ジェンダー、いま、女性の役割の再構築を目指してできること(3)

女性の役割の再構築を目指して(3)

                 高沢 英子


 第2次大戦後、世界はそれまでの、国ごとの、あるいは民族的な枠組みを超え、よきにつけ、悪しきにつけ、ひとつの運命共同体として、お互いをより身近に感じ、必然的に連帯意識を抱くような状況になってきている。これには情報網や、交通網の、飛躍的な発達という事情が、大きく関連しているのはいうまでもない。

 フェミニズムの運動にしても、前述のフランスのボーヴォワールの日本語訳「第2の性」論に続いて、1963年代にアメリカのベティ・フリーダンの「フェミニン・ミスティーク」日本語訳「新しい女性の創造」の主張による、これまでの誤って作られた女性像の大胆な破壊宣言が出されたことは、前回の武田尚子さんの論説にも上げられているとおりである。どちらも、いち早く日本語に訳されて、日本でも、識者のあいだに大きな論議を巻き起こした。

 いうまでもなく、フェミニズム論争は今に始まったことではない。欧米では十八世紀、日本でも明治の終わり、平塚雷鳥らによって革新運動が起こされたことは先に述べた。この時代は一般に第一の波と、呼ばれている。その後、いったん退潮を経て、第二の波、現在は第三の波の大きなうねりとなり、世界的に重要な改革として、定着しつつある。

 政治の面では、民主国家となった日本でも、戦後フェミニズムの動きは当然高まってきているが、まだまだ、欧米のそれと比較すると、その声は弱く、全般的に、徹底しているとは決していえない。法制度の改革のほうは、主として働く女性を対象として1972年来、次々改定され、今に至っているが、残念ながら、企業の意識はまだまだ低く、有効に働いているとは言い難い状況だ。

法改正の実際の流れはどうなのか、ひとまず日本での法制度制定の経緯を辿ってみよう。
1972年(昭和47年)7月1日-「勤労婦人福祉法」
1986年(昭和61年)4月1日-「雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等女子労働者の福祉の増進に関する法律」
1997年(平成9年)10月1日-「雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等女性労働者の福祉の増進に関する法律」
1999年(平成11年)4月1日-「雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律」
2007年(平成19年)4月1日-改正法施行
1986年4月から施行された「男女雇用機会均等法」は、正式名は「雇用の分野における男女の均等な雇用機会及び待遇の確保等に関する法律」(第1条)つまり、職場での男女平等を確保し、女性が差別を受けずに、家庭と仕事が両立できる事を建前として作られた法律である。法の下の平等を保障する憲法の理念にのっとり、雇用の分野における、男女の均等な機会及び待遇の確保を図ると共に、女性労働者の就業に関して、妊娠中及び出産後の健康の確保を図る等の措置の推進を目的とする、というのがその名目であった。

 この法律によって職場における女性の立場はかなり改善されたが、まだ不十分だと、1997年に全面改正、さらに2007年に再改正された。新しい改正点は、表面上、差別に見えない慣行や基準が、実際は一方の性に不利益になるような「間接差別」の禁止。妊娠や出産などを理由とする退職強要や職種や配置転換などの不利益な扱いの禁止。さらに女性だけなく、男性の不当扱い防止対策を企業へ義務づける、などが挙げられ、これまでの、女性のみに焦点を当てた内容ではなく、もっと広い意味で性差別を捉えている点は高く評価してよい。

 少子高齢化社会を迎えて、労働力の減少が避けられない現今、女性が出産を終え、育児をしながら職場復帰できるよう環境を整えることは、これまで以上に企業の重要な課題で、事業主は、労働者の募集・採用、配置・昇進・降格・教育訓練、福利厚生、職種・雇用形態の変更、退職の勧奨・定年・解雇・労働契約の更新について、性別を理由として、差別的取扱いをしてはならない(第5条、第6条)。と決められ、具体的に細かく指示、ちょっとしたことでも、それに違背する措置は法違反となる、と定めた。法的にはほぼ整ったと云えるかもしれないが、具体的な企業の取り組みはおおいに問われねばならない。
現場ではどうなのだろうか、今も、さまざまな職種における男女格差、選択的夫婦別性制度の未導入など、日本の女性解放はいまだに実現に遠い、との指摘もある。

 官僚的政治の特質として、用語の規定に異状にこだわり、無闇に神経をとがらせて、実質をともなうことが少ないのが、日本の体質である。たとえば、職業名を、看護婦から看護師に改めたり、保母を保育士に、スチュワーデスを客室乗務員と変えてみたところで、中身が変わらなければ、ただの誤魔化しであって、なんの意味もない。

 現実の証言のひとつに耳を傾けてみよう。先に紹介した若い0.Lは今も休職中である。会社から出社許可が下りず、家庭で待機中と聞いて訊ねた「それはどういうことなの」「簡単に言いますと、うちの会社の場合、わたしの出社の可否を決めるのには、5段階のチエック機関を経ないといけないんです。先ずグループの担当者から、課長、部長の承認を経て、さらにその上の許可があって、そこ始めてドクターの認可をとり、具体的な出社指令が下りる、ということになっているんです」なんというややこしさ、と思いながら。重ねて聞いた。
「あなたは男女格差についてはどう考えますか」
 「女性の側に大きく分けて二つのタイプがあります。ひとつは、どうでも男性に追いついて同格の仕事をこなし、なりふりかまわず認めてもらおうと努力するタイプ。もうひとつは、女としてのアイデンティティを失ってまで頑張る気はないとするタイプ」
それから呟くようにいった。「わたしはこの点では、女性の意識の変革もさることながら、男性の意識も変えて行くべきと思いますね。男女平等といったって、生理的にも違いがあるわけだし、そこんところを理解して、より人間的な柔軟な対応がなされてこそ、ほんとうの男女平等が実現されて、女の能力も、もっとひきだせるんじゃないかしら」
 この事で、最近社会学の分野で自殺論を手がけている学者に直接聞いたことがある。自殺について現代の世界的状況を調べたところ、日本は他国に較べて先進国では最も自殺率が高い。そして、それには日本における男女共同参画社会基本法実施の遅れも大きくかかわっている、と考えざるを得ない。現実に男女が対等に支えあってこそ、生活が成り立つのである。社会全体が、ジェンダー問題の革新に真剣に取り組まねばれない状況になっている、という。私たちは問題を政治任せ、企業任せにしておいてよいものであろうか。今後の重要な課題である。


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