マスメディアと市民運動

【オルタの視点】

NHK会長という「メディア」
~マスメディアと市民運動~

大原 雄
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 マスメディアは、何を大々的に報じたがるか。市民は、そこに、どう回路を作るか。「真珠湾空襲の犠牲者を慰霊する」ために12月26、27日安倍総理が訪米し、残る任期わずかのオバマ大統領と首脳会談に応じると12月5日に発表した。NHKを含めマスメディアは大々的に報じたが、おかしくはないか。先の戦争の犠牲者はアメリカにとどまらず、アジアにこそ多数いる。アジアでの侵略戦争で「国益」を蓄積し、「最終戦争」たる対米戦に勝利するという、悪夢を当時の日本軍や政権の指導層は描いていた。しかし、セルフ・コントロールが効かなくなり、国民を巻き込んで、壊滅的な敗戦となった。
 安倍総理は先の侵略戦争で現地を慰問し、戦争責任を謝罪するなら、なすべき優先順位を間違えている。しかも、報道によると、安倍総理は慰霊には行くが、謝罪はしないという。ならば、何のために行くのか。この時期に人気取りの政治行動をするということは、巷間噂されている「1月解散総選挙」を安倍総理は、本気で考えているのかもしれない、という思いがよぎる。人気取りで、支持率を上げて、総選挙で「勝利」し、憲法改定に持ち込もうと目論んでいるのではないのか。

◆◆ トランプ・フィーバー

 アメリカ大統領選挙では、オバマ後の次期大統領の座を共和党のトランプ候補が射止めた。政権交代である。マスメディアは、連日、報道を続けている。目下、トランプ陣営では次期政権を担うスタッフの人選中であるが、閣僚候補などの顔ぶれを見ると、かなり右傾化していると危惧される。アメリカの大統領選挙は、近年来忍び寄ってきていた「国際社会におけるアメリカの凋落」を改めて印象づけたと思う。

 トランプ当選の要因の一つは、国内問題では、ホワイトプア(白人労働者)の上と下の階層への反乱。
  1)格差が広がるばかりのエスタブリッシュメントへの反抗
  2)自分たちの生活を脅かす移民への危機感

 大統領選挙には、失望した。デマ、誹謗中傷などのワイドショーレベルの選挙戦。知識不足による事実誤認、ケンカを売るための意図的な暴言など、欺瞞に満ちた醜い発言の応酬であった。それでいて、彼は政治的な代償を要求されるどころか、有権者の足を投票所へ運ばせ、次期大統領の座を射止めたのだから、なんとも、このアメリカ大統領選挙という制度は、不可解であり、不愉快ですらあった。

◆◆ どこもかしこも、人材不足?

 クリントンもトランプも国際社会で名誉ある地位を占めようという国家の取り仕切り役としては2人とも失格。しかし、クリントンが、アメリカは偉大だと現実離れをした「理想論」を語って、現状認識のお粗末さで有権者に見限られ、落選したとすれば、トランプは、アメリカはダメになってしまったから、アメリカを再び偉大にしようという「現実論」を語って、一部の現状認識で有権者の共感を受け、当選した。いずれにせよ、こういう人たちしか、大統領選挙の候補に勝ち上がってこない、というだけでも、アメリカの凋落ぶりが証明される、というものだ。

 共和党が政権交代をし、ネオコンが息を吹き返すのが懸念される。ブッシュ時代のように、ネオコン(ネオ・コンサバティズム、新保守主義の連中)が復活してくるのだろうか。あるいは、主流の保守派に対する不満から過激に極右化する「オルタナ右翼(オルタナティブ・ライト)」が台頭するのだろうか(現にトランプ陣営のCEO=最高責任者として政権中枢に入り込むことに成功しているスティーブン・バノンなどがいる)。今後、メルマガ『オルタ』の論客たちの報告を読みながら、トランプ政権の実相を私も見極めたい。
 国際政治の舞台で、トランプ政権は、どういう振る舞いをするのか。長期政権になるのか、短命で終わるのか。4年後の大統領選挙で、もう少しマトモな「タマ」が出てくるのか、心もとない思いが募る。

 「日本を取り戻そう」という安倍政権のキャッチフレーズと「アメリカを再び偉大にしよう(メイク・アメリカ・グレート・アゲイン)」というトランプ陣営のキャッチフレーズは、同義語。それぞれ、歴史の逆コースを志向している。日本も、アメリカ従属を続けていては、凋落するばかり。

 おっと、今回はアメリカ大統領論ではなく、メディア論。NHKにも、そう言えば、トランプ候補のような放言を続ける人物がいたのではなかったか。報道されているように、12月6日のNHK経営委員会(会長)指名部会で、次期NHK会長候補に上田良一NHK経営委員会常勤委員を任命することが決定したということで、放言で顰蹙を買っていた籾井勝人会長は退任することになった。

◆◆ NHK会長は、次代で22人目

 NHK会長は、当代の籾井勝人会長で二十一代目だから、上田良一経営委員は二十二代目の会長になるということだ。いちいち名前を挙げても、限られた人以外には知られていないだろうから、会長の歴史を辿る山脈の峰々を紹介するに止めよう。初代は、1926年から36年まで、NHK前身の社団法人東京放送局の長からの転身であった。二代目は、36年から43年まで、郵政(今の総務省、当時は逓信省)官僚出身。三代目は、43年から45年4月まで、朝日新聞出身。四代目は、45年4月から46年2月まで、日本電信電話公社(今のNTT)出身。ここまでが、大本営放送を支えていた戦前時代のNHKと言えるだろう。トップは、生え抜き、郵政官僚、新聞社、ほかの業種の企業など、戦後のNHKのトップの出身母体とあまり変わらないことに気がつく。

 戦後、異色の会長が誕生する。戦後、五代目会長を務めたのは、大原社会問題研究所出身の高野岩三郎である。高野は、東京大学経済学部教授をしたこともある社会統計学者。1945年12月に民間サイドから新憲法草案として「憲法草案要綱」を日本政府に提出したグループに所属していた。この草案は、今の憲法の骨格を作ったGHQ案作成に影響を与えたと言われている。草案提出後、高野は46年4月から49年4月までNHK会長の座に着いた。次いで、六代目は、49年から56年までで、朝日新聞出身。

 日本の敗戦で、GHQを通じてアメリカの指導力が強まり、1950年、アメリカの連邦通信委員会に倣って、戦前のような大本営放送など放送の国家管理を解くため、民間人で構成する独立行政委員会「電波監理委員会」(50年6月1日~52年7月31日)が創設された。戦前の社団法人から特殊法人になったNHKもここの管理下に置かれた。

 ところが、GHQによる日本の占領に終止符が打たれ、1952年4月、サンフランシスコ条約が発効し、日本の主権が回復(占領終了)されると、委員会は当時の郵政省に統合されて、再び国家管理下となってしまった。電波監理委員会の誕生と廃止は、吉田茂内閣の時代であった。

 戦後のNHK会長は、新聞社出身、NHK生え抜き、他業種企業出身などが交互に勤めている。以下、敬称略。六代目以降、次代(今回内定した二十二代目)まで17人の会長ということになるが、生え抜きは6人。ただし、生え抜きでも番組制作出身と報道出身では色合いがかなり違う。新聞社出身が4人。企業出身は次代含め6人。郵政官僚が1人。このところ、企業出身が、次代含め4人と連続している。公共放送であるとともに、言論報道機関の長の数としては、生え抜きと頭を並べる企業出身が同数とは多すぎるし、特に、このところ4期連続というのも異常ではないか。籾井会長再任はなくなり、今期限りとなったことは、就任当初から言動ばかりでなく人格、品格的にも会長としては違和感を抱いていた多くの人々とともに、私もまずはご同慶の至りと申し上げたいが、次期会長が企業出身、それもビジネス最前線の商社出身で3人目(池田芳蔵、籾井勝人、上田良一)、というのが気になる。

◆◆ NHK会長、って?

 NHK会長は、どのようにして選ばれるのか。NHK会長は、衆参両院の同意を得て、内閣総理大臣によって任命される経営委員で構成されたNHK経営委員会によって任命される。任命は、委員の多数決でなされる。経営委員長は、委員の互選によって選ばれる。NHKの経営執行部を構成する副会長、理事は、経営委員会の同意を得て、会長が任命する、という。つまり、こういうことだろう。与党(総理大臣がトップ)から経営委員人事案提案→衆参両院の同意(多数決)→総理大臣が任命→経営委員(会)が会長任命(多数決)→会長が経営委員会の同意を得て、理事ら任命→副会長、理事ら就任。

 NHKは、公共放送と言われる。放送法によると、公共放送とは「公共の福祉に適合する」放送を言う。営利(視聴率による収入増)を目的とする民間放送、国家の管理・統制下で税金を財源に「情宣・プロパガンダ」放送をする国営放送とは違い、公共の福祉(国民の幸福)のために国民から受信料を徴収して、それを財源に放送をする、ということだろう。NHK会長は、こうした公共放送の長であるが、同時に、新聞社、通信社、民放などと並んで、読者、視聴者である国民の知る権利に担保された表現の自由を行使する言論報道機関の長でもある。言論報道機関で何より肝心なのは、国家などの権力や企業から「適切な距離」を取り、ひたすら国民のために役立つ放送をするということだろう。

◆◆ NHK-OBたちが会長の「追放」運動展開

 二十一代目としてNHKがトップに戴いた会長は、2014年1月25日の会長就任以来、記者会見などで「政府が右と言う時、左とは言えない」「慰安婦問題は政府のスタンスを見極めてから」「(原発報道や地震報道では)むやみに不安をあおらないよう、公式発表をベースに」などと、言論報道機関の原理原則である権力からの適切な距離感など持つ必要がない、そもそも距離感が持てない、という実相を見せつける発言が相次いだ。特に、原発事故や地震などでも「公式発表云々」という発言は、記者魂を逆なでする暴言である。記者の生き甲斐は官製の情報ではなく、権力が隠したがることについて独自の情報、いわば「特ダネ」をつかみ、それを分かり易く国民に伝えることだ。言論報道機関の長どころか、一線の記者としても失格である。このようなことを平気で言うのは、ジャーナリズムの精神について、まったく初歩的な認識に欠けているからだ。ジャーナリストの魂を貶めるだけでなく、籾井会長の一連の言動は、放送における文化を辱めるものがあると危惧している。報道だけではない。様々な番組を作ってきたNHKの先人や現役の放送マンがラジオやテレビを通じて長年培ってきた「放送文化」を、会長の一連の発言は、いとも簡単に否定していることになる。現役時代NHKの記者やデスクをしてきた一員として怒りを込めて指摘しておきたい。

 このような人物は、任期途中でも言論報道機関から罷免・追放されてこそ当たり前と思う。私のように、子どもの頃からジャーナリストに憧れ、大学での勉強もそういう方面に力を入れ、新聞社、通信社、放送などマスコミしか受験せず、NHKに入り、30数年間、報道現場で汗水を流してきた身には、なんとも馬鹿にされた感情を持つ。NHK退職後は、現役時代から会員になっていた日本ペンクラブで、理事や電子文藝館委員会委員長、言論表現委員会委員に選ばれて、言論表現の自由のためにボランティアで活動してきた。時に、初対面の人から前職について問われることがあるが、ここ3年間ほどは、NHKという3文字を伝えることが恥ずかしい思いをするようになっている自分に気づいて、愕然とする。NHKでは、今、NHKを退職した人たちが軸になって、NHKを国民の手に取り戻す活動を市民とともに続けている。籾井勝人という人物を本来のように言論報道機関、マスメディアから罷免・追放しない限り、私たちの活動は終わらないと思っている。任期途中で「罷免」できなかったということを、NHKの役職員ばかりでなく、組合(日放労など)も、私たちOBも恥じなければならない。受信料を提供している国民に対して、顔向けができないと思わなければならない。3年間もNHKに居座り続けた籾井勝人会長は、すでにNHK会長というメディアの「魅力(あるいは魔力)」に取り込まれてしまっていたのかもしれない。

◆◆ NHK会長という「メディア」

 言論報道機関にとってこれだけ不適切な会長でも、安部政権からみれば都合の良いチャンネルなのかもしれない。放言癖はあるけれど政権に害はない、と安部政権からは見られていたフシがある。「適当な人がいないなら再任させたら」という、安部政権の声も聞こえてきたことがある。安倍政権の要請を受けて、次期会長が同じような役割を務めたら、籾井更迭も絵に描いた餅になってしまう。

 とにかく、いまのNHK報道は、安部政権を批判するニュースを抑え込む。選挙報道番組は、公職選挙法に基づく政見放送ばりの機械的均等型(議席数による時間配分など)の構成。例えば、「放送を語る会」のテレビ報道モニター報告(「語る会」のホームページ8月18日掲載)を参照されると良い。原発や地震の報道では公式発表のニュースのみ放送すれば良い、などという発言に見られるように、籾井会長は、根っから報道人とは無縁の人だ。報道人とは真逆の立場に立つ。独自ネタ不要、ニュースは官製の発表ネタで十分、という見解の持ち主である。これでは、憲法で保障された国民の知る権利に応えるために言論報道機関に負託された報道の自由を全うすることはできない。

 NHK内部から、漏れ聞こえてくる「噂」。例えば、籾井会長による人事権の「乱用」。自分に批判的、非協力的なヤツは、理事でも幹部でも首を切る。擦り寄ってくるヤツは、昇進させる。会長再任にも意欲を燃やしていたらしい。職員の待遇改善をしたとか。ここへきて、受信料値下げ提案で、視聴者のウケを良くしようとしたらしい(経営委員会で、中長期的な視点を欠いた安易な値下げ案は否定され、かえって、籾井体制での執行部の経営能力不足を疑われる結果になったようだ。墓穴を掘ったのだ。ならば、籾井案に賛成した役員たちも経営力に疑問があるという意味では、当然同罪だろう)、などなど。

◆◆ NHK会長問題を巡るNHK-OBの投書

 2014年2月5日。冷え込みの厳しい朝だった。家の外に出て新聞受けから朝刊を取り出した私は早々と屋内に戻った。全国紙の一、二面から社会面などニュース面を幾つか見出しに目を通す途中で、ある全国紙の投書欄に「元NHK記者」の肩書きで、1月末に就任したばかりのNHK会長の会見での発言を批判する投書が載っていることに気がついた。名前を見ると、私と同期にNHK記者になった男の名前が明記されているではないか。当初のスクラップを残してはいないので全文の詳細は覚えていないが、「問題発言をした籾井勝人会長は、公共放送NHKの会長の職に相応しくない、直ちに辞めるべきである。任期満了などさせるべきではない」というような概要だったと思う。私は、その日のうちにNHK入局同期の記者であり、既にNHKを退職し、女子大学の教授をしている投書の主に、次のようなメールを送った。

 *◯◯新聞朝刊の投書拝読。同感。反響が広がることを期待します。いずれ辞めさせなければならない「資質」の人です。

 直ちにきた返信メール。
 *メール頂きました。本当に情けなく怒りにも限度があるので書いてみました。広がればいいのですが。

 このような意見は、その後、NHK-OB(退職者)の間で大きな広がりを見せながら現在に至っている。例えば、NHK-OBとして籾井会長の罷免を求めて活動しているグループに「NHK全国退職者有志」というグループがあるので紹介したい。彼らはNHK問題○○連絡会、NHK問題を考える○○、NHKを考える○○の会、○○を語る会など、という看板を掲げてそれぞれ独自に活動をしていて、地域でNHKの問題、ここ3年間は専ら籾井会長問題に取り組んでいると見られる。時に協力し合い、全国的に連携することもあるようだ。
 彼らの活動の概略は、大雑把にまとめれば、籾井勝人会長就任以来のトンデモナイ発言が相次ぐ状況を踏まえて、古巣のNHKの公共放送としての変質に危機感を募らせ、当初は、籾井会長の居座りに抗議する活動から始まった。その後、公共放送、言論報道機関の長として、もっと相応しい資質・能力を兼ね備えた人物の就任を求めている(籾井会長就任後の2015年、16年のNHK予算の国会承認の際の附帯決議によると、例えば、16年3月31日の参院総務委員会では「公共放送の会長としてふさわしい資質・能力を兼ね備えた人物が適切に選考されるよう」にと、提言している)。さらに、その後は、居座り続け、失言・妄言を繰り返す放言会長の現況を見据えて、任期中に会長を「罷免」することを求める活動になって来た。

 例えば、2016年10月4日。国会議員会館で「籾井NO! 取り戻せNHKを視聴者の手に」という緊急院内集会が開かれた。70人のNHK-OBを含め、市民200人が全国から参加した。基調報告をしたのは、NHK経営委員会の元委員長代理の上村達男早大教授。会場では、上村報告を元に活発な意見交換がなされた。古巣のNHKの存立の危機感に燃えて遠方から参加した地方在住の退職者たちの発言も相次いだ。

 参加したNHK-OBの中には、かつて組合活動に熱心だった人たちも散見される。老いても、燃える。これに対して、動きが鈍いと思われるのは、NHKの現職の職員たち。さらに、一般職を束ねる労働組合の対応も鈍いようだ。視聴者に判りやすい動きがNHK内部からは、乏しいように見受けられる。

 NHKの会長は、放送法第52条の規定により、経営委員会において、経営委員12人中9人以上の多数決で選任されることから、5月以降は国民、特に受信料を払っている視聴者に見えない、いわゆる「密室」での会長選考をやめると共に「公募・推薦制の導入など視聴者に開かれた選考作業」をするようにとNHK-OBらは、経営委員会や経営委員に申し入れてきた。

 これに対して、NHK経営委員会では、6月に経営委員会の委員から委員長になった石原進委員長の下、経営委員会内部に次期会長を選定する「(会長)指名部会」を7月末に発足させたものの、選考過程を視聴者に見えるようにする方式は取らずに、従来通りのやり方で、つまり、いわゆる「密室での選考」を進めてきた。石原進委員長は、前回の会長選考に当たって籾井勝人会長を推薦した人物であり、JR九州相談役、安倍政権を支え改憲運動を推進する極右団体「日本会議(にっぽんかいぎ)」の九州地区の名誉顧問をしていた人物である。NHK経営委員会委員長に就任して、記者会見で日本会議の顧問について問われ、その後、顧問は辞めたという。
 石原委員長は、10月27日の衆院総務委員会の答弁で、籾井会長の任期満了である2017年1月24日を控えて、次期会長の就任の「1ヶ月前までに決めて、(NHK会長の責任などについて)しっかり勉強してもらう」と発言している。籾井会長の再任については、「適格かどうか(経営委員会で)審議する」、選考作業については、「国民に信頼される会長としてふさわしい人を選ぶ努力をしている」と答弁している。新聞報道によると、11月22日のNHK経営委員会の会長指名部会で、石原委員長は、「(会長が続投するかどうかの)結論はまだ。今後は12人の経営委員が提出する候補者と一緒に評価していく」と発言しているという。さらに12月6日のNHK経営委員会の会長指名部会で、石原委員長は、籾井会長について、「懸案事項に積極的に取り組んで実績を出した一方、色んな誤解を招く発言があった」と述べたという。なにやら、籾井会長更迭には、吹っ切れない思いが残っているような言動ではないか。すでに報道されているように、やっと12月6日、籾井退任が内定した。

 NHKの不適切な会長と合わせて日本会議がらみの2人の不適切な経営委員(石原進委員長、長谷川三千子委員)を退任させることが、NHKにとっても国民にとっても大事なことではないのか。会長、経営委員ら、この3人に共通していることは、1)安倍政権がNHKに送り込んだ人物であるということ。2)権力との距離感の取り方が、国民のための公共放送、なかんずく言論報道機関としてのNHKの責任ある立場にふさわしくないということ。基本的に言論報道機関に携わる資質に欠けていると、思う。NHK会長の指名をする経営委員会を日本会議に自由にさせてはならない。NHK会長を権力に都合の良いメディア(◯◯チャンネル)にしてはならない。

 2014年3月11日のNHK経営委員会席上で、当時の上村達男委員長代行=早大教授が、改めて、「NHKのトップとして、(籾井発言の)中身そのものが間違っている」と会長批判をしたことがある。経営委員会で、会長発言を真っ向から批判する意見が出されたのは初めてという(ただし、籾井会長は委員会欠席でこの場にはいなかった由)が、上村委員は、その後、任期満了で再任されずに、退任してしまった。メンバーの一部が入れ替わったいまのNHK経営委員会では、会長選考作業は今回も最後まで透明ではなかった。

◆◆ 市民が選ぶNHK会長候補

 経営委員会のこうした次期会長選考の活動と並行する形で、市民サイドでもNHK会長候補選考作業を続けてきたグループがある。

 何よりも、籾井再任はさせない、任期途中で罷免させるというNHK-OBらの運動は、その後、市民サイドからNHK会長に相応しい資質・能力を兼ね備えた人物を選ぼうという活動も付加されてきた。籾井会長は基本的に、「権力との距離感」の取り方が判っていないので、言論報道機関の責任者として不適格だと、思う。言論報道の自由とは、何よりも「権力からの自由」でなければならないからだ。

 市民サイドも早くから水面下で活動してきたが、NHK-OB(退職者)を軸にメディアの研究者、元NHK経営委員など十数人のメンバーで構成する「次期会長候補推薦委員会」が夏頃から選考を進めてきた。当初、名前の上がった20人前後の候補のうち、候補当人の意向も確認しながら熟議を重ね、候補を数人に絞り込む地道な作業を継続的に続けた。可能ならば、経営委員会の委員からも会長候補として賛同する人が出てくるような信頼感の持てる人物を選びたい。12月2日までにグループは、3人の具体的な名前を明記した次期会長候補名簿を経営委員会委員あてに郵送したという。

 市民サイドのNHK会長候補として最終名簿に記載されたのは、次の3人であった。以下、敬称略。
 作家の落合恵子、法学者の廣渡清吾、社会学者の村松泰子。落合恵子は、1945年生まれ、憲法問題、特に安保法制化に反対して積極的に活動をしていて、その権力批判は鋭いものがある。廣渡清吾は、1945年生まれ、東京大学教授、東京大学副学長を経験している。村松泰子は、1944年生まれ、NHK放送文化研究所勤務、つまりNHK-OBで、その後、東京学芸大学教授、東京学芸大学学長を経験している。
 市民サイドの会長候補推薦基準では、
  1.政権からのメディア干渉に立ち向かえる人
  2.視聴者の広い信頼と支持を得られる人
とある。
 推薦委員会の会長選考のスタンスは、視聴者の意向を反映させ、ジャーナリズム精神を備え、何よりも権力と適切な距離感を持って対峙できる人物を選考しよう、というものだ。

 市民が選んだNHK会長候補の具体的なイメージを堅持し、次期NHK会長候補になった上田良一という人物の今後の言動を対照的に見極める、という市民感覚こそ大事だと思う。市民サイドは、既成のNHK会長選出システムに補助的な回路(チャンネル)を作ったことになる。市民サイドに3人の候補を持ったことで、市民サイドの私たちはNHK新会長の今後の言動、品格などを反射する鏡を持ったことになる。市民が選ぶNHK会長運動は、マスメディアを補完する市民によるミニコミ的な活動であるが、マスメディアが、新聞もテレビも、市民のために機能できなくなっている状況下では、新たなメディア展開として期待できるかもしれない。NHK会長というメディアは、むしろ、これから市民サイドのチャンネルで運営していかなければならないだろう。

◆◆ 朝日新聞への投書

 私は、2014年10月に朝日新聞社のいわゆる「萎縮」問題に触れて、「新聞の大義」について、朝日新聞に投書したことがある。投書は新聞週間の「声」の欄特集として採用された。偉そうに朝日新聞を「激励」した上、新聞全体に注意を喚起したつもりになっていたが、天に唾(つば)したようなもので、その投書は、そのまま、私のかつての職場、NHKへ転送しなければならない、と思う。

 報道局で働く人たちへ。NHKの報道に携わる全職種への呼びかけとして、以下、再録しておきたい(新聞紙面に掲載する字数の制限で、編集部が手を入れているが、ここでは、紙面掲載の原文のママで載せたい)。新聞に限らず、マスメディア全体への警鐘は、変わらない。

<新聞週間「声」特集への投書>

 大義は権力監視 萎縮するな           元NHK記者

 NHKの社会部記者をしていた。現役時代の「ライバル」朝日新聞にものを申す。
 従軍慰安婦の「吉田証言」の虚偽は、判った時点で訂正・謝罪をすべきだった。東京電力福島第一原発の「吉田調書」の過激な見出しは、いわば過剰広告であった。いずれも遅まきながら訂正したが、この誤判断は言論史に残る汚点だ。
 だが、もっと怖い「汚点」の恐れがある。いま起きているマスコミ各社による「朝日バッシング」だ。安倍首相ら政治家もマスコミ論調を見ながら「国益損失」だと朝日批判をした。朝日を批判するマスコミは、いずれも自分たちの報道姿勢を権力者に咎(とが)められないようにと、権力者に秋波を送りながら萎縮しているように見える。
 国民の知る権利を担保されたマスコミの大義は、権力を監視することではないのか。足の引っ張り合いをしていたら、国民の新聞離れは加速するに違いない。国民の知る権利が劣化することになる。私が心配する「言論史に残る汚点」とは、このことだ。

◆◆ NHK会長という「大義」

 朝日新聞への投書は、そのまま、萎縮するNHK報道への苦言に切り替えねばならないだろう。新聞の大義も、公共放送、さらに言論報道機関としてのNHKの大義も、もちろんマスメディアの大義として共通する。NHKの会長選びが前回の籾井選出と同じような形で進んだのか、ということを検証するのは、ひとりNHKだけの問題ではない。また、NHK-OBたちの問題でもない。新聞も、通信社も、民放テレビも、雑誌も、権力からの介入には皆、巻き込まれている。マスメディアの全体の問題である。つまり、この問題はマスメディアが権力と適切な距離感を持ち、国民の知る権利を守るために、言論報道の自由を発揮するかどうか、という問題である。NHKに腐ったリンゴが投げ込まれ、ほかのリンゴも腐り始めている。腐ったリンゴは、一つのリンゴ箱の中のリンゴを腐らせるだけではなく、横に置かれたほかの箱に入ったリンゴにも影響を及ぼすことになるのではないのか。マスメディアというリンゴが、美味のまま国民に食べてもらえるように、ふぞろいのリンゴも手を携えて、リンゴの国を守って行くべきなのではないのか。

◆◆ 上田次期NHK会長候補って?

 12月6日のNHK経営委員会(会長)指名部会では、三菱商事の元副社長でNHK経営委員の一人、上田良一(引き続き敬称略)が次期会長候補として経営委員会から提案されたという。12人いる経営委員のうち、9人以上の賛同を得られたということで、正式に任命された、とマスメディアは伝えた。
 どういう人なのだろか。三菱商事で、アメリカの関連会社(米国三菱商事)の社長、本体の副社長を経て、3年半前にNHK経営委員会の常勤委員になったということである。三井物産で、アメリカの関連会社(米国三井物産)の社長、本体の副社長などを経て、3年前にNHK会長になった籾井勝人という人物と経歴が似ているように思えるのは、気の回し過ぎか。2人とも商社マン。長年、商社の最前線で利潤追求という戦場でビジネス社会を泳ぎ渡ってきた。NHKは3人目の商社マン会長(三井物産出身:池田芳蔵、籾井勝人。三菱商事出身:上田良一)を冠に戴くことになった。上田次期会長は、籾井会長と違って、言動は慎重さをわきまえている、と伝えられているようだが、経営委員の一員として籾井選出にも関わっていたのではなかったのか。

 それにしても、3年前からの既定の路線上の人物が歌舞伎のテレコ(交互)構成の芝居のように入れ替わっただけという印象が強い。記者の心証としては、あまり、良い感じがしない。新会長は安倍政権との距離感を適切に保てるのか。何より、公共放送のトップとしてだけでなく、言論報道機関の長という自覚を持ってNHK会長というメディアを活性化させることができるのかどうか。今後とも注目しなければならないだろう。「籾井去って、上田来たる」にならないよう、暫くは会長の言動を監視しなければならない。

 外部から送り込まれてくるトップに蹂躙されるNHKのすべての職場で働く人たちよ。言論報道機関としてのプライドを取り戻すために、現場では萎縮せずに奮い立って欲しい。NHKを安部政権のチャンネルにしてはならない。経営委員会を通じて日本会議が支配するNHKにも、してはならない。NHKの報道現場は、プライドを持って、言論報道機関にふさわしい大義を国民のために貫いてほしい。

 (ジャーナリスト(元NHK社会部記者)・日本ペンクラブ理事・オルタ編集委員)


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