ワールドカップとコンビニ

中国単信(11)

ワールドカップとコンビニ

趙 慶春


 今回のサッカーワールドカップブラジル大会では、日韓をはじめイラン、オーストラリアのアジア勢として出場した4か国の戦績は全12試合で3分け9敗、得点9、失点25という散々な結果だった。
 そして気になったのは、成績が振るわないからなおさらなのだろうが、最近の日中韓にわだかまる政治的不信がワールドカップにまで持ち込まれ、ネット上で互いに醜いなじり合いが起きていたことである。
 たとえば今回のブラジル大会で最弱のチームはどこかとするスレッドが立ち上がると、日本からはすぐさま「最弱は韓国」とするコメントが数百も書き込まれた。もちろん韓国のサポーターが黙っていない。「コロンビアに惨敗したのはどこの国だ」「日本は10人のギリシャと引き分けがやっと」「韓国対日本では40勝13敗22分で韓国が断然勝ち越している」といった反論が出た。
 一方、日本人サポーターによる試合後の「ゴミ拾い」が世界から注目され、賞賛を浴びた。ところが中国人からは事前にゴミ袋を配ったとして、用意周到なパフォーマンスにしかすぎないと悪意に満ちた声が聞こえてきた。さらに韓国サポーターがロシアと引分けたあとは「ゴミ拾い」をしたのに、アルジェリア戦敗退後は「ゴミ拾い」をしなかったとして、「敗戦で韓国人の本性がさらけ出された」と酷評する始末。

 なぜこうも相手に対して悪意に満ちた目を注ぎ、批判、攻撃を繰り返すのだろうか。もっともこうした現象は今回のワールドカップだけではないのだが。
 最近のこうした市民レベルでの過熱気味の日中韓バトルが起きる大きな要因は、インターネットの普及によって、瞬時に情報を共有し、誰もが自説を発信できる物理的条件が整えられたからだろう。ただそのほかの要因として筆者は次のように考える。

 一、中国は歴史的に文化発信大国としての自負を依然として引きずり、文化的優越感が過剰に現れる場合がある。特にかつて朝鮮半島は属国だったという意識があるため、現在の韓国にまでそれが現れてしまう傾向がある。
 一方、韓国は古くは中国の属国、近くは日本の植民地にされた歴史があるだけに、日中に激しい対抗意識があって、日中を凌駕する事柄を強く誇示しようとする。
 二、中国人には自分の「愛国」表現は国のためだと信じ切っている人が少なくない。「批判する国の正確な知識も持たず、領土問題の知識もないまま、ひたすら相手国を攻撃する」のがその典型だろう。つまり、愛国心という大義名分をかざせば何をしても正しいと思いこみ、個人の面子や虚栄心と国家の尊厳を混同し、ネット上でのバトルが激増することになる。
 三、日中韓とも相手国をライバルと見ているため、常に相手が気になり、小さなことでも揚げ足を取ろうとする空気が醸成されてしまっている。

 ライバル意識を燃やすのは悪いことではないが、ワールドカップでは同じアジア地域代表として国を越えて暖かい応援をすべきだったと思う。今回の戦績では次回以降の大会でアジアの代表枠が削られる可能性も否定できない。
 お互いが善意の目を注ぎ、学ぶべき所は学ぶ姿勢が今こそ求められている。その意味では6月27日付け『人民日報』に掲載された「みんなが喜ぶ日本のコンビニ」と題された記事は注目に値する。この新聞が中国共産党中央委員会の機関誌であり、中国指導部の公式見解が常に掲載される全国紙であるだけになおさらである。
 記事は日本を訪れた外国人(中国人も含む)の誰もが驚く日本のコンビニエンスストアの素晴らしさを紹介したものである。コンビニは中国語では「便利店」と表記するが、まさに徹底した「便利さ」の追求に感嘆の声を上げているのである。曰く、販売されている食品レベルが高い。公共料金支払いができ、宅配取り扱いがあり、銀行ATMが設置されている。日用品の品揃えが豊富。清潔なトイレが無料で使用できる。接客態度がすばらしい。日本全国どこでも身近にある等々。
 日本に住む者からすればごく当たり前のコンビニの姿なのだが、このような記事が『人民日報』に掲載されただけに、なぜかほっとし、ほのぼのとした心安らぐ気分になるのは私だけではないだろう。相手国の欠点ばかりをあげつらわず、この記事のように優れた点を謙虚に学び、それを活かしていく方向こそこれからの日中韓のつき合い方ではないだろうか。
 今回のワールドカップに絡んだネット上での三国間での揶揄・嘲笑・攻撃は後味が悪かっただけに、しばらく相手のことを忘れて、自分の国を静かにじっと見つめてみてはどうだろうか。自分たちがやるべきことは何か、その大切なものがきっと見えてくるように思えてならない。

 (筆者は大妻女子大学助教授)


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