フランスと失業問題 

【オルタの視点】

フランスと失業問題

鈴木 宏昌


 11月の連続テロ事件の余韻が冷めない12月初めに非正規雇用の問題でフランスの労使関係者や研究者とヒヤリングする機会を得た。知り合いの若手研究者を助ける研究協力者の予定だったが、研究者の所属する厚労省の研究所は、パリの治安が心配と云う理由で出張許可を出さず、私の友人は、とうとうパリには来る事ができなかった。大体、テロ事件のような突発的事件の直後は警備が厳重になり、むしろ安全である。友人の研究者の代理で訪問した労働省などの官庁の入り口では、手荷物検査が導入されていた。街の要所には、自動小銃を持った数人の兵士が組をなし、パトロールしているので、結構緊張感があった。

 さて、今回のテーマとして、ヒヤリングをした非正規雇用の問題を取り上げようかなとも考えたが、フランスではそれほどの大きな問題でないのであきらめた。そこで、フランスにとって、目下最大の問題である雇用・失業問題を扱うことにした。もっとも、この問題に関する研究蓄積は膨大なので、そのほんの一部を紹介するにとどまる。紙幅の関係もあるので、フランスの雇用・失業の現状と高い失業率の説明要因と考えられている失業保険制度と最低賃金制度を取り上げてみたい。高い失業率の説明には、労働供給の過剰あるいは労働者の技能のミスマッチといった接近も可能である。また、労働需要の視点から、フランス企業の競争力の低下を問題視することもできる。したがって、今回取り上げる失業保険制度と最低賃金は失業問題の一つの説明でしかない。

 この小稿では、まずフランスの雇用・失業の現状を紹介し、その後、失業保険制度との関係そして最低賃金と雇用の問題にも言及してみたい。

◆◆ フランスの雇用・失業の動向

 フランスで失業問題が脚光浴びるのは第1次石油ショック以降である。第2次世界大戦後からの30年間は順調な経済成長が続き、栄光の30年とも呼ばれた。多くの産業で、国有企業あるいは国の保護を受けた大企業がその経済成長をリードしていた。造船、鉄鋼、石炭、自動車、航空機、化学、電力などがその中核を担った。労働市場は逼迫し、農村人口の離村と移民労働者の流入により、厳しい人手不足を補っていた。移民に関してみると、1950年代には、イタリア、スペイン、ポルトガルからの流入が主だったが、1960年代になると、旧植民地であったアルジェリアやモロッコからの移民が増加した。この頃には、ロレーヌ地方の石炭と鉄に頼っていたフランスの鉄鋼・造船などの産業は、エネルギー革命に遅れ、競争力を失ってゆく。自動車産業は、国の保護の下、庶民的な中級車で優位性を持ち、その工場は大量の移民労働力の受け皿となっていた。1970年代になると、EU(当時は、EC)の拡大で企業間競争が激化し、企業合併や古くなった工場の閉鎖などで産業構造の変革が加速する。この結果、多くの技能の低い労働者がリストラの対象となった。国のレベルでは、1974年に、外国人労働者に対する新規労働許可の発行を停止し、労働供給を抑える政策に転換する(実際には、家族の再結合を理由に、毎年多くの外国人が流入していた)。

 1975年以降の失業率の増加は、このような経済基盤の変化を反映する。フランス統計局(INSEE)の統計(海外フランス領を含まない)をみると、1975年の失業率は3.3%であったが、1980年には、5.1%、1985年には8.5%へと上昇した。その後の30年の失業率は、大体7.5%から10%の範囲で推移している。すなわち、経済成長が順調になると、失業率は8%を切るが、景気が悪化すると10%近くに戻ることを繰り返していた。2000年代になると、雇用情勢が好転し、失業率は8%前後で落ち着いていたが、2008年の金融危機を契機に、失業率は緩やかな上昇傾向が続き、2014年には9.9%に達する(直近の2015年12月の失業率は、9.9%)。

 以上は労働力人口に対する失業者の比率の推移だが、労働力人口そのものの変化にも注目する必要がある。雇用総数の統計をみると、フランスは、この50年に600万人の雇用を創出している(1964年に雇用総数は約2000万人から2014年には2600万人に上昇した)。雇用の増加は、二つの期間に集中する。まず最初の上昇期は1964年から1978年までで、この間に雇用者は200万人ほど増加した。次の上昇期間は1996年から2008年で、この間に300万人ほど雇用が増えたことになる。労働供給の増加は、人口の自然増と女性の労働参加率の上昇で大部分説明される。とくに、女性の労働力率は、ここ40年間一貫して増加傾向を示し、現在では、女性の労働力率は男性のものに近づいている(2013年に労働力率は、男性75%、女性67%)。

 次に もう少し詳しく2014年の雇用・失業の状況をみてみたい。フランスの失業者総数(働く意思があり、求職活動をしている人)は280万人で、労働力人口の9.9%である。この内、女性が46.5%を占めるが、失業率で見ると、男性の方が幾分高い。年齢階層別では、若年層の失業率は高い(23.4%)が、働き盛りの25−49歳の層でも失業率が9.3%と高い水準にある。職業別にみると、もっとも失業の確率が高いのはブルーカラー労働者(14.3%)と事務職員(10.1%)である。つまり、失業率は教育水準の低い職種で顕著に高まる。1年以上の長期失業者は120万人と失業者の4割を占める。また、2年以上の長期失業者も60万人近くいる。これに加えて、現在求職活動をしていないため、統計的には非活動人口に分類されてはいるが、働く意思を持っている層が140万人いる。潜在的な失業者と見られている。とすると、420万人が失業中か潜在的な失業者となる。その上、パートタイム労働者の中で、フルタイムで働くことを希望している非自発的パートタイム労働者が160万人ほど存在する。たとえば、スーパーのレジー担当者や福祉関係のパートタイム労働者であり、不完全就業(under-employment)とみなされている。さらに付け加えれば、助成された雇用についている者や職業研修を受けているものが160万人いる。こうしてみると、労働力人口の少なくとも4人に1人が失業中あるいは不完全就業者、または助成された雇用で働く者、補助金を受けて職業訓練を行なっていることになる。その昔、一部の労働者のみが失業の危険に晒されていたのが、今日では、失業は身近のものとなり、家族の誰かが失業を経験することは珍しいことではなくなった。世論調査では、平均的なフランス人は将来に関して悲観的な人が多くなっているのも、このような失業の蔓延と関連があるのだろう。

 最後に、フランスの失業率を他のEU主要国と比較してみよう。2013年のEU統計では、フランスの失業率は10.3%(海外フランス領を含んだ数字)で、EUの平均に近い。しかしフランスの競争相手であるドイツ(5.2%)、イギリス(7.6%)、オランダ(6.7%)に比べると、フランスの失業率の高さが目立つ。もっとも南ヨーロッパ諸国に比べると、フランスの失業率は多少軽微と言える(イタリア:12.2%、スペイン:26.1%)。

◆◆ なぜ失業率が下がらないのか?

 ここ40年間、ときどきの政権(保守と革新が半々)は実に様々な雇用の促進政策と失業対策を行なってきた。1970年代には解雇規制の強化、1980年代には公共部門での雇用促進と早期退職の奨励、1990年代にはワークシェアリング(労働時間の短縮と企業の社会保険料の軽減)、2000年代には、若年層の職業訓練強化、公共部門での助成された雇用などが雇用政策の柱を形成した。さらに、2013年以降、社会党政権は、それまでのアプローチを変更し、民間企業の競争力を強化することで、雇用需要を喚起しようとしている。社会保険料や法人税の軽減などがその政策に含まれる。しかしながら、前述したように、雇用・失業の情勢は停滞したままで、失業問題は2017年の大統領選挙の行方を左右する政治課題となっている。なぜフランスは、雇用・失業問題を改善・解決できないのだろうか? また、なぜフランスにおいて、長期失業者が多いのだろうか? この後者の疑問を解くために失業保険制度を検討してみたい。

1)特異な失業保険制度

 フランスの失業保険・扶助制度はかなり特殊で、基盤の失業保険は労使の共同管理である。歴史的には、1958年に産業構造の変化に応じて労働移動を促進するために、労使が拠出する失業保険制度が発足する。当時は、失業者の数は少なく、労働者の勤続年数(保険料の納入額)に関係なく、従前の賃金の8割に及ぶ失業給付が受けられ、その受給期間は3年という長期のものだった。1980年代になると、失業者数が急増し、財源が確保できなくなり、失業保険制度は大きく変わる。旧来の労使共同運営の失業保険は、一層目の制度となり、一定の勤続年数の条件をクリアーし、原則的に解雇された労働者を対象とする(自己都合で退職した場合は、原則的に給付を受けられない)。保険料は労使が分担するが、使用者が約6割を負担し、残りを労働者が負担する(現在、使用者負担4%、労働者負担2.4%)。現在では、失業給付は従前の賃金の約6割で、最長の受給期間は2年までとなる(50歳以上は3年まで)。特徴的なのは、支給額の上限が高く設定されているので、カードル層(管理職および専門職)の失業給付は、一般労働者よりはるかに高くなる。この労使共同管理の失業保険は、失業者の4割をカバーしていると云われる。

 2層目の失業扶助は、国が管理し、一層目の失業保険給付の満了者などにの対し、「雇用復帰支援」手当の名目で、給付が支払われる。期間は原則6ヶ月だが、更新も可能である。手当は、従前の収入が反映する仕組みだが、金額は相当低くなる。

 なお、1988年からは、雇用歴の無い人を対象としたRSAと呼ばれる連帯給付が設けられている。このRSAは、原則的に求職活動をしているすべての人に支払われるので、失業保険制度の3層目とみなすこともできる。ただし、RSAの金額は低い(2015年、独身で他の所得がない場合、月に524ユーロ)。

 以上がフランスの失業保険制度の概略だが、実際には、産業別の協約などで付加給付がなされることもあり、まことに複雑である。日本やドイツの失業保険と比べると、まずその給付水準が高いのと給付期間が長いことに驚かされる。その理由は、やはり失業保険が労使協定で運用されていることからくる。使用者団体も複数ある上に、全国的な労働組合は5つもあり、そのひとつは、管理職・専門職の組合(CFE−CGC)である。したがって、失業給付に上限を課そうとすると、管理職・専門職の組合が断固反対する。また、財源の計算もかなりルーズである。たとえば、雇用の合意解約は、解雇に代わる雇用終了として人気があり、とくに、定年に近い労働者に適用されることが多い。それまで、自己退職か解雇しかなかった雇用契約の終了に、当該労働者とその使用者の合意による解約が2008年に労使中央協定で制度化され、その後、法制化された。当該の労働者は、解雇された場合と同じく、失業給付を自動的に受ける資格を持つ。50歳以上の場合、給付期間は3年なので、当該労働者や使用者にとって便利で、メリットが大きい制度だが、失業保険の財政にとっては、大きなの負担となる。

 また、映画やテレビなどの興業関係の労働者(約10万人)には、年間に507時間働けば、業務がないときには、いつでも失業給付を受けることができる特別の制度がある。政治的な理由で、一般の失業保険に入ってきたもので、失業保険基金の赤字のひとつの原因になっている(会計検査院は、失業保険の赤字の3分の1は、この特殊な一時的労働者の給付のためと見積もっている)。

 結局、失業保険制度を複雑なものにしているのは、船頭が多すぎることにあるのだろう。労使の協議とその裏に控える国という構図だが、政治的配慮で、特殊な労働者の保険を一般の失業保険へ押し込んだりしている(興行関係、派遣労働者)。これまで政府は、直接、失業保険制度に介入するのを避けてきた。OECDの研究では、フランスの失業保険制度は、もっとも保護的で、労働者に寛大ながら、保険料率がもっとも高い国と評価している。フランスの失業率が高止まりしている背景には、失業者に寛大な失業保険制度があるが、巨額の赤字が累積されているので、中長期的には現在の制度の維持は難しいだろう。

2)高い水準の最低賃金

 フランスの最低賃金は、全国一律で、適用除外が少ない。その水準は、労働者の平均賃金の5割、中位数では約6割に達し、国際的に見ても非常に高い。2016年1月からは、時間当たり9.67ユーロ、1ヶ月当たり1466ユーロである。最近のユーロのレート(1ユーロ130円)で計算すると、時間当たり1257円、月当たり19万円の計算となる。わが国の最低賃金が東京で907円、全国平均で798円であることを考えると大きな差である。もちろん、物価水準や生活水準が違うので、簡単には比較できないが、隣のドイツの最低賃金が、8.5ユーロであることを考慮すると、フランスの最低賃金が特別に高いことは間違いない(ドイツは昨年初めて最低賃金を定めた)。

 フランスの最低賃金は、1970年にSMICと名前を変え、経済成長の恩恵を低賃金労働者にも与えようとした。最低賃金は、毎年、物価の変動(2%の物価上昇があれば、自動的に最低賃金額は引き上げられる)、労働者の平均賃金の動向(経済成長の配分)、さらに政府が政策的にプラスアルファーを加えることで引き上げ額が決められる。最低賃金は高い水準にあるので、その引き上げは低賃金層を中心として、賃金水準全体に相当強い影響を与える。

 昔から、多くの経済学者は最低賃金の雇用に与えるネガティブな影響を指摘していた。現在の最低賃金で、労働者を1人雇うと、企業は年間17000ユーロ(220万円)を払うことになる。フランスでは、一般的雇用の形態は、期間の定めのない雇用と決められているので、パートタイム労働や有期雇用で人を雇うことは難しい。しかも、雇用保障は手厚いので、解雇には正当の理由が必要である。恒久的な業務に有期労働者を使えば、労働者はすぐに簡易労働裁判所に駆け込み、勝訴することになる。企業は、退職金の大幅な上乗せに加えて違反金を当該労働者に払うことになる。将来の景気の見通しが立たないときに、企業は職業経験のない新卒者や失業者を年間17000ユーロで採用するだろうか? どう考えても、最低賃金と雇用の逆相関は否定し難い。

 失業率が高止まりしている現在の状況でも、最低賃金制度の改革には、政権は及び腰である。労働者の生活に直結する最低賃金制度で、ほとんどの労働組合を敵に回すことを恐れている。ただ、問題は大量の失業者と失業予備軍の存在である。フランスの最低賃金制度は、失業保険制度と同様に、安定した雇用に就いている人(就いていた人)を保護するが、その一方、安定した雇用が得られない人たちの雇用機会を奪っている可能性が強い。既存の制度には、排除された失業者や潜在的失業者の声を掬う仕組みはない。企業の現場で働いてこそ技能の習得ができるとすれば、最低賃金の適用除外の範囲を拡大したり(若年層)、減額最低賃金を企業内研修と結びつけるといった改革が必要だろう。

 もう20年も前に、フランスの失業研究の権威が「労働者の社会的保護を切り下げれば、すぐにフランスの失業率は低くなる。労働者の生活を守りながら、失業率を低くしようとするので、フランスは苦悩している」と言ったのを思い出す。しかし、経済の低成長がこれからも続くと仮定すると、失業保険制度や最低賃金制度をこのまま維持することは難しいだろう。失業保険の場合は財源確保の観点から、最低賃金制度の場合は、企業競争力と雇用の観点から、近い将来抜本的な改革が必要になるのではなかろうか?

 わが国では、幸いにも失業問題は深刻ではない。その代わりに、労働者全体の4割に及ぶ非正規雇用の問題を抱えている。正規雇用との格差問題や非正規労働者のキャリアなどの難しい問題と直面している。日本企業は、雇用調整が手軽で、コストの安い非正規雇用の比重を高めている。パートタイム労働や有期雇用に関する規制は実に緩く、社会的保護も弱い。ある意味、フランスとは対照的である。労働者の過保護のフランスは失業問題に苦しみ、労働者保護の薄い日本は非正規雇用の増加という問題に悩んでいる。皮肉な現象である。  2016年2月17日、パリ郊外にて

 (筆者は早稲田大学名誉教授)


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