ポチの末路

【コラム】酔生夢死

ポチの末路

岡田 充


 子供のころ、家の周りをうろついていた雑種の子犬を飼っていた。母親が犬嫌いだったせいか、家の中には上げず「縁の下」で飼っていた。名前は「ポチ」。ポチの語源は、フランス語圏の宣教師が、自分の犬を「petit」(プチ=「小さい」の意味)と呼んだのを、犬の名前と誤ったという説があるがどうでもいい。権力者に対して従順な人々をそう呼ぶ。

 街では「座敷犬」ばかりが目立ち、番犬を見かけなくなったと思っていたら、人の世では健在だった。米国のポチ、安倍晋三首相のことである。彼がすっかりポチ化した最近の例を挙げる。

 第1は、沖縄の普天間基地移設と安保法制。第2は中国が進めるアジアインフラ投資銀行(AIIB)への参加問題である。普天間基地のキャンプ・シュワブ沖への移設問題で、安倍ちゃんは日米合意を前提に、地元沖縄の反対を一顧だにせず「唯一の解決策だ」の台詞を繰り返すのみ。そもそも米海兵隊は沖縄に基地を維持する必要はない。グアムで十分なのだ。

 だいたいこのポチは、国会でもTV討論でも自分の主張を一方的に述べるだけ。相手の主張を「それは見解の違いだ」と退け、対立する意見から「第3の道」を探ろうとする「議論」本来の姿勢は全くみられない。国会で野党議員に野次を飛ばすのをみると、成長過程に問題があったのではないか。自衛隊の海外派兵を容易にする安保法制についても同じ。国会に政府案を提出する前に、日米防衛協力のための指針(ガイドライン)改定で合意を目指そうとする。

 親分である米国にとって、巨額の財政赤字から軍事費を削減せざるを得ないだけに、軍事力の肩代わりをしてくれるポチは頼もしい存在だろう。第2の例、アジアインフラ投資銀行の加盟問題では、親分の意向に盲従しただけに苦しい立場に追い込まれている。「先進7か国は参加しない」との見通しは完全に外れ、日米は孤立している。G7で最初に参加表明した英国のキャメロン首相は参加に際し「英国は米国には誠実だが、盲従しない盟友」と語った。

 安倍ちゃんは3月に来日したドイツのメルケル首相と5時間も話し合ったのに、その9日後に参加表明する話は引き出せなかった。そんなポチの姿を親分はどう見ているだろうか。米調査機関が2月、日米の各千人を対象に行った世論調査の結果。米国ではイチロー選手に好感を抱く人は47%だったのに対し、安倍ちゃんへの好感度は11%。なんと7割が「名前を聞いたこともない」と回答した。ポチは可愛いし役に立つが、尊敬は得られないのだ。

 (筆者は共同通信社・客員論説委員)