セブに根付く常石造船、学校、病院、植林も

【北から南から】フィリピンから(9)

セブに根付く常石造船、学校、病院、植林も
— 企業城下町のモデルに —

麻生 雍一郎


 常石造船(本社・広島県福山市)のフィリピン現地法人ツネイシ・ヘビー・インダストリーズ(THI)がフィリピンのセブ島バランバラン町で操業してから21年になる。鉄鋼、自動車、石炭、木材、穀物運搬など各種のバラ積み船を18万トン級の巨大なものから3万5000トン級まで、年間20隻近く建造する。協力会社も含めた従業員数は1万2000人。学校、病院、水道の整備から植林、奨学金制度まで多岐にわたる社会活動で地元とともに進む姿勢を貫いてきた。歴代大統領も表敬訪問する企業城下町のモデルを訪ねた。

 高さ80メートルの巨大クレーン数基が左右から大小さまざまな鋼材をつり下げて、ドックヤードに横たわる建造中の船舶に下ろしていく。甲板上に下ろされると、船舶の各部へ移送して、作業を進めていく。3基あるドックヤードの1つ1つが、バラ積み運搬船という巨大建造物の組み立て工場なのだ。18万トン級の船になると、長さ290メートル、幅45メートルにもなる。これだけの構造物を作る労働力を得るには地元との密接な関係が何よりも大切になる。

 THIが日本国内の造船会社と違うところは、船舶建造に必要なあらゆる部材を下請けなどに外注せず、自前で作ってしまうこと。日本のように部品製作の裾野産業が出来上がっていないフィリピンに進出したため、設備自前主義を取らざるを得なかったのである。

 バランバランはセブ島でセブ市の反対側(西側)に位置する人口約8万の町。1994年の進出時はこれといった産業もなく、人口4万の農業と漁業の町だった。セブからは当時、車で4時間、道路が舗装されたいまでも、山を越えて行くのに約2時間かかる。インフラも整備されておらず、交通の不便があった町に敢えて進出したのは、常石造船とかつて船の修繕事業で親交のあったアボイテス社がセブ市を基盤としており、この地を薦められたからだ。関連産業や技術の集積はなかったが、海に面した広い敷地が確保でき、台風などの災害が少ないことも決め手になったという。THI進出後の21年で人口はほぼ2倍に、町の歳入は17倍になった。

 人口増は町を発展させただけでなく、様々な課題も生んだ。学校の校舎や医療設備の不足、インフラ、ゴミなどの環境問題。THIは学校校舎の寄贈や造船所で出た廃材を使って作った椅子を寄付し、華やかな進水式が行われる時は子供たちを招待してきた。セブ市の大学がバランバラン・キャンパスを開設した時は建物を寄付した。THI及びセブの常石関連会社からの寄付を財源に「ツネイシセブ財団」を作り、水道施設、市場なども含めた環境と医療、教育の充実に積極的に関与している。

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 今年1月、THIの社長として福山市の本社から赴任、10か月になる三島明彦氏に現状と課題について聞いた。

Q;バランバランでの暮らしはいかがですか?
A;1994年、THIの第一番船が完工した時に来たのが最初で、それ以降も何度か出張で来ました。2013、14年はTHIの役員も兼ねていましたので、経営にもタッチしました。ただ、住んでみるとやはり日本のようにはいかない。帰宅すれば寮生活で、車も自分で自由に運転するという訳にはいかない。事実上の独身生活ですが、月に4便ある日本からの船が調味料などを運んでくれ、現地のコックが日本食を作ってくれるのは助かります。

Q;船のパーツからマスト、煙突まで自前で作っている、と聞いて、驚きました。
A;日本ならいろいろ外注できますが、ここは日本なら普通に入手できる道具類でも手に入らないものがある。納期を守る、という習慣も違いますから、何でも自分たちで作っています。

Q;社会貢献活動がすばらしい。
A;労働集約型の産業ですから何をするにも地元と一緒にやっていく姿勢が大事です。5年前、USJR(University of San Jose Recoretos)のバランバラン・キャンパス設立に際しては幼稚園から高校までの校舎を寄贈しました。バランバンの州立病院には入院できる病棟がなかったので、建物とベッドを寄贈しました。

Q;当面の課題は何ですか?
A;一つは教育と定着率です。造船というのは単純作業ではなく、すりあわせ型の産業です。前の工程と後の工程をすり合わせ、品質もすり合わせながら造っていく。ところが日本へ研修で派遣した者でも帰国した後、会社を辞める者が出る。海外へ出て働き、送金するのが普通のフィリピンならではの国民性もありますが、定着率を高める為にも派遣制度をさらに充実させたい。今年は技師14人を送り、1年間、こうしたすり合わせに必要な技術、ノウハウの習得と、もう一つ、日本語をみっちり学んでもらいます。

Q;他に考えておられることは?
A;市場が船腹過剰気味になり、船値も下がってきています。中国との競争も激しくなりそうです。THIは6万4000トン級から5万8000トン級の船なら年間30隻は造れる体制を整えたので、積極的に注文を取っていきたい。人件費は中国と比べても優位性があるので、造船実績をあげることで難局に挑戦していきたい、と考えています。

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 上記の原稿を書いた後だが、今月(10月)1日、THIで今年に入って9隻目となる船の進水式が行われた。進水したのは日本から発注された58,000トンの多目的バラ積み船。アストリアス町の小学生たちが華やかな衣装をまとってシヌログ・ダンスを披露した後、招待された地元ブアノイ高校で日本語を履修している生徒たちと教員72人やマニラから駆け付けた国際交流基金の関係者、さらにTHI従業員が見守る中、式台に上った船主が支綱を切ると、一斉にくす玉が割られ、小学生たちが放った風船が舞い上がり、大量の紙テープが舞う中、船は進水台を滑り降りて海水に着水した。

 着工から7か月を経て進水したが、船には今後、艤装(ぎそう)を施し、セブ島とネグロス島にはさまれたタニョン海峡で試運転してエンジンの出力、速度などをチェックしたうえ、来年1月に船主へ引き渡される。巨大な工場のようなバラ積み船が流れるように海水に入っていくのを目にした高校生たちは皆、驚いた様子。ある女子生徒は「私たちの町で、こんな大きな船が造られていたなんて信じられない。新発見です。誇りに思います」と感激した面持ちで語った。

 進水式に先立って生徒たちは広大な造船ヤードをバスで周って、巨大船舶が出来上がるまでの工程を見学し、午後からはTHIスタッフや国際交流基金の関係者、日本語教師やアドバイザーとの交流会に臨んだ。

 交流会では4つのグループに分かれ、それぞれ日本語で自己紹介をし、日本語教師やTHIのスタッフに質問した。趣味や家族のことを聞く生徒が多かったが、「今日が地球最後の日となったら、先生はどう過ごしますか?」と質問した生徒もいた。続いて、日本で1年間、研修したことのあるTHI職員のデニヤ・サーナさんが日本の風土、伝統、人々の暮らしなどを映像で分かりやすく紹介し、「日本を知ろう」と題して様々な質疑を行った。

 最後にキロロの「ベスト・フレンド」の歌詞を紹介し、意味をつかんだところで、みんなで一緒に歌って散会した。日本や中国でも日本語を教えた経験を持ち、現在、ブアノイ高校で教えている高須こずえさんは「日本や中国では受験とか資格を取ろう、と学ぶ子が多いが、フィリピンの生徒たちは学ぶこと自体を楽しんでいる」と語ったが、交流会でも終始、笑いが絶えず、なごやかな2時間を過ごした。筆者にとっては日本からの進出企業が地域に溶け込み、地域を支え、地域に支えられながら事業を行っている姿を垣間見る1日となった。

 (筆者は日刊マニラ新聞セブ支局長)


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