【沖縄の地鳴り】

世界遺産と軍事基地は共存できない

大山 哲


 沖縄本島の北部は、昔から通称ヤンバル(山原)の名で知られる。国内最大の亜熱帯照葉樹林が広がる自然環境に恵まれた森林地帯には、固有種の世界的な珍種ヤンバルクイナやノグチゲラが棲息する。生物多様性や特異性に富んだ自然の宝庫である。今、この森林が国立公園化・世界自然遺産登録の動きが出て脚光を浴びてきた。

 環境省は、国頭、東、大宜味の三村にまたがる陸域と海域1万7,300ヘクタールを「ヤンバル国立公園」(仮称)として指定し、今年7月に官報で告示するという。これを踏まえ、同省はさらに2018年にはヤンバルと奄美諸島(鹿児島県)を合わせた琉球弧の森林を世界自然遺産に登録申請することを明らかにした。

 世界遺産への動きは、本来なら手放しの朗報なはずだが、森林地帯の一角に存在する米軍基地の去就が、大きな障壁となって、危しげな雲行きなのだ。
 3万4,000ヘクタールに及ぶヤンバル全体の森林のうち、7,500ヘクタールを米軍政時代の1952年以来、60余年にわたって米軍は、北部訓練場として占有している。

 ヤンバルの自然環境は、屋久島(鹿児島県)と並んで、世界遺産の価値があると評価され続けたに拘らず、未だに実現しない大きな理由は、米軍の北部訓練場が足かせになっているからだ。生物学で著名な池原貞雄琉球大学教授が、生前の2001年に「世界遺産に申請したかったが、北部訓練場があるため断念した」と、残念そうに語っていたのを鮮明に覚えている。

 日米政府は、1996年のSACO合意で、7,500ヘクタールの北部訓練場のうち、約半分の4,000ヘクタールを返還することを発表した。しかし、20年が経過しても実現していない。辺野古問題と同じで、北部訓練場も、代替施設の建設が条件になっているからだ。政府は、東村高江の集落周辺の森林地帯に、6ケ所のヘリコプター着陸帯(ヘリパット)の建設を計画し、すでに2014年までに2ケ所が完成。従来の中型輸送ヘリコプターCH−46Eシーナイトに加え、普天間飛行場に新たに配備された垂直離着陸双発輸送機MV−22Bオスプレイが連日、飛来して訓練を繰り返す光景が日常化した。

 自然環境の破壊に反対する高江区民や支援団体は、9年間にわたって根強い阻止行動を展開している。工事車両の出入りを止めるため、阻止団は県道70号沿いの訓練場入口を車両や構築物で封鎖した。そのため残り4カ所のヘリパットは2014年から2年間、着工できずに膠着状態が続いている。

 辺野古の新基地建設が当面、目途が立たず、沈静化したことで、政府は一転、高江ヘリパット工事再開に照準を合わせてきた。しかも巧妙に、SACO合意の北部訓練場4,000ヘクタール返還による沖縄の負担軽減策と世界遺産登録を絡めて、翁長県政に揺さぶりをかけたのである。

 政府は、県道70号の管理者の県に、ヘリ基地反対の高江区民らが並べた車両などの排除を強く要請。県は文書による撤去勧告はしたものの、実力で排除することはせず、態度を保留している。政府からしっこく決断を迫られた翁長知事は「オスプレイの訓練場である以上、ハイとは言えない」「交通整理が必要」と難色を示している。

 確かに高江ヘリパットは、区民らによる根強い現地での阻止行動は続いているものの、辺野古のような幅広い「オール沖縄」の体制は形成されておらず、県も強い反対の姿勢がとれない弱みがある。翁長県政のアキレス腱、踏み絵とのうがった見方さえ出ている。

 知事の支援層を分断して、辺野古との違いを浮き彫りにしようとの、政府のしたたかな狙いが見えかくれする。
 仮に北部訓練場の半分が返還され、これが世界自然遺産に追加申請されたることになっても、残り半分の約4,000ヘクタールは、いぜん米軍基地として残るのだ。しかもその地域に6カ所のヘリパットが建設されると、ヤンバルの自然環境は破壊され、全体への悪影響は図り知れない。

 オスプレイが低高度で縦横に飛行し、昼夜訓練が行われると、離着陸時の排ガス、回転翼乱気流、低周波音や爆音がヤンバルの森を覆うことになる。貴重な固有種のヤンバルクイナやノグチゲラなども生息できなくなるのだ。
 国内、外の自然保護団体は、環境省が公表したヤンバルの国立公園化、世界遺産登録への方針にクレームをつけている。特別保護区指定の内容が、ヤンバルの自然保護にはつながらず、北部訓練場の全面返還がなければ、いびつな世界遺産になると、大幅な修正を求めている。

 国際自然保護機関からも「軍隊のある地域が世界自然遺産になれるのか」との疑問のコメントが発せられており、ヤンバルの道のりは険しい。
 名実ともに世界に誇るヤンバルの森を守るには、米軍北部訓練場7,500ヘクタールの無条件全面返還しかない。世界自然遺産と軍事基地は共存できないのだから。

 (元沖縄タイムス編集局長)


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