■ 【北から南から】仏国・パリ 

フランス便り(1)             鈴木 宏昌

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  長いフランスの冬が終わり 少しずつ桜に似た花やマロニエの芽が出だして春
らしい季節になってきた。今年のパリは全体的には暖かい冬だったが、2月に猛
烈な寒波が10日ほどあり、パリでも零下10度まで下がり、あまり寒さに慣れ
ていないパリジャンたちは外出などを控えるほどだった。我が家でも、あわてて
予備の暖房器具を買って、寒波をしのいだ。

 さて、最近のフランスのニュースといえば大統領選挙である。現職のサルコジ
大統領の苦戦が伝えられ、フランス国民のみならずヨーロッパの首脳たちが選挙
の成り行きをかたずを呑んで見守っている。第1回目の投票が4月22日に行わ
れ、そこで上位の2人の候補が5月6日の2回目の投票へ進む。

 大統領の任期は5年である(昔は7年という長期政権だった)。現在のフラン
スの政治制度(1958年から第5共和国制)は、アメリカの大統領制度と異な
り、行政府と立法府が独立していないので、議会制民主主義と大統領制の折衷で
ある。フランスの大統領は首相を任命し、国民議会(一般の選挙により選ばれる
国民議会は諮問議会の色彩の強い上院よりも強い権限を持つ)を解散する権限を
有している。

 これまで現職の大統領を支持するグループが国民議会の多数を持つことが多く、
大統領は実質的にグループの長として、国民議会をコントロールしてきた。ただ
し、大統領に反対する野党が国民議会の多数を握ると、議会制民主主義となり、
首相の権限が強くなる。これはコアビタション(一緒に住む)と呼ばれるが、こ
の状態となると大統領の権限は大幅に縮小され、防衛・外交に関しある程度の権
限を持つのみとなる。

 最近では、シラク大統領の下、1997年から2002年まで社会党のジョス
パン首相が政権を担当した。この間は、ジョスパン内閣が内政を担当した。たと
えば、有名な2000年の35時間法(オーブリ法)は社会党内閣の手で法制化
された。2002年の選挙では、ジョスパン氏は意外にも極右のル・ペン候補
(今候補になっているマリン・ル・ペン女史の父親)に遅れをとり、第3位で、
決選投票に出られなかった。その結果、現職だったシラク大統領が圧勝した。

 さて、今回の選挙だが、主な候補者は再選を目指す中道右派のサルコジ候補、
社会党のオランド候補、右翼政党の(マリン)ル・ペン候補、中道派のバイルー
候補、それに共産党をバックにするマレンション候補である。さまざまな世論調
査を総合すると、第1回の投票では、オランド候補とサルコジ候補がトップを争
っている。

 オランド候補に投票の意図を持つ者は27-28%、サルコジ候補は同じレベ
ル(世論調査により多少異なる)で拮抗してきている。これまで絶えず30%く
らいでトップを走ってきたオランド候補がサルコジ候補の急追を受け、予断を許
さない状況になってきた。ただし、現在までのところ、オランド候補とサルコジ
候補で決選投票が行われた場合、オランド候補の優勢は動いていない。

 現職のサルコジ候補は本格的な選挙への出馬が遅れていたが、ここ10日間に
外国人移入者数の半減、シェンゲン協定の見直し(自由な人の移動を定めた協定
で、国境でのパスポートの検査を廃止したもの)など右よりの公約を掲げ、ル・
ペン候補の地盤を奪おうとしている。ギリシャの金融危機やリビヤ介入などのと
きに大活躍したサルコジ候補が国内で割りと不人気なのは2つくらいの大きな理
由がある。

 1つは5年間政権を担当した成果が非常に少ないことにある。フランスを大胆
に改革すると期待され当選したサルコジ氏だが、その改革があまり進まない中、
2008年からは金融危機、そして近年はギリシャの財政危機の対応に追われた。
そのため、大きな改革らしいものは、年金制度や税制の多少の手直し、公共支出
の削減くらいしかない。

 しかも現在の状況は、競争力の低下(とくにドイツに対して)、高い失業率
(9%を超える)、そして慢性的な治安問題など、経済的にも社会的にも明るい
材料が少ない。

 2つ目としては、サルコジ氏が絶えずマスコミの前面に出て、1人で政権を担
当した感がある。ハイパープレジデントとあだ名され、ゴシップにこと欠かない;
離婚そして有名な元トップモデルとの再婚、裕福な友達のヨットでのバカンス、
当選が決まったときの Fouquet' s(歴史的に有名人が集まるレストラン)での
夕食など、いずれも大統領が富裕層の仲間という印象を国民に与えた。
  EUの顔として、外交面では華々しく活躍したが、国内的には、突然、政策を
打ち出し、結局何の成果もあげられないことが多く、その手法が国民の不満を買
ったと見られる。

 オランド候補は社会党の書記長を長年勤めたベテラン政治家で、ジョスパン氏
と近かった。社会党の中では中道の穏健派で、1年前までは誰も彼が今回の大統
領選挙に出馬するとは思っていなかった。社会党の中ではもっとも人気が高かっ
たストロース・カーン元IMF専務理事がスキャンダルで失脚すると、オランド
氏は社会党のの予備選挙でオーブリ氏(現書記長)を破り、社会党の候補になっ
た。

 彼もまた、高級官僚を輩出するENA出身で、前回の大統領選挙で敗北したロ
ワイヤル候補のパートナーとして4人の子供を持ったことでも有名である。ただ、
長い間、とかく分裂に走り易い社会党内の様々な会派をまとめてきただけに、慎
重な性格のようで、本人が何を考えているのかあまり言質を取らせない。逆に、
多くの国民はオランド候補の人物が分からないという不満も多い。

 その他の候補では、ル・ペン、マレンション候補はそれぞれ右、左の地盤を持
っているが、ル・ペン候補はサルコジ候補に地盤を荒らされ、あまり得票が伸び
ない情勢である。バイルー候補は中道のベテラン政治家で、好感度は高いが、政
党のバックが弱いので、決選投票にはとても届かないと見られる。

 予想通り、サルコジ対オランドの決戦になると中間派の動きが勝敗を決めるが、
保守の中にはサルコジ氏の手法、人物に対する反発があり、票が散らばると予想
され、オランド候補が現在のところ優勢と言われる。

 以上が今日の時点(3月17日)の状況だが、ここで少々個人的な感想も含め
てこれまでの経過を考えて見たい。まず、多くの人が指摘するのは、この大統領
選挙は盛り上がりを欠いている。世論調査で6割以上の人が選挙に強い関心を示
していない。

 これは私にとって意外な経験である。その昔、1968年に学生運動に端を発
した社会的な混乱直後の大統領選挙、あるいは1981年に初めて左翼連合が勝
利し、ミテラン大統領が出現したとき、多くのフランス人は自分の支持候補を明
確にもち、政治好きな国民性と思った印象があった。

 ドゴール当選の際には、シャンゼリゼ通りに100万人といわれる人が繰り出
したし、ミテランのときにもバスチーユ広場は興奮した人で埋まった。それに比
べると、今回は、多くの人が冷めた目で大統領選挙を見つめている。カリスマ性
のある候補者が少ないことがそのひとつの要因かもしれない。

 前回には若く未知数だったサルコジ氏も57歳になり、目新しさがなくなった。
ただ、候補者の人物以上に、多くの人が、サルコジ氏あるいはオランド氏のどち
らが当選しても、政策面で大きな変化は無いと考えている節がある。オランド氏
は穏健派あるいは中道の票を意識してか、大胆な改革案や新しい社会のビジョン
を描くことに成功していない(もしかすると、それが選挙戦術)。

 そのこともあり、昔のように、保守・革新の候補が次の社会のビジョンを掲げ
て、正面から対決したときと比べると、緊張感に欠け、技術的な論争にとどまっ
ている印象が濃い。事実、主要な2人の候補の政策で、EU、防衛、雇用、福祉
などで対立点を探す方が困難である。わずかに違いが感じられるのは、財政規律
と大統領の政治スタイルであろう。

 オランド氏が大統領になると、多分、首相に政治のリーダーシップを任せ、議
会制民主主義に近づくのではないかと予想される。もっとも、これは、6月に予
想される国民議会の総選挙の結果次第でもある。なお、フランスにとって幸いな
ことは、国民議会の上院に対する優越が憲法で明確なので、日本の現状のような
衆・参の手詰まりな状況にはならないことだけは確実である。
(3月17日 パリ郊外にて)

  (筆者はフランス・パリ在住・早稲田大学名誉教授、IDHE客員研究員)

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