを通じて、血のにじむような苦難の生涯を書き記したドキュメントである。

 関連する多くの事績を掘り起こし、生存者たちの証言に耳を傾け、資料の整理などに協力してあたったのは「京都の婦人のあゆみ研究会」をはじめとする女性史研究のメンバーの人々だったと思うが、その中心となって、丹念に探し集めた信頼度の高い資料のかずかず、夥しい文献などを渉猟し、実際に既に老いた活動家本人たちにも何度も会い、聞き書きを重ね、明晰で確固とした見識と、真実にたいする愛と信念を力に、気の遠くなるような努力の末、可能な限りの真実の記録を書きとどめたのは、この研究会のメンバーの一人、井上としという女性である。

 本の表題は「深き夢みし」という含蓄に富んだもので、—女たちの抵抗史—という副題が付き、帯に「まるっぽの人生を生きたい」とあり、「—治安維持法の時代、社会変革を志し、若い命を燃やした女たちの、ありのままの抵抗の生き方を、今、伝える—。」という説明書きがある。

 ≪まるっぽ≫というのは関西特有の表現で、中途半端でない〈まるごと自分らしい〉人生、つまり、男性依存の、意に染まぬ生きかたでなく、人間らしい、対等の正義を貫こうとした人生、という意味と解釈しておきたい。著者のあとがきによれば、やはり女性運動家のひとりで、山本宣治の労働学校で学び、聞き書きなどの著者としても知られる先駆的活動家、児島とみの表現からとったということで、「本書に登場するすべての女性たちに共通した認識であろう」という。 

 2006年、東京の「ドメス出版」から刊行された300ページに及ぶ書物である。かずかずの貴重な写真や、人物本人の手になる赤い獄衣の獄中スケッチ、チラシなども掲載されている。取り上げられた女性は、大阪出身の大道俊、京都出身の長谷川(旧姓横地)章子、同じく京都出身の城(旧姓松田)ゆきの三名である。

 いずれも明治の末期(1910年)前後の生れで、共に当時としては恵まれた富裕層の生まれで、高い教育も受けているが、家を捨て、進んで自らの意志と判断で社会運動に身を投じ、投獄や地下活動を繰り返しつつ、戦前戦後を通じて一貫して節を曲げることなく生涯を女性解放のために捧げたひとたちである。

 ここに述べられている驚くべき活動の詳細を、いまここで簡単に紹介することは、とてもできないが、日本の社会史および政治史の上でも実に貴重な証言として興味は尽きない。綿密で正確、余計な私見は挟まず、立脚点は揺るがない。しかも人間的でときに繊細な目配りがゆき届き、愛がある。今後の歴史検証の研究資料として大いに役立てたいと考えている。

 また、最近の女性問題研究の成果も、できる限り紹介できたらと思う。最近もっぱらこの問題は、さまざまな研究会の手で地道に進められ、その方面のレポートや本も数多く出版されている。しかし、残念ながら、それらが、かつての「青鞜」のような大きな流れとして時代に影響力を持っているとはいえない憾みがある。もう少し現実に力をもてないものか、と思うが、ともすれば歴史検証が興味本位に流れることは、慎まねばならない。

 ジェンダーを考える上で大切なのは、日本の場合に限っていえば、いまだに隠然と残っている格差や偏見を排除し、どうすれば力を合わせて幸せな人類として生き残れるか、なのだから。

 それにしても、男女が協力し合い、相互の権利を尊重し、住みよい社会を作るためには、基本的にそれを支える哲学や、信念をしっかりと根付かせ、社会通念にまで育て上げることがどうしても必要である。

 「第二の性」のような真に強靭な理論に裏打ちされたすぐれた書物を今一度学びなおすことも重要かも知れない。すでに古典的作品ではあるけれども、同時に「現代社会のもっとも先鋭的な論点に関わっているという意味において、最も現代的古典のひとつ」ともいわれているこの啓蒙的な書物を学びなおすことは、男女を問わず、日本人にとっても大きい意味を持つ、と確信するからである。「それは、基本的な人間関係の構造を理解しようとする重要な視角の体系であり、おそらく現代ますます影響力を強めていくであろう、ひとつの社会理論にほかならない」とは、紹介者の一人の弁であるが、わたしもそれに全面的に同意する。

 (筆者は東京都在住・エッセーイスト)
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