トランプ時代到来と世界の歴史的変化への動き

【オルタの視点】

トランプ時代到来と世界の歴史的変化への動き
~ロシアから見た国際情勢」~

石郷岡 建


◆◆ 1.初めに

 2017年の世界を考える最大の問題は、年頭に新しい米大統領に就任するトランプ氏の行方かもしれない。2016年10月の大統領選挙に勝利し、世界に衝撃を与えた人物であり、今後、何をするのか、誰も予測できない不確実性を持つ人でもある。世界では、このトランプという突如現れた異彩の人物について、分析や評価で持ち切りとなっている。確かに、トランプ新大統領の考え方次第では、米国は大きく変わり、世界も大きく変わるかもしれない。にもかかわらず、個人的には、トランプ自身よりも、トランプという異色の指導者を生み出した米社会の意向、いわゆるトランプ現象とは何かを探るべきであり、この人々の意向の裏には、世界全体が大きな岐路に立っているという結論が出るのではないかと考える。

◆◆ 2.トランプ氏の衝撃

 米政界に突如現れたトランプ氏に対して、欧米社会の大半、特にリベラル系のマスコミは大きな批判を展開し、米大統領の資格があるのか、問題の人物ではないかとの疑問を突きつけた。その有様は執拗な攻撃と言ってもよく、客観報道の枠を超えているとの印象を受ける。米国の投票者の過半数を獲得したという事実を無視しても、悪魔のような人物を指導者にすべきではないといった主張である。

 ただし、世界全体がトランプ氏に反感を持ち、批判をしているのかというと、そうでもない。ロシアや中国、さらには、イスラム諸国や開発途上国では、意外にも、期待する向きが少なくない。少なくとも、欧米マスコミのような勧善懲悪の悪魔論ではない。

 とはいっても、中露をはじめとする非欧米諸国が、もろ手を挙げて歓迎しているわけでもない。ロシアはトランプ新大統領の出現を「大歓迎している」との情報が、欧米マスコミによってたびたび報道されるが、実態を表していない。ロシアの国民の大半は「あのクリントンという変なおばさんよりもましだ」という程度の話である。

 さらに、ロシア指導部や知識人の大半は、トランプ大統領の出現による米露関係の改善に対しては、非常に懐疑的であり、慎重にことを進めるべきだとの意見が多い。
 クリントン陣営及び米マスコミは、プーチン大統領がトランプ氏の親露姿勢を歓迎し、トランプ勝利に向けて、ハッカー利用の選挙介入をしたと告発しているが、実態を反映していない。 

 ロシアには「コンピューターおたく」の若者がいっぱい存在する。そのハッカー水準も高い。だから、ロシアのオタクたちが、米国の様々な組織にハッカー攻撃をしている可能性は十分にある。なかには治安組織影響下のグループもいるかもしれない。

 しかし、米国の大統領選挙を左右できる力があるかというと、非常に疑問だ。米政府は、ロシアがどのような選挙介入をしたのか、はっきりとした説明をしていないが、選挙手続きや開票作業そのものを歪める可能性はほぼありえない。あったとしても、投票用紙を再確認すれば簡単に発見・是正できるはずである。

 「クリントン陣営のスキャンダルを暴いた」という非難ならば、「ハッカーが悪いのではなく、そのスキャンダルそのものが問題ではないか」とプーチン大統領は語っている。そして、「大統領選挙も、上下両院選挙も、すべて民主党が負けたのは、民主党そのものに問題があったのではないか」と指摘する。さらに、「米国はバナナ共和国(外国に簡単に支配される脆弱な中南米のような小国家の意味)なのか?」と皮肉たっぷりに、ハッカー程度で崩れるほど、米国の民主主義は脆弱なのかとの疑問を提示している。

 そして、何よりも、クリントン民主陣営及び欧米マスコミがロシアを理解していない最大の問題は、ロシアはそれほどトランプを信用しておらず、わざわざ選挙介入して、トランプを支援し、大統領の座に据えつける意味もないと考えていることだ。「トランプ氏はプーチン大統領の“操り人形”だ」(クリントン氏の発言)と考える人はロシアにはほとんどいない。米国内でもごく少数ではないかと思う。

 歴史的には、ロシアは、理念主義の民主党よりも、現実主義の共和党政権の方がうまくいくという見方がある。その典型がレーガン元大統領で、ソ連を「悪の帝国」と批判しながら、最終的には、ゴルバチョフ大統領と緊密な関係を構築し、それはまた、ソ連の崩壊という劇的な結果を導いた。

 その一方で、米露の間で、地政学的に利害が一致するということがありうるのかという疑問が付いて回る。現状では、地政学的構造の歴史的かつ根本的な変化が起きているようには見えない。つまり、トランプ政権とうまくいくという保障が必ずしも存在しているというわけではないとなる。そして、背景には、米国は本当に、世界を指揮する覇権国の地位を降りるのか?という大きな問いが横たわっている。

◆◆ 3.トランプ氏の世界

 欧米と違って、ロシアや中国、開発途上国の人々が、トランプ氏にそれほど反発しなかった理由の一つは、トランプ氏が「米国は世界の警察官にはならない」と発言したことがある。つまり、米国は世界各地の紛争や対立への介入はしないし、もはや、できない(財政的な能力もない)との発言である。
 この発言は、米国が持っているアングロ・サクソン的世界観や価値観を他国へ強制し、政権交代や制度転換を求めるようなことは、もはや、しないとの立場表明と理解される。

 それは、また、欧米諸国が金科玉条のように主張してきた「自由、人権、民主主義」のような欧米の普遍的価値観からの脱却を意味するのかもしれない。
 つまり、普遍的価値観というのは、もはや存在せず、世界は多様な価値観にあふれており、それぞれの価値観を、米国は尊重するということになる。

 多極化する世界を、米国ははじめて認めたということにもなる。ロシア、中国のような多様な民族を抱えた帝国型国家にとっては“朗報”であり、本当に米国の価値観、世界観は変わったのか?とトランプ政権の出方を慎重に見守るということになる。

 簡単にいえば、中露のような多民族帝国型国家は、「自由、人権、民主主義」という個人主義的価値観よりも、「自由、平等、公平」という共同体的価値観の方が身にあっていると考え、「外から介入しないでくれ」という主張ともなる。

 米国に突如現れたトランプ氏は、これまでのように、普遍的価値観や一つの思想に統一された世界を求めるよりも、米国自らの利害だけを求め(「アメリカ第一」)、他の国が何をしようとも、介入はしないし、関与もしないという孤立主義の世界に入ろうとしていると理解される。米国の歴史的な考え方であるモンロー主義的世界観への回帰と言っていいのかもしれない。 

 第二次大戦後、没落した英国(大英帝国)に代わり、世界の頂点に立ち、大戦で荒廃した世界に、新しい思想を持ち込み、人々の希望をもたらすという米国的世界観が、今や放棄されようとしている、という歴史的な局面の到来なのかもしれない。

 そして、この「米国は世界を救う」という思想は、戦後70年間にわたり権力を分け合ってきた米国の民主党、共和党の両エスタブリシュメント(エリート指導階級)の共通の認識でもあった。そのエスタブリシュメントの思想に対して、今回批判が爆発し、ここ数十年米政界を支配してきたブッシュ、クリントン両王朝が瓦解したというのが、トランプ登場の総括だったのかもしれない。戦後長く続いた輝かしい超大国の世界観・国家戦略の終焉だったかもしれない。

 経済分野でも、トランプ氏は国際経済統合組織の構築は、米社会にとって不利益をもたらし、米国の利益にはならないと主張し、「環太平洋連携協定」(TPP)や「環大西洋貿易投資連携協定」(TTIP)を否定した。オバマ政権が進めてきた米国を中心とする経済統合計画、具体的には、太平洋と大西洋の両側に経済統合組織(TPPとTTIP)を築き上げ米国経済をトップに押し上げながら、世界経済を指揮していくという考え方を否定したといえる。それはまた、グローバリゼーションの乗った様々な経済思想の終焉を宣告したということになるのかもしれない。

 とはいっても、果たして、トランプ新大統領は米国を頂点とする第二次大戦後の世界秩序を完全に否定したのか? 本当に超大国の地位を降りるのかというと、疑問は大きい。

 米国には、清教徒が建国した米国は、世界のトップに立ち、常に下から仰ぎ見られる「丘の上の町」的存在であり、常に全世界の社会モデルにならなければならない、という思想が存在する。ある意味、米建国の根本の思想であり、米国民の生きていく指針にもなっている。歴代の大統領は、この「丘の上の町」の思想を実現する訴えや主張を再確認するのが常となっており、子供たちの学校教育でも徹底的に叩き込まれる。「米国は常に世界のために良いことをするんだ」という教えでもあり、信念でもあった。

 その建国以来の米国の根本思想を、トランプ氏は捨てたのだろうか? いくら国家利害を優先する現実主義思想の持主といえども、米国は世界一であり、世界のモデルにならなければならないという考え方は、どこかに残っているのではないかと思われる。それが証拠に、トランプ氏は「偉大なアメリカの再生」を叫んでいる。

 結局、トランプ氏は、米国の利害を優先しながらも、米国の行く先に立ちふさがる国家や人々の存在を許さないという意識も持っている可能性が強い。そうだとすると、国家利害優先の国家主義と、米国の使命を表現した「丘の上の思想」と、どちらかが重要なのか? 二つの考え方は、どこかで摩擦を引き起こす可能性が強い。

 そして、後者の崇高な思想を持つリーダーとしての米国の存在もしくは意味を問う時がやってくる可能性が強い。それは米国国家全体を巻き込む論戦になるはずである。覇権国としての役割や米国を中心とした世界統合思想の否定が、トランプ氏の内部で変質し、再考され、再認識される可能性は十分にある。選挙中の演説や大統領就任後のトランプ氏の行動や考え方が、このまま続くかどうか、かなりあやふやであり、惑わされてはならないということにもなる。

◆◆ 4.英米を襲った格差問題

 では、トランプ現象は米国だけで起きた特有の現象になのだろうか? 私は違うと思っている。昨年、米大統領選挙の真っ盛りの中で起きた英国国民投票による英国の欧州連合離脱の決定も、同じ枠内、もしくは同じ基盤から出てきた現象だと思っている。

 米国内部では、トランプ氏への投票は没落した白人中産階級の反逆・反発だったとし、白人という人種問題を強調するケースが多い。米国内部の政治・経済・社会を支えた中産階級は白人が圧倒的に多く、数からいえば、人種的構造が大きな意味を持っていたことは間違いがない。しかし、その一方で、スパニッシュ(中南米のスペイン語系住民)の多いフロリダ州やオハイオ、ウィスコンシン、ペンシルベニアなどの北部工業地帯の票がトランプ氏に流れた背景には、白人ののみならず、非白人労働者がトランプに投票したことを示唆している。白人票だけではトランプ氏は勝利できなかった可能性が強い。

 英国の国民投票も、米国と同様に、大手のマスコミの予測が全くはずれ、地方や農村地帯での考え方と都市部のリベラルな人々の考え方は全く異なっていたことを示唆した。

 そして、米英双方とも、政治支配層及びリベラル知識人層が、国内の中産階級が分裂し、下半分が貧困層へ次々と脱落していた事実に気が付いていなかった。

 実は、この現象に近いことがロシアでも起きていた。ソ連崩壊後、不能率・非経済的な社会主義計画経済が放棄され、エリツィン大統領の指揮下のもとに、「ショック療法」と呼ばれた市場経済の導入が行われた。このシック療法的な急進経済改革によって、ロシアは一挙に、社会主義から市場主義への転換が進んだ。灰色の陰鬱な街並みは、カラフルな広告が氾濫する新しい街へと転換することができた。

 その裏で起きたのは、社会格差の増大であり、巨額な富をため込む一部新興財閥が台頭し、華やかな社交社会が誕生する一方で、中産階級的意識を持っていた人々が次々と脱落していったのである。背景には、権力の不当行使や腐敗・汚職の横行があり、急進的な市場経済への反発は爆発し、「自由、人権、民主主義」などの欧米価値観が憎悪を持って受け取られることになった。

 とどのつまり、プーチン大統領という権威主義的政権が登場することになる。プーチン大統領は欧米型市場経済にブレーキをかけ、治安関係組織を動員して、社会不安や不穏を一掃し、新興財閥の力を抑えたのである。一般大衆は拍手喝采する結果になった。十数年前の出来事である。

 英米でも、その見かけは違っても、同じことが起きた。社会を支える中産階級の分裂と崩壊であり、貧富の格差、収入の格差、生活の格差が忍び寄るように押し寄せてきていた。そして、その怒りは、難民や移民、イスラム教徒といった“異住民”との利害対立へと発展し、暴動騒ぎやテロ騒ぎが起きることになる。ある意味、選挙という欲求不満のはけ口がなければ、もっと深刻なことが起きる可能性があったといえる。

 世界各地で起きている中産階級の分裂・没落、所得・経済格差の問題の背景には、1970年代に導入された新経済政策「新自由主義経済政策」があった可能性が強い。経済活性化の最大手段は市場の解放であり、自由でダイナミズムを持った市場こそが人々に富と幸福もたらし、市場に基づく競争原理こそが社会を動かす力だと喧伝されたのである。

 その最先端を走ったのは、米国のレーガン大統領であり、英国のサッチャー首相だった。新自由主義経済は、それなりに、経済を活性化し、国家全体の富を増やしたが、その一方、競争に敗れた階層を生み出し、不利益産業などから膨大な失業者を出すことにもなった。

 新自由主義の信奉者たちは、貧富の格差増大問題については、「富める者が富めれば、貧しい者にも自然と富が滴り落ちる」というトリクルダウン理論で、格差問題や社会分裂は起きないと主張した。

 しかし、2016年に英米で起きた現実は、「富める者から貧しいものへの富の移動がなかった」ということで、「富は自然に貧しい者へ流れることはなく、なお国家権力の介入は必要かもしれない」ということだった。

 英国の地方都市の住民たちは、新自由主義経済の競争に負け、技術革新にも追いつくことができず、失業者もしくは半失業者になり、社会の落ちこぼれになり、週末はビールを飲んでサッカーに熱を上げ、挙句の果てに「フーリガン」(熱狂的な暴力集団)の予備軍になるという状況を作り上げた。

 その一方で、首都ロンドンなどの都市住民たちはEU加盟による欧州大陸との一体感を強め、欧州大陸と自由に往来し、自由に就職や留学できるという利益を獲得した。英国がEUから脱退するなど考えられないという思いだったろう。英国の大都市地域から少し外れると、荒れ果てた町が広がり、そこから一歩も出られない住民たちが多数国内に住んでいるという実態には、少しも気が付かなかったということになる。

 これは米国でも同じで、自動車関連産業などが落ちぶれ、行き場のない状態に追い込まれた東北部の住民と、IT産業などで経済が活性化している西南部カリフォルニア州の住民の違いは、お互いに理解されず、気が付かないままに、米社会の分裂は進んでいったと言ってもいいと思う。問題は、その格差を埋める経済政策がなく、市場だけでは解決できないということだったと思う。現代の経済学者や専門家たちは、先進国を中心に広がる社会の分裂と経済停滞(もしくは経済躍進のない閉塞状況)を、どうすべきなのか、きちんとした処方箋を持っていないのが実態で、何をしたらいいのか誰も答えられない時代に、われわれは住んでいるということになる。

◆◆ 5.EUの瓦解

 英国国民投票では、国内の経済格差問題と中産階級の没落問題が、「EUに残るのか、それとも、EUから離脱するのか?」という欧州経済統合組織の本質を問う問題提起と重なりあっていた。

 英国内の地方都市の住民たちには、EUによる利益がもたらされることなく、自らの生活破壊の理由の一端はEU組織そのものにあると考えた。その結果が英国のEU離脱への過半数の賛成投票である。

 EUは共通の経済政策と共通通貨を持つことにより、各国が独立した金融政策が取れないという欠陥構造を持つ。その一方で、EUは完全な経済統合国家ではない。中途半端なままである。結果的に、EU内部では、労働生産性が高く資本力も大きいドイツが圧倒的に競争力強く、EU全体を支配してしまうという宿命的なシステムへと突き進んでいる。

 米経済学者でノーベル賞受賞者のスティグリッツは、英国民投票のEU離脱の可決結果を、EU組織そのものに問題があったと指摘し、特に、EU全体を牛耳るブリュッセル経済官僚たちが新自由主義経済思想に染まっており、市場への国家介入などを全く許さなかったことが、今回の混乱を招いたと主張する。

 このEU本部の経済官僚たちは絶大な権力と支配力を誇りながら、直接選挙という民主主義の洗礼を受けておらず、どのように住民に監視されているのか不明な状況にある。なぜ各国の政府よりも大きな力を持ち、各国の政策に介入する権利があるのか? どこからその権力の正当性を受け取ったのか? 非常にあいまいであり、民主主義と逆行しているとさえ言われている。
 スティグリッツのEU批判は、国家の在り方の問題を突きつけており、EUという国際統合組織はそもそも何であるのかという疑問にもつながっていた。

 結果として、欧州各国では、独占的、独善的なブリュッセルのEU本部への批判が高まり、EU官僚への嫌悪感が広がる結果になった。その批判は欧州全体に広がり、とどのつまり、EU離脱論へと転化していった。それは「俺たちの生活や利害を守ってくれるのは、自分たちが選ぶ政府であり、EUの官僚ではない」という民衆レベルの叫びになったといえる。欧州における近代的国民国家論の復活の動きであり、欧州型近代市民国家の再評価へとつながっていった。

 一般国民レベルもしくは民衆レベルでは、国家統合思想から市民国家の原点への回帰を求める流れが現れ、国家主義的思想への再来にもつながった。リベラル思想主義者から見ると、「ヒトラーの再来」という危機意識につながっていく。時には、国家主義にはまっていく民衆をポピュリズム(大衆迎合主義)と批判することにもなる。

 ただ、冷静に考えれば、格差で落ちこぼれた民衆、もしくは国民を救うことのできない国家は、国家の役割を果たしていない。「グローバルな欧州や世界統合よりも、身近な国民のことを考えよ」という人々の声の方が出てくるのは、ある意味当然であり、ポピュリズムという意味が分かりにくい言葉を使っての一般民衆批判は、エリート知識人の傲慢と思える。エリートの一般大衆蔑視であり、一般大衆との間の交流ができていない亀裂が大きくできたということでもある。

 この一般民衆や社会の分裂に関し、既存の左翼やリベラルはきちんとした分析ができず、根底にある新自由主義経済を批判することができなかった。知識人の遊びのような「自由、人権、民主主義」問題に拘泥し、人々にとって生きていくのに一番重要な経済の貧困問題の解決策を示すことができなかったのではないかと思う。既存左翼・リベラルの後退もしくは衰退の理由でもある。

 リベラル知識人は、今回の英国民投票及びトランプの台頭に対して、深い分析もなく、ポピュリズムという名の一般大衆批判を展開し、トランプの個人的資質批判を繰り返しただけだったとの印象を私は強く持つ。その意味では、「欧米型リベラル世界観の危機」であり、リベラルな思想とは、一体何かと真剣に考える時がやってきたと思う。

 この問題を、なぜしつこく問うのかというと、私自身がリベラルな考え方を尊重し、リベラル主義者だと主張してきたからで、今回の英米の出来事に対する世界のリベラル派と言われる人々の表面的な英国民投票批判・トランプ批判に、私は失望し、もはやリベラルという考え方とは違う別の思想を探すべきではないかと思い始めている。

◆◆ 6.新しい時代の新秩序

 では、世界は一体どうなるのか? 私は、このままでは米国の権威は落ち、米国を頂点とする戦後の世界秩序は崩れ落ちる可能性が強いと思っている。国際関係を考える世界システム論によれば、世界をリードする覇権国というのは、約100年間、その支配というか、その影響力を保ち続ける。しかし、約100年たつと、覇権国の地位を降りるかどうかの岐路に立たされる。ある種、覇権国の寿命が来るという考え方である。時には、再度盛り返して、もう一度覇権国の位置を維持する場合もある。その例が、大英帝国で2回の200年間、覇権国の地位を維持し続けたとされる。

 その大英帝国も第一次大戦後、国力を落とし、音を立てて崩壊し、消滅することになる。大英帝国に続く世界の覇権国として登場したのは米国で、第一次大戦後、その力を台頭させていた。決定的だったのは第二次大戦で、その経済力で大戦をリードしたと言っても過言でないと思う。正式に覇権国の地位についたのは第二次大戦後で、世界の基軸通貨は英ポンドから米ドルへと移った。

 その米覇権国時代が始まってから、すでに、70年以上たっている。そして、米覇権国の弱体化が目立ち始めており、覇権国の地位から降りるかもしれないという状況にさえなっている。トランプ新大統領は、その口火を切った人物と歴史的に解釈される可能性さえ出ている。

 覇権国の支配期間は約100年という説明は、歴史的な経験による解釈であり、科学的な根拠があるわけではない。それでも、ひとつの覇権国の時代が永久に続くわけではなく、いつか終わりがやってくる。それが言われているような100年なのか、もっと長いのか、よくわかっていない。もし、本当に100年だとすると、米国の覇権国時代は残り30年ほどしかない。もしかすると、米国は盛り返し、覇権国としての第二期に入っていくかも知れない。いずれにせよ、21世紀の半ばには大きな変革期が訪れる可能性が強い。転機がやってくると言ってもいい。世界は大きな岐路に立つ可能性が強いのである。

 個人的には、旧体制の象徴であるクリントン氏が大統領選挙に勝利していれば、米国弱体化及び体制疲労はもっと進んだと思っている。逆に、トランプ氏の台頭は、米社会に大きな衝撃を与え、ある意味、覚醒作用を与える可能性がある。もはや、従来の考え方を続けてもうまくはいかない。「米国の超大国の維持は難しい」という警戒音が鳴り渡っている。米国社会は大きく、新しい道に向かって動かねばならないという危機感の台頭でもある。
 英米のアングロ・サクソン社会は、歴史的に、危機的な状況に入ると、よりリスクの多い選択を、果敢に選び挑戦することが多い。決して、現状維持に流されない。今回の英国国民投票のEU離脱も、米国のエスタブリシュメント一掃の新指導者選出も、非常にリスクの高い選択であり、無視できない政治的ダイナミズムを持っている。

 果たして、米英は、どのような未来を描いていくのか、もしかすると、より没落するかもしれないし、もしかすると、21世紀の先端を走る国家モデルになるかもしれない。

◆◆ 7.終わりに

 最後に、一言、日本のことに触れたい。

 トランプ新大統領の外交政策、国家戦略がどうなるのか、はっきりしない。待つしかないという状況だ。それでも、様子見の消極姿勢ではなく、世界が変わるという意識は鋭く持つべきであり、各国の世界戦略はどこへ行くのか、常に考えるべきだと思う。

 現状では、トランプ新大統領は、中国がロシアに代わって、今世紀の米国の脅威になると考えている可能性が強い。ビジネスで活躍したトランプ氏から見れば、中国の経済躍進・経済大国化は、米国の経済・経済界に大きく立ちはだかる存在だとの印象にあると思われる。そして、多分、ロシアは経済的には大国の地位を降り、もはや脅威ではなく、関係強化をはかるべき存在になったと思っている可能性が強い。

 その意味では、トランプ新大統領は、「米露対決」という古い冷戦思考から完全に脱却した初めての米大統領で、新しい時代の指導者といえるのかもしれない。

 一般的に、国際ゲームの主要プレイヤーは、ゲームに勝つためには、対抗プレイヤーを凌駕することが必要だ。しかし、主要プレイヤーの下に位置するサブプレイヤーも無視できない。できる限り多くのサブプレイヤーと、できる限り密接な関係を構築することを目指さねばならない。

 アジア太平洋地域では、主要プレイヤーは米国と中国であり、サブプレイヤーは日本とロシア、もしかするとインドが付け加わるかもしれない。

 ということで、米国は、中国に対抗するために、ロシアに接近し、日本との親密な関係を維持する可能性が強い。中国包囲網戦略である。
 これに対し、中国はトランプ大統領の攻勢を受けて、ロシアに接近し、中露関係強化をはかり、それを政治宣伝する可能性が強くなる。日本や韓国に対しても、なるべく争いや摩擦を避ける傾向を強めるはずである。

 ロシアは、米中のほかに、領土問題に絡んで日本の接近も受けている。つまり、米中日の三国から声をかけられるというモテモテの時期にある。それでもロシアは、この状況を喜んでいるわけではない。現実主義者のトランプ大統領は中国と突然、関係強化の合意に達成するかもしれない。そうなると、米中日露の四カ国ゲームがオセロゲームのようにがらりと変わる。ロシアは、そのことを考えながら、日本をむげには離さないという戦略を考えているはずである。いざというときに、取り残されないように、日本をそばに引き付けておくという戦略でもある。

 中国は、なお超大国の地位にある米国との無用な摩擦を避ける方策を探っていると思われる。トランプ新大統領の動向をうかがいながら、「米中大合意」というシナリオを考え、賢明な選択を探しているはずである。その様な道筋ができれば、アジア太平洋地域は、米国と中国がすべてを仕切る米中2極(G2)時代がやってくることになる。

 この米中時代がやってくるかどうかは不透明であり、そんなに簡単な問題ではないと思っている。それでも、もともと現実主義的な取り引きにたける中国は、経済問題を全面に打ち出し、譲歩を見せながら、現実主義者のトランプ大統領を誘導し、思わぬところで思惑を一致させる可能性を秘める。

 「米中大合意」が、終局的に達成されると、日本とロシアは「米中G2合意体制」の枠外に放り出される。すべては米中の間で決まり、両国から相談されることもないという状況になるかもしれない。

 では、日本はどうするのか? まず、米国の覇権国時代はいつか終わりにくるという覚悟をいつも考えることであり、トランプ大統領が突然、覇権国を降りる事態になった場合、どうすべきか、今から戦略を立てるべきだということになる。

 トランプ氏は、そのことを意識してかどうか不明だが、すでに「米国は世界の警察官にはならない」という言い方で、その可能性を示唆し、発言している。これに対して、日本が考えなければならない答えは、日本の米国からの自立、あるいは、日米同盟の根本的変化を伴う日本の地位・姿のありうるべき将来を考えておくということだと思われる。

 日本の自立に伴う安全保障の根本的な改革という問題提起でもあり、米国の傘を抜け出した日本の姿の在り方の模索でもある。それは軍事力の強化という選択なのか、戦後70年続いた平和憲法に基づく安全保障の在り方の再考という選択なのか、どの道を歩むかは、日本社会全体で考えるべき課題になると思う。

 日米同盟堅持、日米同盟強化と叫ぶ冷戦思考時代は、まもなく終わる可能性が近づいている。ポスト日米同盟後の世界は何かという問いの台頭であり、新しい戦略構築の話でもある。

 この問題をアジア太平洋地域の日米中露の四カ国ゲームに当てはめてみると、トランプ大統領は政権発足とともに、すぐさま中国に強く当たる政策・外交を展開し始めるかもしれない。日本はその米国についていくべきなのか。

 答えは、多分、その逆で、米国から自立した将来を見通し、この機会に、中国への接近を試みるのが、最善の国家戦略ではないかと思う。米中対立という危機的状況が進む中での意表を突いた日本の米中和解工作でもあり、歴史的な日中関係改善という動きでもある。日本の新たな姿の登場でもある。

 米国の大攻勢を恐れる中国は、この日本の接近に謝意を表しても、反発することはないはずである。戦後長く続いた日中対立の歴史的構図の改善であり、日中和解に歴史的チャンスの到来ともなる。最大の問題は、日本はトランプ大統領就任後の日米同盟をどう考え、どのように変化させ、どのように米国から自立していくかということになる。

 そして、この日本の中国接近は、米露にとっては、内心穏やかな話ではなく、長期的には、日本に対する態度を考えざるを得なくなる。それは第二次大戦連合国(戦勝国)と日本との本当の対等の関係がやってくることを意味するかもしれない。戦後長く続いた東アジアの冷戦思考体制の秩序が崩れ、新しい東アジアへの模索が始まるということでもある。

 ロシアの戦略研究家として有名なルキヤノフ氏は昨年末、トランプ大統領台頭に伴って新しい動きがアジアに出てきたとして、二つの出来事を取り上げた。

 ひとつは、昨年末に開かれた日露首脳会談である。日本は米国従属・依存の立場を脱却し、G8の対露制裁連合から一人抜け出るという異例かつ歴史的な決定を行ったと分析した。
 もう一つは、トランプ米大統領の蔡英文・台湾総統への直接電話会談である。米国による「ひとつの中国論」を破る歴史的な動きで、「台湾を今後どうすべきか」、中国のみならず、世界に突き付けた問題だった。象徴的だったのは、中国側が沈黙を守り、極めて控えめな態度を取ったことだという。

 日本と台湾での二つの出来事は、ルキヤノフ氏が指摘するような「アジアの新しい動き」になるかどうかは不透明な部分が多い。しかし、これまでにないことが起き始めたとは言えるかもしれない。大きな動きではないが、無視はできないことが起き始めたということなのかもしれない。

 冷戦崩壊以後も、ほとんど変わらなかった東アジアの底辺で、トランプ時代の到来に伴って、何かが起き動き始めたのかもしれない。まだ先の長い話かもしれないが、大変化の兆候や状況、環境が整いつつあると考えるべきで、その準備をするべき時期にやってきたと思う。アジアと世界は、いま激変の時代へと向かい始めた。日本は惰眠をむさぼっている暇はない。時代は大きく変わろうとしており、米英は、すでに大きな挑戦に向かって歩き始めている。

 (元毎日新聞特別編集委員・オルタ編集委員)


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