ミャンマー通信(31)

【北から南から】ミャンマー通信(31)

歴史的選挙戦がスタート

中嶋 滋


<候補者リスト未確定部分を残したまま>

 9月8日に選挙戦が公式に始まりました。投票日は11月8日ですから実に2ヶ月間に及ぶ長期戦です。選挙管理委員会への立候補届出〆切は、前回報告したように8月14日でした。その後選管が立候補者の資格審査を行ない、パスした立候補者が晴れて選挙戦に臨むという訳ですが、すんなりとは行っていないようです。
 地元紙の報ずるところによれば80人以上が立候補資格なしとされたといいます。その中のNLDの3名のように異議申し立てが通って資格を得た人もいるようです。それとともに立候補者の審査が未だ済んでいないということも明らになっています。選管は週明け(14日からの週)には終了するといっています。

 その中で特に問題になっているのがイスラム教系の立候補者への差別的な取り扱いだといわれています。ラカイン州を中心にイスラム教系の立候補者への審査が厳しく、結果を不服とし是正を求める申立が多数なされていると報じられています。前回選挙で当選した現職議員が審査に通らなかったケースもあり、審査のあり方への疑念と批判もあります。
 立候補者の一番多い政党はNLDで、下院325、上院167、州・管区議会659、計1,151となっています。一方、与党USDPは、下院318、上院165、州・管区議会651、計1,134です。下院の選挙定数は330、上院のそれは168ですから、2大政党がほとんど全ての選挙区で候補を立て全面対決の闘いが進められています。

<洪水の影響と選挙違反>

 深刻な洪水被害の影響でチン州では選挙実施を3ヶ月延期する可能性があると選管委員長が明らかにしています。西部の州・管区、特に地方の農村部では復興が進まず生活再建の目処が立っていないところが多くあります。未だ道路も寸断状態のままで、選挙どころではないというのです。そんな中で、復興支援にかこつけた選挙違反も多発しているようです。
 地元紙で取り上げられている「買収」の代表例は、大統領府上級大臣のソーテイン候補が選挙戦に入る前に選挙区に多額の寄附をしたことです。ソーラーランプ、サテライトTV受信機、水供給などの寄附で、総額1万米ドルを超えると報じられています。対立候補陣営から選管に申し立てがあり明らかになりましたが、選管は選挙規定の何処にも違反しておらず問題ないとしています。
 ソーテイン上級大臣は、テインセイン大統領の片腕と言われミャンマーの経済改革を推進する重要人物です。彼は、カヤー州のバウラケ村選挙区から無所属で上院議員選挙に立候補しています。この選挙区は国軍の兵舎があり与党USDPが絶対有利な数少ない選挙区のひとつだといわれています。ですから彼は、候補者リスト作成に向けて、この選挙区への移動を求めたのです。しかし、シュエマン議長が総裁であった当時のUSDP執行部はその要請を認めませんでした。そこで無所属で立候補することになったのです。旧執行部が全員更迭され新執行部になった後も無所属のままですがUSDPからの対立候補は出ていません。

<アウンサンスーチー党首の第一声>

 民主化に向けた歴史的な選挙にむけたアウンサンスーチーNLD党首の第一声は、大統領府上級大臣ソーテインと和平交渉の責任者アウンミン上級大臣が無所属で選挙戦を闘っているカヤー州で、選挙運動をスタートさせました。数千人の聴衆が彼女を見ようと最初の集会に詰めかけました。2010年選挙では カヤー州の全選挙区でUSDPが勝利しています。その与党USDPの金城湯池と見られている地域でも、彼女の人気は絶大なようです。
 ソーテイン上級大臣による買収騒ぎがあった故か否かは定かではありませんが、NLD党首の選挙キャンペーンはカヤー州で始まり、問題のバウラケ村でも行なわれました。彼女は「何カ所かで村人たちに渡されている贈賄が起きています。ここに来る途中で、新しい電柱を見ました。それは選挙が近くなるといつも起ることです。票を求める人がそのようなことをいつもやるのです。だから私は、近視眼的な判断ではダメだと言っています。私たちは長期的視点から考えなくてはなりません」と語りかけています。そして彼女は、「我々の子どもたちが育っていく国をどのような国にすべきなのか?」と問いかけ、教育、健康、安全の重要性を指摘し、それらの改革のために活動すること誓い、全ての選挙区で勝利すると宣言しています。

<少数民族が鍵>

 アウンサンスーチーNLD党首が最初の選挙キャンペーンの場にカヤー州を選んだのは、彼女の少数民族問題重視の現れだと指摘する声もあります。彼女の父で国父とよばれ依然として国民的人気の高いアウンサン将軍が、イギリスからの独立を実現するために少数民族代表との協議を重ねていた時、カレンやシャンなど少数民族が分離独立や大幅な自治権確保の主張をもっていたことは知られており、不幸にしてアウンサン将軍が暗殺されたこともあって、少数民族との武力対立が続いてきました。未だに全国和平が達成したとは言えない状況もあります。彼女がカレー州を選挙戦の最初に訪れたのは、少数民族問題を重視しているからであるというのです。
 約全人口の3分の1を占め独自の言語と伝統文化をもつ少数民族は大括りにして135あるといわれていますが、細かい区分では非常に多くの民族が存在していると言われています。それらの言語や伝統文化を尊重し自治を保障していくことが重要であると考えているからこその選択だったというわけです。これは国のあり方・姿にもかかわることです。アウンサンスーチー党首が「我々の子どもが育っていく国をどのような国にするか?」と聴衆に問いかけた意味を考えねばならないと思います。

 彼女は、第1声の最後に「国家の優先すべき課題は何かについて闘うべきだ。我々は平和を求める。国際社会の中で尊厳をもって存立するため、この国には安定が必要なのだ」と訴えたと報じられています。
 2011年、国軍は完全・全面支配から疑似民政を操ることに支配のあり方を転換させました。新しい支配のあり方は、非選挙の軍人議席が4分の1を占める議会・政治システムに深く根ざし維持されています。それを変革する憲法改正の試みは、国軍の力によって阻止されました。その状況を受けての選挙です。彼女が主張する「安定」を如何にして実現するか。
 多くの少数民族政党が独自候補を立てて選挙戦に臨んでいます。民主化推進の立場を明確にしている少数民族政党も少なくありません。しかし、これらの少数民族政党とNLDとの連携・協力はほとんどありません。NLDは上下院ともほぼ全選挙区に候補者を立てています。多くの選挙区で民主的な少数民族政党の候補者と争っています。これがどう影響するか、心配する人々も少なからずいます。

<シュエマン議長は>

 先月、与党USDP総裁の地位を追われた下院議長のシュエマン氏は、自分の選挙区バゴー管区のピュー選挙区で選挙戦を進めています。彼は、有権者に、今年の選挙の機会を無駄にすることのないように、そして候補者の誰が国と国民の利益ために本当に奉仕するかを考えて選ぶようにと、訴えているようです。具体的な課題では健康、交通、農業、電力について力を注ぐことを強調していることが報じられています。
 シュエマン氏は、旧軍政下で国軍序列No.3でしたが2010年選挙で退役して主都ネピドーのザヤーテリ選挙区からUSDP公認で下院議員に立候補し当選しています。8月に党総裁の地位から追放されましたが議長職には留まり、党の公認候補リストにも名を連ねています。同じ選挙区にはNLDをはじめミャンマー農民発展党や国民統一党などの候補者がいて激戦が予想されています。
 シュエマン議長は国会における国軍の力を弱めるために憲法改正を求めるアウンサンスーチーNLD党首を支持し連携を強めてきたと広く噂されてきました。テインセイン大統領は、彼のこの動きを個人的な利益(大統領就任)のためであり国およびUSDPの利益に反するとして、治安部隊を動員したクーデターまがいの手法を使って彼のパージを敢行したのですが、これに対しては多くの批判があります。地元紙は、アメリカ、イギリス両国政府が、党内闘争に治安部隊や警察を使ったことを非難していると、選挙報道の中で紹介しています。

 9月最初の週のDVB(Democratic Voice of Burma)は、北京の政治指導部の多くが11月の選挙後にアウンサンスーチー氏とシュエマン氏の同盟がミャンマーを指導することになるだろうと期待していたのでシュエマンが党総裁から追放されたことにショックを受けたとの情報を伝えています。更に、中国の指導者の多くが最低3日前にはシュエマンが首を切られる事態に直面していたことを知っていたとも報じています。
 これらの情報の真偽は判断しようがありませんが、選挙戦が始まった直後に報じられていることは、少なくとも報道に関しては今のところ権力的な干渉はなく自由が確保されていると思われます。

<CTUMは公正選挙を求め特定支持なし>

 派手なデコレーションを施しラウンドスピーカーを付けた政党の宣伝車が街中をめぐっていますが、その数はさほど多くはありません。宣伝車の廻りを取り囲んでポスターを掲げる支持者はいます。しかし街中では、今のところ政党や候補者のポスターもほとんど見かけないほどです。少し期待はずれの感じです。長い選挙戦がはじまったばかりだからなのでしょうか。

 労組ナショナルセンターCTUMの基本的態度は、「自由・公正な選挙の実施を強く求める」というものです。政党に対しても候補者に対しても特定支持し組合員に投票指示・依頼はしないということです。
 この態度は、日本ILO協議会と日本労働ペンクラブの合同スタディーツアー一行がCTUMのマウンマウン会長に面談した際に、質問に答える形で明らかにされたものです。
 背景には、揺籃期で極めて低い組織率にとどまっているミャンマー労働組合運動がおかれている状況、「平服の下に軍服が透けて見える」政治体制、極めて多くの少数民族政党があり組合員の民族性も多岐にわたっている問題などが考えられます。

 (筆者はヤンゴン駐在・ITUCミャンマー事務所長)


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