【オルタのこだま】

フランシスコ法王とはいかなるお方か?

武田 尚子

●フランシスコ法王の登場は、文字通り一陣の涼風にも似ていた

 ヴァチカンから聞こえてくる彼の声は、アメリカに暮らす私などカソリックなどでない人間をも、『ただならぬお人があらわれた』という驚きだった。そのうち、日を追って私の法王への信頼と賛嘆は、いや増すばかりになった。

 彼は法王のぜいたくな衣服を身につけられず、質素な白いケープ付きの長着に、黄金ではなく銀の十字架を胸に下げていられる。ヴァチカンの伝統的な法王のための住居であるパレスに住まわれず、他の長老たちの住む、ホテルか寮のような住まいに起居される。

 法王になられてほどなく、彼は税金回避や悪貨洗浄などで悪名高いヴァチカン銀行IORの改革に手を付けられた、しかも気の遠くなるほど変化の緩慢なこの分野で、125年の歴史で最初の年間レポートを、既に銀行に提出させたのである。

 法王はこの銀行の腐敗征伐で、それまで恩恵を受けていたイタリアのマフィアに生命を狙われることになったというが、其れは現実的な危険で有るらしい。ヨハネス2世以来、筆者旧知の、法王庁と関係の深いラビの意見では、法王は必ず陪席者とともに食事をされるという事だから、危険は十分にご承知なのだろう。

 法王が最大の任務として自らに課していられるのは、貧者を救う事である。5万語を費やしての使徒訓戒で、貧者の擁護と自由市場資本主義の行き過ぎを述べ、教会は市井の人々にふれるべきだと諭される。そして世界のリーダーたちに向けて、貧者の世話を訴え、トリクルダウンの経済学はすでに効果がないと知れたと、斬り捨てた。彼はヴァチカン経済の立て直しを通して、教会のモラルの立て直しにも成功して居られるとの声が高い。

 以下もっと具体的な局面での法王の2013年の業績に触れてみよう。教会の無駄使いをやめさせること。枢機卿の衣装一式は平均して2万ドルかかる。彼は彼等にもっと質素な着衣を身につける事を勧めた。

 フランシスコ法王は、質素な生活を教会のあらゆる位階の神父たちに勧めていられる。ドイツ人の司教が自分の居宅と他の教会の建物に4100万ドルの金をかけて改装した(浴槽だけで2万ドル)報告を受けると、ただちに、教会規律の力で彼の位階を全てとりあげた。『現在この司教は其の職分を果たすことができない』というのが理由とされた。

 17才のダウン症の少年を、法王用のモビールに招き入れる。かと思うと、この世でもっとも醜悪としか思われない顔面の奇病に苦しむ男を、抱擁し、みるもおぞましい其の顔に接吻された。
 同性愛をどう思うかの質問に対しては『もしも同性愛者が神を求め、善意を持っているとしたら、どうして私に彼をさばく事ができるだろう』と応じられた。

 3月に法王はヴァチカンでなく、未成年者用の刑務所を訪れ、礼拝式を行った。
 法王ははりつけの前夜のキリストにならい、12名の未成年受刑者の足を洗ってやり、かれらの足に接吻した。異例な事にその中には、女性とイスラム教徒も混じっていた。

 最近わかった事だが、法王は夜になると、ごく普通の黒い神父服に身を固めてヴァチカンを出ていかれる。大司教のコンラッド・クラジュースキーといっしょに、ホームレスの人々に食事をあたえるためだと判明した。10月にはホステルとスープキチンの資金にと、彼自身のオートバイを寄贈した。

 近年のカソリック教会は、聖職者による児童レイプの問題で大きくゆれたが、結局は黙認されていた。フランシスコ法王は初めて、この非道に対して立ち上がり、子供のレイプを、ヴァチカン法では犯罪とするよう修正を行い、問題に対処する委員会を設けた。
 カソリック教会が堕胎と同性結婚と避妊問題に関心を奪われすぎていること。また教会は人への愛、貧者やよけ者にされたものに奉仕する事以上に、教義ばかりを重視していると指摘した。

 シリアの内乱における化学兵器の使用を非難した。『2度と再び戦争をしてはならない。暴力が平和を生んだ試しはない。暴力は暴力を生むだけだ。』『キリスト教徒も回教徒も、同じ神を拝んでいる。両者が協力して互いの尊厳のために努力してほしい』とも。
 12月17日の法王の誕生日には、数人のホームレスとその一人の飼い犬をヴァチカンに招いて、食事をわけあった。

●フランシスコ法王の改革は本物か

 私などが彼の改革の将来を占う事など絶対にできない。しかしこの方が“本物の人間”であり、おそらくまれに見る有徳の法王として歴史に長く名を残されるだろうという印象は、強烈である。

 私にはさらに、この法王のヴァチカン銀行にまつわる腐敗への挑戦を始め、貧しい者、不幸な人間を救う事を第一義において、果敢に実行していられる事が、カソリックはもとより、世界中のカソリックでない人間までも惹き付けているのは重大な事だと思う。
 この法王のあふれる優しさは、あふれる強さでなくて何だろう。カソリック信者の大半は、フランシスコ法王の動きに、教会のよみがえりを感じているという。
世界の信者の支持があれば、改革は成功する。と筆者は信じています。
 フランシスコ法王よ、末永く、ご健闘ください!

 (筆者は米国ニュージャシー州在住・翻訳家)


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