【北から南から】

ミャンマー通信(13)

中嶋 滋

●日系工場よ、お前もか ?!

 縫製を中心とする外資系工場の雇用・賃金・労働条件そして労務管理の悪さ・厳しさは、とみに中国・台湾・韓国系企業で目立ち、日系企業は比較的良好であるとされてきました。ところが最近、相次いで日系企業で労使関係上の問題が起っています。典型的な事例は、ヤンゴン郊外のM工業団地にあるF縫製工場で起ったものです。その工場には労働組合があり、日頃からその活動を快く思っていなかったマネージメント側が、委員長ら組合の中心人物3人を突然解雇する挙に出たのです。組合側は猛然と反発し解雇撤回を求めましたが、マネージメント側は応じませんでした。そこで組合側は約660名の組合員全員による就労拒否による抗議デモを3日間敢行しました。

 4日目の朝、工場の門にデモ参加者全員を解雇するという通告文が張られました。就業規則に3日を超える無断欠勤をした者は解雇出来るという規定があり、これを適用した処分を発表したというのです。組合側は調停委員会、仲裁委員会に問題を持ち込み、早期解決を図りました。約660人の解雇問題は、政労使3者構成の仲裁委員会で、特に政府側委員の主張によって3人の組合リーダーの解雇問題と切り離して職場復帰をして解雇は撤回するという決着を見ました。しかし、組合リーダーの解雇問題は決着が持ち越され、裁判で争われています。

 それに加えて、2つの日系縫製工場で相次いで、組合否認、組合潰しの問題が明らかになりました。先月下旬にミャンマーの労働事情調査に訪れたUAゼンセン調査団と現地の労働組合との交流の場で、若い女性労働者から組合潰しの実態報告と対処方法に関する質問がなされたのです。1つは組合否認のケースで、組合の存在を認めず一切の話合い・交渉に応じないというのです。

 もう1つは御用組合を作りそれへの加入を働きかけているケースです。話を聞いているうちに分かったのですが、この2つの工場は名前が全く違うものの同一の日系企業の傘下の工場でした。マネージャー同士が頻繁に情報交換をしているようで、労働組合運動への共通した対応策が採られつつあると言います。

●問われる組織的対応

 この傾向は日系企業だけではなく、縫製工場全般に現れていると言われています。その背景には、企業側団体の結成と運営強化の事情があると考えられます。ミャンマーの労働法では、労働組合のみならず経営者側の団体も登録することになっていて、1月末現在で22団体が登録しています。労働組合を含め全登録団体数が923団体ですから、その数は決して大きいものではありません。

 しかし、その中に縫製業のタウンシップレベルの経営者側団体が含まれていることに注目する必要があります。多くの縫製工場があるL工業団地を含むタウンシップの団体で、その中心人物がUMFCCI(ミャンマーの経団連)の役員を務め昨年のILO総会への経営側代表を務めた人で、なかなか有能な人です。この人を軸にネットワークが作られ労働組合運動に対する対応策が立てられ実施されているというのです。

 問題は、この動向に対応し得ていない労働組合側にあります。組織化も充分ではない上に、組織分立・競合もあって闘いの展開が統一的なものになっていません。対立する時間も空間もないことは明らかなのに、統一への努力がなされないのは、背後に私たち外国人には理解しがたい複雑な事情があるようですが、早急に克服しないかぎり産業別レベルでの労使交渉を実施していく展望も切り開いていくことができなくなります。

●ILO182号条約は批准したが---

 昨年12月、ミャンマー政府は最悪の形態の児童労働の廃絶に関するILO182 号条約を批准しました。少数民族との武力紛争に絡んで深刻な少年兵問題を抱えているこの国にとって大きな前進です。1961年以来51年ぶりとなるILO条約批准で、その意味からも大いに評価されてしかるべきだと思います。これを契機に児童労働問題解決に向けた取り組みの強化、国際労働基準の尊重遵守の促進を期待したいと思います。

 というのは多くの工場で少なからぬ就労制限年齢以下の労働者が働いている実態があるからです。この国の労働法制は改革途上にあって、どの法律がどのように適用されているのかはっきりしていない面があります。就労制限年齢に関しても、弁護士や組合役員、労働省の役人に聞いてもはっきりしません。彼らの話を総合すると、法律上は18歳未満の就労はできないのだが、16歳以上であれば許されているというのが実態のようです。ところが工場を訪れる機会がある毎に気づかされるのが、幼さを残す少年・少女労働者の存在です。組合役員に尋ねると、年齢を偽って働いている労働者はどの工場にも3〜5%位の比率でいるというのです。

 ミャンマーの人々の圧倒的多数は、姓がなく名前からは血縁・姻戚関係はわかりません。知人の国民登録証コピー提出をもってなりすますことは簡単に出来るそうで、社会保障制度や徴税システムも整備していませんから、その面からもチェックすることは困難だそうです。さすがに同じ工場にAさんが2人いることはないそうですが、同じ工場団地内の別々の工場にAさんが2人も3人もいても問題にならないといいます。

 貧しさからくる方便なので組合は黙認し、使用者側も承知しているようです。中には就労年齢以下の労働者を見習い労働者として安い賃金で使う悪辣な使用者もいると聞きました。月100時間の超過勤務をして55,000チャット(日本円で6,000円弱)しか賃金が得られない例があるのを、賃金支払い明細書を見せられて驚いたのですが、この例が見習い労働者扱いでした。

 こうした例が数多く存在している実態から、182号条約は批准しても就労最低年齢に関する138号条約批准の話は、政府のみならず野党からも労働組合からも出てきていません。条約が目指すものと実態との乖離の余りの大きさに声もでないのでしょうか。確かに、事実上義務教育がなく初中等学校(小学校4年、中学校4年)からの途中ドロップアウト率は50%といわれていますから、教育過程からはじき出された少年・少女の行き先を貧困の問題と併せ考えれば、簡単な課題ではありません。しかし、一方に親が特権的地位にあったりそれに絡まってそれなりの収入を得たり富の蓄積をなしえた親の子らがいて、教育を受けられるチャンスや学力上の格差が拡大する一方という状況が急速に進行しています。困難だからといって放置してよい課題ではないはずです。

●短い入院経験から

 2週間程前、少し体調を崩して2泊の短い入院生活を経験しました。たった2晩いただけで、特に前半は戸惑いもありましたから、この国の医療制度について論ずることなど出来るはずはありません。しかし、少しばかりびっくりすることがありましたので、紹介しておこうと思います。

 入院した病院は、ヤンゴン市内で有数の私立の総合病院でした。公立病院の何処よりも評価が高いという話でした。医者も看護士も皆親切でした。ちなみにミャンマーには、大学入学試験がありません。先ほど触れた初中等学校(4年、4年)の上に2年制の高校があり合計10年間の教育を終えると、全国一斉の高校卒業認定試験があります。この試験が大学入学試験の役割を果たすのです。大学医学部あるいは医科大学に入学するためには、この試験で全国500位以内に入っていなければなりません。501位以下の学生は入学できず医者にはなれません。医者は超優秀でなければなれないスーパーエリート職業なのです。確かにどのお医者さんも賢そうな感じでした。

 感じたことですが、まず付添人は不可欠だということです。私の場合、地元の労働組合の仲間が2晩交替で付き添ってくれ助かりました。薬、食事などすべて付添人がいなければ用が足りません。薬は、医師の診断に基づき処方箋が渡されます。それをもって付添人が薬局まで買いにいくのです。買ってきた薬を医師または看護士の指示に従って飲むということになります。点滴用の薬も同じでボトルを買ってきて看護士に繋いでもらうのです。食事も、私の場合、特に制限はなかったのですが、付添人が私の好みを聞いて鶏肉が入った中華風粥を買ってきてくれて、同じく買ってきた食器を使って食べるという具合です。トイレットペーパーすらも、必要なもの全て自分で(付添人)が買って対応するというシステムです。

 付き添ってくれた仲間の説明によれば、利用者の多くは地元の比較的収入の高い層の人々だそうで、その他の多くの人々は公立病院に行くそうです。医療内容もサービスも格段違うということです。ちなみに私が支払った金額は、2晩個室利用の病室代220US$を含め557US$と薬代14US$でした。この金額は、縫製工場で働くベテラン労働者の5ヶ月分の賃金に匹敵します。(2014.2.16)

 (筆者はITUC(国際労働組合総連合会)・ミャンマー事務所長)


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