フランスは新大統領で寛容と自由を取り戻せるか

■宗教・民族から見た同時代世界  

フランスは新大統領で寛容と自由を取り戻せるか 荒木 重雄  ──────────────────────────────────

 債務危機を乗り切るための緊縮財政による不況に失業、社会保障の削減、加え
て増税。金融市場の要求に押されるままの政治に、国民が目に見えるかたちでノ
ーを突きつけたのが5月の欧州の選挙であった。

 緊縮策の痛みをじかに受けるギリシャでは国民の不満の受け皿として、反緊縮
と債務返済拒否を掲げる急進左翼と、移民排斥や反欧州連合(EU)を主張する
極右の伸長が目立ったが、ドイツとともにEUのリーダーを自負して欧州の緊縮
財政政策を主導してきたフランスでも似た傾向であった。

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◇◇権力者のポピュリズム
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 フランス大統領選は、予想どおり、現職のサルコジ氏(民衆運動連合)と社会
党のオランド氏が競りあったが、3位につけたのは、移民への敵意を煽って躍進
をつづけてきた右翼・国民戦線のマリーヌ・ルペン氏であった。

 第1回投票でオランド氏より劣勢に立ったサルコジ氏は、決選投票での逆転を
期すテレビ討論で、「(イスラムの教えに従って処理した)ハラル肉は学生食堂
で禁止」、「移民の家族呼び寄せには仏語試験を義務づける」など、ルペン氏の
主張にも添った反移民の言説を展開して、ポピュリストぶりを発揮した。

 ポピュリズム(大衆迎合主義)とは、社会が閉塞感に陥ったなか、大衆の不安
や不満の感情を焚きつけ、ものごとを単純化して敵と味方に二分化し、「敵」を
容赦なく攻撃することで民意を引き寄せる政治手法だが、本来これは、体制の埒
外に置かれている政治勢力がとる手法である。だがサルコジ氏はそれを、現職大
統領というまさに権力の中枢にいながら弄したのである。

 ポピュリズムの政治家が「敵」のレッテルを貼る格好の対象は既成政党やエリ
ート層、もしくは宗教や民族の少数派である。サルコジ氏が標的とした移民排斥
はいうまでもなく後者の、弱者をスケープゴートにする「弱い者いじめ」ポピュ
リズムである。

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◇◇移民の若者が荒れた背景
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 フランスにおけるここ数年の移民(アルジェリアなど旧植民地出身の宗教的・
民族的少数派住民)をめぐる軋みは、05年10月の暴動から顕著になる。低所
得層の移民が多く住むパリ郊外で、アラブ系の17歳とアフリカ系の15歳の少
年が警官に追われた末、不慮の死をとげた。この事件の政府の対応に反発した同
じ移民出身の若者たちが、約20日間にわたって車への放火や商店への襲撃を繰
り返したのである。当時、内相だったサルコジ氏は、この暴動への非妥協的な取
り締まりで一躍、名を挙げた。

 10年7月、南東部グルノーブルで、移民出身の強盗が警官との銃撃戦で死亡
した事件を引き金に再び暴動が起きた。07年の大統領選で極右票も取り込んで
大統領の座を射止めていたサルコジ氏は、現地入りして「暴徒」鎮圧の陣頭指揮
に当たった。

 暴動の底流にあるのはいずれも貧困問題である。当時、北アフリカ出身の男性
移民の失業率は17%、サハラ以南のアフリカ出身者では21%に達し、非移民
の倍以上の水準であった。

 サルコジ氏は、しかし、この問題に取り組むのではなく、事件後、「移民と国
民アイデンティティ省」を新設して「移民」と「国民」を対置したうえ、望まし
からざる移民を追い出す「選別的移民政策」の強化に乗り出した。
 「望ましからざる移民」の国外追放といっても、かれらの出身地はかつてこの
国が収奪と弾圧をほしいままにした旧植民地であったことをもう一度想起したい。

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◇◇攻撃はアイデンティティにも
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 治安対策だけでなく、移民が拠り所とするイスラム文化への攻撃もあわせて行
われた。フランスが「共和国の普遍的価値」の一つとする「ライシテ原理(私的
領域における宗教の自由と公的領域における脱宗教化=世俗主義)」の再強化が
叫ばれ、04年、イスラム系女生徒がスカーフを被って公立学校に登校すること
を禁じる「反スカーフ法」が制定される。さらに10年には、サルコジ政権の肝
いりで、イスラム女性が頭から全身を覆うブルカやニカブと呼ばれる衣装を公共
の場で着用することを禁じる「ブルカ禁止法」が制定された。

 このように移民が疎外感を余儀なくされる社会環境のなかで、今年3月、南部
トゥールーズで、アルジェリア系移民2世の若者が、ユダヤ系宗教学校などを襲
撃した末、警官との銃撃戦で射殺される事件も起こった。容疑者は、少年時代の
非行歴で仏陸軍の入隊試験に失敗したのち、アフガニスタン・パキスタン国境地
帯に渡航して過激思想に染まったとされる。

 サルコジ氏のポピュリストぶりを示すもう一つの挿話はロマ人の追放である。
「ジプシー」とも呼ばれるロマ人は、国をもたない欧州最大の少数民族で、移動
生活をしながら路上での手工業や芸能、占い、物乞いなどで生計を立てている。
長年、差別の対象となり、社会保障制度や教育の枠外に置かれている人も少なく
ない。
 祖先の故地は北インドと考えられ、もともとの宗教はヒンドゥー教とされるが、
神秘主義的傾向を残しながらも居住地の宗教を受け入れている。

 サルコジ政権は、一昨年夏、ロマ人のキャンプを集中摘発し、1000人以上
を「出身国」とされるルーマニアなどに強制的に送還したのである。この措置は
さすがに、欧州での人やモノの自由な移動を定めたEUの理念に反すると、欧州
諸国や欧州委員会から懸念の目が向けられた。

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◇◇新大統領に連帯の政治への期待
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  さて、新大統領に就任したオランド氏がサルコジ氏に競り勝った理由は、財政
健全化政策は維持しつつも雇用創出など成長路線を組み込む経済政策への国民の
期待であったが、同時にまた、「移民と外国人問題を中心に置く選挙戦は邪道」
とサルコジ流ポピュリズムを批判し、「分断の政治から連帯の政治」への転換を
訴えたオランド氏を支持した仏国民の良心の勝利とも信じたい。
     (筆者は元桜美林大学教授・社会環境学会会長)

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