【自由へのひろば】

ソーシャルダンピングをなくせ
―「同一労働・同一賃金」を求める欧州労働運動

浦田 誠


●ソーシャルダンピングの実態

 「ソーシャルダンピング」―西欧の労働組合が頻繁に使う用語だ。ダンピングとは、不当に安い価格で商品を販売し、市場の健全な競争を阻害することだ。それが、ソーシャル(社会的)であるとは、どういうことか。

 一例を挙げよう。ポーランドのトラック運転手の平均時給は、わずか3ユーロ(約370円)だ。そうした外国人労働者をオランダのジャガイモ運送会社が国内で雇っていた。一方、組織化されたオランダのトラック労働者は、その4倍の賃金を団体協約で保障されている。このケースは、オランダのFNV労組がポーランドの連帯労組と提携し、ストライキも含めて闘い、ポーランド人労働者の組織化に成功し、オランダ水準の賃金支給を会社に同意させて決着した。

 だが、こうした実態は、枚挙に暇がない。西欧の会社が賃金の低い東欧にペーパーカンパニー(ダミー会社)設置し、そこを通じてドライバーを雇っているのだ。東欧の労働者でも高すぎると、ウクライナやロシアから運転手を採用する会社もある。スウェーデンのある経営者はフィリピンから労働者を連れて来ていた。この4年間でベルギー人トラック運転手の1割が仕事を失っている。FNVやベルギーのBTB労組は、専属のオルグを使って休憩所を回り、丹念に聞き取り調査を繰り返して実態を把握してきた。東欧の組合と合同で行動することもある。

 世界48ヵ国で家具の量販店を経営し、売上高が4兆円を誇るイケアも、コスト削減を追求する中、数年前からベルギーやオランダのトラック会社との契約を打ち切り始めている。イケアは、行動規範(企業の社会的責任)を明文化しており、児童労働などの根絶には取り組んできた。だが、運送業のソーシャルダンピングでは対策が後手に回っている。ITF(国際運輸労連)は昨年、数回イケアと同社の査察システムの改善について協議したが、物別れに終わった。このため、国際行動日を設定して抗議運動を強化した。

 この問題はBBCも特集した(注1)。インタビューしたルーマニア人の運転手は、①長い時には4カ月間、トラックで眠り、食事をとり、洗濯をして生活する、②イケアの商品を西欧諸国の間で運ぶ。最近ではデンマークに滞在した、③月平均の手取り収入は477ユーロ(約5万8,000円)。デンマーク人の運転手の平均月収は2,200ユーロ(約27万円)、④ノルウェーのトラック会社ブリング系のスロバキア子会社に雇われている。実際にスロバキアで働くことはないものの、就労地はスロバキアだとされて、スロバキア水準の給料を支払われている-などと実態を語った。また、「モルドバからの運転手たちが雇用主から受け取る平均月給は、150ユーロ(約1万8000円)」であった。BBCは、「イケアのサプライチェーンだけでなく、ほかの有名ブランドでも同じようなことが起きている」と付け加えている。ITFは、「現代の奴隷制度」だと批判を強めている。

(注1)BBC: 欧州のイケア運転手、トラック内で長期生活 低賃金で(2017年03月16日) http://www.bbc.com/japanese/39276687

●「同一労働・同一賃金」が原則

 東欧などの安い労働力を西欧で使うソーシャルダンピング。西欧の組合の基本的なスタンスは、「同一労働・同一賃金」だ。例えば、英国のユナイト労組の前身である運輸一般労組は、ファーストグループという鉄道バス会社との労使交渉でこのことを同意させた。語学研修も含む内容だ。しかし、こうした原則が周知徹底できていないケースも多く、移民・移住労働者が仕事を奪っているという不満はずっと西欧社会にくすぶっている。

 英国が国民投票で欧州連合(EU)離脱を選んだ昨年の6月末、BTB労組のフランク・モリールス委員長は、「今こそもう一つの欧州を」と題する声明を発した。EUに愛想を尽かしているのは英国人だけないと指摘し、「かつての欧州連合構想には希望があったが、今日はソーシャルダンピングがまん延し、自由化政策で公共サービスが縮小され、規制緩和によって社会的保障がないがしろにされている。普通の人々にEUの恩恵を納得させることは難しい」と断じた。

 その例として、BTB労組がスロバキアにある運輸関係のペーパーカンパニー50社のリストを欧州委員会へ提出したところ、「対策の必要なし」と門前払いされたことや、交通運輸産業に最低賃金を適用したいドイツとフランスに対し、欧州委員会が法的措置で対抗中であることを挙げている。

 そして、「反社会的なEUにノーと言える政治家や加盟国が今すぐ必要だ。離脱するのではなく、もう一つの欧州を追求するために」と呼びかけ、①社会的に労働基準を監督する「ユーロポール」制度の設立、②ペーパーカンパニーの取り締まり強化、③ソーシャルダンピングに関与する荷主の共同責任を問う法律の導入など、組合の政策を紹介した。

 組合はまた、3月24日を「ソーシャルダンピング反対デー」に指定し、ベルギー各地の高速道路休憩所で情宣活動を展開した後、首都ブリュッセルで決起集会を開催し、早急に新法を設定してソーシャルダンピングを取り締まるよう政府に求めた。

●反ファシズム闘争の教訓

 ITFは昨年、スペイン内戦80周年を記念して、冊子『奴らを通すな―国際運輸労連と反ファシズムの闘い』を出版した(注2)。ITFは当時、スペイン第二共和政を支持し、英国、オランダ、ベルギーの港から、武器や弾薬がファシスト・フランコ軍へ輸送されるのを阻止した。背景には、第一次世界大戦の勃発と共に組織が機能不全に陥った苦い経験がある。英独仏の労働組合が自国政府の戦争政策を支持した時、労働者の国際連帯は忘れ去られたのだ。戦後にアムステルダムでITFを再建したエド・フィメン書記長は反戦・反ファシズムの闘いに全力を傾注した。

 冊子は次の言葉で締めくくられている。「近代的なファシズムは、(中略)その本性を隠そうとしながら今世紀に生き続けています。ファシズムに刺激された思想信条は、労働者を分断し、人種差別や民族対立を煽り、労働組合を破壊し、人権を踏みにじり、戦争を引き起こす力を今でも持っているのです。世界の労働組合は、こうした脅威を前に警戒心を常に持ち合わせなくてはなりません」。

 移民排斥や人種差別を公然と掲げる政党が跳梁跋扈する今日の欧州の政治情勢。飽くなき利潤追求に腐心してソーシャルダンピングを加速させる資本とこの問題に無策・無能を露呈する本流の政治家たち。従来の労使協調型の国でも、その屋台骨が揺らいでいる。出口の見えないトンネルに放り込まれたような、働くものの不安と不満。

 一方、東欧の組合には、ソーシャルダンピングという言葉を西欧の組合が使うことを不快に思っているものも多い。二級市民のように見下されていると感じているのだ。こうした時代に欧州の労働組合は、どのような形で働く仲間の国際連帯を実践していくのか。今そのことが強く問われている。

(注2)ITF: ¡No pasarán! The ITF and the fight against fascism http://www.itfglobal.org/media/1550859/no_pasaran_en.pdf (日本語訳『奴らを通すな―国際運輸労連と反ファシズムの闘い』あり)

 (国際運輸労連ITF内陸運輸部長)

※この記事は著者の許諾を得て『月刊労運研レポート』37号(2017年7月号)から転載したものですが文責はオルタ編集部にあります。

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