テロにたいする戦争に勝利はあるか

■海外論潮短評(5)            初岡 昌一郎
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■テロにたいする戦争に勝利はあるか


  『フォーリン・アフェアーズ』誌は、アメリカの最も代表的な国際問題専門誌
として知られており、そこに発表される論文はアメリカ政府の外交政策に大きな
影響力を行使してきたものが少なくない。同誌は、近刊号において大統領選に名
乗りをあげている各候補に相次いで外交政策を発表させている。2007年11/12月
号は、民主党ヒラリー・クリントンと共和党ジョン・マケインの両候補の政見に
冒頭の紙面を割いている。これでほとんどの有力候補の外交政策が発表されたこ
とになる。いずれの候補もイラク戦争と対テロの戦いを重点として、方法は異な
ってもその可及的速やかな解決を訴えている。
  その他に、この号には二つの注目すべき論文が掲載されている。その一つは「失
われつつあるロシア」(ディミトリー・シムズ)と「対テロ戦争」(フィリップ・
ゴードン)である。
 
前者は、プーチン政権下で自信を回復しつつあるロシアの外交政策がアメリカ
と衝突している最近の状況に過剰に反応することをいましめている。冷戦時代の
ようにロシアはアメリカを敵視しているのではなく、ナショナリズムに訴えて独
自の立場を回復しようとしているだけだとみて、ポスト冷戦時代にとられてきた
協調的融和的外交政策を継続し、経済と社会文化の分野を重視した実務的協力を
進めることを主張している。
  後者の対テロ戦争に関する論文は、今後の国際関係や日本での議論にとって注
目すべきものなので、それを以下にかいつまんで紹介する。


■ 対テロ戦争の勝利とは


  ブッシュ政権の対テロ戦争が、テロリストを根絶するのではなく、むしろもっ
と多くのテロリストを生み出しており、アメリカがその路線を抜本的に転換する
ことなしには、そのような状況が続くとますます多くの人々が主張するようにな
っている。
  この論争において完全に欠落しているのが、対テロ戦争における「勝利」とは
どのようなものかという視点である。戦争に勝つことの伝統的な理解ははっきり
しており、戦場で敵を打ち負かし、敵に政治的条件を飲ませることだ。だが、対
テロ戦争にそのような勝利があるのだろうか。また、このような戦争に終りがあ
るのだろうか。それを終わらせるのにどの位時間がかかり、それが終わったと認
識しうるのはどのような時か。
 
目的を知らずして戦争の勝利は語れない。この戦争は新しいもので、伝統的な
ものとは違い、外国の指導者が一定の条件を受容することで終わるものではない。
また対テロ戦争は、アメリカとその同盟国がすべてのテロリストと潜在的テロリ
ストを逮捕することで終わるのではなく、彼らが求めている尊厳、尊重および機
会につながる有望な道筋を彼ら自身が見つけることによって終わる。
  テロリストの脅威を軍事的に根絶させる目標を追及することは、テロの減少で
はなく、拡大につながることは間違いない。


■ 過去の戦争の教訓


  過去においてすべての戦争に終りがあったように、対テロ戦争もいつかは終わ
るだろう。1896年の英・ザンジバル戦争のように迅速に(約45分で)終わった
ものもあれば、百年戦争のように116年もかかったものもある。その終り方には、
第二次世界大戦のように相対的によく目的を達成したものもあれば、第一次大戦
のようにさらなる破局につながったものもある。
 
対テロ戦争にたいする最良の教訓は、冷戦の経験から引き出せる。もちろん現
在の課題は冷戦時と同一ではないものの、その戦いが、狂信的かつ暴力的なイデ
オロギーにたいする多面的な長期的戦いであったことに類似性がある。一方の側
が破産したイデオロギーを断念したことで冷戦が終わったように、テロを支えて
いるイデオロギーがその魅力を失う時にテロリズムにたいする戦争は終わる。
  冷戦は、アメリカがクレムリンを占領したことによってではなく、クレムリン
の住人が戦いを放棄したことによって終わった。冷戦はその参加者が夢想だにし
なかった道筋によって終りを迎えた。
 
冷戦の初期、その勝敗は見当もつかず、核戦争による終末さえ視野に入れられ
た。1960年代中頃には、冷戦を始めた指導者だけでなく、一般市民も冷戦の終結
の可能性を見失っていた。デタント(緊張緩和策)は、冷戦の解決ではなく、平
和共存という、より理性的冷戦状態を目指したものであった。
  デタントの批判者も冷戦の終結には驚かされた。1970年代と80年代に共産主
義を根絶させると公言していたレーガンでさえ、それは「長期的なプランと希望」
だと語っていた。今日、対テロ戦争を主導している人達もそのように思っている
のかもしれない。


■ もう一つの将来像


  イスラム原理主義を固定的にとらえ、それを過大に評価することは誤っている。
その政治的イデオロギーとしての長期的展望はそれほど魅力あるものではないし、
状況の変化によって魅力は失われるであろう。
  9・11事件の直後、アラブ社会の広汎な部分と代表的メディアは、犠牲者に同
情を表明し、テロ攻撃をイスラムの教義に反するものとして批判し、犯人の処罰
を求めた。ビンラディンのようなイスラム原理主義者はごく少数であり、ソ連共
産主義者がたどったと同じ道を究極的にはたどるであろう。その可能性は域内の
圧政、不平等、自由の欠落などを克服する展望の曙光がみえた時にはじめて生ず
る。
  そのような変化が近い将来に生まれるとはみえないし、この地域の専制的為政
者はそれを阻止する決意にゆるぎがない。しかし、これらの指導者にとっても権
力を維持するためには、変化することこそ唯一の方法だということが、ある時点
で明白となるだろう。
  エジプト、イラン、パキスタン、サウジアラビア、シリアなどの次世代指導者
達は、改革なしには、その政権が原理主義者の手中に落ちかねず、あるいは域内
のライバルに出し抜かれることをさとるであろう。これは、1980年代末にゴルバ
チョフが直面した状況であった。


■正しい戦い方


  対テロ戦争におけるそのような勝利には長い時間がかかるであろう。1947年に
始まった冷戦が終わるまでには、数十年にわたって多くの誤り、後退、悲劇、リス
クが繰り返されてきた。
  対テロ戦争の終結を想定する意義は、それが目前にあると示唆することではな
く、正しい目標を保持していくことにある。それによって、指導者達がこれらの
目標を達成しうる政策を追求することができる。
  現在の戦争が第三次大戦であるという幻想にとらわれるならば、戦争の伝統的
な勝利を目指し、軍事的紛争を継続することになる。
 
第二次大戦のようにアメリカが1600万人の軍隊を動員し、そのために徴兵制
を復活させ、GDPの40%を支出し、いくつかの重要な諸国を侵略し、占領する
用意があったとしても、それはより多くのテロリストを生み、テロリズムを持続
させる憎悪を強くかきたてることになるだけであろう。イラクにおけるアメリカ
の経験は、むきだしの軍事力行使を通じてテロにたいする戦いに勝利しようとす
ることにこそ、大きな危険が内包されていることを示している。
  他方、対テロ戦争の勝利は、テロリストが信じているイデオロギーが支持を失
い、その潜在的支持者達が別の選択肢をとることによって得られると認めるなら
ば、アメリカは非常に異なるコースをとらなければならなくなる。
  テロの脅威に過剰に対応するのではなく、みずからの価値とその社会にたいす
る確信、それを保持する決意を他の形で示すことができる。
  近年において大きく損なわれたアメリカの道義的威信とその社会の魅力を再確
立するために、確固たる行動をとることだ。
  中東における教育と政治経済改革を促進する努力を拡大することは、長期的に
みて、テロリストの脅威を生んでいる自暴自棄と屈辱をこの地域が克服するのに
役立つ。


■ コメント


  この論文の趣旨は極めて明確である。対テロ戦争の必要性は認めるものの、現
在の軍事的路線による短期的解決法が単に失敗しているだけでなく、むしろ事態
を悪化させ、テロリズムを逆に拡大していることを正面から批判している。そし
て、非軍事的な長期的な方法により、テロを生み出す基礎を変革するアプローチ
こそが必要だと説いている。社会経済的な平和的路線こそが問題を解決しうる。
 
筆者のフィリップ・ゴードンは、かつて民主党政権時代に国家安全保障委員会
欧州局長をつとめた安全保障専門家である。この論文は来年末に誕生を予想され
る次期民主党政権に大きな期待をかけている。イラク撤兵後の対テロ戦略だけで
はなく、アフガニスタンの戦争にもこのアプローチによる転換が求められていく
ことになろう。民主党がこのような政策に踏み切るのは大統領選後の課題となろ
うが、軍事的に行き詰まった現状を打破するのに有効な代替的戦略として採用さ
れる可能性が高い。日本での対テロ特措法論議や今後の対テロ国際協調は、この
ような戦略転換を助ける方向で行われるべきだ。
 
日本政府などのいうところの国際協調とは対米協調にほかならず、国際貢献と
はアメリカの軍事力行使に協力することの別称にすぎない。またその対米協調も、
国民からの支持を失っているブッシュ政権の対テロ政策に協調しようとするもの
にすぎない。
  末尾に付言しておくと、筆者の所属するブルッキングス研究所は、第一次大戦
中の1916年に設立された歴史のあるシンクタンクである。独立した機関で、リベ
ラルな中立的立場をとっているが、これまで民主党政権に多くの人材を供給して
きた。
         (筆者はソーシアル・アジア研究会代表)

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