ミャンマー仏教徒に「イスラム嫌悪」を説く高僧が出現

宗教・民族から見た同時代世界              荒木 重雄       

ミャンマー仏教徒に「イスラム嫌悪」を説く高僧が出現

 
奇妙な記事に出会った(毎日新聞6月22日)。仏教徒とイスラム教徒の宗教暴動が頻発しているミャンマーで、仏教徒にイスラムの脅威を煽っている高僧がいるというのだ。いわく、「イスラム教徒はこの国のすべての町や村で仏教徒をレイプしています」「彼らは人口を増やして国家を乗っ取るつもりです」。

古都マンダレーの3千人もの僧を擁する僧院の幹部であるウィラトゥーというこの僧は、「イスラムの陰謀」に対抗するためとして「969運動」を提唱する。「969」とは仏教の三宝(仏法僧)を意味する数字とされるが、ヘイトスピーチ(憎悪表現)にまみれた彼の主張はソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)などを通じて急速に広まり、仏教徒大衆の反イスラム感情を増幅させているという。

欧米メディアは「パラノイア(妄想性障害)」とか「ビルマのビンラディン」とこの僧を評するとも付記するこの記事は、だが、多くの問いに読者を導く。
ミャンマーのイスラム教徒とはなにか、とか、なぜいま仏教徒とイスラム教徒の宗教暴動かとか、さらには、不殺生や寂静を説く仏教僧がなぜ、とかである。

◇◇ イスラム教徒は二級市民

国民の9割が仏教徒といわれるミャンマーで僅か4%を占めるに過ぎないイスラム教徒だが、彼らは19世紀末の英国による植民地支配(英領インドの一部に編入)の前後に亙ってインドから流入してきた人たちである。

彼らは、1948年に英国から独立したビルマ(ミャンマー)がビルマ族主体の国造りをはじめると、カレン族、カチン族のような特定の少数民族集団としてではなく、最大民族のビルマ族の一部として生きることを選んだ。
したがって政府が発行する身分証明書では彼らは、民族名は出身地のインドやバングラデシュに加えビルマ族と記され、名前もイスラム名でなくビルマ名で記されている。

このような同化志向の生き方から、普段は仏教徒の住民と溶けあって暮らしてきたが、しかし仏教徒側には文化や風習が異なるイスラム教徒を嫌う人たちも少なくなく、イスラム教徒には、また、たとえば、公務員になっても上級職に出世はできないとか、軍なら昇級できても少佐どまりなどの壁がある。

◇◇ 拡大する反イスラム暴動

仏教徒とイスラム教徒の紛争は1930年代以降、断続的に起こってはいるが、それが顕著になったのは1980年代末以降、とりわけ最近である。ミャンマーにおけるイスラム教徒迫害には、西部ラカイン州にまとまって住むロヒンギャ族に対するものと、それ以外の中・南部や東部で仏教徒と混ざって暮らすイスラム教徒に対するものとがある。

ロヒンギャ族に対しては、彼らは古くは15世紀から傭兵や商人として定住したベンガル系移民の末裔だが、82年、当時の軍政は、彼らをバングラデシュからの「不法移民」として国籍を剥奪し、さらに88年、ロヒンギャ族がアウンサンスーチーらの民主化運動を支持したことから、軍政による財産没収や強制労働などの弾圧が常態となり、加えて、仏教徒住民による攻撃も頻発するようになった。

とりわけ2009年と12年の宗教暴動では多くのロヒンギャ族難民が小船で海に逃れたが、数百人が洋上で漂流したまま行方不明になっている。

西部ラカイン州に偏っていた両教徒の衝突は、だが、今年に入ると、全国に広がりだした。3月、中部メイッティーラ市で店員と客の喧嘩に始まった暴動は、双方の住民が刃物や棒で襲い合い、43人が死亡し、1千戸近いイスラム教徒の家やモスクが焼き払われる結果となった。これをきっかけに反イスラム暴動が中・南部15カ所に拡大、一旦は沈静化したが、4月には南部オッカンで、また5月には北東部ラショーで、多数派の仏教徒住民がイスラム教徒の商店やモスクなどを襲う事件が続いている。

◇◇ イスラム攻撃は弱い者いじめ

 ミャンマーではじつは、仏教徒対イスラム教徒の対立は、この国の民族・宗教対立の主要なものではない。独立当時、英国植民地支配下でキリスト教徒となった者も多いカレン族、カチン族、チン族をはじめ、ワ族、シャン族、モン族などの少数民族は、ビルマ族仏教徒主導の国造りに異を唱え、武装組織を創設してビルマ族に迫り、一時はビルマ族中央政府は当時の首都ラングーンを統治するのが精一杯の状況にまで追い詰められた。
これがその後の軍政維持の主要な一因だが、紆余曲折を経ながらも、各少数民族武装勢力を次々と下し、12年初頭までに10の主要少数民族武装勢力と停戦合意に達し、唯一残ったカチン独立機構ともごく最近、停戦合意の兆しがうまれている。

このようにそれぞれに州を構成し侮れない武装勢力をもつ有力な少数民族との緊張が薄れたなかで、いま、弱小で、もともと同化志向のイスラム教徒に、攻撃の刃が向かっているのである。

◇◇ 憎しみに抗する仏教を

 ではなぜ仏教界の高僧がその先鋒に、ということだが、これはミャンマーに限らない。 たとえば、スリランカで、シンハラ語の国語化や仏教の国教化に異を唱える少数派タミル人ヒンドゥー教徒を多数派シンハラ人仏教徒が襲撃、殺戮しその後の内戦のきっかけとなった83年の暴動を率いたのは仏教僧だったし、70年代のタイで民主化政権の転覆を謀り、「共産主義者は人間ではない。だから仏教徒が彼らを殺しても悪行ではない」との説法を繰り返す高僧もいた。
 
仏教ではないが、インドには、少数派イスラム教徒への非難と襲撃に大衆の不満を転換させ、それを求心力に党勢を拡大して政権を窺がうヒンドゥー至上主義政党もある。

 いずれも、人びとのアイデンティティー・レベルに入り込み、情動に働きかけて、日常の不満や不安を排他主義や攻撃性に誘導し、それがもたらす昂揚を政治目的に利用しようとの企みである。
日本でも、外国人や異なる思想の持ち主にヘイトスピーチが浴びせられる今日の風潮を考えると、わたしたち自身、しっかり心せねばならないことである。

 さて、冒頭の記事に戻ろう。「969」は仏教の三宝を意味するというが、それは、イスラムでコーランの冒頭にある「慈悲深き神の名において」を数字化した「786」への対抗である。そして、暴動で襲撃されたイスラム教徒の家の壁には「786 消えろ!」と記されていたという。かつてナチスに襲撃されたユダヤ人の家に三角形を逆に重ねた「ダビデの星」マークが記されたことが想起され、心が寒くなる。
  (筆者は元桜美林大学教授)

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