世界経済の牽引車、新興経済市場の曲り角

海外論潮短評(72)

楽観的成長幻想を打ち砕く大減速
―世界経済の牽引車、新興経済市場の曲り角―

                                  初岡 昌一郎

ロンドンの『エコノミスト』誌7月27日号が、社説トップと巻頭のブリーフィングという解説欄で、中国、ブラジル。南アフリカ、ロシアのBRICをはじめとする新興経済諸国の経済が減速期に入り、これが世界の楽観的経済見通しに冷水を浴びせていると論じている。以下はその要約。これらの記事は無署名なので、同誌編集部の見解である。

■新興市場のスローダウンは崩壊ではないが、世界経済の転換点

 チャンピオン・ランナーが最上の記録を出せなくなった時、一時的な不調なのか、その体力がすでに失調したのかを見極めるのには若干の時間がいる。21世紀経済の牽引力である新興市場を診断する場合にも、これが当てはまる。グローバルな成長を今世紀に入って牽引し、財政金融危機から世界経済を立ち直らせた新興経済諸国がいまや急減速している。

2000年代に二桁成長してきた中国が、2013年度に7.5%の公式目標を達成できればラッキーである。インド、ロシアおよびブラジルの成長はブーム時の半減以下になっている。総体的に見て、新興国経済は昨年並みの5%成長が危ぶまれている。これでも先進富裕国よりははるかに高い成長ではあるが、過去10年間では最低の水準になる。

購買力平価でみて、過去10年間に世界経済の中での占有率が38%から50%に躍進した新興市場経済は、第一局面の終わりを迎えている。向う10年間、新興経済は依然上昇を続けるものの、これまでよりも緩やかなペースとなろう。現在の失速は管理可能かもしれないが、世界経済に与えるインパクトは深甚なものがある。

焦点の中心にある中国は、投資主導の成長からよりバランスのとれた消費主導型成長に向かう、危なっかしい過渡期にある。悲観論者は中国のさらにドラスティックな減速や突然のグローバルな金融引き締めを予測しているが、バブル崩壊は生じそうにない。だが、世界経済に及ぼす長期的な影響は深刻なものがある。

ロシアの急成長は、中国によるエネルギー需要の急拡大に牽引されたものであった。ブラジル経済は商品需要と信用の拡大に支えられていた。それらの縮小が成長能力の過大評価を浮き彫りにしている。同じことはインドにも当てはまり、その社会経済構造の抜本的改革なしには、今後の成長継続は見込めない。

世界のGDPの半分以上を占め、存在感を高めた新興経済諸国

国際通貨基金(IMF)によると、購買力平価で計算して、1990年には世界のGDPの3分の1以下であった新興市場諸国が、初めて今年は半分以上となる。この20年間の急速な成長は目覚ましいもので、近代史上で最大の経済的変容を新興経済諸国は達成した。おそらく、今後の世界でこのような劇的変化が再度見られことはない。

最も目覚ましい成長を遂げたのは、中国、ブラジル、インド、ロシアの4大新興経済諸国であった。これらは、2000年代になってBRICsと呼ばれた。しかしながら、これらの諸国は異なる理由により異なる形で成長を遂げたのである。共通する点があるとすれば、いずれもが大国であることだけだ。OECD先進国以外で1兆ドル以上の経済規模を持つのはこれらの国だけであり、これらの諸国はいずれも世界10経済大国の一角を占めている。

新興市場全般、特にBRICsの顕著な成長がグローバル経済を多くの面で変貌させ、いくつかの捩じれ現象を惹起した。まず、世界中で原材料を急騰させ、製造業と労働力のコストを引き下げた。グローバルな貧困を減少させたが、格差と不平等は拡大した。これが財政と金融の不安を醸成し、グローバルな経済財政危機の根源となった。新興経済諸国の巨大な労働力プールを利用可能としたことが、先進経済諸国の賃金にたいし引き下げ圧力を加え、所得格差を拡大させた。

新興経済諸国へのシフトは続くが、その耳目衝動的局面は終点に達したと見える。成長の性格が変化のプロセスに入った。その他の新興経済諸国も、1990年代と2000年代にBRICsが通過したようなキャッチアップの過程に入りつつあるが、世界経済にたいし比肩しうるようなインパクトを与えることはないだろう。

歴史的に見て、アメリカが中国を追い抜いて世界最大の経済国になりあがったのは、19世紀末のことであった。1992年には、世界人口の38%を占める中国とインドが世界生産の7%を占めていたのに、世界人口の12%にすぎない6大先進工業国が世界生産の半分以上を占めていた。これが逆転する局面に入った。

新興経済諸国の飛躍的発展には、チープレイバーが世界貿易において絶大な役割を果たした。商品輸出は1990年代半ばにおけるグローバルGDPの16%から2008年の27%へと飛躍的に伸長した。特に、中国のグローバル輸出に占めるシェアは11%で、同国のGDPの半分以上になった。

貿易の急伸に伴って、商品輸出に牽引された原材料需要が急膨張した。中国による鉄鉱石、銅と錫、エネルギーなどの原材料需要が、一次産品産出国を活況に湧き立たせた。これが、ロシアやブラジル、アフリカのより小規模な原材料産出国に急発展をもたらした

1993年から2007年の間、中国経済の平均年間成長率は10.5%であり、貿易依存度の低いインドは6.5%であった。グローバルな生産に占める両国の合算比率は約16%となった。グローバルな収支の不均衡が急拡大した。1999年以降、先進経済諸国は貿易赤字に転じ、2006年には赤字がGDPの約1.2%に達した。同年には新興経済諸国の貿易黒字合計はGDPの4.9%に上った。

1990年代の国際金融危機以後、多くの新興経済諸国が自衛のためにドル建て外貨準備金を積み上げた。為替を低めに据え置いたことが、輸出を相対的に安めで継続させた。外貨準備金保有に特に熱心な中国は3兆5000億ドルの外貨準備金を抱えており、BRICs全体では4兆6000億ドルに上った。

この外貨準備がグローバルな預貯金飽和に寄与し、先進国で低金利による公共および民間部門による膨大な借入を刺激した。この低金利財源の膨張が、先進国と途上国における歴史的な軍備の増強、大学の繁栄と若者の高学歴化、排気ガスの増大、環境の破壊など善悪両効果の拡大を促進した。

息抜きと脚下照顧の時期を迎えて

BRICsの成長減速は一時的なものではなく、構造的なものである。これらの諸国の成長率はより低いものとなり、世界経済全体の成長にブレーキがかかると思われる。最近、“次世代の11か国”とみられるバングラデシュ、ナイジェリア、インドネシア、メキシコ、ナイジェリア、トルコなどに注目が集まっているが、これらの諸国の経済規模は大きくなく、世界経済における牽引力は限られている。

世界全体の潜在的キャッチアップ能力はかつてよりも低下している。第一に、人口大国がかつてのように貧困国ではなくなり、現在の貧困国人口はそれほど大きなものではない。次に、世界の経済規模は1992年以後に実質倍以上に拡大しており、BRICs躍進のような急拡大要因はもはや無い。第三の理由としては、安価で大量な労働力供給を可能とするような人口成長が世界的にみられなくなりつつある。

1980年から2010年の30年間に、農業以外の世界雇用は115%増加した、今後30年間の予測は51%増である。これだけの雇用確保は難問ではあるが、問題はもはやドラマティックなものではない。開発途上国の多くでも少子高齢化が進む兆候が明瞭に現れている。

経済成長鈍化のプロセスはほ、とんどの国で痛みを伴わざるを得ない。BRICsの躍進は貿易の自由化促進抜きに達成された。今後の世界経済成長に貿易自由化の推進が不可欠だと主張されているが、反対の方向に動くリスクも無視できない。富裕先進国は、これからはグローバリゼーションにより慎重にならざるを得ないし、国際競争力強化に関心を注ぐであろう。

一世紀前の世界貿易統合は第一次世界大戦によって終止符が打たれ、その後ナショナリズムと国際衝突の時代に突入した。現下の地域的貿易協定の拡散は、グローバル経済の囲い込みと分断に向けての前兆となりうる。国内的な緊張を国外での衝突に振り向ける衝動が強まることもあろう。世界が穏やかな成長を続け得るかどうかは、新しい巨大経済国がグローバルな協調に向けて歩みよるか、あるいはそれに躓き、失敗し、外国と戦う方向に進むのかにかかっている。

1990年代には、「ワシントン・コンセンサス」が(やや傲慢にも)経済自由化と民主主義を開発途上国に向かって説いていた。ところが、中国は成長したのに、ワシントンとその他の先進国は行き詰まり状態にあり、ユーロ圏は自殺的破局の懸念をも拭えない。先進諸国は外に対する介入と対立を煽る政策と行動ではなく、自国内に関心と努力の的を絞ることによってのみ、新しい自信を見つけ得る。

コメント

安部内閣の「成長戦略」は、日本経済の外部環境を十分に考慮に入れておらず、あたかも、日本経済が自律的に世界経済に関わってゆけるとみているようだ。
国内的環境から見ると、人口減、国民一般の所得低迷、消費財需要の減退など、内需が拡大する要因はあまりない。

そこで、相変わらずの公共投資拡大や、オリンピックによる作為的な支出増に走っている。無駄な公的支出がさらに積み重なり、将来世代に対する巨額な借金がさらに積みあがる。アベノミクスの名のもとに、無責任は経済政策がオリンピックのファンファーレと共に展開されている。歴史的には、「アベノミス」として名を残すだろう。

国際競争力強化の大義名分を掲げて、企業減税や、補助金による新技術開発に走っている。ところが、企業側は相も変わらず、労働力の低廉さを求めて、中国からベトナムへ、そして今やミャンマーやバングラデシュに生産拠点を移転している。これらの国の労働コストはやがて数年のうちに急上昇することは目に見えているのに。

新興経済諸国の今日の減速局面を、ほとんどのコノミストは景気循環的短期的視点から論じている。所与の経済指標や過去の動向を基礎にした推論を根拠にする限りそうなってしまう。また、悲観的経済予測には、買い手がないそうだ。つまり、そういうエコノミストにはマーケットからお呼びがかからない。したがって、常に強気の楽観論が横行する。冷静な判断は、市場のニーズによって排除される。

地球環境や資源の制約、世界的な少子高齢化の進行などから見れば、量的な経済成長の限界はますます明らかになっている。行き詰まりの見えている経済成長主義と手を切り、社会経済の質的な充実と世界の平和的安定を求めて、富の偏在と格差を是正する道を探るべきである。しかし、そのような動きはマスメディア報道からは可視化されないし、現実の政治には反映されない。手遅れになって行くばかりだ。
            (筆者はソシアルアジア研究会代表)


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