ミャンマー通信(18)

【北から南から】

ミャンマー通信(18)

中嶋 滋


●テインセイン大統領の改革「第3波」

 民主化促進に向けよりよい成果をあげるためだとして、テインセイン大統領は「第3波」といわれる改革の一環として内閣改造を実施しました。7月末のことです。健康省大臣のペテイキンと情報省大臣のアウンチーの2人を更迭しました。地元紙も大きく取り上げましたが、今回の改革の狙いは汚職摘発と「お役所仕事」の一掃にあるということです。更迭された2大臣は、大統領が進めようとしている汚職撲滅と市民サービス向上計画に適合する対応をしていないと判断された、と報じられています。後任には、それぞれの省の副大臣が就任していて、交替の実効性がどの程度あるのかわかりません。

 大統領は次期大統領に正式には名乗りを上げていませんが、当初公言していた「一期限り」という発言が影を潜めているのは事実で、政治的な混乱を避け着実に民主化を推進するためには彼の続投しかないという再選を期待する声が根強くあります。その背景には、次期大統領就任の意欲を公然と表明しているトラシュエマン下院議長は与党USDP(Union Solidarity and Development Party)の総裁なのですが、親族が典型的なクローニー経済の経営者で特権・汚職・腐敗の典型という「ダーティー」なイメージが強く、国民的な人気に欠ける事情があるといわれています。大統領が期待に応えるのか否か分かりませんが、彼は、今年の暮れに予定されている補欠選挙と来年10月に迫った第2回総選挙に向けて「成果」をあげ選挙民にアピールしなければならない立場に立たされています。

 そのために具体的な成果を示すよう改革を進めなければならないでしょうが、それは普通に働き暮らす人々とくに低所得・貧困層には及んでいないのが実情です。格差拡大はますます顕著になってきています。高級車に乗って家族連れでレストランに繰り出し食事する人々がいる一方で(この数は確かに増加しているように思える)、彼らが一晩で使うお金を稼ぐのに月100時間も残業をしなければならない労働者がいます。「豊かさ」を示すかのように、多くの人々がスマートフォンや iPad(中国製のまがい物が多い)を手にして、活発に動き回っています。ジーパン姿など「洋装」の若者の数が多くなっています。若い女性の化粧が明らかに変ってきています(伝統的なタナカを塗るスタイルから西洋式に)。しかし、人々の生活実態はそれほど豊かにはなっているとは思えません。街の彼方此方で見かける建設現場で働く労働者の状態に変化は感じ取れません。スラム化しているとしか思えない低所得・貧困層の住宅環境にも変化の兆しは感じ取れません。大統領の改革は、これらの人々の生活と仕事の具体的改善には未だとどかずという状況にあります。

●断水と停電

 電気と水の供給については一時期より少し良くなってきたのではないかと思っていたのですが、まさに「油断大敵」で、昨日(8月4日)は久しぶりにひどい目に遭いました。

 まず、水でした。農村部の学校に絵本(日本の絵本にミャンマー語訳のシールを貼ったもの)を定期的に届けるボランティア活動を続けている友人(彼はミャンマーでの活動の際は私のアパートを定宿・拠点としている)が、この日は朝6時発の飛行機でマンダレー方面に出かけるということで、4時30分アパート出発にむけ3時30分に起床したのですが、全く水が出ないという事態に陥ったのです。この断水状態は、私が事務所に向けてアパートを出た8時45分でも続いていましたから、この時点で少なくとも5時間以上(3時30分以前のことを考えるともっと長かったと思われる)止まっていたことになります。

 洗顔も炊事も何も出来ません。ヤンゴンでも水道水は飲めませんので、飲料水は買っているのですが、5リッター(ポリ容器入り)で660チャット(約66円)です。このポリ容器に水道水を溜めておいて、断水した場合に主にトイレ用に使うようにしています。暑い国ですから、少し油断をすると湿気が多い雨期には枕カバーやシーツに黴が生えるくらい寝汗をかきます。朝シャワーを浴びることは必須なのですが、断水ではできません。溜め置きした水で濡れタオルをつくり身体を拭くことになります。食器洗いなども断念。

 その日、私は午後6時過ぎに帰宅しましたが、水道の水はチョロチョロ状態で、まさかの思いでトイレのタンクを点検すると溜まっていない状態にありました。ということは、つまり日中ずっとほとんど止まったままの状態が続いていたことになります。チョロチョロ状態で食器洗いを済ませましたが、翌朝の5時30分もほぼ同じ状態で、シャワーを浴びることができ、洗濯機を使えるような状態になったのは6時30分過ぎになってからでした。

 次は電気です。その日の午後1時から5時まで事務所は完全に停電で、雨期でもあり事務所内は暗く、コンピュータもインターネットも使えず、仕事はほとんどできない状態でした。外に出かけようにも物凄い降りで、しかも3機あるエレベーターの2機は動かない状態(ジェネレーターの節電)になっていますから、事務所内でじっとしている以外にないわけです。

 こうしたことをクドクドと書いたのは、単身生活の私でさえこうですから、家族とともに暮らす普通の市民の日常の生活と仕事に断水と停電が如何に大きな打撃を与えるかを、想像していただきたいからです。

 しかし、この打撃は、特権層の人々の生活や仕事には及ばないのです。将軍たち特権層(大佐以上の軍人、クローニー経済を仕切っている経営者など)が暮らす住宅街には、断水も停電もないというのです。彼らの住む住宅街は、車でヤンゴン市内を移動する際に時折目にすることができます。「○○ビレッジ」(タクシーの運転手は『将軍村』といいます)と書き込んだ大きなゲートがありガードマンが出入(特に入り)をチェックしている「村」の中には、広い敷地を持った大邸宅が建ち並んでいます。ちなみに「Mr. Clean」の異名を持つテインセイン大統領の私邸もこの村にあります。

 問題は、この「村」の住人たちの多くが(おそらく全員が)、先ほど私がクドクドと書いた実態など全く知らないだろうということです。彼らが暮らす「村」には特別の配電がされているといわれています。停電で真っ暗になっている様子を今まで誰も見ていないからです。働く場所も、たとえ停電があっても即座にジェネレーターに切り替わるシステムが完備しているので、暗い部屋でじっと回復を待つということから無縁なのです。

 ミャンマーの人は「自分勝手」で他の人々に対する配慮に欠けると良くいわれます。視察に訪れた日本人の団体に添乗するミャンマー人ガイドがそういうのは「定番」になっています。多少卑下した案内なのでしょが、日常生活の中で「割り込み」はいちいち腹を立てていたらきりがない程あるのは事実です。

 スーパーマーケットのレジ待ちの列を無視して逆方向からレジに近づき清算させる人を時々見かけます。それは極端な例外ではない程の頻度であります。勿論、礼儀正しく親切な人々は多くいますが、平気で無理を通す人がいるのは長年の軍政の悪しき遺産の現れと見るのは、穿った見方でしょうか。特権層が時も所も構わず無理を通してきたわけですから、そうできる時と所があったらやってしまう人が出てきても不思議ではありません(経済の自由化の波に乗って『成功』し偉くなったと錯覚している『成金』どもに多い)。

 「平服の下に軍服が透けて見える」といわれますが、今でも国軍の影響力は絶大で至るところに及んでいます。スーチー氏が憲法改正キャンペーンを行なっている国会での国軍の絶対的位置(選挙と無関係に全議席の1/4を占有)や、局長以上のほとんどの上級ポストが国軍出身者によって占められているという行政府の実態などを考えると、病巣の切除は簡単ではありません。汚職と「お役所仕事」の撲滅を目指す大統領の改革も前途多難です。

 賄賂が「手数料」と呼ばれ「手数料」が払われるまで仕事が進まない実態は、社会全体にしっかりと根を下ろしている感じがします(下ではそこそこに、中ではそれなりに、上では大掛かりに)。深く染み込んだ悪習を取り除くことは一朝一夕にはできません。ミャンマーの人々は、この状況をよく知っていて、半ば自嘲気味に具体例を挙げ「どうしようもない」と嘆きつつ憤懣を吐露します。

 こうした憤懣を改革のエネルギーに変える動きは、残念ながら未だ顕著になっていません。野党にも、労働組合運動にも。総選挙まで1年と数ヶ月。間に合わせたい。

 (筆者はヤンゴン在住・ITCU代表)


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