セウォル号」沈没から思うこと

【自由へのひろば】

「セウォル号」沈没から思うこと

延 恩株


 2014年4月16日、仁川から済州島へ向かっていた旅客船「セウォル号」が全羅南道珍島郡の観梅島沖海上で転覆、沈没するという韓国にとって痛恨の大惨事が起きました。周知のように、これには修学旅行中の高校生325人と引率教員14人、一般客108人、乗務員29人、合計476人が乗船していました。
 来日して20余年が過ぎた私にとって、韓国からのニュースでこれほど大きな惨事は初めてと言っていいでしょう。

 日本では韓国人として見られる私ですが、時たま帰国すると周囲の韓国人からは日本人とは思われないにしても、異質な韓国人となってしまい、私のなかにも「日本に帰る」という意識があるのは否めません。好むと好まざるとに関わらず日本の水に馴染んでしまっている私に今回の惨事は、図らずも2方向からの目線で見させることになりました。
 一つは惨事そのものを知ろうとする韓国人の目。もう一つは惨事に対する同胞たちの反応、対応を滞日韓国人として見る目でした。

 第一報を知ったとき、潮の流れが複雑な海域で知られていただけに潮流にやられたと思ったのですが、そのすぐあとにセウォル号が元は日本のフェリー船だったと報道され始めました。あたかも日本での建造船で、中古だったから転覆したと言わんばかりの報道に私は違和感を覚えずにいられませんでした。人命救助に全力を注がなければいけないときになぜ韓国ではこんなことが取り上げられるのか私には理解できなかったのです。まだ原因究明も行われていない段階でのこうした報道に自制を促す良識ある意見が韓国内でもあったと信じたいのですが・・・。ただその後、日本では耐用年数上から廃船となるような船を韓国ではさらに改造して使い続けたことが大きな問題となっていきました。
 一方、日本政府はすぐさま支援体制を決め、それを韓国側に伝えていました。残念ながら韓国政府は日本側の申し出を断ってしまいました。
 なぜこうも韓国は物事をいともあっさりと決めつけてしまうのでしょう。いくら韓日関係が政治的にぎくしゃくしているからといって、こうした反応は韓日の民間レベルの交流さえいっそう冷え込ませてしまうのにと思わずにはいられませんでした。

 そして時をおかずにセウォル号の船長が、一般乗船客に混じって真っ先に救助されていたとのニュースが伝えられました。これほどみごとな「責任放棄」はないとあきれて言葉を失うほどでした。日本の知人の中にはこの船長の行為に激しい怒りを私にぶつけた人もいたほどでした。日本では海難事故に直面した際、船長の下船は一番最後という小学生でも知っている常識が守られなかったセウォル号船長の行為に我慢ならなかったのだろうと思います。
 おそらく私の知人だけでなく「韓国人は何を考えているのか」と思った日本人はきっと多かったと思います。もちろんこの船長が韓国人のすべてではありませんが、私が情けない気持ちに陥ったことは確かでした。
 さらにはセウォル号の実質的オーナーの雲隠れも、韓国内で「無責任」と批判され、出頭要請が出されているのは当然でしょう。

 韓国の生活レベルが向上し、世界をリードする観のあるIT産業界の発展は、韓国人である私にも嬉しいものでしたが、今回の事故で明らかになったのは経済効率優先のあまり安全性への配慮が驚くほど軽視されてきたことでした。
 一方、日本ではバスに乗車すると「バスが停車するまで座席を立たないでください」という車内アナウンスが流れます。お年寄りや身体の不自由な人たちへの配慮からです。また電車では車椅子の方や盲導犬を伴った目の不自由な方が乗車しているのをよく見かけます。こうした肉体的ハンデを持つ人びとが安心して外出し、乗り物を安全に利用できる社会が日本には定着し始め、日本人はそれを当然のように受け入れています。

 韓国社会の仕組みにもっと安全性への配慮や規則の遵守が浸透し、徹底していれば今回のような惨事は避けられたのではないでしょうか。
 韓国はこれまで日本を目標にし、日本に追いつき、追い越せとばかりにがむしゃらに国を作ってきました。でも今回の事故でその解答は示されたと私は思っています。
 2014年7月14日現在、未だ11名の乗船客が不明のままです。
 この事実から韓国(人)は目をそむけてはならないのです。

 (筆者は大妻女子大学教員)