トーキング・ラビッシュ(ゴミ談義) -ゴミ問題特別報告

■ 海外論潮短評(21)               初岡 昌一郎

トーキング・ラビッシュ(ゴミ談義) - ゴミ問題特別報告

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 ロンドンの週刊誌『エコノミスト』2月28日号が、「トーキング・ラビッシ
ュ」(ゴミを語る、転じてくだらない話の意も)という、同誌らしいさびの利いた
見出しで、ゴミ問題特別報告を掲載している。長文の報告の論点は多岐に渡って
おり、全容を要約はできない。そこでいくつかのポイントを評者なりの視点から
、報告の洒脱な描写の一部をまじえながら紹介してみたい。


◇◇廃棄物処理の変容


 ハワイからカリフォルニアの間の太平洋には島もなく、人間の存在しない空間
だ。あるのは海水、空、そしてゴミだけ。一平方キロ当たり100万個のプラス
ティックが漂流している。この量は、海の食物連鎖の出発点であるプランクトン
の112倍に当たる。海中に漂うゴミは既に1億トンを超えており、日々増え続
けている。

 ゴミ問題は普遍的な重要性を持っているのに研究は貧弱で、人々の理解は乏し
い。世界のゴミが実際にどれだけ排出されており、どう処理されているかは誰も
知らない。多くの富裕国でも、最貧国と変わらず、僅かにある記録はつぎはぎに
過ぎない、廃棄されたものは所有権を、したがって関心を失う。

 ゴミは臭いを出し、目を痛め、害虫を発生させるだけでなく、有害物質を大地
に浸透させ、大気を汚染する。先進国は、年間1200億ドルを都市ゴミの処理
に注ぎ込んでいる。加えて、さらに1500億ドルが産業廃棄物処理に使われて
いる。都市化が進むにつれ、廃棄物処理が緊急な課題となるが、中国、インド、
ブラジルなどの新興工業国は、僅か50億ドルを都市ゴミの収集と処理に使って
いるに過ぎない。

 廃棄物を宝のヤマとみて、処理産業が新ビジネスチャンスを掴んだかに見えた
が、世界的不況が原料価格を押し下げ、新産業を圧迫している。ゴミのゼロ化は
魅力のあるスローガンだが、買い手のないリサイクルは成り立たない。他方では
、成果の検証されないゴミ利用研究やプロジェクトが時流に乗って多額な公的支
出や投資を求めているが、濡れ手に粟を掴むような詐欺的なプランも横行してお
り、壮大な無駄使いを招く恐れがある。


◇◇ゴミ処理の人類学


 ゴミを発掘すると過去の日常生活の多くが分る。多くの古代文明はゴミの山を
残した。世界各地で発見されている貝塚はその好例だ。考古学者は、エジプトの
ギリシャ・ローマ時代の遺跡で発見されたパピルスから、様々な財務記録と共に
、失われていたソホクレスとユーリピデスの戯曲を探し出した。

 現代の廃棄物も同じように役立つ。ゴミはその所有者以上に本人ついて雄弁に
語る。アリゾナ大学の研究が、参加者の自己評価を彼らの排出したゴミと比較す
る研究をいくつか行なった。それによると、自分で気がついている以上に食物を
無駄にし、意識しているよりも多く食材を無駄にし、健康的でないものを食べて
いることが分った。それから、足りない栄養素を補うとして薦められている食材
がおおく捨てられているのは、買い過ぎによるものと推測されている。

 ゴミの分析から、特定の場所に何人が居住しているか、そしてその所得状態や
人種・出身地をかなり正確に推定できる。アメリカ最高裁もゴミの重要性を認識
し、犯罪捜査上、捜査令状なしに警察がゴミを捜索することをみとめた。


◇◇ゴミ処理 - 方法は三つだけ


 ゴミ処理には、埋める、焼く、リサイクルするという、三つの方法があるだけ
だ。全ての方法にはコストが掛かり、慎重な管理が必要だ。いずれも環境と財政
に負担をかける。埋めるのと焼くのは簡単そうに見えるが、環境と人体に被害を
及ぼしかねない。リサイクリングは極めて複雑なビジネスであり、一筋縄ではゆ
かない。

 廃棄物を処理するという考え自体が比較的新しい。人間の歴史上ほとんどの時
代でゴミは捨てるに任されていた。今日でも多くの国でそうだ。農業社会では廃
棄物の多くは肥料として活用される。途上国でプラスティクが道端に散らばって
いるのは、それを活用できず、収集するシステムがないことによる。

 都市でまずゴミが問題になった。1552年、シェイクスピアの父親が一シリ
ングの罰金を払った。ゴミを町外れの収集所に持っていかず、放置したからだ。
1757年、フランクリン・ベンジャミンがフィラデルフィアでアメリカ最初の
街路清掃の導入に助力した。利用できなくなったものは、埋めるか、焼くかされ
る。埋めるのは処理というより投棄だ。これは、紀元前3000年頃、クレタ島
クノッソスの住民が採用した方法だ。

 ゴミの量は経済と共に成長する。毎年、アメリカの都市住民は一人当たり70
0キロのゴミを出す。ケニヤのナイロビ市民は220キロ。地下に埋設されるゴ
ミが増えるにつれ、スペースがなくなる。アメリカでは、今後20年で満杯とな
る。ニューヨークのゴミ捨て場に比較すると、エジプトのピラミッドも小人のよ
うだ。シンガポールのように人口長密な国や、日本のように山岳地帯の大きいと
ころでは、問題はさらに深刻になる。

 廃棄物の内容変化が汚染を生んでいる。ゴミを腐らせるバクテリアは酸を生む
。かつては家庭ごみの灰がそれを中和していた。ところが今は酸が増え、ゴミに
混ざる銅やカドミウムを溶かしている。これが地下水に浸透し、飲料水や食物を
通じて人体にも被害を及ぼす。産業廃棄物、医療ゴミ、鉱山ゴミがますます増え
、有害物質による被害が広がっている。

 埋め立てに替り、ゴミの焼却が普及している。ゴミをエネルギーに転換する焼
却場は産出されるエネルギーをはるかに上回る。しかも、焼却場はダイオキシン
などの有害物質を空中に出すので、周辺住民に毛嫌いされている。技術を改善し
、管理を強化しても、全ての問題が解決されるとは考えられない。

 リサイクリングが環境によいことには疑問があまりない。デンマークの広範な
研究でもリサイクリングが他の方法よりも優れていることを示している。アルミ
などの原料を産出するのに要するエネルギーに比較して、リサイクリングははる
かに少ないエネルギーしか必要としない。ところが、ガラスをボトル製造に用い
ることや、古紙を再生するコスト便益はそれほど明らかではない。

 人手によってリサイクル品を選別することは先進国ではコスト高になる。そこ
で、廃棄物が開発途上国に送り出される。アジアから消費財をアメリカやヨーロ
ッパに積んできた船が、空になった船倉にゴミを入れて帰る。しかし、リサイク
ルされるのはその一部で、残りの多くはおそらく海に投棄されている。

 コストをあまりかけないでリサイクルを推進するもう一つの方法は、ゴミを選
別する手間を市民に負担させることだ。ヨーロッパ大陸諸国とアジアではあまり
市民が渋らずにこの労力を提供している。しかし、アングロサクソン諸国では自
分のゴミを選別するのを嫌い、ほとんど混載して出している。サンフランシスコ
などでは、リサイクル可能なゴミを全て同じ箱に捨てることで、リサイクル率を
過去12年間で32パーセントに倍増した。ヨーロッパのリサイクル率は41パ
ーセント。リサイクルを促進する最も効果的な方法は、商品にリサイクルコスト
を含めることだ。しかし、経済界はこれに強く反対している。


◇◇廃棄物ビジネスは金まみれ


 国連は、毎年5000万トンもの電子廃品(eウエイスト)が出されると推定
している。先進工業国でもその僅かな部分しかリサイクルに回っていない。ほと
んどが途上国に送られ、廃品業者が携帯電話、パソコン、テレビを分解し、貴金
属を取り出す。その過程で出る有害物質はどこかに投棄される。

"グリーンピース"は、ガーナの解体場近辺で高レベルの鉛、ダイオキシンその他
の有害物質を発見した。それらは、肝臓や生殖器に害を与える。eウエイストが
多量に送られるインドや中国でも実情は大差ないだろう。多くの開発途上国では
、先進国ではとても許可されない、危険な廃棄物処理産業が繁栄している。

 タンカーや貨物船など世界中の大型廃船のほとんどが、インド、パキスタン、
バングラデシュで解体されている。船舶解体業は何万人かの雇用と安価な素材を
これらの国に提供している。海岸でオイルタンカーをバラし、重油、重金属、ダ
イオキシン、アスベスト、その他の有害化学物質が海に垂れ流されている。

 海が世界の廃棄物の究極的な捨て場となっている。ゴミが船で直接海に投棄さ
れているし、沿岸部街区から人為的に投げ込まれ、また吹き飛ばされてくるのに
加えて、河川や水路、排水溝を通じて流れ込む。国連環境計画(UNEP)によ
ると、毎年、約640万トンのゴミが海に流入している。その15%が海中を漂
い、15%が海岸に打ちあげられ、残る70%が海底に沈むとみられる。

 損害は環境だけではなく、漁業やツーリズムにも及んでいるが、各国政府はな
んら有効な規制や対策を講じようとしていない。環境保護運動で焦点を海洋汚染
においているものはあまりないし、問題が大きすぎるのか、あるいは国境の外に
あるためか、国際的関心も盛り上がっていない。


◇◇科学の応用 - ゴミ処理のハイテク化


 ゴミ処理の技術は進化している。地下にゴミを埋設する場合に、腐敗を促進す
ればさらに多くの容量を創出できる。アメリカ最大の廃棄物処理企業、ウエイス
トマネージメント社は、消費期限の過ぎたビールや清涼飲料をゴミにかければ、
通常より4倍も早くガスを排出させ、35%のゴミの量を削減できるとしている

 最近では、ゴミからエネルギーと肥料を抽出し、ゴミを減量する技術開発に熱
心に取り組まれている。簡単な普及型のデコンポス器で、生ゴミから肥料を作り
、石油から造る化学肥料を代替することが奨励されている。農業廃棄物を燃料に
転化する技術も開発されている。しかし、技術だけに頼っても、落とし穴は人間
の行動と意識にある。プラスティクやガラスの分別回収は、それらが汚れたまま
出されることがおおいのでリサイクルできず、頓挫していることが多い。

 ゴミをガス化して利用する技術がアメリカや日本で開発されている。新技術の
採用に立ちふさがるのは、全面的な実用化を図るのに要する資金だ。銀行や投資
家は、効果の証明されておらず、利益が確実でないプロジェクトに関心を示して
いない。長期的にみれば、多様なゴミ処理技術や施設が新しく生まれ、ゴミをめ
ぐる経済戦争が激化するかもしれない。


◇◇堂々巡りのリサイクリング論議


 リサイクリングは環境によいが、そのコストは成果に見合うものかという疑問
が付きまとう。経済不況がリサイクル可能な資源の価格を昨夏以来半減させた。
リサイクル会社の破産が続いているし、収集した大量のゴミを抱え込んで立ち往
生しているところも多い。政府の救済援助を求めるところもでてきた。

 アルミなどはリサイクルがコストの点からも省エネ効果らも有利なものもある
。しかし、他の資源についてはバランスが怪しい。ガラスは回収率の高いものだ
が、重いので輸送コストが嵩む。回収、色による選別、粉砕、再生するコストは
、地下埋設よりも高い。

 インドではリサイクルが何百万人かの生活を支えている。都市のほとんどの家
庭は使用した紙、ガラス類、プラスティック、金物などを取っておき、定期的に
来る収集人に売る。残るゴミを拾って再生可能なものを漁る人も多い。ムンバイ
には数十万人のゴミ拾い生活者がいる。

 リサイクルのコストは資源の選別に左右される。オフィスの廃紙は均質度が高
いので、家庭から出る紙ごみより経済的に価値がある。ペットボトルも同じもの
だけが収集できれば再生が新品よりも安上がりだ。リサイクル率を上げる効果的
な方法は、商品価格にゴミ処理コストを含めておくことである。ところがこれに
は生産者が反対する。


◇◇レス・イズ・モア ― 減量がよりよい政策


 ゴミ処理の究極的な策は問題を根源で取り組むことである。ハンブルグとベル
リンの中間にジーベンリンデンという集落がある。一見何の変哲もないところだ
が、よく見ると止まっている自動車は少ないし、住宅はみな木と土で出来ている
。周囲の森から取る薪と太陽熱パネルで全てのエネルギーがまかなわれている。
これは、ドイツや北欧で急速に広がっている"エコ・ビレッジ"の一つである。基
本的な考えは、化石燃料に頼らずに自給自足的なシンプルライフを目指すことだ

 ライフスタイルの転換は、必ずしも禁欲を意味するものではなく、消費と生活
にもっと思慮をめぐらすことだ。例えば季節はずれの生活を求めるよりも、冬に
は近くの池でスケートを楽しみ、夏には泳ぐ。豊かなコミュニティライフが、シ
ョッピング、レストラン、映画館を求めて都市中心部に出ることを減らす。

 ゴミを減らすことが、財政的環境的にみて最良の政策だ。したし、何が最良の
減量政策なのか広い合意がまだない。ゴミの収集回数を減らすことでリサイクル
率が10%上がったところもある。収集コストを税金で一律に負担するのではな
く、有料化によって負担を応分にすべきだという議論もある。しかし、これらが
実行に移されると、ゴミの不法投棄が増えるという問題が生まれる。

 もう一つの方法は、生産者にゴミ処理困難な物質を使用した商品の禁止だ。こ
れは、カリフォルニアからブータンにいたるいくつかところで採用されているし
、EUが奨励している方針である。EUは最近重金属や高温で有害ガスを排出す
る物質を商品から排除することを決めた。EUは、ゴミ処理において生産者の責
任を拡大する方向をとっている。しかし、汚染者負担の原則で立法化を図るのを
躊躇する政府は多いし、企業は依然としてゴミ処理を消費者の責任とする傾向が
強い。

 ゴミに出される時のコストを商品価格に含めることは、新技術の開発と採用に
とってインセンティブとなるし、結果的にゴミを減らし、消費者と納税者の負担
を軽減することになる。


◆◇コメント


 長大なエコノミスト報告のいくつかの要点を裏付ける十分な例証抜きに紹介す
ることになってしまったが、ゴミ問題の深刻さと緊急性は十分伝わると思う。

 内需拡大策による経済の量的拡大はゴミを含む環境悪化に拍車をかけるものだ
という認識が、環境保護の立場に立つ人の間でも薄く、実際の政策や行動に反映
していない。消費拡大による不況克服のみが大声で錦の御旗のように語られてい
るが、不況下の現在こそ、ゴミや温暖化問題に飛躍的な取り組みを図るチャンス
だ。悪化する環境の深刻化で人間生活と文明の質が問われているだけでなく、人
間と他の生物の存在そのものが問われるようになっている。

 文明は他の文明との衝突によってよりも、ゴミ処理の失敗と環境の破壊によっ
て滅びてきたのは歴史を見ると明白だ。これまでは、ある地域の文明が滅びても
、他の地域で新たに文明が興隆したが、今のグローバル化時代では全ての人は宇
宙船地球号と運命を共にするほかない。

 ゴミ処理は企業や自治体の政策や慣行によって大きく左右されているが、政府
と国際機関の役割が統一的な政策と基準を策定するために、今後はますます重要
となる。しかし、公的な規制と政策を動かす決め手は市民の意識と行動だ。この
行動の原動力は、個人がよりエコロジカルな生活を目指すところから生まれるだ
ろう。

 そのためには、労働時間の大幅な削減が、環境改善と生活の質の向上の決め手
となると思っている。これは機会をかえて取り上げてみたいテーマの一つである。

                 (評者はソシアル・アジア研究会代表)

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