マスコミと秘密保護法

【マスコミ昨日今日】

マスコミと秘密保護法

                   大和田 三郎


◆キャンペーン的な「反対」紙面づくりだったが……

 審議入りから成立までほぼ1カ月。新聞各紙は「反対」の立場を鮮明にし、朝日などはキャンペーン的な紙面展開を見せた(産経は「推進」で、読売もプラス評価。「この両紙を除いて」ということになるが)。しかし安倍晋三政権は動じることなく、臨時国会での成立方針を突っ走った。

 「世論政治」「第四権の支配」が強調される時代に、「政府対新聞」がどうして異常な形になったか? 誰もが疑問に思うだろう。ぼくも同じことで、疑問への「解答」は持ち合わせていない。ただその疑問に関連して、指摘しておきたい事実はある。

 現在の安倍晋三内閣が成立したのは昨年12月26日だった。新聞記事などでは「第2次安倍内閣」と表記されるが、第1次(06年9月26日−07年9月26日までのちょうど1年間)との間が空いているのは、第2次吉田茂内閣(1948年10月15日−69年2月16日、ちなみに第1次吉田内閣退陣は47年5月24日)以来のことで戦後2度目。「2回目の安倍内閣」と書きたいものだと思っている。

 年末押し詰まってのスタートだったから、内閣としてはもちろん、安倍首相にも目立った行動はなく、年越しした。年明けの今年(13年)安倍首相の行動が、マスコミ首脳との「宴会政治」から始まったことは注目すべきだ。朝日の首相動静を引用すると、以下のとおりだ。
 
▼首相動静 (1月)7日6時23分、東京・丸の内のパレスホテル東京。日本料理店「和田倉」で、渡辺恒雄読売新聞グループ本社会長、菅官房長官と食事。9時33分、東京・富ケ谷の自宅。
▼同 8日7時、東京・赤坂のANAインターコンチネンタルホテル東京。日本料理店「雲海」で産経新聞社の清原武彦会長、熊坂隆光社長と食事。9時29分、東京・富ケ谷の自宅。

 7日は「松の内が明けぬうち」なのだから、その熱心さに驚くが、読売、産経の2社トップが相手なのは「当然」と思う。両紙は自民党タカ派の安倍晋三と「イデオロギーを共有する」存在だからだ。驚くのはその1カ月後の宴会政治だ。同じく朝日・首相動静の引用だ。

▼首相動静 (2月)7日7時2分、東京・内幸町の帝国ホテル。同ホテル内の中国料理店「北京」で朝日新聞社の木村伊量社長らと会食。9時8分、東京・富ケ谷の自宅。

 別の新聞記事で確認したのだが、このときの朝日側出席者は木村社長だけでなく、吉田慎一上席役員待遇コンテンツ統括・編集・国際担当、曽我豪政治部長が同席していた。木村をはじめ、吉田、曽我も含めて、3人とも政治部記者として育った人材である。
 朝日はもちろん読売・産経と異なる。安倍晋三は昨年9月の自民党総裁選、12月の衆院総選挙にともに勝利して政権を勝ち取った。両選挙とも「憲法改正を目指す」ことを鮮明にうち出して戦った。月刊誌「世界」(岩波書店刊)は、今年3月号の特集を<安倍「改憲政権」を問う>とした。世界は前月8日発売が原則だから、この特集号は2月8日発売だった。
 『世界』と同様、朝日もまた「改憲」についてはセンシティブなメディアだ。2度目の安倍政権成立に至るまで、社説では「改憲に反対」の立場を鮮明にしてきた。それなのに安倍との宴会政治に応じたのは何故だろうか?

 会食は2月7日で、世界特集号発売の前日だったが、政治部記者として育った3人がそろって、「安倍改憲政権」をことさら意識しなかったとすれば、あまりにナイーブ(「うぶ」「幼稚」が原義)とあきれるほかない。

◆消費税軽減税率が最重要課題?

 読売・産経トップとの会食があった松の内と、朝日社長らと会食した2月上旬の間、1月15日に日本新聞協会が、「軽減税率を求める声明」を発した。冒頭のセンテンスは<日本新聞協会は、新聞、書籍、雑誌には消費税の軽減税率を適用するよう求める>だった。新聞協会の会長は、秋山耿太郎・朝日新聞社会長。木村伊量現社長の前任者だ。推測にすぎないが、消費税・軽減税率の問題があったからこそ、朝日の社長らが、安倍宴会政治に引きずり込まれたのではないか?

 安倍首相と朝日・木村社長ら3人との会食は、首相官邸の方が呼びかけたのであろう。実務的には菅義偉官房長官が日どりの調整などやったと思われる。そのとき有力な誘い文句となったのが、「消費税の問題もあるし……」ではなかったか? そして木村社長ら3人は、消費税軽減税率適用の「陳情」ともいえる言葉を口にしたのではないか? この2点は推測だが、会話の内容についての情報公開は「ゼロ」なのだから、推測する以外にない。

◆欠落していた「改憲政権」への警戒心

 政治家の日常生活は、陳情を受ける時間で埋まっている。陳情を受ける場合、優位に立つのは政治家側である。その優位があるからこそ、集票や献金を頼むことができるというのが、政治家の「思想と行動」の原点だろう。

 こうして考えてみると、2月7日の安倍 vs 朝日幹部の宴会政治の意味は大きい。安倍はこの会食によって、朝日に対して優位に立った。「朝日といえども恐るるに足らず。与(くみ)しやすし」の印象を受けたことは間違いない。政治部記者育ちの朝日の出席者3人がそろって、政治家の日常における「陳情」の意味を意識しなかったというなら、あきれてしまう。 安倍との会食の席で、「改憲政権」批判をぶてと言うつもりはない。会食に応じたこと自体、トンデモナイ間違いだというのがぼくの思いだ。

 衆院での審議入り8日付朝刊で朝日は、総合面(1、2、3ページ)、オピニオン面、社会面などを総動員して、「反対」を強調する紙面とした。以後「成立」を報じた12月7日付まで約1カ月、キャンペーン的な「秘密法反対」の紙面をつくった。しかし安倍はその紙面を「単なるタテマエ」と見ていた。「朝日がホンネで求めているのは、消費税引き上げのさいの軽減税率適用だ」というのが、安倍の認識だったはずだ。

 月刊誌『選択』(「三万人のための月刊誌」を自称、一般書店などの店頭販売はしていない)の最終ページは「マスコミ業界ばなし」。8月号(8月1日に配送される)に、以下の記述がある。

<新聞業界の「ご都合主義」が官邸の失笑を買っている。七月二十二日、東京・永田町の日本料理店で、安倍晋三首相が出席する会食が設けられた。二時間弱にわたって首相と相対したのは、木村伊量朝日新聞社長と大久保好男日本テレビ放送網社長らだ。席上、木村社長から安倍首相に対して、「来年四月からの消費税引き上げを先送りし、二〇一五年十月に一気に一〇%まで引き上げてはどうかという主旨の発言があった」(首相周辺)という。新聞業界の悲願である軽減税率適用は、来年四月に予定されている八%への引き上げ時には行われないことが確定している。仮に一〇%引き上げ時に適用されたとしても、「一度八%に引き上げられたら、軽減率は二%に留まる」(大手紙政治部OB)。つまり来年四月の税率アップが先送りになれば、現在の五%のままでいられるという算段だ。
 これに対して、「首相はやんわりと『五%も一気に増税すれば経済が壊れる。外国にも例がない』と説明した(前出首相周辺)という。「説明した」というより「諭した」のだ。安倍首相にしてみれば、初歩的な経済知識も持たずに虫のいい要求をする新聞社を腹の中で嘲笑していただろう。>

 この会合について朝日首相動静の記述は以下のとおりだ。

▼首相動静 (7月)22日(午後)7時2分、東京・永田町の日本料理店「黒沢」。朝日新聞の木村伊量社長、政治ジャーナリストの後藤謙次氏らと食事。8時59分、東京・永田町のザ・キャピトルホテル東急。日本料理店「水簾(すいれん)」で田中財務省主税局長、北村内閣情報官ら。

 8時59分からのメンバーは、その前の会合に陪席していたのかもしれない。朝日木村社長ら出席の会合の出席者は、読売の「安倍首相の一日」では<大久保好男日本テレビ社長、木村伊量朝日新聞社長ら>、毎日の「首相日々」では<ジャーナリストの後藤謙次氏、山田孝男・毎日新聞専門編集委員ら>となっている。
 どうやら首相官邸は、大手マスコミ各社に「代表」の出席を呼びかけたのではないか。読売は誰も出席させなかった。毎日は週1回のコラム「風知草」を書いている山田を出席させた。共同通信はOBになっている元政治部記者、後藤を出席させたということかもしれない。

 いずれにせよ、朝日社長の木村の言には驚く。2月の朝日幹部3人が出席した安倍招宴で、消費税率軽減を陳情したという私の推測は誤っていない。それを7月にも繰り返して、安倍に「嘲笑された」(『選択』記事)ということになる。こんな社長の下では、紙面でいくら「秘密法反対」をキャンペーンしても効果はないだろう。安倍の「嘲笑」は朝日だけでなく、全マスコミに及んだはずだから、木村の罪は重い。
 秘密法は、安倍が目指す改憲への大きな一里塚だろう。14年の安倍政権は、衆参両院とも絶対多数というチャンスを生かして「改憲目指してまっしぐら」となるはずだ。朝日をはじめとするマスコミの現状は「困ったものだ」と思わざるをえない。

◆◆「マスコミ昨日今日」開始にあたって◆◆
 ぼくの貧弱な書棚に「デスク日記」全5巻がそろっています。先日偶然その第1巻を開いて驚きました。表紙に「1963−1964」と刷り込まれ、冒頭は63年12月だったのです。奥付を見ると「昭和40年2月5日第1刷発行/著者 小和田次郎/発行所 みすず書房」とありました。デスク日記が始まった時から、いままさに「50周年」を迎えているのです。元新聞社デスクだった私も、日々のマスコミを記録・論評した文章を書きたくなりました。
 今回は、秘密法という、日本の政治にとって、そしてマスコミにとってあまりに巨大な意味を持つニュースがありましたので、そのテーマに絞りました。これは特例とし、できるだけきめ細かな文にしていきたいと考えています。

 (筆者は元マスコミ政治部デスク・匿名)


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