【オルタの視点】

減速する中国経済の実態は?
―世界資本主義をリードして新社会主義へ―

凌 星光


 2015年末から16年初めにかけて、中国経済の先行きは楽観できない、ハードランディングが避けられないという見方も強くあった。しかし、中国経済の結果は成長率6.7%、インドの6.6%を僅かに凌駕し世界一であった。そのほか、政府の掲げた初期目標はほとんどが達成された。アメリカをはじめとする先進国の経済が先行き不透明の中、中国経済は着実に中国的特色のある社会主義確立を目指して前進している。

 にもかかわらず、依然として「中国が引き続き大きな波乱要因」「減速中国 改革開放に逆行か」「習政権 経済も力で統制」と中国経済危機を煽る記事を見かける。そして、習近平は「共産党が主導し、統制する経済」(読売、12月23日)、つまり計画経済に逆戻りしているというのである。これは余りにも中国経済の実態からかけ離れた見方である。

◆◆ 一 持続的安定成長を遂げる中国経済

 2016年中国経済のパフォーマンスは極めて良好だ。

◇ 1.経済成長率は世界一、世界経済発展への貢献度は約30%
 1月20日、中国国家統計局が2016年の経済統計速報を発表した。それによれば、国内総生産(GDP)前年比実質6.7%増の74兆4,127億元であった。伸び率は減速しているが、絶対額は12年53.41兆元、13年58.80、14年63.59、15年68.91、16年71.41と急増している。世界銀行1月10日の世界経済見通しによれば、16年の世界全体の推定成長率は2.3%で、09年以来7年振りの低い伸び。中国の6.7%はインドを0.1ポイント上回り世界第一位である。

 2011年から15年にかけて、中国経済の世界経済成長への貢献度はそれぞれ28.6%、31.7%、32.5%、29.7%、30.0%であったのに対し、米国のそれは11.8%、20.4%、15.2%、19.6%、21.9%であった。2016年の中国の貢献度は33.2%で、依然として世界第一位である(人民日報、1月14日)。インドの経済成長率は中国に近いが、経済規模は中国の約40%であるため、貢献度はずっと低くなる。

 2017年の予測は、世界全体2.7%、米国2.2%、ユーロ圏1.5%。日本0.9%、中国6.5%、インド7.6%、ロシア1.5%、ブラジル0.5%である。世界経済のけん引力は依然として中国が担うと見られている。IMF専務理事ラガルド氏は、今年の世界経済を楽観的に見ている理由の一つとして、「中国経済のけん引役が輸出や投資、産業から消費とサービスに引き続き移っていく」「世界経済が低成長であったにしても、中国は成長の柱の一つになり続ける」(読売、1月4日)と高く評価している。

◇ 2.物価の安定と都市農村間所得格差の縮小
 通年の消費者物価指数は2.0%の上昇で安定している。工業製品の工場出荷価格は前年比1.4%下落し、製造業は全般的に困難な状況にある。両者の価格かい離は、日本において1960年代に見られた卸売物価上昇率ゼロ、消費者物価上昇率5-6%の現象と似ている。それは労働生産性格差インフレで説明されてきた。即ち、労働生産性の高い製造業から、低いサービス業等に価値の移転が行われというものである。労働市場が売り手市場になると、生産性の低いサービス業でも賃金が上昇するのである。

 全国住民の一人当たり可処分所得は2万3,616元で、実質6.3%増であった。そのうち農村住民が6.2%増の1万2,363元、都市部住民が5.6%増の3万3,616元で、両者の格差は引き続き縮小して2.72倍になった。都市農村間の経済格差は、所得水準の上昇と共に、拡大 ― 横ばい ― 縮小の道をたどった。都市農村住民間の所得格差は09年の3.33倍をピークに下がり始め、14年には2.93倍、16年は2.72倍と縮小してきた。所得の不平等を示すジニ係数も08年の0.491をピークに14年0.469、2015年0.462と下がってきた。依然として、「社会騒乱が多発する」とされる0.4を超えているが、年々、着実に低下していることは注目すべきである。

◇ 3.雇用の安定的拡大と低失業率
 第12次五か年計画(2011-15年)では毎年新規労働力1,200万人以上を就職させ、5年間で6,400万人の雇用を確保した。第13次五か年計画(2016-20年)では5,000万人の雇用を保証し、都市部登記失業率を5%以内に収める目標が立てられた。一年目の2016年は都市部新規労働力1,314万人を就職させ、年度末失業率は4.02%と年度目標4.5%を大幅に下回る成果を上げた。今年は、過剰生産能力整理による石炭業130万人、鉄鋼業50万人、計180万人の雇用対策、及び795万人に及ぶ大学卒業生の就職が重要課題とされている。「創新創業」活動を幅広く展開し、目標を達成するとしている。

 2016年の産業分野別付加価値額は、第一次産業6兆3,671億元(3.3%増)、第二次産業29兆6,236億元(6.1%増)、第三次産業38兆4,221億元(7.8%増)で、産業構造のサービス化が着実に進んでいる。GDPに占める第三次産業の比率は51.6%となり、第二次産業の39.8%より11.8ポイント高くなった。下表に見る如く、就業者構成比でも第三次産業のウエイトは絶えず高くなっている。この産業構造の変化、即ち相対的に資本が少なくて済むサービス業の発展が雇用拡大に大きく貢献している。

      表 中国経済の構造変化
 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
                1990年   2000年   2010年   2014年
 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
        第一次産業   60.1%   50.0%   36.7%   29.5%
 就業者構成比 第二次産業   21.4    22.5    28.7    29.9
        第三次産業   18.5    27.5    34.6    40.6
 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
        第一次産業   27.1    15.1    10.1     9.2
 GDP構成比 第二次産業   41.3    45.9    46.7    42.7
        第三次産業   31.5    39.0    43.2    48.1
 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
                  出所:日経2月24日経済教室、厳善平作

◇ 4.人民元レートの安定的推移と外貨準備の大幅減少
 2月7日、中国人民銀行が1月末の外貨準備高は2兆9,982億ドルとなり節目の3兆ドルを割り込んだと発表した。ピークの14年6月末の3兆9,932億ドルから約1兆ドル減少したということで「資本流出が加速し、人民元相場の管理はますます難しくなっている」(読売、2月8日)という論調が多くなった。しかし実際には、全体的に均衡の取れた動きを示しており、極めて健全な状況下にある。

 外貨準備の大幅減少は次のような原因による。

 1)外貨準備高が多すぎるため、対外直接投資促進策をとり、他方、人件費高騰、産業構造調整などの影響によって、海外の対中直接投資は縮小気味となった。例えば、中国の2016年対外直接投資(速報ベース)は前年比30%増の1,888億ドルに対し、海外対中直接投資は前年比7%減の1,260億ドル、前者が後者を628億ドル上回った。

 2)過去において人民元割安の状況下で投機マネーが大量に入ってきた頃、中国当局はドルを買い支えたため、外貨準備高が急増した。が、一昨年から米国経済の回復と利上げ予想の下、新興国の資金が米国に流出し、ドル高新興国通貨安に進んだ。中国当局は人民元レートの安定を確保するため、ドルを放出し人民元を買い支えた。その結果、16年の1年間で人民元はドルに対して6.6%下落しただけであったが、外貨準備高は3,198億ドルも減少した。

 3)外貨準備高縮小のため、輸入促進策や海外旅行奨励策をとったことも影響している。

 従って、1兆ドルの外貨準備減少は政策範囲内の現象であって驚くに当たらない。ましてや、3兆ドルの外貨準備高は依然として多すぎるし、中国経済の安定した成長率、極めて健全な財政状況、経常収支の黒字基調、基本的に安定している金融状況などを考慮すると、人民元の相対的安定維持と適正なる外貨準備保持は完全に可能である。とりわけ、経常収支の黒字維持で重要な貿易収支を見ると、見通しは楽観できる。2016年の輸出入総額は3兆6,849億ドルで、対前年比6.8%減であった。(15年は8%減)が、人民元の対ドルレートが約6.3%元安になったため、元建ての輸出入総額は24兆3,344億元で0.9%減にとどまった。貿易黒字は5,099億ドル(15年は5,946億ドル)と若干縮小したが、数字は極めて大きい。また民営企業の輸出入総額は2.2%増、外資企業2.2%減、国有企業5.6%減であった。民営企業の健闘が伺える。

◆◆ 二 果敢に取り組む供給サイド構造改革

 現在、中国では供給サイド構造改革が叫ばれている。何故か?

◇ 1.需要サイド偏向への反省
 中国経済は二けたの高度成長から6-7%の中高速度の段階に入り、それを新常態と位置付けた。現在、中国経済は減速圧力の下、様々の困難に直面している。習近平は、次の五つを早急に取り組むべき課題として提起した。

 1)生産能力過剰:リーマンブラザーズ破産以後起こった世界金融経済危機の下、鉄鋼、石炭、ガラスなどに過剰投資を行い、膨大な過剰設備を抱えることとなった。
 2)需給構造高度化の矛盾:所得の増大に伴い、需要内容が高度化したにもかかわらず、供給が追い付いていけず、依然として低レベル製品の供給に限られている。
 3)経済発展の内生動力源不足:量的需要が満たされると質的要求或いは新機軸製品の供給が求められる。
 4)金融リスクの増大:有効供給ができない場合、販売できず在庫が増えるため、財務状況が悪化する。
 5)一部地域の困難増加:浙江省など一部の省は産業構造の転換が進み、比較的よい状態にあるが、遼寧省など一部の省は転換が難しく困難に陥っている。

 これらの問題を解決するに当たって、需要サイドだけで対応しようとしても全く無理な話である。そこで提起されたのが供給サイド構造改革である。近代経済学はどちらかというと需要サイドに重みを置き、マルクス経済学は供給サイドを重視する。この意味では、マルクス経済学の再重視という面があると言える。

◇ 2.新常態化の経済発展基本理念を提起
 習近平は中国の新常態化の基本理念として「創新、協調、緑色、開放、共享」を掲げた。
 「創新」とはイノベーションのことで、経済発展の動力源は創新にあるとする。今までは先進国に模倣してきたが、これからは自らが開発・開拓しなくてはならないというのだ。「協調」とは、「安定成長、構造調整、リスク防止、民生改善」の協調を図ることとしている。「緑色」とはエコロジー重視、環境に優しい経済発展ということで、自然との調和を図るということだ。「開放」とは世界に門戸を開き、各国との間で相互利益の協力を進め、共に経済発展を図ろうということだ。「共享」とは発展の成果を共に享受しようということで、一部の国または階層に偏ってはならないということだ。今、分配の不平等が世界的話題となっているが、すべての国、すべての人がメリットを得られるように協力メカニズムを構築していこうというのだ。正に社会主義理念に基づくものだ。

 この理念は、規制を緩和し、市場原理を十分に機能させるが、社会的政策を施し、効率と公平の両立を追求するというものだ。安い労働力を武器とした成長モデルから脱皮し、ハイテク企業など資本技術集約型産業の育成に力を注ぎ、産業構造の高度化を実現するということでもある。

◇ 3.供給サイド構造改革の五大任務
 昨年、構造改革の五大任務として、「過剰生産能力の整理、不動産などの在庫処理、レバレッジ(高負債率)の解消、コストダウン、弱点の補強」が挙げられた。何れも短期間で達成できるものではなく、4-5年かかると見られている。2016年度において、鉄鋼の生産能力は4,500万トン整理され、石炭は2.5億トン整理された。報道によれば、鉄鋼及び石炭産業の過剰生産能力削減は年間目標を達成し、通年の生産量は粗鋼が1.2%増にとどまり、石炭は9.4%減となった。
 石炭価格が一時的に上昇したことや、一部の都市部で不動産価格急上昇の現象が起き、決してスムースに進んだとは言えないが、一年間を通してみれば、まあまあの成績であったと言えよう。

 コストダウンとは、企業の負担を減らすことで、1)行政改革によって手続きの簡素化を図る、2)営業税の付加価値税への転換によって企業負担を減らす。この税制改革によって、企業の負担は5,000億元以上減ることになったとのことだ。レバレッジの解消は余り進んでおらず、今年度の重点事項になるようだ。

◇ 4.2017年度の構造改革重点
 12月中旬、中央経済工作会議で2017年の供給サイド構造改革の重点が提起された。

 1)五大任務推進の深化:過剰生産能力の解消、在庫の解消、レバレッジの解消、企業のコストの軽減、弱点の補強で、昨年の継続事業である。
 2)農業の供給サイド改革深化:グリーン・良質農産品の供給、土地請負の「三権分離」実施、農民への財産権付与などが提起された。
 3)実体経済の振興:高品質の製品とサービスの供給拡大、外資導入の強化が謳われた。
 4)不動産市場の安定と健全な発展の促進:投機的資金の流入抑制、住宅用地の供給拡大(一線、二線都市)、賃貸市場の育成(三線、四線都市)などを図る。

 中国が推進している供給サイド構造改革は、過去一年に収めた一定の成果を踏まえて、国際的にも評価されるようになってきている(日本では殆ど評価されていないが)。

◆◆ 三 市場原理と政府の役割の有機的結合

 中国は一貫して政府の役割を放棄したことはないが、2008年の世界金融経済危機以降、市場原理と政府の役割の結合が強調されるようになった。

◇ 1.1市場原理主義の弊害
 中国は計画経済の失敗から教訓を汲み、市場原理を導入することになった。新自由主義の影響を受けて、市場原理主義に陥る傾向があった。格差の拡大、環境の破壊、不動産バブルの発生など何れもその現れであった。2008年の世界金融経済危機を経て、中国は深く反省することとなった。

 また、中国の人口構造に大きな変化が起き、人口ボーナスは人口オーナス(重荷)に転じることとなった。厳善平教授によれば、15-64歳労働年齢人口の総人口に占める比率は1990年66.7%、2000年70.1%、2010年74.5%、2014年74.2%で、2010年の74.5%をピークに低下傾向となった。人民日報1月21日号によると、2016年にはこの比率が65.6%にまで低下した。農村から無尽蔵に供給された安価な労働力は、00年代に入ってからは緩慢となり、労働市場では買い手市場から売り手市場に変わっていった。80年代に年平均1.2%、90年代に同3.1%だった農民工の実質賃金伸び率は00-14年には10.3%に上昇した。農村部余剰労働力の供給が尽きる「ルイスの転換点」に至ったのである。もし政府が適時に対応策をとらなかったならば、中所得国の罠に陥る一大要因になる可能性が極めて高くなる。

◇ 2.実体経済強化の重視
 一時、中国も金融資本主義の道に深入りし、実体経済軽視の傾向があった。2008年の世界金融経済危機以降は、実体経済重視の姿勢が明確となった。国内経済においても、また国際会議においても常に、実体経済強化を強調するようになった。

 具体的には人工知能を中心とした第四次産業革命の推進である。「創新駆動発展戦略」が作成・実施され、宇宙ステーション、宇宙船ロケット、量子通信、高速計算、大型航空機などの分野で科学技術の新しい成果が生まれた。

 日経12月9日付け夕刊は、「AI研究 米中二強」と題して、中国の発展ぶりを報じた。「最も権威がある米国人工知能学会の国際会議で、ここ3年(13-15年)、米国と中国からの発表が急増し、15年は米国326件(48.4%)と最多で、次いで中国が138件(20.5%)、両国で全体の約7割を占め、日本は8番目の20件(3%)だった」「中国政府は国家の重要課題としてAI研究の推進計画を策定し、自動運転やロボットだけでなく、物流や農業など幅広い応用を目指している」とかなり詳しく紹介している。

 中国は第一次産業革命(蒸気機械)、第二次産業革命(電力)、第三次産業革命(IT技術)では蚊帳の外にあったが、第四次産業革命では先進国と同じスタートラインに立てると張り切っている。
 そのほか、金融財政政策においても、常に実体経済の強化が基本とされている。

◇ 3.市場原理と政府の役割の有機的結合
 資源配分では市場メカニズムに決定的役割を果たさせるべきと強調するが、同時に政府の良き役割発揮が強調されている。例えば:

 1)外資導入面での政府の役割:当初「外資導入 ― 製品輸出」であったが、現在は「資本、商品、技術、サービスの全方位双方開放」へと政策転換し、外資の製造業分野での投資は前年比10%減と振るわないが、中国を市場ととらえるリース・サービス業は61%増、卸小売業も32%増と拡大した。産業構造高度化への外資利用は着実に成果を収めている。

 2)株式制企業の育成:企業改革を模索する中で、株式制企業をより重視することとなった。2016年において、一定規模以上の工業生産付加価値額は前年比6.0%増であったが、そのうち国有(含む持ち分支配)企業の生産額は2%増、集団企業1.3%減、株式制企業6.9%増、外資系企業4.5%増であった。株式制企業の発展が突出している。

 3)ハイテク産業の育成:2016年ハイテク産業の生産額は10.8%増で、全工業の伸び率を4.8ポイント上回った。また通年の固定資産投資は実質8.8%増(前年は12.0%増)であったが、ハイテク産業への投資は15.8%増であった。政府の意向が如実に反映されている。

 4)IT活用のネット販売奨励:2016年における実物商品のネット小売り額は25.6%増の4兆1,944億元で、社会消費財小売総額の12.6%を占める。アリババに代表されるネット販売の急成長は物流とサービス業に革命を起こしつつある。

 5)「大衆創業、万衆創新」の推進:起業家が大量に出ることを奨励し、上海証券取引所に新興産業向け株式市場を創立する、中央と地方の双方にベンチャー企業向けの投資ファンドを設立する、銀行のベンチャー企業向けサービスを充実させる、などの政策が取られている。その結果、2016年において全国で新たに登記された企業数は前年比24.5%増の553万社に達した。

 6)適時に汲み取る政府の役割の教訓:①過剰生産能力の整理に当たっては、市場化、法制化の手段活用が重要で、政府、市場、企業の有機的結合を図るべきと反省。②不動産の在庫整理では構造的矛盾に目を付け、一律的な都市別対策を改め、住宅需要の高い第一、第二線都市では土地を供給し、第三、第四線都市では開発投資を制限し、在庫の消化、賃貸市場の育成に力を入れる。

◆◆ 四 世界経済をリードする中国社会主義経済

 中国は国内での経験を、社会主義という言葉はあまり使わないけれども、世界に押し広げようとしている。

◇ 1.リーダーシップ発揮の経済的実力
 中国人一人当たりのGDPは78年から2015年にかけ、23倍に増えた。しかし一人当たりの平均は15年時点でも米国の僅か4分の1、ポルトガルの半分でしかない。中国はまだ追い上げる余地があり、4-6%の中速度成長は今後10-15年は続くと思われる。一般に2030年には中国経済が米国を追い抜くと見られている。日本は第二次世界大戦で米国に負け、ソビエトは冷戦で米国に負けた。何れも経済力でアメリカと大きな格差があり、太刀打ちできなかったのである。中国はこの二つの国と違い、経済力で米国を凌駕することができる。それ故、今後20-30年を視野に入れれば、世界経済の改革をリードしていく資格を十分に有する。

◇ 2.新社会主義の内容
 中国的特色のある社会主義とは何か。それは新社会主義ともいうべきもので、伝統的社会主義とは次の四点で異なる。

 1)伝統的社会主義は中央集権的計画経済であったのに対し、新社会主義は計画性と市場原理の結合である。
 2)伝統的社会主義は一党独裁体制であるが、新社会主義では「協議+選挙」民主主義の新政治体制が形成される。
 3)伝統的社会主義は理念を押し付けようとするが、新社会主義は文化の多様性を容認し、相互の交流を大切にする。
 4)国家間関係では、旧ソビエトを社主義祖国と位置づけ、それへの服従を求めるが、新社会主義では「主権尊重+国際協調」である。アメリカに代表される現代資本主義は袋小路に迷い込んでいるが、新社会主義は世界に新たな道を指し示している。

◇ 3.経済のグローバル化推進
 経済のグローバル化は客観的法則性によるものであり、食い止めることはできない。現在、欧米で反グローバル化の動きがあるが、それは一時的逆流に過ぎない。今まで多国籍企業主導のグローバル化が進められたため、貧富の格差が拡大し躓いた。これからの中国が主導するグローバル化は、南北格差を縮小させ、一国内の格差も縮小させる方向に導かれる。即ち、世界の経済発展によって、すべての国、すべての人が恵みを得られるようにするグローバル化である。資本主義的グローバル化から社会主義的グローバル化に移行していくのである。それは国連憲章の精神にも合致する。中国は今後5年間に、総輸入額8兆ドル、外資導入額6,000億ドル、対外投資7,500億ドルを予想している。世界経済のグローバル化を推し進める上での重要な梃子となり得よう。

◇ 4.自由貿易堅持と国情配慮
 保護貿易主義が世界にはびこる中、中国は自由貿易の旗手になりつつある。国境を跨いだ自由貿易によって資源の最適配分が行われ、経済的メリットが輸出入国双方にもたらされるからである。しかし自由貿易主義ではない。国情を配慮する必要があるからである。中国のこのような姿勢は各国、とりわけ発展途上国からは歓迎される。

 米国と日本は、中国を排除した環太平洋経済連携協定(TPP)を実現することによって東南アジア諸国を対中けん制の駒にしようと考えた。ところが、トランプ氏が永遠にTPPからの離脱を宣言し、この組織は空中分解の一歩手前にある。
 メキシコ、チリ、コロンビア、ペルーの中南米4か国からなる太平洋同盟は、米国がTPPから離脱したことを受け、3月中旬に中国、韓国を加えた新たな枠組みで閣僚会合を開くことを提案している。

 また、王毅外相は2月7日、オーストラリアの首都キャンベラでビショップ豪外相と会談し、「各種の保護主義に反対し、国際貿易体制を守り」、「開放型の世界経済の構築を提案し」、米中関係については「豪州は米国の盟友で、中国の戦略パートナーでもある、中米関係のために建設的な役割を果たして欲しい」と述べた。ビショップ外相は「豪州は中国との関係発展を極めて重視している。豪州は中国の信頼できるパートナーであり続ける」と応じた。

 TPPと東アジア地域包括的経済連携(RCEP)の結合が語られるべきで、中国がより重要な役割を果たすこと間違いない。日本は方針を変え、政策調整をするほかはない。

◇ 5.国際通貨(SDR)体制の構築
 世界経済の立て直しと発展には国際金融制度の改革が欠かせない。ドル一極支配体制はいくつかの主要通貨による協調体制を経て、国際通貨SDRを中心とした国際通貨体制に移行せざるを得ない。ここ数年、人民元の国際化が急ピッチで進められ、ついにSDRの構成通貨となった。これは逆に人民元の国際化をさらに促進するであろう。

 中国は人民元がドルに代わって唯一基軸通貨になろうとは思っていない。今後30年、50年のスパンで見れば、できないことはないであろうが、中国の社会主義理念に合わない。やはりケインズ案に基づいたSDRのような国際通貨を創出することが最も望ましいし、中国の選択する唯一の道である。

 但し、アメリカにドル覇権体制を放棄させるには、人民元の国際化と地位向上が不可欠だ。タイ中央銀行は対ドルの為替リスクを回避する為、東南アジアで域内通貨による直接決済を拡大する方針を明らかにした。2015年に最大の貿易相手国である中国との間でタイバーツと人民元の直接決済を本格化し、15年に対中貿易の0.03%だった人民元決済の割合は16年には4%に急増した(日経、2月11日)。このような例はますます多くなっていこう。

 中国の硬直的な為替制度を見直せと神戸大学教授梶谷懐氏は主張する。中国は大型景気対策の後遺症で経済調整側面にあり、人民元の為替レート安定のために元買い介入を進めているが、それは実質的な金融引き締めを招きよくないと言うのだ(日経、16年2月2日)。これは中国経済の実力と戦略を見ない浅薄論だ。人民元レートの相対的安定を保ち、その国際化をさらに押し進め、国際通貨制度改革の環境づくりに努力することは、中国及び世界にとって戦略的意義のあることだ。戦術的難題に直面したとしても決して動揺してはならない。昨年11月、人民元が国際通貨基金特別引き出し権(SDR)構成通貨入りしたことは、この戦略達成の重要な一里塚であった。今後も、人民元の為替レート安定化は続けられなければならない。
 
◆◆ 結びに代えて

 中国経済の健全なる発展は、日本経済に絶好のチャンスを与える。日中が協力して世界の経済を立て直すチャンスでもある。しかし、この5年間政治的対立状態が続き、相互メリットを生かすことができないできた。実に残念なことだ。

 「主動作為」(主動的に動く)方針の下、習近平政権は社会主義理念の再生を図りつつ国際的大外交を展開しつつある。日本はそれに追いついていけず、冷戦思考で後ろ向きの対応をとるだけである。対中包囲網外交は完全に失敗し、今後の政策調整が問われている。
 最近、日中双方から、国交正常化45周年の節目を大切にし、日中関係の「全面的改善」を図りたいという動きがある。日中両国の有識者は共に努力し、この動きを確かなものにしていかなくてはならない。今年、日中関係に一大転機がやってくることを願ってやまない。  2017年2月17日

 (福井県立大学名誉教授・日中科学技術文化センター理事長)


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