ジェンダーの平等を目指して

【アメリカの話題】

ジェンダーの平等を目指して             武田 尚子

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 2013年7月4日、独立記念日である。1776年、 アメリカが独立をかちえてから、
237年の歳月が流れた。アメリカは、未曾有の富を築き、巨万の移民を迎え入れ、
世界最強の軍事力を持つ一等国として自他ともに許してきた。建国の理念に基づ
き、民主主義のもとにさらなる市民権の拡大をめざして、いくつかの過失をおか
しつつも、業績を上げてきた。

 現在、政治的、社会的な問題の一つとして重要視されているジェンダーを、上
述の背景において考えてみよう。過去30年にわたって、貧しい人々、ゲイやレズ
ビアン、女性や子供などを新しい立法で擁護しようとする運動が世界のあちこち
に存在する。

 現在享受できる平等な機会と雇用、限られているとはいえそれらへのアクセス
についての政策は、直接、間接に、こうした社会運動から流出したものである。

 ジェンダーは社会的政治的な問題であり、立法上の変化、それにともなう社会
的な変化、または少なくともそれを認める人々の知覚上の変化は 広範囲にわた
って急速に起るだろう。人々の目にジェンダーは、今起った「新しい問題」、あ
るいは、「次にくる大問題」とうつるかもしれない。しかし上記に関わる社会運
動のいずれも、今急に「ジェンダー」を真新しい問題として推進しているわけで
はない。

 ある文化上の問題が「新しい」と知覚されるか否かは、マスメディアや政界の
有力機関などがそれについて議論を引き起こせるか、あるいは沈黙を守るかに大
いに関係しているという。フェミニズム他の女性運動は何百年も、いやおそらく
それ以上も存在してきた。しかし、1970年代と「急進的フェミニズム」の到来す
るまで、この運動に携わる人々に十分な文化的な理解が与えられなかった。

 今日でさえ国や地方によっては、“女性問題”には20年かそこらの歴史しかな
い、あるいは、その程度しか続くまい、という考え方が、かなり最近までまれで
はなかった。これは発展途上国に限らない。

 しかし、ジェンダーに対する考え方は、世界的な規模で変わりつつある、いや
進化しつつある。それがなぜ、そして今起っているかについての、筆者の住むア
メリカを中心にした考察を、この初回の稿で試みたい。

 先ず、ジェンダーとは何かを定義をする必要がある。
 ジェンダーは普通セックス―性―と同義語と見なされ、相互に交換できると考
えられることが多い。しかし言語学者たちはそれに反対し、それぞれに別の意味
があるという。この稿では、今一般に受け入れられている後者の意見にしたがう。

 セックスとは:男女の肉体的な構造に根ざした生理学的、解剖学的な意味での
性をいう。別の言葉でいうなら、女性と男性の性器の違いの他に、女性は赤ん坊
に授乳できる。男性にはできない。男性は女性より低く深い声をもつ。女性は妊
娠できるが、男性はできないなど、はっきりした外面的な違いが認められる。

 それにたいしてジェンダーは、社会的に創られた性である。文化上の性、個人
がその意味を習得した性である。
 つまりそれは個人が、社会における両性の役割や、期待や活動の習慣の文化的
な意味を学んだ性である。だから例えば、社会から期待される伝統的な男の役割、
女の役割を遂行する性は、生理的なセックスではなく、ジェンダーである。

 従って、男であるか女であるか、つまり自分が雄であるか雌であるかという生
理的な性別ではなく、社会が自分に課し、自ら納得して生きる性の範疇をジェン
ダーと呼ぶ。

 この定義に基づいて、ジェンダーの実例を挙げてみよう。
 女性はその夫よりも、家の中の仕事をする傾向が強い。アメリカの医者は、た
とえばエジプトの医者よりも女性が多い。看護士やベビーシッターはおおむね女
の仕事とみられている。(現在は男性もこの職業に入るようになったが。)また
衣服や寝具そのほかの縫製はほぼ女の仕事であった。120年前、女性には投票権
がなかった。

 狩猟や漁獲や農耕で家族の食料を調達した文明の曙から、生計を支えるのは男
の仕事とされた。乗馬や馬車のドライブ、トラックや車の運転など大きな体力を
要求されるものは男の仕事であった。
 地下に潜って働く炭坑夫や、電信柱のワイヤーや街灯を扱ったり、大工の仕事
は男の領域とされていた。戦争に従事するのも男の仕事であったが、現在はアメ
リカ初め多数の国で、女性の戦闘員が存在する。

 また例えば西側の多くの学校で、男子には数学や科学やテクノロジーを強調し
て教え、女子には語学や人文学に力を入れて教えるという、ジェンダーに基づい
たパターンがある。
 また教師は、女子を教えるにせよ男子を教えるにせよ、教材を彼等のジェンダ
ーによって選んだり、あるいは教え方をジェンダーによって変えたりもするとい
う。

 それだけではない。大統領や首相など政治上の要職はすべて男のものであった。
日本の大学は男の専有であり、女性の高等教育校に大学の名が与えられたのは第
二次世界大戦後であった。

 一瞥しただけで、男の分野・女の分野の境界線が、入り交じり不分明になって
きたことがわかる。それは男と女が生理的に変化した結果ではなく、正しくジェ
ンダーの変化が起こしたものである。つまり、有史以来、ジェンダーはその時々
の社会の必要に応じて、変化し、進化してきた。生理的な性と異なり、ジェンダ
ーは変り得るし、変わりやすいものなのだ。好例をあげよう。

 アメリカの場合、第二次世界大戦が男を戦場に送り出したとき、それまではい
たわられ、世話されるべき弱い性とみられていた女性のイメージは一夜にして変
った。男がいなければ、彼等に代って、ほとんど男性にかぎられていた分野で
(軍需品、農場経営や労働、道具作りなど)女性が立派に働いたのである。伝統
的なジェンダーの役割をはみ出た女性の活躍は、必要からとはいえ、彼女ら自身
にも、社会にも、新鮮な体験であったに違いない。

 ところが戦争が終わると、1950年代までには、この「雄々しい女性」のイメー
ジは、新聞雑誌や映画に氾濫するようになった「家庭の幸福」「楽しい我が家」
に君臨する、主婦―母親像にとってかわられた。それ以外の女性の役割はあり得
ないかのように。
 おおかたの女性は、またもや、家庭に閉じ込められてしまった。

 1963年には、大半のアメリカ人は、ジェンダーの平等を追求することが可能だ
とも、いやそれが望ましいとさえ思っていなかった。女はキャリアを追求し、し
かも充足した妻であり、成功した母親でありうるとは考えられなかった。

 精神病医によると、ノーマルな妻というものは、従属するという女性自身の要
求をみたすために、家庭外の野心はほぼ放棄していた。1962年には、ミシガン大
学の調査した女性の2/3以上が最も重要な家庭内の決定は、家長である男性によ
らねばならないことで一致していた。

 ところが1963年にはベティ・フリーダンの「フェミニン・ミステーク」(日本
語版では「新しい女性の創造」―大和書店)が出版された。フリーダンは、家庭
に閉じこもりジェンダーの規範に従って、コーヒーをわかし、子供の面倒を見、
男を引き立て、食事の世話をする女がけっして充足していないことを明らかにし、
この本を通して彼女らの態度を変えようと着手したのである。

 さらに1963年には、ケネデイ大統領が導入し、ジョンソン大統領が引き継いだ
市民権法が成立した。これは憲法の保障する国民の投票権の平等を保障し、人種
や少数民族や宗教や肌の色、さらに女性への差別に反対した重要な立法であった。

 これでみられる通り、ジェンダーの不平等は今始まったわけではない。男女の
固定した役割の不平等であることに、まず女性の意識が目覚めたのである。

 例えばジェンダー不平等へのプロテスト運動として典型的なフェミニズムは、
元々16世紀にフランスで起り、19世紀初頭のイギリスからアメリカに輸出された
ものだ。以来フェミニズムは、第一波、第二波を経て、第三波が今なお進行中で
ある。
 ということはとりもなおさず、フェミニズムの目的とする女性の解放が、いま
なお完全には果たされていないことを意味する。

 第二次大戦後の世界は大きく変った。人種、肌の色、種族、国家や宗教上の少
数民族、さらに女性に対する差別を違法とした1964年の市民権法以来半世紀の今
日、アメリカは黒人大統領を2期にわたって選び、2016年の総選挙では、ヒラリ
ー・クリントンへの呼び声が、アメリカ初の女性大統領を登場させる可能性も現
実になった。

 イギリスではつとにサッチャー首相が政府を11年間(1979-1990)統率し、イ
ンドではインディラ・ガンディー首相が2回にわたり(1966-1977:1980-1984)
総計15年間インドをリードしている。イスラエルでは初の、世界では3人目の女
性首相ゴルダ・メイアーは(1969-1974)内閣の同僚に‘男’と呼ばれたサッチ
ャー夫人、ガンディー女史と同じく、不退転の精神の持ち主として、男性の握る
政治の場で実力を発揮し得た、当時としてはごくまれな例である。

 この3人は、大体1960年代から80年代と規定されるフェミニズムの第二波が起
った期間に活動した。例えばサッチャー夫人は首相の座を求めてキャンペーンを
していた。そこで彼女ら三人は、フェミニストと見なされやすいが、事実は3人
の誰一人自分をフェミニストとも、ジェンダー問題の運動家とも認めていない。

 その理由については次回のフェミニズムの稿でもっと掘り下げてみたい。非常
に活発だったこの時期のフェミ二ズムが、この三人の有力な女性に必ずしも支持
されていなかったらしいことは興味を引く問題ではある。

 'FEMININE MYSTIQUE' 出現の1963年にケネディ大統領が導入した市民権法は、
国民の平等な投票権を保障し、少数民族や黒人への非差別とともに女性の権利の
平等を強調した重要な法案で、翌1964年に成立した。重要なのは、女性の自由へ
の権利を認めることは、とりもなおさず少数民族を含む全てのアメリカ人の人権
を認めることであり、ジェンダーの平等は、人間解放の重要な一部であることを、
多くの人々に認識させたことであろう。

 第二次大戦後の世界における民主主義諸国の経済の繁栄、それが可能にした教
育機会の拡大とともに、女性や少数集団の、差別からの自由への欲求と、政治意
識の目覚めはたがいにからまりあいながら、さらに高まってゆく。
 2008年のオバマ大統領選の勝利は、ジェンダー平等の実現が夢ではないことを
女性に知らせたに違いない。

 こうした状況の中で国連の働きは大きな刺激になった。国連は21世紀の、世界
の発展と諸民族の福祉に強い関心を抱き、2002年の「ミレニアム(至福1000年)
の発展目標」では、女性に力を与えることを主張した。

 その目標には、例えば次のようなものが含まれる。
 「世界は初等教育と中等教育においてジェンダーの不平等をできれば2005年ま
でに廃止せよ。全レベルの教育においては、2015年以後には不平等を皆無にする
こと。」

 それには数年後の追跡レポートのコメントも加えられている。

 「世界は初等教育における平等を実現した。しかし男女平等を実現したのは
130国中2国のみである」
 「2011年現在、グローバルな規模でいえば、給料を支払う100種の非農業職に
おいて40職には女性がついている。これは1990年からみると大きな進歩である」

 「多数の国において、ジェンダーの不平等は継続していて、女性は教育の機会、
職業と経済的な資産、政府への参加では従来通り差別されている。例えば、あら
ゆる発展中の地域において、女性は男性より不安定で、社会的な恩典の劣る仕事
に就いている」

 「全ての目標を達成しようとする女性の努力には暴力が加えられる」
 「貧困は、とりわけ年長の少女の中等教育を阻んでいる」
 「女性は主として安定性の乏しい仕事に追いやられている」

 国連参加の国々がこうした新事実と反省を咀嚼しているうちに、世界銀行総裁
ロバート・ゾエリクのスピーチが、又ジェンダー平等の実現に関して大きな衝撃
をあたえることになった。

 2012年に世界銀行の組織した多数国のジャーナリスト40名によるWDR2012レ
ポートチームは「ジェンダーの平等がそれ自体正しいことであるなら、なぜ今ま
でそれをうけいれない政府がいくつも存在してきたのだろう」とまず問題提起を
した。

  WDR2012レポートは、ビデオ会議ほかを通して6大陸に届いた。広範なメデ
ィアの報道は、一週間のうちに、大新聞の主要ニュースとして、世界中に伝えら
れた。ニュースの伝えた世界銀行のメッセージは言明した。「ジェンダーの平等
は人間の権利であると同時に、きわめて賢明な経済学でもある」(ルーターズ)。

 「女性により良い条件と機会を与えるジェンダーの平等は、生産力を高め、よ
い子供たちを育てる結果をもたらす」(シンファニュース)
 「発展途上国の女性は教育において長足の進歩を遂げたが今なお機会の面では
男に遥かに後れている。それはジェンダーギャップとして、成長を阻んでいる」
(エジェンス・フランスプレス)

 「ジェンダーの不平等=不十分な成長」という見だしで、「世界では一年にほ
ぼ400万の女性が行くえ不明になっている。女性の死亡率が男のそれと比べて不
均衡に多い。つまり胎児が女の子だという理由だけで、堕胎されたものが非常に
多いからだという」(エコノミスト紙)

 世界の大半の新聞記事が国際的な報道として、世界銀行総裁のロバート・ゾエ
リクの「我々はジェンダーの平等を実現しなくてはならない」という言葉を引用
した。副総裁ジャスチン・リンおよびオタヴィア・カニュート、WDRレポート
12の共同執筆者の言葉も頻繁に引用された。

 英国のファイナンシャルタイムズは書いた。「女性にもっと教育の機会を与え
ることは経済的な成功への道を開く」。
 「女性や少女にグローバル化した世界で成功するためのスキルと収入を得させ
ないことは、ただ間違っているばかりでなく、経済的には有害だ」と、世界銀行
のジャスチン・リンはいった。

 では世界銀行はこのレポートに含まれた推薦事項をどのような方法で実現すべ
きかと問われて、貧困の軽減と経済管理の任にある副総裁のオタヴィア・カニュ
ートはいった。「我々は今はじめて、具体的なギャップの一つ一つについて、こ
のレポートで推薦された行動に移すには何をするかの提案だけでなく、もっと広
範な政策案をねり、それぞれの国のレベルに応じて何をし、どうアプローチすべ
きかを検討できる広がりを持つようになったところなのです。」イギリスのガー
デアン紙が報じている。

 いくつかのテレビ、ラジオ局もゾエリク総裁にインタビューをし、彼のジェン
ダー平等と経済発展論を報道した。それを扱ったラジオ局には、ブルームバーグ、
CNN、PBSおよびナショナルパブリックラジオがある。ラジオ・オーストラ
リアはゾエリク総裁とジェンダー平等レポートの共同執筆者のアナ・レヴェンガ
とスジ・シェテイにインタビューした。この執筆者たちは、数例を挙げるだけで
も、BBCワールドサービス、ブルームバーグ、オーグロボ、ラジオ・エスカデ
ィースペイン、などにインタビューしている。

 ブログもジェンダー報道で持ちきりになった。CNNエコノミスト、リアルタ
イムズ、アルジャジーラ、ポバティーマタース、モダン・ガーナおよびそのほか
がこのニュースをブログで扱った。

 南アジアでは、ジャーナリストは財産権の改革、ジェンダー平等に向けての社
会基準の変化、賃金の格差、高度の死亡率、低所得層の女性に力をつけることに
ついて報告した。またそのほかのレポートでは、政府関係の仕事をする女性が少
ないこと、それを女性の控えめな態度によるものとして、女性に政治的に進出す
ることを促した。この点はインドでは良い結果を生んでいるとした。

 ラテンアメリカとカリブ海では、高等教育を受けていてさえ、大半の女性は職
に就けない。また、ジェンダーの平等については、テクノロジー、宗教、妊娠や
出産にまつわる健康問題の影響を報告した。またジェンダー平等のためには、条
件付きの現金送金、補助金付きのデイケアなどの安全ネットが重要だといった。

 東アジアと太平洋岸諸国では、メディアは、世界銀行がジェンダーに焦点をあ
てる意図を知りたがり、その政策を推進するために世銀は何をするつもりかを問
おた。中国での行方不明の女性や少女の問題はどう解決するのか、そのほか家庭
内暴力とそれが家庭に与える影響、労働市場への女性の参加、文化基準にしたが
ってのジェンダー平等への障害などについて質問した。

 ヨーロッパと中央アジアでは、世界銀行が今、なぜジェンダーに焦点を当てる
のか、ジェンダー関係の公金支出の水準はどの程度かなどを知りたがった。また
女性が比較的高い教育と収入レベルにいてさえその声は低く、ことに政治と議会
では代表が少ないことをあげた。また女性は男性と同じ教育を受けていても、給
与は男性に劣ること、さらにこの地域の特別問題として、ジプシーの存在があげ
られた。

 中東と北アフリカでは、女性の経済的な機会が不平等であること、母親として
勤労市場に参加する困難とともに、宗教的、文化的な制約に縛られることを報告
した。アフリカでは、タンザニア、ケニア、東アフリカ新聞、ケイプタイムズが、
ジェンダー平等が経済の成長につながること、世界的に女性の教育の機会の増大
していることを報道した。

 このレポートの監督の主導するチームは、世界中の多数の国々に、WDRの発
見した事実を普及させる種まきイベントを計画している。諸政府や、発展計画の
パートナーや市民社会や学術関係者が一体となって、ジェンダーの平等と発展の
ために、個々の国にふさわしい具体的な方策を世界銀行の協力で育ててゆくので
ある。最初のイベントはプリトリア、チュニス、ニューデリーおよびダーカで10
月10日に開かれる。世界のその他の地域はそれに続く何週間かにイベントを迎え
るだろう。

 ジェンダーの平等についての、世界銀行総裁のスピーチは、世界銀行のそれま
でのニュース発表の中では最大の影響をもたらすだろうといわれている。

 こうしてジェンダー平等のアイデアが、まるで「りょう原の火」のように、世
界的な規模で広がりつつある状況を読者は理解されるだろう。そしてそれには平
等意識、人権意識の歴史的な発展を背景に、強力な国連や世界銀行の方針が、こ
こに述べた世界の国々に、少なくともジェンダー平等を人類にとってのプラスで
あると認めさせたことが、大きな働きをしていることがわかる。

 女性の平等を強化することが、そのまま経済の向上につながるとは、なんとい
う福音だろう。この新しい刺激が、ジェンダーの平等を加速し、地球社会全体の
平和な未来につながることを願いつつ、第一回のジェンダー考察を終える。

 次回はジェンダーはどうして創られるか、と、フェミニズムの歴史を追跡する
予定である。それと同時に、男性側のジェンダーの問題も探ってみたい。男性に
もジェンダー運動があるのだろうか。

 例えば西側の多くの学校で、男子には数学や科学ヤテクノロジーを強調して教
え、女子には語学や人文学に力を入れて教えるという、ジェンダーに基づいたパ
ターンがある。
 また教師は、女子を教えるにせよ男子を教えるにせよ、教材を彼等のジェンダ
ーによって選んだり、あるいは教え方をジェンダーによって変えたりもするとい
う。

 (筆者は米国・ニュージャーシー州在住・翻訳家)

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