ビルマ・ミャンマー通信(1)

■【北から南から】

ビルマ・ミャンマー通信(1)           中島 滋

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はじめに

 私は、昨年12月初旬からビルマ/ミャンマーに来ています。ITUC(国際労
働組合総連合会)の現地事務所に赴任することになったからです。任期は一応3
年間となっています。この3年間は、この国の将来に非常に重要な意味を持つも
のになりそうです。第2回目の総選挙が2015年秋に行なわれる予定で、その選挙
結果が民主化の帰趨を決定づけるものになりそうだからです。

 テインセイン大統領率いる現政権は、NLD(国民民主同盟)を率いるアウ
ン・サン・スー・チー氏との対話路線を進め、民主化に向けた諸政策を推進して
いると評価されています。その行き着く先はどこなのか、NLDは政権を担うよ
うになるのか、スー・チー氏は大統領になれるのか、軍部の反応はどうなのか、
などなど興味は尽きません。

 こうした歴史的な転換点に身を置き、革命的変革を目の当たりにすることがで
きる幸運に感謝しなければならないのでしょう。私のこの地での活動の中心は労
働組合運動にありますが、この機会を利用して、急激に変化しつつあるこの国の
社会状況全般について、とくに人々の生活実態に焦点をあてながら報告していこ
うと思っています。

 報告に入る前に、いくつかの点について私なりに説明しておきたいと思います。
まず、ビルマ/ミャンマーなる表記についてです。軍事独裁政権が国名をビルマ
からミャンマーへと強行変更したことに抗議し、民主勢力への連帯を表明する立
場からビルマという国名を使い続けることが、欧米諸国の政府をはじめ国際労働
組合運動、人権関係NGOなどによってなされてきました。昨年12月にオバマ大
統領がこの国を訪問した際に米国政府代表として初めてミャンマーという国名を
使ったということが話題になりました。

 あの時にも、「早すぎる」使用だとの批判がありました。国際労働組合運動の
中でも、意見が分かれているのが現状です。ITUCもビルマを使うことを公式
には変更していません。これは多分に民主化の進展が確実であるかどうかの評価
にかかわっています。しかし、スー・チー氏が、現行憲法を遵守する宣誓を行な
って国会議員に就任してからは、国内ではあまり議論になっていないようです。
私の接している人々の間には、ビルマに強いこだわりをもっている人はあまりい
ないようです。FTUB(ビルマ労働組合連盟)もBをMに変えることを議論し
ています。

 労働組合法上の登録制度ともかかわっている議論です。GUF(国際産業別労
働組合)に加盟している国内組織で労組法上の登録組織になっている組合は、ミ
ャンマー○○労組を名乗っています。という事情なのですが、ITUCの事務所
としては緊密に連携しているGUFの中にビルマへの強いこだわりを持っている
ところがありITUC自身も変更を決めきっていない状況下で、当面ビルマ/ミ
ャンマーという表現にし、FTUBがFTUMに組織名変更がなされた時点が変
更のタイミングかと思っています。

 二つ目の説明は、ITUCの事務所設置についてです。昨年6月、スー・チー
氏は、24年ぶりにヨーロッパを訪問した際に、ILO総会で演説し、ビルマ/ミ
ャンマーの民主化支援となる国際的な投資を呼びかけるとともに、国内西部で続
く仏教徒とイスラム教徒間の激しい衝突について政治的な解決を訴えました。そ
の中で特に、ビルマ/ミャンマーの若者に将来への希望を抱かせるためには雇用
創出と職業訓練が必要だと訴え、外国からの直接投資を求めました。

 また、社会、政治、経済の3政策の調和によってビルマ/ミャンマーが再び
「前進と成功の地図」に載ると語りました。彼女の演説は、政労使を問わずIL
O総会参加者の熱烈な支持を受けました。そうした状況下で、1999年および2000
年のILO総会でなされたビルマ/ミャンマーへの非難決議の解除が検討されま
した。労働側は、民主化の一定の前進、強制労働廃止や結社の自由・団結権およ
び団交権の保障に向けた努力と事態の進展を評価しつつも、それらが揺るぎない
ものになるよう見極める必要があるとして、直ちに解除することを留保しました。

 ITUCは、こうした動向を受けて、ビルマ/ミャンマーにおける民主的な労
働組合運動の推進・定着に向けてFTUBを支援するため、現地に事務所を3年
間設けて活動を展開することにしました。この事務所の設置と活動に関する財源
の主なものは、アイルランド政府のODAであることは特記されるべきだと思い
ます。

 ビルマ/ミャンマーの民主化促進に貢献すべきだとしてITUCのプロジェク
トへの資金提供を提案要請したアイルランド労働組合連盟の提起を受け止め40
万ユーロ(約4500万円)の支出を決定したアイルランド政府に拍手を送りたいと
思います。ODAについてこうしたことが可能となるシステムを作り上げている
国があることを銘記しておかねばならないでしょう。これとともにITUCはも
ちろんオランダのFNVなど労働組合の連帯資金が寄せられ財政的基盤が形づく
られている。

 三つ目は、民主化の背景についてです。とくに隣国タイとの関係、とりわけ経
済格差についてです。民主化は、欧米を中心にした経済封鎖によって経済発展か
ら取り残されたことが背景にあると言われます。とくに隣国タイとの経済格差は
拡大の一途をたどってきました。両国間には長い国境があり多くの国民が出稼ぎ
に行き往来も頻繁に行なわれているだけに、両国の経済状態の差は否応なく知れ
渡り、羨望が「どうして我が国は?」という疑問に変るのに時間がかからないの
は当然です。

 民主化運動への弾圧から国を逃れ出た人々、国軍と少数民族との武力闘争の被
害から逃れ出た人々など、国境地帯に多くの「難民キャンプ」が存在します。こ
れらの人々は、経済成長と平和・政治的安定の関係が決定的に重要であることを
身をもって体験した人々でもあります。

 ビルマ/ミャンマーとタイを基礎データーで比較すると、国土は日本の1.8倍
でタイ(日本の1.4倍)より広く、人口は6,200万人台でタイより若干少なく、天
然ガスやレアメタルなどの資源はタイより豊富だが、名目GDPは502億ドルで
タイの3,457億ドルに大きく水をあけられ、一人当たりGDPは804ドルでタイの
8分の1程度です。

これだけの差がどうして生まれたのか、どうして差が拡大していくのか、人々は
考え始め改革を求め始めました。そこに軍事政権は危機感を持ち始めたというの
です。これは、当地の比較的学歴が高く中流階層に属している人々の平均的な見
方のようです。

 ビルマ/ミャンマーから家族を含め300万人が移り住み、少なくとも200万人が
主にいわゆる「3K」職に就いているといわれています。彼らによる「仕送り」
は国の「外貨かせぎ」になり、個人レベルでは家を建てる資金などに活用されて
います。建設業など労働集約型産業に主に従事している彼らの存在抜きに、タイ
経済は成り立たなくなっているといわれています。その実態を承知しているタイ
政府は、彼らの「登録」を促進して不法滞在をなくして行く取り組みを進めてい
ます。

 外遊ができるようになったスー・チー氏が、初めての訪問先に選んだタイで訪
れた街は、バンコクから車で30分ほどの所に位置するマハチャイでした。この街
はビルマ/ミャンマーからの「出稼ぎの街」で、多くの出稼ぎ労働者が海産物加
工業で働いています。彼らによって、エビの皮がむかれ、魚の骨抜きなどの加工
が施され、その多くは日本に輸出されています。ここでスー・チー氏は、「1日
も早く帰国でき安心して働けるようにする」と語りかけ、出稼ぎ労働者から万雷
の拍手を受けたと聞きました。この話を聞き、民主化を求める人々の背景にある
気持ちに少し触れた気がしました。

      (筆者はITUCビルマ/ミャンマー事務所長)