【オルタの視点】

ポピュリズムの浸透を食い止めたオランダ選挙
ーポルダー政治の光陰ー

リヒテルズ直子


 投票率80.2%。28党の政党が競った<2017年第二院(衆議院)選挙>。多数の選択肢を与えられたオランダ市民は、最終的に「極右政党」の支配を退け、欧州連合の維持を支持して建設的かつ楽観的な政治姿勢の政党を選択をした。
 欧州連合離脱を決めた英国のレファレンダム、虚言政治家トランプを大統領に選んだ米国の大統領選に続いて、世界の権力構造が大きく揺れ、中東やアフリカからの難民流入、新自由主義的グロバリゼーションによってもたらされた貧富の格差や学歴格差による社会の分極構造の中で、デモクラシーの発祥の地ヨーロッパでもポピュリズムが広がっている。過剰に政治専門家と化し、一般大衆の貧困・苦悩・不安に寄り添えなくなったエリート政治家、エスタブリッシュメントと呼ばれる高学歴のエリート政治家と、それに対して新自由主義的グローバリズムのツケをあらゆる面で負わされる大衆という社会の構図は、貧富の格差が比較的小さいと言われるオランダでもある程度当てはまり、オランダ人低下層と移民間の亀裂は深まる。
 そんな中で、米国のトランプ大統領、フランス国民戦線のマリーヌ・ルペンと並び、オランダの自由党(PVV) を率いるヘールト・ウィルダーズは、世界に名の知れた代表的な極右政治家だ。しかも、この数年、イスラム国などテロリズムの危機が広がる中で、種々の世論調査によると、ウィルダーズ支持は、他政党を凌ぐ勢いだった。今回のオランダの選挙は、その意味で、世界中のジャーナリストの注目を浴びることとなった。
 しかし、2007年以来の欧州経済危機からの脱却は目立ち、好況基調は欧州内でも特に先進的だったオランダ。大衆の不満を反欧州連合・反イスラムの形で表現してきたポピュリスト政治家らが、誇張と虚言で自らの正体を徐々に現す中、有権者らは、今回の選挙を非常に深刻に受け止め、率直な意思を1票に込めた。投票率の高さは、政治への有権者の信頼が失われていないこと、また、有権者自身の社会に対する強い責任意識の証左とも言えよう。
 しかし、英国の欧州離脱・米国政治の動揺・プーチン(ロシア)やエルドガン(トルコ)の独裁化傾向・中東やアフリカから予想される大量の移民流入などの荒々しい権力構造の変化と、その後ろから迫り来る不気味な地球環境の崩壊の中で、欧州連合の連帯と安定は、今、前例のないほどに弱まっている。ポピュリズムの浸透を食い止めたオランダの選挙結果は、何よりも、欧州連合の旧来のメンバー国の指導者らをほっと安心させたようだ。しかし、今後に続くフランスやドイツの選挙に、また、欧州連合の近未来にどんな影響を与えるのかは、これからの連合政権樹立とその後の政治次第だ。

選挙結果:楽観的リベラリズム・建設的社会民主主義・社会主義の変容

2017年第2院選挙投票結果(投票率:80.2% (2012年:74.6%))

画像の説明

 投票率80.2%の完全比例代表制による選挙結果は、次の4つの点が特に注目される。
1. 国内外から懸念されていた反イスラム移民・反EUの極右政治家ヘールト・ウィルダーズのPVV(自由党)は、前回よりも票を伸ばしたものの、第1党には及ばず、政権入りが避けられた。
2. 現政権(VVD(自由民主党)とPvdA(労働党))は、緊縮策によりオランダ経済の不況から好況への転換に成功したが、両者とも前回に比べて大きく後退。しかし、VVDがPVVを抑えて第1党になったのに対し、PvdA(労働党)は38議席から9議席へと29議席も激減した。
3. 中道のCDA(キリスト教民主連盟、D66(民主66党)とGL(グリーン左派党)が躍進。
4. 小さいワン・イッシュー政党(PvdD(動物愛護党)・50+(高齢者党)・DENK(Think))が支持拡大

 以下、これらの背景を少し詳細に解説してみる。

極右政党<自由党(PVV)>と対峙したリベラル派<自由民主党(VVD)>の勝利
 今回、極右政党PVVを抑えて第1党となり、新政権での続投がほぼ約束されたVVD(自由民主党)のルッテ首相。 選挙前の世論調査では、PVVとの第1位争いが続いていたが、他のほとんどの政党は、労働党との連立を押し切って進めてきたVVDの新自由主義政策が強く批判していた。
 それは、福祉の地方分権化、教育予算の削減、健康保険の自己負担拡大、また、マレーシア機墜落後のロシアへの態度、カナダとの通商協定への積極性などに現れている。いわゆる、トリクルダウン型経済回復政策が前政権の基調だった。グリーン左派政党を躍進させたクラーヴァー党首は、そうした、政治を、極右のPVVが「コカコーラ」なら自由民主党(VVD)は「コカコーラ・ライト」だと揶揄し、「選挙後、連立する意思はほとんど無い」と明言していた。
 にもかかわらず、VVDが、直前までの世論調査の予測に反して、PVVとの明らかな差を生んで勝利した原因として、選挙直前3月11日に、ロッテルダム市のトルコ領事館周辺で起きた暴動の際、騒ぎを起こしたエルドガン首相の独裁的影響が広がるトルコに対して、オランダ社会の秩序維持を理由に冷静に対処したことが、国民に広く支持され、暴動事件は、むしろ選挙戦でPVV との競争に難渋していたルッテ首相に「贈り物」をしてくれた、との評価が多い。

 一方、第1位争いは続いていたものの、極右政党PVVが政権入りを果たせないという見方は、オランダ内外の主要新聞やメディアの解説で、選挙戦初期から示されていた。
 理由は、政権を取るには、第2院の総議席150議席中の過半数を占めねばならず、PVVは、昨年、欧州連合離脱を決めた英国のレファレンダム後に、支持率が最大になった時でも35議席程度で、単一政党での政権入りが不可能であることは明確だった。その後、米国大統領選でトランプが勝利を果たした頃までは高支持を維持したが、以後、トランプ大統領の政治手腕への懐疑が広がる中、PVVの支持率も低下基調となり、これに代わり、VVD支持が上昇傾向となった。
 高い支持率が続いていたこの二政党は、選挙直前までメディア上での選挙戦にほとんど姿を現していない。しかし、ポスターやテレビのキャンペーンで、VVDのルッテ首相が「オプティミズム(楽観主義)」を強調し、反イスラム・反欧州連合のウィルダーズを「ペシミズム(悲観主義)」と表現したのは、トルコをめぐる暴動事件と合わせ、支持拡大に攻を奏した一因だったと思われる。大衆に訴えるポピュリズムを意識し、難しい政治議論ではなく、「普通にやろうよ(Doe Normaal)」「目を覚ませ(wakker worden)」といったキャッチフレーズで、ニコニコと希望に満ちた表情を流すメディアキャンペーンは、有権者に心地よさを与えたと思われる。

中道派への支持拡大
 好況をもたらした過去4年間の緊縮財政は、リベラル派のVVD(自由民主党)への支持をある程度維持(8議席減)したものの、PvdA(労働党)の激しい支持者離れ(29議席減)を生んだ。
 現与党が失った議席は、中道政党の躍進へと繋がった。
 最も顕著だったのは、過去2回の選挙で敗戦していたCDAのカムバックだ。
 CDAは、19世紀以来、ある意味で、オランダの政党政治を中心的に担ってきた古参の政党と言える。もともと、プロテスタント系の政党とカトリック系の政党とが源流にあったが、60年代からの市民の教会離れで支持基盤を失い、1980年に合併している。
 CDAは、基本的に、キリスト教保守と言って良いと思われるが、キリスト教の隣人愛に基づく社会貢献意識が、時折、社会主義的な政策を支持し、よく言えば、中道中立、悪く言えば日和見的な体質のある政党だ(公明党にやや似ている)。
 今回の選挙戦では、ビュマ党首は、とりわけ、オランダ人のアイデンティティに関して、国歌斉唱を強調するなど、保守的側面がかなり明確に前面に出された。これも、反移民を主張してPVVが奪ってきた票を奪還する戦略だったと思われる。
 こうしたやや「日和見」と見える政治を批判しつつ、同様に票数を伸ばしたのが、民主66党だ。CDAのビュマ党首と並び、政治家経験の長いぺヒトルド党首は、民主制のさらなる改善を追求して、説得力のある議論を展開する、高学歴の有権者に支持基盤を持つカリスマ性の高い政治家である。

コスモポリタンの若い有権者の票を集めて躍進したグリーン左派党(GL)と動物愛護党(PvdD)の拡大
 選挙当日の晩、出口調査の発表で、選挙結果の概要が発表された時、ほとんどの政党の党首から「賞賛」の言葉を浴びたのは、若干31歳、グリーン左派党を、議席数一桁から14議席という二桁にし、主要政党の地位に押し上げたイェッセ・クラーヴァー党首だった。若さもさることながら、所謂エリートの条件である進学校・総合大学出身という学歴を持たず、エスタブリッシュメントとか高学歴エリートと呼ばれて欧米の大衆から嫌われているこれまでの政治家のイメージを破るパーソナリティが若者の支持を集め、新しい時代の到来を思わせた。特に、英国のレファレンダムでは、多くの若者たちが 欧州連合残留を支持しながらも投票しなかったと言われているが、政治不信や政治無関心に陥っていた若い有権者をターゲットにした戦略が成功したと思われる。ネクタイをせず、腕まくりをしたシャツ姿で、ポップスターのコンサートのような選挙運動を展開する一方、経験と学歴のある年上の政治家らを相手に、ビジョンのある明確な論拠で議論やディベートに食い下がり、中道から左派系の政党の全てに「選挙後連合して社会民主連合時代を生み出そう」と連帯を呼びかける姿は、競走よりも共生、また、国境を意識せずに生きる若いコスモポリタン層を引きつけた。
 グリーン政党は、今回、古いリーダーたちが一丸となってクラーヴァーを支え、綿密な選挙戦と公約が作られていたと言われる。
 2006年に、2議席を獲得して登場したPvdD(動物愛護党)が、前回5議席に伸びたことも、傾向として、環境問題に対する深刻な意識が広がっていることの表れであると思われる。選挙戦が進行している頃、「環境対策こそ緊急課題」と題した新聞記事が、数人の学者の共同声明として発表したことも影響したかもしれない。

VVD(自民民主党)との連立とワンイッシュー政党の乱立で支持基盤を失った労働党(PvdA)
 PvdA(労働党)は、1970年代始めの民主化政策拡大期に政権を取り、1990年代には3期に渡り、第1党として紫政権(中道連合)を指導したが、リーマンショックとユーロ危機以降、経済緊縮政策に歩調を合わせ、2012年以降VVD(自由民主党)と共に連立与党となった。   
 他方、2012年の選挙では、VVD(自由民主党)41議席とPvdA(労働党)38議席で迫合い、政治姿勢の対立と有権者の分極化が明きらかであったにもかかわらず、他に連立政権の選択肢がなかった。しかも、財政緊縮策による経済回復の課題は迫り、多議席を獲得した両政党が連立を組まざるを得ない状況となった。4年後にそのツケを払わされたのが、PvdA (労働党)だったわけだが、この結果を不公平と見る政治家は、他政党にも多く見られる。
 ただ、私見だが、労働党の支持基盤の喪失には、もう少し深い問題があるのではないか、と思う。今回の選挙は28党にも及ぶ記録的な多頭選挙だったが、リファレンダムを使った直接民主主義を主張する「フォーラム自由」(2議席)や移民の権利擁護を求めるDENK(3議席)と「憲法第1条党」(無議席獲得)などの政党のほか、PvdD(動物保護党)(5議席)、50+(高齢者党)(4議席)などのいわゆるワン・イッシュー政党などは、いずれも、元来、労働党が主張してきた権利保護をベースにした、社会主義的側面を多かれ少なかれもつ政党である。「環境問題」を特に主張するグリーン左派党と合わせると、こうしたワン・イッシュー政党が、労働党の支持基盤を崩しているのではないか。
 労働党は、もともと、労働組合をバックに存立してきた政党である。オランダ、イギリス、フランスなどは、企業枠を超えた業種別組合の力が強く、その組織力をベースに政治的発言団体として労働党を結成してきた。オランダでは、特に、1982年の有名なワッセナー協定で、労働党の指導者でのちに首相となったウィム・コックを中心に、政府や企業家を相手に、非正規労働だったパートタイム就業を正規雇用化し、今日のオランダ人の雇用形態であるワークシェアリングを実現している。
 しかし、この10年の不況期に、労働者の質は大きく変わった。特に、新卒の若年労働者が、不況で就職先の企業を見つけられず、個人事業主として企業とあまり有利では雇用契約を結ぶ労働形態が広がっている。組合に属さずその恩恵を受けることなく、複数の雇用者の仕事をしたり、不定期の収入に甘んじている層がかなり増えているのである。この、組合に属さない個別化した労働者が、極右政党やワン・イッシューの小政党を支持したのではないか。GL(グリーン左党)の支持基盤も、組合運動にはあまり関わりを持たないタイプに見える。
 もしもこの仮説が正しいとすれば、これまで、オランダの経済政策に強い影響を与えてきた組合ベースの労働党に代わり、今後、誰が政府や企業家を相手に、団結して労働者の権利保護を訴えていくのか、新しい課題が現れてくるように思う。
 果たして、労働組合を基盤としたPvdA(労働党)は、今後また支持を復活するのだろうか? 今後企業でのロボット化が進み、人的資源を必要とする労働市場がどんな分野でどれほど維持されるかによって、労働党の存続が決まる気がする。あるいは、労働党が、組合を媒介としてではなく、どれほど、孤立化する労働者の立場に立った政治姿勢を示せるかにもよるだろう。
 オランダでは、2年ほど前から、ユトレヒトでベーシックインカムの実験が始まり、フィンランドでも同様の試みがあるという。5月のフランスでの選挙でも、支持の多かった革新政党はベーシックインカムを主張している。労働組合ベースの社会主義政党は、現在、欧州各国で急速に力を失いつつある。極右政党が虚言ポピュリズム政治を拡大する中で、その欺瞞を見抜けない大衆が、本来、彼らの利害を代表してきたはずの社会主義政党に失望した姿が見え隠れしている。今回のオランダでの選挙で見られたPvdA(労働党)の敗退は、アメリカにも欧州の他の国にも通じる、雇用・労働・生活様式の変化とつながりがあるのではないか。

連立選択のオプションーーーキリスト教かグリーンか、はたまた社会民主連合か
 選挙は終わった。
 28の政党の党首は、自らの政見を主張し、このひと月あまり、毎日のように、論拠に論拠を重ねる激しい論戦を交わしてきた。論争で、基本的な経済データや社会調査の結果を知らなかったり間違えていたら、すぐさま政治家としての質を問われ「アウト」となる。体力・精神力がよく続くものだと思うほど、党首たちにとって選挙戦は厳しい。昼夜関わりなくメディアに露出する党首らの議論を支えているのは、各政党のブレインたちだ。2大政党制とは異なり、立場の近い政党もいるため、他政党に票を奪われないためには、どこがどう違うのか、細かい論点の違いを明瞭にして議論を交わさなければならない。「そこはあなたと同じです」だけでは済まされないし、米国のように、相手の人格を罵倒するような議論をしていても始まらない。
 しかし、選挙が終わり、結果が出ると同時に、口角泡を飛ばす論戦を交わしていた党首らの連立交渉が始まる。
 今回は、多党に票が割れたため、2、3政党間の交渉では済まず、少なくとも4党の連立でなければ政権は成立しない。少なくとも3ヶ月の連立交渉を経なければ、新政権の樹立はないだろうと予想されている。
 連立政権のオプションとしては、3つが考えられている。
1. VVD(自由民主党)・CDA(キリスト教民主連盟)・D66(民主66党)+CU(キリスト教ユニオン)合計76議席
2. VVD(自由民主党)・CDA(キリスト教民主連盟)・D66(民主66党)+GL(グリーン左党)合計85議席
3. CDA(キリスト教民主連盟)・D66(民主66党)+GL(グリーン左党)+SP(社会党)+PvdA(労働党) 合計75議席

 政権入りがほぼ確実なVVD(自由民主党)・CDA(キリスト教民主連盟)・D66(民主66党)は、選挙前から、公約で極右政党PVV(自由党)との連立を拒否しており、PVV(自由党)は20議席を獲得したものの、政権に入る可能性はほとんどない。
 第1党の自由民主党の政治姿勢からいえば、1の連立が最も論理的だが、キリスト教の色彩が強く、D66(民主66党)が受け入れるかどうかは確実ではない。
 CU(キリスト教ユニオン)の党首も認めているように、今回の選挙の最も目立った勝利者はGL (グリーン左党)で、有権者の意思を最も反映する公平な選択はGL の政権入りだと見られている。しかし、GLのクラーヴァー党首は、新自由主義的なVVDとの連立は望まないとの態度を示してきているし、企業や高所得者への一層の課税を通して環境対策の強化を求めるGLと、減税と防衛費増大を図るVVDとは真っ向から対立している。両者がどこまで譲歩できるかが課題となる。
 第3の選択は、クラーヴァーが主張してきた、3の社会民主連合だ。第1党のVVDを入れずに、小政党で連立を組むやり方がないわけではないが、最低5党の入閣が条件となり、ここでも交渉は難航しそうだ。とりわけ、29議席も減少したPvdAは、すでに、政権入りはあり得ないと表明しているので、このオプションの実現可能性も極めて低いと言わざるを得ない。

 連立交渉は、党首とは別に、『伝達者』(Informateur)とか『認定者』(Verkenner)という名で呼ばれる独立の政治家が指定され、この政治家が、各政党の連立樹立に関する要求事項を確認し、交渉を調整していく。そして、連立政権の樹立に先立ち、交渉項目を考慮した上で、新たに、連立政権の政治方針を政党間で調整して練り直し、経済政策局(CPB)が、実現可能性を検証して初めてゴーサインが出される。つまり、連立交渉そのものが、極めて透明性の高いプロセスとして、有権者に開示された上で行われるのである。
 時間はかかるが、連立交渉の過程そのものが、オランダの有権者が何を最も期待しているかを意識して紡ぎ出される新しい政治方針の確立プロセスなのである。

 こうした合意形成のやり方を、オランダでは「ポルダーモデル」と呼んでいる。
 ポルダーとは、オランダに昔からある、国土の4割を占める海抜よりも低い干拓地を指す言葉だが、オランダの人々は、昔から、何か社会的な問題に関して対立が起きると「お互いの足が濡れてはいけない」という諺を使って、立場の違う人間が自己利益だけを主張し合うことによって、オランダ全体が海の下に沈むのは馬鹿げている、という表現をする。つまり、ポルダー(国土)を乾いた状態に保つためには、利害対立を乗り越えて、一つにまとまって共に国を守らなければならない、という意味だ。
 世界に類例の少ない、多政党連立政治は、まさに、そのポルダーモデルそのものなのである。

日本や諸外国が学べること
 選挙戦の最中に、イギリスのエコノミスト誌(The Economist)2月11日号に掲載された”The Netherlands’s election is this year’s first test for Europe’s populists”と題する記事の中で、興味深い記述がある。

The Netherlands has often been a bit of a bellwether for northern Europe. Its left-wing student rebellion arrived early, in 1966. Wim Kok, a labour prime minster elected in 1994, propagated Third Way centre-left policies before Tony Blair and Gerhard Schröder did. Annie Muslim populism took off earlier than elsewhere in Europe, and the country elected a centre-right government in 2002, again foreshadowing Britain and Germany.
「オランダは、しばしば北欧地域における、一種の先取者の立場を取ってきた。左翼学生の学生紛争は、1966年という早い時期に起きているし、1994年に労働党から首相になったウィム・コックは、トニー・ブレアやゲルハルト・シュローダーに先立ち、「第3の道」と呼ばれた左派中道の政策を展開した。反ムスリムのポピュリズムも、ヨーロッパのどこよりも早く始まっているし、2002年には、他国に先立ち、これもイギリスやドイツに先んじて右翼中道政権を選んでいる(拙訳)」

 政治姿勢の中身は別として、オランダ社会の人々が、時代の変化に即して、先取りの議論や政治ができるのは何故なのだろうか。
 透明な政治のために、マイノリティの小政党も含め、全ての政治家に、公開の場で、論拠を明確にした議論を要求するマスメディアの姿勢。個別の論点を最大限に明確にした後でおこなわれる、プロセスを明確にした連立交渉。こうした、各政治的立場の人々がビジョンを正確に言語化しようとする努力と、それに基づいて行われるポルダーモデルに根ざしたクリエイティブな問題解決姿勢とが、他の国がまだ掘り下げきれていない政治議論をいち早く実行するオランダ社会の強さになっている気がする。

 デモクラシーとは何か。
 それは、政治的立場の違うものが、支持の多寡にかかわらず、公共の場で論戦に参加し、それらの中から選択的に有権者が意思表示できる制度のことだ。オランダの比例代表制選挙は、それを追求している。デモクラシーの本質は、社会が一部の政治的意見に偏ることによって、全体としてリスクの高い社会になることを避けることにもある。今回第1党になったVVD(自由民主党)は、確かに、企業利益を優先する新自由主義的な性格を強く持っている。しかし、たとえ、こうした政党が第1党になっても、連立交渉によって政権を樹立する限り、どこかで必ず、連立パートナーとの譲歩が求められる。まさにそれが、結果として、純粋な、新自由主義を抑制する。極右政党が圧倒的な権力を持てない理由も、この仕組みがあるからだ。

 トランプが米国の大統領に選ばれ、世界の民主的指導者たちは、ポピュリズムの拡大に恐れをなした。私は、こうした動向に対する日本社会の反応の鈍さと、安倍首相のトランプに対するあまりに迎合的な姿勢にげんなりしつつ、日本という国が、これまで、ずっとポピュリズムの政治だけを「民主的」としてきたことを再確認する気がした。極右政治家が跋扈・暴走する危険は、日本のような国ほど大きい。
 有権者の政治参加意識や政治家への信頼は、選挙制度、マスメディアの姿勢、透明性を求める有権者へ応えることによって票を得ようとする政治家の真摯さがないところでは生まれようがない。

(オランダ在住社会・教育研究家 オルタ編集委員)
Naoko Richters-Yasumoto
Global Citizenship Advice & Research
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